作品の本質となる遊びを、全分野のクリエイターが考えることがヒットにつながる

レベルファイブ日野晃博氏が語る、『妖怪ウォッチ』ヒットの要因は……他業種のクリエイターとのバトル!? 最終日基調講演をリポート【CEDEC 2015】_02

 2015年8月26日~28日の3日間、パシフィコ横浜にて開催されている、日本最大級のゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC 2015”。最終日となる28日、レベルファイブ代表取締役社長/CEO 日野晃博氏による基調講演“妖怪ウォッチ ゲーム・アニメ・映画・漫画・玩具 ~各界クリエイター共同戦線~”が行われた。

 いまや国民的コンテンツとなった『妖怪ウォッチ』。2014年度の市場規模は2200億円以上、ゲームソフトシリーズ累計出荷本数900万本(ダウンロード版含む)という大ヒットを記録している。この『妖怪ウォッチ』のヒットの理由を何度も聞かれるうちに、だんだんと頭の中で整理ができてきて、ヒットにいたるターニングポイントは何だったのかが徐々にわかってきた、と日野氏。“これが絶対の正解というわけではなく、あくまでもひとつの成功例”と前置きしたうえで、『妖怪ウォッチ』がヒットを記録するまでの過程を語った。


 日野氏は『妖怪ウォッチ』以前から、クロスメディア企画を手掛けている。『レイトン教授』、『イナズマイレブン』、『ダンボール戦機』……振り返ると、それは“他業種のクリエイターたちとともに歩んだ9年だった”という。日野氏は、各クリエイターとどのような問題にぶつかり、乗り越えてきたかを挙げた。

VS アニメクリエイター

 アニメのクリエイターとゲームのクリエイターは、近い存在だけれども、考えかたなどが微妙に違う。そして、「アニメのクリエイターとの仕事(セッション)が自分のいまを作っていると思う」と日野氏は語った。

 レベルファイブはまず、『レイトン教授』シリーズで、ピーエーワークスとともに仕事をした。大きなスクリーンを擁してはいないゲーム機に、映画レベルのアニメを入れてほしい……というレベルファイブの要望に応え、ピーエーワークスは、ゲームを馬鹿にすることもなく、映画レベルのアニメを作った。

 本気で取り組むアニメクリエイターのすばらしさを知り、また“ゲームとアニメの連動はいける”と考えた日野氏は、『イナズマイレブン』で、OLMとともに“ゲームと共存するアニメ制作”に挑む。このとき、“原作サイドからある程度のルールを決めて「あとはお願いします」と作品を預ける”のではなく、“アニメクリエイターといっしょに内容を考えていきたい”と考えた日野氏は、シナリオや演出にも深く介入。アニメとゲーム、文化の違うクリエイターたちがぶつかりあい、かなりハードな会議が続いたという。

 ゲームクリエイターは自由に発想し、奇抜なアイデアを入れ込もうとすることも多い。一方アニメクリエイターは、長い歴史の中で実写映像と戦ってきたため、実写に劣っていると思われないように、キャラクターや世界の設定、行動原理を重視する傾向がある。互いに譲らない部分も多かったというが、そのバトルがあったからこそ、“ゲームとアニメの両方をおもしろくするための話し合い”が始まり、日野氏自身も、作品全体のディレクションを考えるようになったとのこと。

 また、『二ノ国』では、レベルファイブはスタジオジブリとタッグを組んだ。スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは、スタジオジブリは、スペクタクルな演出ではなく、日常の食事をしているところや、部屋を出るときに上着を着るしぐさ……いわゆる“生活芝居”が得意なスタジオなので、そこを活かしたオーダーを出してほしい、と言ったそうだ。『二ノ国』を作るうえで、レベルファイブの映像クリエイターはジブリが生み出す“生活芝居”に触れ、多くのものを学んだという。

 ピーエーワークス、OLM、スタジオジブリは、レベルファイブが成長するにあたって大きな影響を与えた、と語る日野氏。アニメクリエイターとのやり取りで得た教訓は、“話し合いを密にして、同志になるべし”。違うポリシーを持ってものを作っている人たちなので、しっかりと話し合いをすることが大事。仲よくなるのはたいへんだが、同志になることで、いいものづくりができる、と述べた。

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VS 漫画家・編集部

 一般的に、漫画家は“先生”と呼ばれ、敬われる傾向にある。しかしこれまで、クリエイターたちと対等に付き合ってきた日野氏は、そのことに違和感を感じていたという。

 ゲームとアニメは近いけれど、漫画はそもそもの作りかたがかけ離れている。ゆえに、クロスメディアプロジェクトでは、漫画は漫画家に一任されることが多い。

 だが、“完全に任せ切ってしまうと、漫画としておもしろくても、漫画のおもしろさがクロスメディア全体にいい影響を与えない”と日野氏。漫画としてのオリジナリティを大事にする一方で、他のメディアとの連携も考える必要がある。その絶妙なバランスが生まれたときに、漫画も作品全体もヒットする。教訓は“漫画家は“先生”じゃない。ものづくりの仲間だ。”だ、と述べた。

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▲『妖怪ウォッチ』の漫画に関しては、いまでも漫画家・小学館と意見がぶつかることもあるとか。

VS 玩具メーカー

 続いては、玩具メーカーのエピソード。ここで日野氏は、『イナズマイレブン』について、“クロスメディアが100%うまくいったとは思っていない”とコメント。『イナズマイレブン』は、関連商品の売れかたが偏っていたのだそうだ。

 サッカーを題材にした作品であるため、人間のキャラクターを打ち出して商品を作ることになるが、その場合、ぬいぐるみなどは商品に適しているとは言い難い。タッグを組んでいたタカラトミーには苦労をかけたと思う、と日野氏は振り返った。

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 「こういう作品を作ると、この部分は売れて、あの部分は売れないんだな」と学んだ日野氏は、つぎに『ダンボール戦機』でバンダイとタッグを組み、プラモデルのブームを作ることを目標とした。作品の中に登場するものを、そのままの形で商品化。ゲームにプラモデルを同梱するという試みも行い、結果、『ダンボール戦機』のプラモデルは大ヒットした。

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 日野氏が得た教訓は、“玩具はリアリティを生み出す”。『ダンボール戦機』では、作品に登場したロボットが、そのままの形でプラモデルになった。おもちゃは、ただの関連グッズとしてではなく、リアリズムを生み出すギミック、アイテムとして展開することで、作品に魅力を与えるのだと語った。

VS 芸能界/音楽業界

 レベルファイブ初の自社パブリッシングタイトルである『レイトン教授と不思議な町』は、大泉洋さんと堀北真希さんをキャストとして採用している。

 当時、ニンテンドーDS用ソフトとしては『脳トレ』がヒットしていたが、『脳トレ』に続く作品はまだ出ていなかった。そこで日野氏は、多湖輝氏の“頭の体操”を題材にゲームを作ろうと考えたが、“頭の体操”という名前をゲームタイトルに使うには、権利の問題などを解決しなければならず、時間がかかることが判明。“待っている余裕はない”と考えた日野氏と多湖氏は、オリジナル作である『レイトン教授と不思議な町』を作り始める。

 “頭の体操”という名前は使えないが、ふだんゲームを遊んでいない人に手に取ってもらうにはどうしたらいいか――そこで日野氏は、大泉さんと堀北さんに参加してもらうことで、一般の注目を集めようと考えた。ゲームのパッケージの裏面も、女性誌の記事をイメージ。『脳トレ』を遊んでいた人たちに、「おもしろそう」と手に取ってもらうことを重視した。そして『レイトン教授と不思議な町』はヒットし、芸能人をキャストに採用するブームがゲーム業界に生まれた。

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 また、『イナズマイレブン』以降は、音楽業界とのつながりも強化。ここで重視しているのは、“アーティストが自由に作ったものを、テーマ曲に採用することはない”ということ。日野氏は、どのアーティストとも対等に、いっしょになってその作品のための音楽を作ることが大切だと語る。松任谷由美さんが手掛けた『レイトン教授と奇跡の仮面』のテーマ曲も、この作品のために作ってほしい、とお願いして制作してもらったとのことだ。

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▲作品のための曲作りが重要だと考えるレベルファイブは、エイベックスとともに、新レーベル“フレームレーベル”を立ち上げ。『妖怪ウォッチ』のテーマ曲などは、フレームレーベルから展開されている。
▲日野氏は、教訓は“紅白に、行きたいと言ったら本当に行けた”だと述べ、会場を沸かせた。

VS 映画業界

 大きな影響を受けた人物として、映画『レイトン教授と永遠の歌姫』をきっかけに出会った、映画プロデューサー阿部秀司氏の名を挙げた日野氏。阿部氏は、プロデューサーでありながら、作品の細かいところまで考えており、学ぶことが多いという。

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▲日野氏は、先日、阿部氏から古札をもらったという逸話を披露。どうして古札を持っているのか、と尋ねたところ、「タイムスリップしたときに、古いお金がないと買えないじゃん」と言われたとか。そのジョークを言うためだけに古札を所持する、そういう人だからこそおもしろいものを作れるのだ、と日野氏は語った。

 また、レベルファイブ作品の映画は、東宝が手掛けており、回を重ねるごとに信頼が深まっているとのこと。その信頼関係を示すのが、『妖怪ウォッチ』の映画化を、東宝がいち早く決めたというエピソード。ゲームが発売された直後、まだ大きな売り上げにはなっておらず、作品自体が本当に売れるかわからない段階で、「これはヒットするから、いまから準備して、来年公開できるくらいにしましょう」と言われたそうだ。

 映画の企画を通すことは、簡単なことではない。『妖怪ウォッチ』に対し、レベルファイブがどれだけ力を入れているかを、長年の信頼関係から東宝がわかっていたゆえに、映画の企画は早々に進んだ。そして、『妖怪ウォッチ』の人気が爆発したタイミングで映画が公開され、日本記録が生まれた。

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▲教訓は、“映画のヒットはタイミングが命”。

VS 他業種の才能

 先ほど、多湖輝氏の名前が挙がったが、多湖氏らパズル作家には、“ゲームの世界には存在しないクリエイティブがある”という。

 パズル作家とゲームを作るときは、毎回合宿を実施する、と日野氏。10人くらいの作家が部屋に閉じこもって考えるパズルは、ゲーム作りとはまったく違う感性で作られており、“自分たちでは生み出せないものをゲームに組み込むことで、特別な個性をもった作品ができる”と日野氏は語った。ほかの業種の才能をゲームに取り入れることについては、今後もトライしてみようと思っているとのこと。

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▲合宿は軽井沢で!

VS 広告代理店

 レベルファイブは、宣伝のスキルがないままにパブリッシングに挑むことになったため、広告代理店の力を借りる必要があった。『レイトン教授』シリーズを立ち上げ、博報堂と取り組む中で、日野氏が学んだことは、“つねに宣伝について考えている人たちのスキル、クリエイティブを、どう活かしていくかを考えるが大事”ということ。

 広告代理店に所属している優秀なクリエイターたちに、自分たちが考えたことを実行してもらうだけではなく、いっしょに物事を考えて、クリエイターたちの発想を活かしていくと、たくさんのアイデアが生まれたという。宣伝に関して学ぶことも、多々あったとのことだ。

 また、電通は、『イナズマイレブン』以降のクロスメディア製作委員会を運営している。日野氏がコンテンツを通してプロデュースすることを、製作委員会があることで、スムーズに各メディアに理解してもらえるのだとか。

 とはいえ、いかに優秀なクリエイターが代理店に所属していようとも、最後に判断するのはパブリッシャー、プロデューサー。“代理店は責任の代理はしてくれない”ということが教訓だそうだ。

すべてを結集して『妖怪ウォッチ』へ

 さまざまなクリエイターとの出会い、衝突、話し合い……これらが『妖怪ウォッチ』のヒットのカギになっているのは間違いない、と日野氏は語る。『妖怪ウォッチ』のヒットは突然変異的に生まれたものではなく、これまでの作品の失敗や成功の経験が活かされて生まれたものだという。

 また、『妖怪ウォッチ』のヒットに関しては、“妖怪メダル”の存在が非常に大きいとのこと。“メダルがあれば100%ヒットする”と考えていたわけではなく、“メダルの存在をみんなが活かしたこと”で、ヒットにつながった。

 メダルをひとつ手に入れると、さまざまな遊びが生まれる。アーケードゲームやニンテンドー3DS、おもちゃなどで、それぞれ異なる形で活かすことができるのだ。メダルを手に入れること自体がコンテンツの楽しみかたのひとつとなり、休日にみんなでメダルを探しに行く家族も少なくなく、「家族の会話が増えた」という声が数多く寄せられるとか。

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 この妖怪メダルを活かしていく企画は、クリエイターたちの話し合いなしでは成立しなかったもの。“ほかのメディアと連携することは当たり前”と、それぞれのクリエイターが考えたために生まれた企画だ。

 日野氏は、自分たちのメディアのヒットだけを考えるのではなく、“ほかのメディアが売れるからこそ、自分たちのメディアも売れる”という考えたかたを持ち、作品の本質となる遊びをみんなで考えていくことが大事だ、と語る。

 最後の教訓は“オレが掟だ。キミらが頼りだ。”。

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 作品の本質となる遊びをみんなで考えていくべきという理念を、全分野のクリエイターに理解してもらうには、全コンテンツを貫通してプロデュースする者の存在が必要。誰かがコンテンツプロデューサーとなって、責任を持って引っ張らなければならない。とはいえ、その指示ですべてが動くのではなくて、クリエイターが各分野で考えたことをしっかり反映させる仕組みにしなければならない、と日野氏はまとめた。

 そして日野氏は、講演の最後に、つぎに見据えるものは“世界に挑戦するクロスメディア”と“クリエイター日本代表チームの結成”だと述べた。ディズニーなどと渡り合えるようなチームを作って、世界を驚かせるものを作りたいとのこと。これまで語られた数々の教訓をもとに生まれる新たなクロスメディアプロジェクトは、どのようなものになるのか――発表される日を、楽しみに待ちたいと思う。

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▲なお日野氏は、2015年10月17日に福岡で行われるKYUSHU CEDECでも登壇予定。今回の講演とはまた違うテーマで語る予定とのこと。