アーケードゲームサウンドの構築には“戦い”がある!

 2015年8月26日~28日の3日間、パシフィコ横浜にて開催された日本最大級のゲーム開発者向けカンファレンスCEDEC 2015。

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▲講師を務めたタイトー・コンテンツビジネス部サウンド課の小塩広和氏(左)と石川勝久氏(右)。ともにタイトーサウンドユニット“ZUNTATA”のメンバーとしても活躍。

 “グルーヴコースター(アーケード版)を開発してわかったアーケードのサウンドと音楽ゲームのノウハウ”と題して、8月27日に行われたこのセッション。タイトルどおりに、ゲームセンターで人気のタイトーの音楽ゲーム『グルーヴコースター』(アーケード版)の音を鳴らすめのシステムが、いかにして作られていったかが、タイトー・コンテンツビジネス部サウンド課の小塩広和氏と石川勝久氏によって披露されていった。

 本題に入る前に、石川氏によって「意外と語られることの少ない“アーケードゲームのサウンド”についての歴史が説明された。石川氏によると「そもそもアーケードゲーム(の筐体)は、一部例外はあるがそのゲームのために作られたワンオフ。そのため、ゲームごとにデザインは違い、スピーカーの位置は異なる」という。そのため、難点としてはサウンドデザイナーがスタジオで制作した音がそのままでは使えないが、逆に(予算や状況が許せば)スピーカーの種類や位置を理想的に配置することができるわけだ。

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 しかし現実は厳しく、だいたいの場合はサウンドに声がかかるのは、筐体のデザインが済んだあと。しかも、コストや安全基準といったさまざまな理由から無制限に設計ができるわけではない。さらに、周囲の騒音などがあるゲームセンターでは、一般的なよい音がアーケードシーンでのよい音ではなく、そうした諸条件をまとめることは、さながら“戦い”のようであると説いた。

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▲タイトーがこれまでにリリースしてきたアーケードゲームに、どのようなサウンド的な工夫がなされてきたかを説明する一幕も。スピーカーの位置やボディソニックの搭載など、さまざまな仕掛けが見られる

アーケードならではの物語の提供を目指して

 後半は小塩氏により、『グルーヴコースター』(アーケード版)のサウンド設計が、いかにして作られていったかが語られていった。小塩氏が制作にあたって立てたコンセプトは、アーケードならではの“物語”を提供すること。余談だが、これはタイトーの企業理念である“最高の物語を提供することで世界中の人々の幸福に貢献する”とも通ずるものだ。

 アーケードならではの物語とは“家庭では体験できない、音楽ゲームで最高クラスのサウンドシステム”であるとした小塩氏は、リズムが認識できる強めの低音・キーとなるパートがはっきり聴こえるしっかりした中高音・長時間のプレイでも疲れない極端に強くない高音が必要であるという結論にたどり着く。

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▲小塩氏がコンセプトから導き出した答えがこちら。この答えに則って、サウンドシステムの構築が行われていった。

 コンセプトが固まったところで、実際の設計・調整作業が行われていく。最初に手がけたのは筐体のスピーカー位置だ。このプロジェクトの場合も、すでに筐体の仮デザインは決まっており、その中で最高の配置を目指すべく複数のパターンの種類や配置を検討。試作筐体をゲームセンターに持ち込んでのテストなどを経て、最終案が決定された。

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▲左が開発途中の筐体イメージ。スピーカーの設置位置はぼんやりした状態だ。そこで右のように複数の設計パターンを立案し、最適解を探していった。
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▲設計案を元に作った試作機をゲームセンターに持ち込み、どのように聴こえるかを検証(左)。そうして決定したレイアウトが、液晶下部にウーファーとボックススピーカー、コンパネ部分に補助スピーカーとしている(右)。

細部までの調整と秘密兵器“DSPアンプ”

 ハードウェアに続いては、ソフト面、つまりサウンドの調整が行われた。ゲームセンターで音楽ゲームを楽しむときによくあるのが、周囲のうるささで“音が聞こえない”という問題。当然それは音楽ゲームとしては致命的なので、適切な最大音量、そして小さな音でもプレイできるシステムが必要となる。後者はヘッドフォン端子の搭載でクリアしたが、後者については実際にゲームセンターで音量を測定をし、どれくらいの大きさが必要なのかを設定したという。

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▲音を届けるという点では効果の高いヘッドフォン端子を搭載。しかしそれだけでは、アーケードゲームならではの音体験は得られにくい。

 その大きさとは、96dBA(デシベル)。電車のガード下とほぼ同じ音量だ。しかも、当然のほうにほかの音楽ゲームも同レベルの音量を出せるよう設計されているので、『グルーヴコースター』(アーケード版)では最大100dBAを出せるように設計をしたのだという。

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▲周囲のほかの大音量に負けないよう、最大100dBAの音量が出力できる設計とした。

 しかしこれだけでは、単に大きな音を出せるだけ。続いて小塩氏は、周囲に影響のない音量でも必要な音をしっかりと届けるチューニングを行っていく。そのための秘策として用意したのが、DSP(デジタル・シグナル・プロセッサー)アンプだ。読んで文字のごとく、音をデジタル信号のまま自在に処理できるこのチップの搭載で、「アンプに命令を送ることでプログラマブルに音量調節したり、EQ(イコライザ)やゲインコントロールができる」(小塩氏)ようにしたわけだ。

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▲実際に『グルーヴコースター』(アーケード版)の筐体に搭載されているのと同じスピーカー構成を用意し、どのように聴こえるかを実演。小塩氏が手を置いているのがウーファー、左にあるのがボックススピーカー。
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▲左が、専用に用意されたDSPアンプ。よく見るとプリント基板にTAITOの文字が確認できる。これを使うことで、右のスライドにあるようなメリットが得られる。
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▲DSPアンプを使った実演では、PCでグラフィカルに表示されたツール(左)を操作するだけで、フラットだった音が、筐体で鳴らすのに適した音=強めの低音とスッキリした高音へと変化する様子が見られた。

 最後に小塩氏はダメ押しとばかりに、実際に“音を感じる筐体”の仕掛け“グルーヴステージ”を考案する。筐体の足元にある板状のこのデバイスは、プレイしている楽曲にあわせて振動するというもの。これによって、プレイヤーはよりリズムを感じやすくなり、プレイアビリティが向上するというわけだ。

 このように、歴史に裏打ちされた、さまざまな創意工夫を凝らしてた結果、『グルーヴコースター』(アーケード版)は、サウンド面から“家庭では体験できない、音楽ゲームで最高クラスのサウンドシステム”による“アーケードならではの物語”を提供するに至った。小塩氏は「聴くの先ににあるいろいろな音の使い方を考えてみよう!」と語り、セッションのまとめとした。

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▲筐体の足元に置かれた“グルーヴステージ”。
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▲さまざまな戦いをくぐり抜け、『グルーヴコースター』(アーケード版)を世に送り出したスタッフたち。中央の人物は、ハードウェア設計を担当したタイトーの多賀信一郎氏。