イレーヌ内臓店へようこそ!

『わすれなオルガン』は“腑に落ちない現実”と向き合うための内臓栽培・販売ゲーム【とっておきインディーVol.18】_01
『わすれなオルガン』は“腑に落ちない現実”と向き合うための内臓栽培・販売ゲーム【とっておきインディーVol.18】_02

 ゲームは時に一大エンターテインメントであったり、コミュニケーションツールであったり、暇潰しだったりしますが、そうした定義づけは“自分”という確たる存在があってこそ、というフシがあります。ゲームの表面的な展開とは別に、エンターテインメントに興じる自分、コミュニケーションの受け手/送り手である自分、潰さずにはいられない暇を抱えた自分──を楽しんでいる、といってもいいかもしれません。だからといって「私は現実逃避目的でゲームしているんだけど」という方に、それは「束の間の現実逃避をしている自分」を楽しんでいるんですよ、と答えるような野暮はしませんが(しているか)、とくに昨今のメインストリームのゲームは、プレイヤー自身の、現実世界における立場や状態の認識を肯定することを第一義に作られているような気がします。
 だから余計にでしょうか。『わすれなオルガン』のような作品をプレイすると、身体がふわぁっと軽くなるような、すがすがしい感覚を味わえます。基本的な内容は、植物栽培タイプのクリックゲーム。プレイヤーは、臓物のなる木“臓木”の栽培家見習い・オルガンとして、木に水やりして、実が育ったら収穫、をくり返します。特別急いで操作しなければならない要素やルールはないものの、ゲーム世界内の状況がけっこう速く変化していくため、それに合わせてついせっせとクリックしたくなります。また、オルガンが栽培・納品した臓物を求める客の、滑稽であり哀しくもあるエピソードが小出しに語られるため、続きが気になって延々とプレイしてしまいます。ゲームという体裁を取っている以上、本作も現実世界の肯定を前提に成り立っているわけですが、そのプレイ感覚、展開する物語は、現実世界とは異なる道理に身を委ねる心地よさを、同人ゲームならではのストレートさで体現しています。閉鎖的で清廉潔白、単調にして力強いリズムを持った本作の世界は、ソーシャルに開かれたタイトルとの関わりで消耗したあなたの“ゲーム愛”を、やさしく回復してくれるでしょう。

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▲シンプルかつ洗練されたグラフィックデザインが目を惹く、メインのゲーム画面。臓物がキラキラ輝き、小さなキャラがちょこまか動き回るさまは、眺めているだけで楽しめる。

■臓器栽培見習いが覚えるべき4つの工程

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[1]水遣り〜臓器収穫
 臓物は、水を十分に含んだ臓木の枝に実を結ぶ。臓物を収穫し続けると、その臓木のレベルが上昇。一度に木になる臓物の数や吸水量が増加する。

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[2]ペットの購入・管理
 ペットは、適所にいることで支援効果をもたらしてくれる頼もしい存在。サボっているペットは、クリックすることで“仕事場”に誘導できる。

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[3]納品~クエスト達成
 プレイの指標となるクエストは、ゲーム進行に応じて自動的にストック・更新される。指定された臓物を納めるクエストを達成すると報酬をもらえる。

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[4]店頭イベント
 おもに納品クエスト達成時に発生。臓物を注文した客とイレーヌのやり取りを楽しめる。同一客のイベントでは連続するエピソードを楽しめる。

【取り扱い内臓】※一部加工品あり。

 登場する臓器は全5種類。臓木のレベルアップによって、それぞれ上質の臓物を栽培できる。熟す前に収穫した臓物は、ミンチ機にかけて挽き肉として販売可能。

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▲腎臓
▲心臓
▲胃
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▲肝臓
▲腸
▲挽肉

【内臓を求める客たち】

 それぞれの理由で臓物を求めてやってくる客たち。彼らひとりひとりに秘められた物語性にも注目。

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女の子
大好きなペットの猫と、どんな手段でもいいからお話したいと思っている。
魔女
元気でおっちょこちょいな魔女。いまは、とある実験に精を出している。
農夫
身に降りかかった災いを鎮める儀式用の臓物を求めているようだが……。
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イレーヌ
誰とでも穏和に接する、イレーヌ・パーラー店長。見習い弟子のオルガンに、
自家製臓物の栽培を一任する。
人形
持ち主によって命を与えられた後、ひとりで店に来るようになる。
オコジョ
食べ物を求めて店にやってくる。イレーヌがなぜか気に入っている。

摩訶不思議世界誕生の秘密に迫る CAVYHOUSEスタッフインタビュー

 本作を制作したCAVYHOUSEのメンバー、善乃氏(原案、ディレクション、プログラム、グラフィック)とy0s氏(シナリオ)に、開発エピソードを訊いてみました!

■現実世界から、少し離れた物語を……

――“臓物を栽培するクリックゲーム”というアイディア・発想はどこから生まれたのでしょうか?

善乃 スマートフォンやタブレット用ゲームによくある箱庭系が好きなのですが、ゲームが進むにつれて待ち時間が長くなってしまうのが残念でした。逆に、どんどん忙しくなるゲームを作りたいと思ったのが、きっかけです。また、前作(『真夜中は星づくよ』)、前々作(『マヨナカマヨイガ』)と難易度が高めなゲームを作ったので、今度は単純なシステムでできるだけおもしろくすることに挑戦しようと思い、クリックゲームを選びました。

y0s 臓物栽培というテーマについては、一度ちょっとグロいゲームを作ってみたかったものの、リアル志向のグロさは好みでなかったので“ポップな臓物ゲーム”という方向性に落ち着きました。

――幻想的でちょっとダークなゲーム世界のムードやシナリオ展開はどのように構築されていったのでしょうか?

yOs 臓物はシナリオの原案をディレクターの善乃が考えて、僕が具体的なテキストにする形をとっています。“臓物のなる木”は突飛な存在ですが、それがふつうに存在する世界があるとしたら……と想像しながら物語を構築しました。僕にとって、ゲーム制作の魅力は、“自分たちの考えたルールが動き出す世界”を実現できるところです。『わすれなオルガン』に限らず、CAVYHOUSEの作品では、ゲームルールにもとづく一方で、現実世界からは少し離れた物語を作ることを意識しています。

――本作の開発期間を教えてください。

善乃 約1年半です。今回、開発環境に初めてUnityを使ったので、最初の数ヵ月間はUnityの勉強に費やし、その半年後に最初の体験版をリリースしました。

――Unityを選んだ理由は?

善乃 それまではXNA(※マイクロソフト提供のゲーム開発用ツール)を使用していたのですが、昨年にリリースが終わってしまったので……。今後の活動としてスマートフォンへの対応を考えていたこともあり、Unityを選択しました。

yOs Unityを使ったことで、多様なプレイ環境に対応させることができました。

――その後の開発は順調に進んだのでしょうか?

善乃 作業開始から1年でエンディングまで実装してからは、残りの半年間でやりこみ要素の実装とゲームバランス調整を行いました。

yOs 本来はエンディング実装時点でリリースする予定だったのですが、頒布予定だったコミケに落ちてしまいまして(笑)。だいぶモチベーションが下がりましたが、調整にかける時間を長くとれたのは、不幸中の幸いでした。

――正式リリース前までに、体験版をBitSummitやデジゲー博などの各種イベントに出展されていたようですが、参加しての感想・手応えは。

善乃 シンプルなクリックゲームだったので、同人ゲームとして受け入れられるか不安でしたが、この種のゲームが好きな方が一定数居ることがわかり、安心して制作に集中することができました。

■やり込みプレイの先に待つ“もうひとつのエンディング”とは?

''――シナリオ構成は、とある客とのエピソードを主軸とした1本道構成……ということでよろしいでしょうか?"

善乃 はい。他のお客さんのエピソードは、サイドストーリーという形になります。

――エピソードが全般的にビター・テイストですが……。

yOs これまでの作品もそんなに甘くはないんですけど、本作は“ガンガンいこうぜ”ということで(笑)、いつもよりビター成分を多めにしています。臓物を扱うからグラフィックはポップに、グラフィックがポップだからシナリオはダークに……といったように、ゲーム世界に違和感が生じるようなバランスを意識しています。

――私自身、エンディングまでにかかったプレイ時間が9時間でした。これは制作者にとっては遅めでしょうか?

善乃 制作時に想定したのは10時間程度です。ただ、5時間程度で達成したという方も結構いて、驚いています。エンディング後のやり込み用クエストの達成を目指すと、もっと時間がかかりますね。

――私はやり込みクエストの目標の果てしなさに心が折れて挫折してしまったクチですが(笑)、これらを達成すると何か新たなイベントが発生したりするのでしょうか?

yOs やり込みプレイ中に発生するイベントもあります。そしてクエストを全部達成すると、主人公たちに関わる重要な謎が明かされる“やり込みエンド”を観られます。

――何ですと!?

yOs 本作のBGMは、二次利用できる素材サイトから選んだものを使用していますが、やり込みエンドでは、オリジナルのボーカル曲が演奏されます。

''――それは自力で観てみたいですね……。『わすれなオルガン』の物語世界にすっかり惚れ込んでしまった私は、本作で展開する各エピソードからは“一度失ったものは二度と戻らない”というテーマ性を強く感じました。おそらく、やり込みエンドでもそのあたりが触れられると思われますが、このあたりに関しては、実際どのような意図がこめられているのでしょうか?

y0s そこに何か強い主張を込めたというよりは、“登場人物が無制限に力を行使できる世界はつまらない”という、創作世界の好みの問題です。考えてみれば、ゲームもプレイヤーにあえて制限をかけることで難易度が発生しておもしろくなると思うので、そういうゲーム観のようなものが、ストーリーに反映されているかもしれません。

■CAVYHOUSEのテーマは“ふたりでできる限界の追求”

――サークル自体についてお伺いします。おふたりの簡単なプロフィールと、サークルを結成した経緯を教えてください。

善乃 もともとゲーム会社に就職したかったので、大学でプログラム関係の勉強をしました。結局ゲーム会社に就職はしませんでしたが、どうしてもゲームを作りたかったので、CAVYHOUSEとして同人ゲームの制作を始めました。現在5年目になります。

y0s 僕の場合、高校時代から個人でゲームのプログラミングをしていましたが、大学で善乃さんと知り合って、いっしょにゲーム制作することになりました。シナリオという形で参加したのは、CAVYHOUSEからです。

――CAVYHOUSEさんは『わすれなオルガン』で5作目とのことですが、“不思議”、“幻想的”といったキーワードが、サークル作品に共通しているように思われます。こうした作風を確立した理由を教えてください。

y0s ふたりとも「現実世界とは少しルールが異なるけど、そのルール自体が体系的、自律的に構築されている」という世界が好きなので、そういう傾向として感じられるのかもしれません。

――テレビゲームという表現手段のメリット・デメリットをどのようにお考えでしょうか?

善乃 メリットは、自分たちがこれまで吸収してきたことすべてをグラフィック、プログラム、ストーリーを使って表現できること。デメリットは、プレイにそれなりに時間がかかるので、プレイヤー側にまとまった時間が必要なことだと思います。

――コンスタントに作品をリリースし続ける秘訣は?
善乃 日常的に制作を習慣づけることを心がけています。同人ゲームは外部から強制力が働かないぶん、モチベーションの維持が難しいので、イベントや交流会に積極的に参加して刺激を受けるようにしています。

――サークルが今後進む方向性について教えてください。よりリッチな作りを目指すのでしょうか? それとも、スマートフォンアプリを中心としたスタイルにシフトしていくのでしょうか?

善乃 これからも、作りたいものを自由に作り続けたいです。

y0s これは最初から決めていたことなのですが、「ふたりでできる規模でどこまでおもしろいものを作れるか?」を追求したいので、メンバーを増やしたりといったことはありません。ただ、できるだけ多くの方にプレイしてほしいので、同人ゲームとして新作をリリースすることを最優先にしつつ、過去の作品のスマートフォン版や海外ローカライズ版もできればと思っています。

――ということは、将来的には『わすれなオルガン』のスマートフォン版も……。

y0s 現状のままではレイアウト的にベタ移植は難しいので、すぐにとは言えませんが、いずれ検討したいですね。


わすれなオルガン
メーカー CAVYHOUSE
対応機種 PCWindows
発売日 配信中
価格 1000円[税抜](1080円[税込]) 同人ショップでの価格は1400円[税抜](1512円[税込])
ジャンル その他