現実と不可分に結びついているフィクションの“世界”

 2015年7月9日~7月12日(現地時間)、アメリカ・サンディエゴのコンベンションセンターにて、エンターテイメントコンテンツの祭典、Comic-Con International 2015(通称:コミコン)が開催。

 魅力的な世界の構築は、フィクションにおいて何よりも大切なもの……。というわけで、ここでは開催3日目の7月11日に行われたパネル“World Building: Telling Stories in Middle-Earth: Shadow of Mordor, Federation Space, and that Galaxy Far, Far, Away”をご紹介しよう。ご存じの通り、『シャドウ・オブ・モルドール』は、ワーナー エンターテイメントによるプレイステーション4、プレイステーション3、Xbox One向けに発売中のアクションRPG。J・R・R・トールキンの『指輪物語』をモチーフにした壮大な世界観のもと、アクション性やシミュレーション性などが加味された遊び甲斐のあるシステムが魅力で、3月にサンフランシスコで行われたGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2015では、クリエイターが選ぶGDC アワードの最優秀賞にあたる“Game of the Year”に輝くなど、その評価も極めて高い。登壇したのは、『シャドウ・オブ・モルドール』の開発元であるモノリス・プロダクションのクリエイティブ・ディレクターであるマイケル・デ・プラター氏と、SFライターであり、『スタートレック』などのSFドラマの脚本なども手掛けるマーク・スコット・ジグリー氏ら。

 フィクションにおける“世界の構築”に関して聞かれた両氏は、「フィクションにおいて“世界”は環境であり、プレイヤーがヒーローになりさまざまな体験をすることで没入感を味わい、その中で自分を解放できる場所」(プラター氏)、「おもしろい方向へ拡張していき、キャラクターをそのワールドの中でさらに発展させる場所」(ジグリー氏)と説明。両者とも、魅力的な“世界”は、魅力的なストーリーやキャラクターと不可分に結びついているとの認識を示した。

『シャドウ・オブ・モルドール』の壮大な“世界”はいかにしてできたか? フィクションにとって魅力的な“世界”の構築は不可欠 【SDCC 2015】_03
▲マイケル・デ・プラター氏。

 近年では、すでにひとつの“世界”が構築されており、それに対して映画やゲーム、アニメなど違ったアプローチをすることも多い。『シャドウ・オブ・モルドール』もその1作で、古典的名著『指輪物語』の世界をモチーフにしたものだ。そんな既存の“世界”を応用することに対してプラター氏は、「平行線上で解釈するのではなくて、その媒体でできる限りベストなバージョンを作ることを目指している。すでにあるストーリーをくり返してもおもしろくないので、新しい要素を見つけ、二次的なストーリーを探します。すでに存在する“世界”の中に、もうひとつ“世界”を作る感じでしょうか」とコメント。さらにジグリー氏は、「もとの“世界”に対する尊敬の念を忘れずに、これを壊すようなことはしません」と続けた。

 一方で、すでに存在する“世界”からどこまでの逸脱が許されるかに関しては悩ましい問題だが、プラター氏は「あまりにも安全で規制されたものを作ってリスクを回避するのではおもしろくないし、誰も興味を持たない」としつつも、「あまりに本来の“世界”から離れて、オリジナルのスピリットに逆らうようなものは受け入れられない。このバランスを取る必要があるが、すべての人をハッピーにすることは無理かもしれません」と作り手としてのジレンマを明らかにする。最終的には、作品の声やスピリットを大切にするとのことだ。

 たとえば、『シャドウ・オブ・モルドール』では、『指輪物語』に慣れ親しんだものだけではなくて、新しいキャラクターを取り入れたかったという。『シャドウ・オブ・モルドール』では、重要キャラクターとして、主人公のタリオンと、主人公に憑依するケレブリンボールが登場するが、タリオンがオリジナルなのに対して、ケレブリンボールはJ・R・R・トールキンの中つ国を舞台とした小説『シルマリルの物語』に登場するキャラクターだ。「ケレブリンボールは、いろいろな意味でストーリーを展開するにはぴったりだった。一方のタリオンは、ごくふつうの人が意思に反して事件に巻き込まれる例として、ケレブリンボールと対比できると考えました」(プラター氏)とのこと。そういった意味で『シャドウ・オブ・モルドール』は、既存の“世界”と、新規の“世界”が絶妙なブレンドで構築された作品だと言えるのかもしれない。

『シャドウ・オブ・モルドール』の壮大な“世界”はいかにしてできたか? フィクションにとって魅力的な“世界”の構築は不可欠 【SDCC 2015】_02
▲マーク・スコット・ジグリー氏。

 パネルでは、『スタートレック』シリーズなどの脚本を手掛けるジブリー氏に、「ほかの人が作ったユニバースで書くというのはどうか?」との質問も飛び出したが、それに対しジブリー氏は、「テレビや映画、書籍などの仕事をしていますが、チームや出演者と“コラボしている”という意識をつねに欠かしません。たとえば、とあるクリーチャーの顔にある刺青のデザインを、役者当人が思いつくこともあります。何事も会話が大切ですね」と、壮大な世界の構築には、その“世界”に関わる者の“連携”が不可欠であるとの認識を示した。

 ちなみに、ジブリー氏によると“世界”の構築には自身の経験が影響することもあるそうで、「『スタートレック』は、未来の150年、3つのファミリーの5世代の物語になります。私の祖父は犯罪者でしたが、父が生まれる前に家族を捨てていなくなりました。その事実は私に何らかの影響を与えており、私はそれに反応しているんです」という。フィクションの“世界”も、現実の影響なしにはあり得ないということだろうか。

『シャドウ・オブ・モルドール』の壮大な“世界”はいかにしてできたか? フィクションにとって魅力的な“世界”の構築は不可欠 【SDCC 2015】_01

 最後の質疑応答でも興味深いコメントが聞かれた。「“世界”のディテールについてはどう考えるか?」との質問には、プラター氏が「リアルな場所、リアルなキャラクター、そしてルールを守っていることが大切です。ディテールは、リアルな“世界”をサポートしていなくてはダメです。細かいこだわりを持って作っても、それが信じられるものでなければ意味がありません」とコメント。さらに、「ずっと以前に作られた“世界”をどうアップデートするのか?」との問いには、プラター氏が「トールキンは第二次世界大戦の時代に『指輪物語』を書いたが、悪はとてもリアルなことでした。“世界”をアップデートする際は、時代を越えて誰もが認識できるものを見つけます」と返答したのに対して、ジブリー氏は、「刺激を与えるビジョンを持つこと。悪や混沌など、そのときの自分の個人的な関係が影響を与えるかもしれません」と発言している。

 壮大なストーリーや魅力的なキャラクターの存在は、しっかりとした“世界”の構築なしには語れない。そしてフィクションにおける“世界”の構築のためには、現実との関わりが不可欠と、極めて興味深いパネルとなった。