主人公は未完成ゲームのキャラクター

 TMC Gamesの新作『The Magic Circle』は、伝説的ゲームデザイナーのイシュマイル“イッシュ”ギルダー氏による、同名のテキストアドベンチャーの20年ぶりの続編だ。
 本作の世界の生みの親“スターファーザー”としても知られるギルダー氏は、本作では一人称視点を採用し、ダンジョンの自動生成機能や、プレイヤーの選択によりNPCそれぞれの運命が変わったり、世界に入ってきた他のプレイヤーとの相互干渉も起こるという魅力的なオンラインシステムなどを搭載。定評ある奥深いファンタジー世界での無限の冒険が楽しめる……ハズだった。

 しかしKickBackrなるサイトでのクラウドファンディングに失敗し、自己資金でリリースすることを決めたはいいが、ゲームはまったくもって未完成。現実を見ないイッシュの無謀な望みと、迷走する開発へのスタッフの呪詛が詰まったこの壊れた世界に、どんな結末が待っているのだろうか?

(失敗しつつある)ゲーム開発についてのゲーム

 さて、本当はTMC Gamesなんて存在しないし、イッシュとかスターファーザーなんて呼ばれるクリエイターはいない。真の『The Magic Circle』は、新興ゲームスタジオのQuestionによる、(悪い)ビデオゲーム開発についてのメタフィクション的な一人称視点のアドベンチャーゲームだ。プラットフォームはPC/Macで、Steamで販売中。価格は1980円(執筆時点では15%オフ)で、無料体験版も存在する。
 本作でプレイヤーは、コンテンツが何もかも作りかけのままでリリースが迫ってきている哀れなゲーム『The Magic Circle』の主人公キャラクターとなり、謎の存在“Old Pro”の声に導かれ、この未完成の世界をさまようことになる。

開発迷走するゲームのキャラとして未完成な世界をさまようメタフィクションアドベンチャー『The Magic Circle』_01
▲仮データ仮データ仮データ

 世界はほぼ白黒で、そこら中に仮モデルや仮テキスト、出来てない部分を飛ばしてデバッグを進めるための仮スクリプトが転がっている状態。プレイヤーはそんなビデオゲーム開発の廃墟を歩き、このゲームに何が起こったかを徐々に知っていく。
 フィールドに残されたメモからは(恐らくイッシュのディレクションミスから)スタッフが衝突する様子が伺えるし、プレイヤーが冒険する間もイッシュたちの(ゲームエンジン上での)打ち合わせの様子が入ってきて、事態がアップデートされていく。

開発迷走するゲームのキャラとして未完成な世界をさまようメタフィクションアドベンチャー『The Magic Circle』_02
▲開発陣による昼ドラ展開。「ぼくの部屋で君の意見を聞こう」「光栄ですわ閣下」仕事しろ。

 イッシュを崇拝する女インターンのコーダ、そして称えられるのにまんざらでもなく非現実的な構想を語るイッシュ、「現実見て仕上げるかやめるかどっちかにしろお前ら!」とブチ切れている元プロゲーマーのお局にしてリードデザイナーのイブリンによるめんどくさい人間模様はやたらと生々しく、時たま変な笑いが出るレベル。

 例えばコーダがデモ版製作を任されるにあたって「モンスターには生態系が合った方がいいと思うんですけど!」、「せめて睡眠やおしっこみたいな生理現象を入れるとか」と主張しだす中、イブリンが「いいから普通に作れ」、「いいからモンスターは普通に周回させとけ」と即レスで却下する展開などは、人前で“ぼく/あたしがかんがえたさいきょうのげーむ”を語ったことがある人なら思わず悲鳴を上げてしまうのではないだろうか。

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▲フィールドでは開発陣の会話を記録した録音を発見することもある。
イブリン「いいからHowler(モンスター)は単にプレイヤーを攻撃するようにしときなさい」
コーダ「いや、でも飢えたら共食いするかもしれないし、単にプレイヤー見つけたら攻撃するって、生態系の真実がないと思うんです!」うわあああああ

神(ゲーム開発者)の道具で世界を書き換えろ

 プレイヤーはイブリンによって開幕早々に武器を取り上げられてしまうが、世界にはモンスターが置かれたまま。それにコンテンツの削除によってマップがうまく繋がっていないなんてこともあって、立ち往生することも多い。
 そんな時に役に立つのがビデオゲーム世界の創造主である開発者たちのツール。プレイヤーは削除された“ゴースト”コンテンツに干渉したり、キャラクターやオブジェクトに設定されたパラメーターを書き換えたり、AIに行き先(パス)を指定して自分の代わりに動かしてパズルを解くことができる。

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▲自分が戦わなくて済むように、Howlerの一体を共食いするような設定に書き換え。こうすればプレイヤーの代わりに他のHowlerを攻撃してくれる。「ほう。同種族を殺させるとは。キミは悪魔的な……猿、か犬……を創りだしたわけだ」と感心するのは、プレイヤーの道先案内人である、封印されし謎の存在“Old Pro”さん。

 特に面白いのがデータの書き換えで、例えばフィールドに転がっている“死体”に対し、“地上移動可能”にして、適当なクリーチャーから剥ぎ取ってきた“近接攻撃使用”を移植し、友好対象を“プレイヤー”に設定すれば、「プレイヤーについてきて、敵対する対象が来たら近接攻撃で撃退する歩く死体」という、仲間ゾンビの出来上がり。名前を書き換えてZombieにしてやることもできる(この場合、名前の書き換えに特に意味はないが)。

 その他にも、例えばカメ型クリーチャーに岩オブジェクトから奪った“耐火性能”を移植して、パス指定ツールで行き先を指定すれば、溶岩の河でも移動できる台として使える。同じように、地上移動可能から空中移動可能に変えれば飛ぶようになり、敵対対象にそいつの種族を指定してやれば共食いし……という具合。

 こういった現代的なゲームエンジンについているビジュアルエディターの機能(プログラム言語を使わなくてもエディター上の数値を操作することでキャラクターの振る舞いなどを変えられる)をパズルの一要素にしているのは、以前ご紹介したパズルアドベンチャーゲーム『Glitchspace』や、Double Fine Productionsの『Hack’n’Slash』なども同様。
 UnityやUnreal Engineなどの普及によって増えつつあるこの手の“ゲーム内の障害をゲーム開発的手法で解決する”ゲームや、『Stanley Parable』のようなメタフィクションゲームが好きな人は、多分本作を気にいるはずだ。