VRの説得力を活用したドキュメンタリー作品

 朝鮮戦争の休戦以降、韓国と北朝鮮の実質上の国境となっている軍事境界線。さらなる衝突を避けるためにその南北に設定されているのが、全長248キロメートル、南北それぞれ2キロメートルの幅を持つDMZ(非武装中立地帯)だ。

 Innerspace VRの『D.M.Z: Memories of a no man's land』は、かつてこのDMZに配属されていた兵士の証言に基いて制作されたVRドキュメンタリー作品。海外でVRヘッドマウントディスプレイ“Gear VR”向けに2ドル99セントで配信されている(日本のGear VRストアへの配信有無は不明)。

 監督を務めているのは、元々ドキュメンタリー作家であり、Innerspace VRの共同創設者兼CEOでもあるHayoun KWON氏。プログラムは同氏がDMZの元兵士である仮名の男“ミスターキム”に質問するところから始まり、3Dで再現されたDMZの光景や各種資料などを披露しながら、その証言が語られていく。
 全編20分程度の内容で、言語は原語の韓国語に英語の翻訳ナレーションを追加。VRは字幕対応が難しく、本作にも字幕の仕組みが用意されていないので、この辺りが日本での配信が行われていない理由かもしれない。

韓国と北朝鮮を分かつ軍事境界線。南北それぞれ2キロに広がる非武装中立地帯をテーマにしたVRドキュメンタリー『D.M.Z』_03
▲プログラムは、かつてDMZに配属されていた元兵士・ミスターキム(仮名)の証言に基づいて進行していく。
韓国と北朝鮮を分かつ軍事境界線。南北それぞれ2キロに広がる非武装中立地帯をテーマにしたVRドキュメンタリー『D.M.Z』_02
▲地雷のデータや個人的な写真・手紙などの資料を収録。キム氏の語り(原語の韓国語と英語)によって、緊迫した区域に配属された一兵士の視点から、DMZの実像が浮かび上がっていく。

 両国の兵士が向かい合う板門店での緊張、人が立ち寄らないことで皮肉にも豊かな自然が残されたDMZの複雑な雰囲気と、その下に潜む無数の地雷。淡々と語られるエピソードにはドラマチックなものはなくとも、CGによって再構築されたVR空間で当事者の視点をバーチャルに体験させることで、有無を言わせない説得力がある。
 これは、本作の手法的土台となっているオーラル・ヒストリー(当事者による歴史記憶の口述)のVR的進化という点でも面白い。オーラル・ヒストリーの個人的な体験の共有という側面がVRによって補強され、より総合的な体験として伝わってくるのだ。

 そしてある日の夜間パトロール中に起きた忘れがたき体験のエピソードを経て、プログラムは地雷がなくなる日を夢想する結末へと向かっていく。地雷が片っ端から起爆し、すべてを吹き飛ばして境界線を消滅させる未来像は過激でパワフルだ。

韓国と北朝鮮を分かつ軍事境界線。南北それぞれ2キロに広がる非武装中立地帯をテーマにしたVRドキュメンタリー『D.M.Z』_01
韓国と北朝鮮を分かつ軍事境界線。南北それぞれ2キロに広がる非武装中立地帯をテーマにしたVRドキュメンタリー『D.M.Z』_05
▲両国が実務協議を行う共同警備区域(JSA)にある板門店や、DMZのゲートなどはCGで再現。ちなみに、出てくる3Dモデルはそれほど立派なものではないので、スクリーンショットだけを見てもショボく感じるかもしれないが、実際はVRの実体感があるのでそこまで気にならない。
韓国と北朝鮮を分かつ軍事境界線。南北それぞれ2キロに広がる非武装中立地帯をテーマにしたVRドキュメンタリー『D.M.Z』_04
▲20分ほどの体験のラストには、DMZでの夜警中のとある一夜のエピソードが明かされる。無数の地雷によって美しい自然が守られているDMZで兵士が見たものとは? そして物語は地雷がすべてなくなる日を夢想するエンディングへと向かっていく。

 すでにVRヘッドマウントディスプレイ向けのドキュメンタリー作品としては、VRSEに所属するクリス・ミルク氏による一連の映像があり、その体験の説得力は国連のお墨付き(シリア難民キャンプを扱った“Clouds Over Sidra”リベリアのエボラ禍について扱った“Waves Of Grace”で制作協力している。ちなみにVRヘッドマウントディスプレイがなくてもWebやアプリで視聴可能)。
 さらにVRを使ったジャーナリズム作品には“Immersive Journalism”(没入型ジャーナリズム)を標榜するノニー・デ・ラ・ペーニャ氏による『Use of Force』(本誌では昨年10月に体験記を掲載)なども存在しており、VRの説得力を活用した非エンターテインメント作品は今後も増えていくだろう。