従来に比べて高い利便性を実現

 ごぞんじの通り、オートデスクは3ds MaxやMaya、Softimageなどの3Dグラフィックツールを提供している企業だ。昨今のゲーム業界のトレンドとして、3Dグラフィックは不可欠……ということで、高い描画能力を持つオートデスクの商品はその存在感を高めている。デジタルコンテンツを作るために使用するソフトウェアであるDCC(Digital Content Creation)ツールを提供する企業としては、世界の巨人的な存在だ。

 そんなオートデスクが新製品を発表した。商品名は“Stingray(スティングレイ)”。いわゆるゲームエンジンと呼ばれる領域に属するソフトウェアだ。言うまでもなく、近年はUnreal EngineやUnityなど、ゲームエンジンは百花繚乱。自社でゲームエンジンを開発するゲームメーカーも多く、複雑な開発工程を要するいまのゲーム開発において、効率化などの観点から見てもゲームエンジンの存在は不可欠と言える。

 いわば、“激戦区”とも言える領域にオートデスクが商品を投入するというのだ。「オートデスクさんが、ゲームエンジンを始めるんですか?」と、プレゼンを受けた記者が驚いてしまったのも無理からぬところと言えるのではないだろうか? Stingray自体が発表されたのは8月頭に実施されたgamescom 2015に先駆けて行われたGDC Europaにおいてだったらしいので、不勉強のそしりは免れないかもしれないけれども……。といわけで、以下にオートデスクによるプレゼンをもとに、Stingrayの詳細をお届けする。プレゼンを担当してくれたのは、米国オートデスク メディアエンタテインメント事業部 事業開発マネージャー ベン・モウェリー氏とオートデスク株式会社 メディア&エンターテインメント ゲームズソリューションズ シニア ソフトウェアディベロッパー 梅澤孝司氏のおふたり。

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▲ベン・モウェリー氏。
▲梅澤孝司氏。

 まずは、Stingrayの概要を紹介した動画からお届けしよう(英文です)。

 何はともあれ、オートデスクがStingrayをリリースするに至ったいきさつから。じつは、Stingrayにはベースとなったゲームエンジンがあって、それはスウェーデンのゲームメーカーFatShark(ファットシャーク)が開発したBitSquid(ビットスクイッド)で、『War of Roses』や『Krater』、『Gauntlet』などの開発実績を誇る「実製作の中で鍛えられたソフト」(梅澤氏)だという。「2009年から開発されているゲームエンジンで、ほかのゲームエンジンに比べると後発ですが、最新のテクノロジーでいいところ取りをしているんです」とモウェリー氏。オートデスクは、このBitSquidをFatSharkから2014年春に買収。1年かけてフルスクラッチでStingrayとして作り直したという。いくらベースがあったとはいえ、1年間でゲームエンジンを作り上げるとは相当なスピード感。BitSquidの筋がよかったということは当然あるとしても、オートデスクの本気ぶりを見せるものと言えるのかもしれない。

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 では、Stingrayは何が優れているのか? 梅澤氏は「大切にしているコンセプトが3つあります」という。“軽量”、“パワフル”、“インテグレーション”だ。“インテグレーション”とは、“組み込み”、“連携”くらいの意味。先述の通りオートデスクでは、3ds MaxなどのDCCツールを開発しており、いかに自社のツールと連携していくかが、クリエイターに大きな“利便性”をもたらすと判断しているようだ。プレゼンテーションでは、いかにDCCツールとゲームエンジンが密接にリンクしているかが説明。ワンクリックでDCCツールとStingrayのあいだの相互データの更新が図られるなど、より作業の効率化を図れるような連携が取られているようだ。

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 “新しいテクノロジーを駆使している”という点に軸足が置かれているStingrayでは、最新のユーザーインターフェース(UI)を実現しているのも特徴。UIのフレームワーク(アプリケーションの土台として機能するソフトウェア)はQt(キュート)、表示はHTML5で構築されるなど、最新の技術が使用されている。

 また、再コンパイルなしにゲームに大幅な変更を加えられる点もStingrayの魅力と言える。コンパイルとは、プログラム言語で書かれたソースコードを各プラットフォームで実行可能なプログラムに変換する作業のこと。従来、一度ゲームのプログラムに変更を加えたらコンパイルしないと、各プラットフォームでの動作が確認できなかったものが、Stingrayではプログラム即実行確認ができるというわけだ。Stingray独自の“データ駆動型のアーキテクチャー”を採用しているというのだ。ちなみに、それを実現しているのが、JASONファイルと呼ばれるフォーマットだという。

 さらに、「自分が使いたい開発スタイルに合わせられるのがStingrayの強み」(梅澤氏)とのこと。プログラムもどれかひとつに限定するわけではなく、C++で打ち込むもよし、ノードで組むもよしと複数用意されているという。開発者のスキルに合わせて、間口が広いのだ。

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▲“インテグレーション”を重視しているStingrayでは、オートデスクの関連ツールとの連携が充実。たとえば、HumanIK(リアルタイムキャラクタアニメーションを作成するソフトウェア開発ライブラリ)とも連携している。ちなみに、HumanIKは、いまや“Human”と銘打たれながらも、動物の動きにも対応しているらしい。今回の取材でそれを初めて知った記者は少しびっくり。

 “デプロイメント”の面でもStingrayは快適だ。“デプロイメント”とは、本来は“展開”、“配置”くらいの意味だが、ここでは、デバッグなどのためにプログラムを各プラットフォームに展開することを指す。Stingrayでは、複数のプラットフォームにデプロイメントすることが可能で、さらに対象となるプラットフォームにリアルタイムで接続できるというのだ。開発の確認は、いちばん手間のかかる作業であるようだが、Stingrayではその点でも相当効率化されていると言える。ちなみに、Stingrayのデプロイメント対応プラットフォームはWindowsやプレイステーション4、Xbox Oneなどを含む6種類。マルチプラットフォームという見地からも相当利便性は高い。

 Stingrayの料金体系もまた興味深い。現状のゲームエンジンは、無料で提供(そしてロイヤリティーを徴収)というケースが主流になっているが、Stingrayでは月額課金を採用。デスクトップサブスクリプションのみだと月5000円[税抜]になるという。さらには、「アプリ版を出すから別途料金を徴収」ということもないらしい。「ある程度の規模のタイトルを開発しようと思ったら、ぜんぜん割安だと思います」と梅澤氏。

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▲既存のゲームエンジンとも違った料金体系を採用しているStingray。
▲マルチプラットフォームへの対応力の高さも魅力だ。

 海外では8月19日に発売されたStingrayは、海外では反応も上々だという。日本でも8月20日に発売。残念ながら現段階では日本語対応はしていないが、新しもの好きのクリエイターはStingrayのトライバルバージョンなどを試して、Twitterなどで成果物を公開しているという。なお、気になる日本語版の発売については、「ゆくゆくは日本語化したいですね」(梅澤氏)とのことだ。

 プレゼンでは、Stingrayの今後の展開についての説明もあった。Stingrayはゲームだけではなくて、建築やエンターテインメント関連など、「全方位的にいろいろ産業で、このエンジンを使っていきたい」(モウェリー氏)というのだ。思えばゲーム業界ではオートデスクはDCCツールメーカーとして名前が通っているが、世間的には建築関係やエンターテインメント系で抜群の認知度を誇っている。Stingrayは、そんなオートデスク全社の方針に見合った戦略的ソフトウェアなのだ。そういった意味では“ゲームエンジン”の枠を超えた“エンジン”と言えるかもしれない。Stingrayによってどのようなゲームが生み出されていくのか、今後の楽しみとしよう。

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▲プレゼンではデモも披露。Mayaなどで手を入れた3DグラフィックがStingrayに簡単に反映されるデモなどが披露された。