ひとつのタイトルの開発に複数のスタジオが関わる
2015年8月26日~28日の3日間、パシフィコ横浜にて開催された日本最大級のゲーム開発者向けカンファレンスCEDEC 2015。最終日には、多くの海外拠点を持つユービーアイソフトのふたつのスタジオによる、『UBiサンフランシスコ×大阪・米日共同開発の現場より~超えるべき壁はどこにあるのか!?』と題したセッションが行われた。
ユービーアイソフトグループは、フランスに本社を置き、20ヵ国以上に拠点を持つ企業。多数の開発スタジオを抱え、総従業員数は1万人近くになるそうだ。そのため、社内リソースをできるだけ活用しようと、ひとつのタイトルの開発に複数のスタジオが関わるケースが多いという。当セッションでは、アメリカのサンフランシスコスタジオと、日本の大阪スタジオの共同開発の事例が紹介された。
サンフランシスコスタジオは北米・中南米地域のパブリッシングの拠点であり、大阪スタジオの管掌であると同時に、ギターゲーム『ロックスミス』シリーズなど人気タイトルの開発を多数手掛ける。また、大阪スタジオはユービーアイソフトの日本唯一の開発拠点であり、『Petz Beach』など日本未発売のタイトルの開発も手がけている。
登壇したのは、サンフランシスコスタジオに在籍する日本人リードエンジニア小保田宏幸氏と、大阪スタジオに勤めるアメリカ人プログラマーのベンジャミン・ウェバー氏、同じく大阪スタジオの日本人プロデューサー本塚秀成氏だ。ちなみに、小保田氏はもともと勤めていたナムコのアメリカ支社に2003年に転勤になって以来、アメリカ在住とのこと。また、ウェバー氏は日本への興味から来日したという。本塚氏は1995年のカプコン入社以来、一貫して大阪で働いている。
『サウスパーク』を日米ふたつのスタジオで共同開発
そんなサンフランシスコスタジオと大阪スタジオが、2014年から共同開発しているのが『South Park:The Fractured but Whole』。アメリカの人気アニメ『サウスパーク』 を題材としたプレイステーション4、Xbox One、PC向けのゲームで、前作の『South Park: The Stick of Truth』(日本未発売)は、この7月までに世界で200万本以上の売り上げを記録しているという。
メインの企画担当は、サンフランシスコスタジオで原作『サウスパーク』のIPホルダーとコミュニケーションを取る役割を担いつつ、開発――アートやサウンドの制作、プログラミングやゲームデザイン――に携わった。対する大阪スタジオは企画補助の立場だが、開発としてはサンフランシスコと同規模で、アート制作、プログラミング、ゲームデザインを共同で担当したそうだ。
この開発体制で直面したのが、距離、時差、言語・文化などの“壁”だったという。
距離の壁をインフラで乗り越える
まずは距離の壁。ふたつのチームが同じ場所にいないので、コミュニケーションの質は落ちるし、データのやりとりも困難といった問題が生じる。両スタジオは、これらの問題をおもにインフラで解決した。
具体的には、コミュニケーションシステムに顔写真を採り入れたことがひとつ。Eメールやチャットツール、社内SNSに共通の顔写真を入れると、認識や連絡のしやすさが違ってくるというのだ。もちろん、ビデオ会議や出張による顔合わせはさらに重要で、動きのある顔を一度見た後では、たとえメールであっても臨場感のあるコミュニケーションが可能とのこと。
また、直接会えないぶんビデオ会議を頻繁に行うため、高性能なマイクやカメラ、リアルタイムで開発中のゲームレビューを行なうためのストリーミングサービスといった、環境を整えることも重要だったそうだ。
データのやり取りに関しては、同時に作業するにあたって双方にストレスのない環境を高速構成管理システム“perforce”で作ったり、共有フォルダ内のチーム間の差分を2時間ごとに更新するといった対策が講じられた。また、ユービーアイソフト社内製の開発エンジン“Snowdrop”は、多拠点での同時並行開発を前提に作られたものであり、そのサポートは大きかったとのことだ。
時差によるコミュニケーション量の不足に対処
つぎに時差の壁。ふたつのチームが同じ時間に働いていないので、コミュニケーションの量が減ってしまう。大阪が午前9時に始業したときには、サンフランシスコは午後4時なので、勤務時間は2~3時間程度しか重ならないのだ。
この問題への対処として、状況に応じた複数のコミュニケーション手段をインフラとして提供。たとえば、長期的なノウハウの蓄積にはWikiシステム“Confluence”、同時にお互いがいるときには“Lync”の音声・ビデオチャットシステムといった具合だ。
また、毎日/1週間に一度/2週間に一度といった定期的なミーティングや、必要に応じた不定期ミーティング、節目節目にお互いのスタジオへ1週間ほど出張といった、各種ミーティングも頻繁に設定。ほか、工程・タスク管理に“JIRA”、階層的にタスクを分類する“Structure”といったインフラも、時差によるコミュニケーション不足の対処に有効であったとのこと。
言語と文化の壁は人材でカバー
そして、言語・文化の壁。言語の問題は人材でカバーし、サンフランシスコ側には日本語を話すスタッフが小保田氏を含めて2名配置され、大阪側はウェバー氏を含めて半数以上のスタッフがバイリンガルとのこと。ちなみに、スタジオ間は英語でのコミュニケーションを前提としており、これはユービーアイソフトグループ全体のルールでもあるという。通訳が入るとコミュニケーションが間接的になってしまい、また専門性の高い話は通訳にとっても難しいため、なるべく直接でやりとりするのがベストだそうだ。
文化に関しては、『サウスパーク』という、アメリカならではの社会問題を扱い、日本には浸透していない題材を扱うにあたって、日本側では作業が難しい点があるとを認めることからはじまった。文化面に関わる作業領域を区切り、文化を理解できる人材を配置することで対応したとのこと。
多拠点による共同開発が魅力的なゲームを生み出す
さて、日米共同開発は、以上のような工夫で十分可能であると同時に、多拠点開発ならではのメリットもいろいろあるという。たとえば、時差を逆手に取った効率のよい運用の例として、サンフランシスコで小保田氏が時間がないなかデバッグ作業を行なっていたときに、夕方(=大阪の朝)からウェバー氏に引き継ぎを行ない、交代でバグを追跡したことがあったそうだ。また、テクノロジーやノウハウの交流などを通じ、お互いを高める機会も持てるなど、いろいろなメリットが列挙された。
さらに、お互いの国の魅力に触れる機会のある職場とは、人生が豊かになる機会を生む場であるとし、そういった素晴らしい環境から魅力的なゲームが生み出されるのではないか、という理想を提示。最後に「しっかりとした土台は チームにクリエイティビティとQOL(生活の質)をもたらし 結果として魅力的なゲームを生み出す」とまとめて、セッションは締めくくられた。