真のクラウドゲームが少しずつ前進
2015年6月16日~18日(現地時間)、アメリカ・ロサンゼルスにて世界最大のゲーム見本市、E3(エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ)2015が開催。その初日にシンラ・テクノロジー・インク(以下、シンラ・テクノロジー)は、プレジデント和田洋一氏を中心とする“開発者円卓会議”を実施した。
シンラ・テクノロジーは、長年スクウェア・エニックスの代表取締役社長、取締役会長として活躍してきた和田洋一氏がプレジデントを務めるクラウドゲーム事業の会社。ニューヨークに本社を置き、東京とモントリオールに拠点を持つ。クラウドゲーム開発をサポートするプログラム“プロトタイプ・アクセラレーター”を2015年2月に発表し、同5月までにその適用を3社に拡大、今後の動向が注目されている。
E3にて開催された開発者円卓会議では、和田洋一プレジデントと、プロトタイプ・アクセラレーターを通じてクラウドゲームの開発に挑む3社が、ゲームの未来についてディスカッションを実施。Camouflajの創設者であるライアン・ペイトン氏、Hardsuit LabsのCEOアンディ・キプリング氏、Human Head Studios社のクリエイティブ・ディレクターを務めるテッド・ハルステッド氏が駆けつけた。
冒頭、和田洋一プレジデントは以下のように挨拶。シンラ・テクノロジー設立の意義や、ともに開発を進めるクリエイターたちについて語った。
「E3で、さまざまなすばらしいゲームが発表されています。皆さんビジュアルはすばらしいけれど、似たようなゲームになっている印象も受けます。やはりゲーム産業は、新しいゲーム体験が提供されて大きくなっていくものだと思います。ですから、いまのゲームのルールを変えなくてはならないと思っています。ゲームのルールを変えるというのはつまり、新しいプラットフォームを作るということになります。そのためにシンラ・テクノロジーを作りました。
新しいプラットフォームで新しいゲームを作ってくれと言いましても、実際にプラットフォームを作っているのはシンラ側になりますから、すばらしいゲームクリエイターといっしょに、ハンズオンでゲームを作ることが重要だと思いました。いっしょにゲームを作ろう、というのがこのプロトタイプ・アクセルレーターというプログラムです
今日登壇してくださっているのは、おそらくゲーム業界の中でももっとも才能のある3人だと思います。彼らといっしょにプログラムを作ることができて非常に光栄に思います」
シンラ・テクノロジーが未来に思い描くのは、“複雑なネットワークを必要としない、巨大なマルチプレイ・ゲームの実現”。現状のゲーム機などでは困難な、リアルタイムでの地形変化や流体物理学を適用した、リアルなゲーム世界の構築が行えるという。セッションでは、同社がこれまでにクラウドゲーム開発者向けのセミナーなどで公開している『The Living World』のデモや、『スペース・スウィーパー』の解説も。こうした事例から、先々のゲームの可能性を感じられる。
『The Living World』
100万本の木が植えられた、32×32キロという広大なマップが舞台。そこを16000体のちびドラゴンが飛行し(ぶつからないよう、個々のAIで判断して飛んでいる)、デモでは視点をそれぞれのドラゴンに切り換えられたり、リアルタイムで地形を変動させたりといったことが可能。通常、これだけの現象が起こればネットワーク上で同期を取ることは不可能だが、シンラ・テクノロジーのプラットフォームであればそれも可能になるという。なおこちらの作品は、数名のプログラマーが半年未満で制作。将来的には、小規模なチームが壮大なオンラインゲームを制作するといったことも可能かもしれない。
『スペース・スウィーパー』
『The Living World』よりも小規模な制作を実現した例。なんとひとりのプログラマーが(アート面ではほかのスタッフのサポートを受けつつ)開発したという、シューティングとMMOが融合したマルチプレイゲーム。何十人ものプレイヤーが、200個の敵基地の占拠を目指す。『The Living World』同様、これまでの技術であれば同期を取ることは難しい規模だが、それを実現できている。
なお、『The Living World』と『スペース・スウィーパー』は、2015年8月11日からのテクニカルβテストで体験可能……なのだが、残念ながら実施されるのはアメリカのみとのこと。
プロトタイプ・アクセルレーター適用の3社が開発中の作品がヴェールを脱ぐ
セッションでは、シンラ・テクノロジーと協力関係にある3社が、どのようなゲームを構想しているかという具体例が示された。確かに、技術的にどれだけ飛躍しても、コンテンツがなければ始まらない。さっそく、どのようなゲームが実現していくのか、プレゼンテーションで判明した内容をまとめていこう。
Hardsuit Labs
Hardsuit Labのアンディ・キプリング氏が解説したのは、“適者生存”の世界を表現するというゲーム。あるエコシステム(現実とは異なる世界)の中で複数の生物種を作り、進化させ、維持するのが目的となる。プレイヤーはその世界のリソースを取り合って生存競争を行うことに。プレイ中は環境などいろいろと変化するものを管理し、エコシステムのバランスを取っていくが、それが崩れて大きな失敗につながる場合も。しかしそこから、新しく意外なものが生まれたりもして、どんな方向へ進んでも満足のいく経験ができるという。進化の方向性によっては、蛙が最強のプレデターになるかも!?
Human Head Studios
海賊や、海の怪物クラーケンなどが登場する、神話の世界を描いた“マッシブ・マルチプレイヤー・オンライン・ナバル・バトル・ゲーム”と銘打つ作品を構想しているのは、Human Head Studiosのテッド・ハルステッド氏。シンラ・テクノロジーの“リアル・オーシャン”という流体物理学モデルで水の表現が容易になったため、そこから「船のゲームを作ろう」と考えたのだとか。船は波の動きに正確に反応して動き、プレイヤーはこれを考慮しながら船を動かす必要がある。波は無限に生成されていくため、同じ経験は二度なく、つねに新鮮なプレイが可能になりそうだ。海戦時、敵の攻撃を受けながら操船し、反撃するには高度な航海スキルが必要で、航海中には幽霊船や渦潮にも注意しなくてはならない。
Camouflaj
Camouflajのライアン・ペイトン氏は、ステルス・サバイバル・ゲームの内容をお披露目。舞台はダイナミックな移動アリーナで、アサシネーション、つまり標的の暗殺が目的になるという。ストーリーが動力となるゲームだが、プレイヤーが忘れがたい瞬間を得られる、サンドボックス経験を提供したいとのこと。アリーナ内では環境の破壊が起き、それは見た目の変化だけでなく、暗殺という目的にも使えるものになる。同氏は、「マルチプレイの幅を広げたい。反応の早さだけで競うのではなく、戦略を使う、一瞬一瞬にすばらしい経験ができるゲームを目指す」と意気込みを語った。
今後はインディー開発にも門戸を開放
最後に、和田洋一プレジデントに、今回発表された3タイトルについてうかがった。今回発表した作品は開発の序盤にあるとのことで、いつごろ遊べるかは「これまでにないものなので、最後の練り込みに時間をかけたい」と時期の明言を避けたものの、「できるだけいままでと違うものに」という意気込みがうかがえる。各タイトルについては、Human Head StudiosとCamouflajのタイトルは同時参加型、Hardsuit Labのタイトルは、そこにある世界に、個々のプレイヤーが好きなときにアクセスして遊ぶタイプのものだと説明。「今回はすべてマルチプレイですが、シングルプレイのものでも、いままでとはかなり違うものが作れると思います」(和田氏)。
また、プロトタイプ・アクセラレーターの適用はいまは3社のみだが、一方でインディーの開発市場にも目を向け、2週間ほど前に開発キットの配布を行ったと説明。配布直後のためピックアップはまだとしながらも、「新鮮なものがあがってくるかもしれません」と期待をのぞかせた。
今回発表のタイトルや前述のデモなどで見られたように、生きた世界を構築できるため、その使いかた次第で新たな体験が可能になるシンラ・テクノロジーのプラットフォーム。たとえば『ピノキオ』の物語で、クジラの体内を冒険する際、そこが生きた世界でこれまでにない表現ができたら、それはかつてないゲームになる。そんなたとえで、これまでのクラシックなタイプのゲームも、生きた世界があれば新たな体験になることを示唆してくれた。
「我々のように長いあいだゲームを作っていますと、現実主義者になってしまいます。つまり、何ができるかということより、何ができないかを考えすぎてしまいます。それはゲームを作りきることにおいては非常に重要なのですが、なかなか新しいゲーム体験が生まれなくなってしまいます」。セッションでそう発言し、シンラ・テクノロジーに興味のあるクリエイターへ向け、「シンラのプラットフォームを踏み台にして、発想を飛躍させてください」と、新たな時代を作っていく意気込みを見せた和田プレジデント。恐らく「E3でもっとも予算の少ないイベント(笑)」とのことだが、もっとも夢の詰まった、未来のゲーム体験が楽しみになるセッションだった。