「中国は成長の幅が大きく魅力的な市場だ」

 ゲームの一大市場として、世界中の関係者から注目を集めている中国。今年になって家庭用ゲーム機が解禁になるなど、ここへきてその周辺はさらに賑やかだ。ChinaJoy 2014で、ソニー・コンピュータエンターテイメントとマイクロソフトが揃って出展を果たし、話題を集めたのは記憶に新しい(⇒記事はこちら)。一方で、「中国市場は難しい」とはよく言われるところ。これまでも、何社ものメーカーが中国市場で苦戦してきたという歴史を持つ。そんな中、フランス人のジル・ランゴリ氏が起業し、10年以上にわたって中国市場で大きな存在感を放っている開発スタジオがある。Virtuos(バーチャス)社だ。

 創業者であるCEOジル・ランゴリ氏は、もともとはユービーアイソフトに所属し、同社の上海オフィス設立を担当したお方。2年間ユービーアイソフト上海を舵取りしてきた氏は、中国でのビジネスチャンスを確信し、10年前にVirtuosを設立。以降、順調に会社の規模を拡大してきた。

 Virtuosのおもな業務は、ゲームの受託制作。この10年間で関わったゲームタイトルは300を超え、世界中のパブリッシャーやデベロッパーからの信頼も厚い。当然人気作にも多数関わっており、たとえば、『ファイナルファンタジーX/X-2 HDリマスター』のHDリマスターを担当しているのは同社だったりする。Virtuosの詳細に関しては、日本語のサイトが立ち上げられているのでそちらでご確認いただくとして(⇒サイトはこちら)、同社はどのようにして中国でビジネスを成功させてきたのか。ここでは、VirtuosのCEOであるジル・ランゴリ氏に話を聞いた。

世界中のゲームメーカーがその技術力に圧倒的な信頼感を寄せる、中国最大の開発会社Virtuos社のCEOを直撃取材_01

――そもそもVirtuosさんとは、どのような会社なのでしょうか?
ジル Virtuosは、今年で10年めを迎える会社になります。10年前というと、プレイステーション3やXbox 360が発売されて、世界中のゲーム会社が「大規模なゲームを開発するためにどうすべきか?」を模索し始めた時期にあたります。さらに、携帯ゲーム機向けのゲームも開発しないといけないということで、マネジメントをどうするかでも悩んでいました。当時私はユービーアイソフトに務めていたのですが、ユービーアイソフトがまさに、その問題に直面していたんです。

――10年前というと、開発的にも転換点だったのですね。
ジル 私は、1997年から2000年まで、ユービーアイソフトの上海オフィスの立ち上げを担当したのですが、「この中国という地ならば、いま世界中のメーカーが直面している大きな悩みに応えられるのではないか?」と思ったんです。規模の大きなコンシューマーゲーム機から、小回りの効く携帯ゲーム機まで、ゲームメーカーさんにたくさんのコンテンツを出していただくお手伝いができるようにということで設立したのが、Virtuosです。

――この10年間はどうでしたか?
ジル 間違いなく、正しい場所で正しいタイミングに立ち上げられたなと思っています。と言いますのも、10年経ってみると、Virtuosは世界トップ20に入るゲーム会社のうち、18社様とは何らかの形でお付き合いをさせていただいているんです。

――それはすごいですね。いま会社の規模はどれくらいですか?
ジル いま4つのスタジオを展開しています。ここ上海と成都、西安、そしてベトナムのサイゴンですね。スタッフは1000人を超えています。で、じつはいま3つの事業を柱としています。ひとつはアートの手伝いをさせていただく部門。こちらは、いわゆるAAA(トリプルエー)タイトルのような大規模な開発のアートのアセット(素材)を作らせていただく事業。ふたつめがゲーム事業。こちらは、ゲームをいちから作らせていただくことはもちろんなのですが、昔のコンテンツをリバイバルするとか、プラットフォームの移植なども行っています。最後に、最近立ち上げたのが、Co-プロダクション事業です。こちらはモバイルに特化しているのですが、パブリッシャー様といっしょにIPものを作り上げていくときのお手伝いをさせていただいています。

――けっこう幅広い範囲で事業を展開されているのですね。
ジル ChinaJoy 2014の会場を見渡しただけでも、私たちが関わっているタイトルはけっこうありますよ。まずは、SCEブースで展開されている『FIFA 15』や『ファイナルファンタジーX/X-2 HDリマスター』。マイクロソフトブースの『ウォッチドッグス』もそうですね。盛大遊戯ブースで展開されている『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア』にもキャラクターアセットの一部を提供されていただいています。後は、ネットイースブースの『Tianxia 3』や『Crisis 2015』は、いっしょに作らせていただいているゲームですね。

――場所の利と時間の利があったとのことですが、場所の利について少し聞かせてください。なぜ上海で?
ジル 中国は、もちろん世界でいちばん大きな国ですが、ゲームプレイヤーのいる一番大きなマーケットでもあるんです。たとえば、大学のコンピュータールームに行ってみると、みんな勉強しているのかなと思いきや、エンジニアだろうがビジネスを学んでいる人であろうが、あるいはアーティストだろうが、全員ゲームを遊んでいる(笑)。そう考えると、“ゲームが好き”というのは、ものすごく大きな財産だと思うんです。

――当時は、なかなか家庭用ゲーム機を開発できる中国人の開発者も少なかったように思うのですが……。
ジル 10年前からさまざまな外資が中国にスタジオを作っていたので、人材としては豊富でした。ただ、たとえば日本のクリエイターと比較すると、最初から段階を踏んでいちからゲーム作りをする……という経験は不足していたかもしれません。ただ、私としてはこの会社を設立したときに、いわゆる“外注”として仕事をして、「何を作っているかはわからないけど、一応ゲームを作って納品しました」という仕事を目標にしていたわけではないんです。「自分で何を作っているか?」ということをしっかりと把握して、徐々にスキルを上げていく。最終的にはハイクオリティーなゲームを作れるようになる人材を育てていくことを、目標にしています。

――“難しい市場”と言われる中国で成功した要因はどこにあると分析していますか?
ジル 1997年にギユモ兄弟(ユービーアイソフト創業一家)と中国に来たときに、「信用がないまま会社を作るのか、それとも、いま自分たちが手掛けているのと同じクオリティーのゲームを作れると信じて会社を作るのかというときに、同じものを作れると信じていなければ、中国でやる意味がない」と言われたんですね。私はこの言葉をいまも大切にしていまして、「この人たちと作れば絶対にいいものができる」という人材を見つけて、その人たちといっしょにやっていくという気持ちじゃないと、成功しないだろうと思っていました。

――ジルさんから見た、中国の魅力って何ですか?
ジル まず、市場として大きいというのは言えると思います。あとは、成長の幅がほかの国と比べても、とにかく大きい。そのぶん貧富の差も大きいけれど……。人口が多いぶん、ひとりひとりが少ない金額でゲームを遊んでも、全体として見れば大きくなる。そういう意味から言うと、エンターテインメントという分野にとっては、極めて有望な市場ですね。

――確かに、巨大市場ですね。
ジル あと、当社に応募していただける学生さんを見ているとわかるのですが、エンジニアにしてもアーティストにしても、とにかくスキルの高い人が多い。そして、皆さんモチベーションがすごく高くて、自分たちの持っているスキルをいかに活かして自分を高めていくか……ということに、極めて貪欲なんです。きちんとマネジメントをする気があるのであれば、非常に成功する確率の高い国だと思います。あと、中国の大学を卒業するにあたっては、CETという英語の資格を取らないと卒業できないらしく、大卒者は最低限の英語力は保証されているんです。グローバルで展開するにあたって、ある程度のレベルが保証されているので、コミュニケーション上はラクですね。

――世界中のメーカーが仕事を依頼するというのは、Virtuosの高い技術力を評価してのことだと思うのですが、技術力を維持するための秘訣は?
ジル 最初に会社を作ったときは、マネジメントを強化していたんです。いまは、マネジメントはもちろん大切なのですが、つぎのステージに入りまして、育成に力を入れています。サーティフィケーション(証明)システムの充実ですね。社内で独自の資格制度を作りまして、スキルを積むことでレベルを上げられるようにしているんですね。座学などで勉強をしてもらいながら、やる気のある人は、つぎのレベルのトレーニングを積めるようにする。ランクには、何種類かあるのですが、最初の段階でステップアップするには、30%のスキルレベルをクリアーしないといけない、さらにつぎのレベルに行く場合には、80%クリアーしないといけないという決まりごとを作っているんです。もちろん、ランクが上がれば給料も上がりますし、会社内のポジションも上がります。

――会社の独自のシステムとして構築しているんですね?
ジル はい。さらにいえば、その資格制度には現場のノウハウもフィードバックしています。私たちは、1年に60~100ものプロジェクトに関わっているわけですが、現場ではその都度“学び”であったり、“改善すべき点”などの気付きがあるわけです。それをきちんとフィードバックして社内で“知っておくべきスキル”として共有するのです。

――なるほど! ノウハウの共有ですね。いずれにせよ、資格制度というのは、スタッフのモチベーションアップにつながりそうですね。
ジル モチベーションアップもありますが、根本にあったのはスキルを上げるためのシステム作りでしたね。家庭用ゲーム機が第3世代(プレイステーション3やXbox 360)から第4世代(プレイステーション4やXbox One)に上がったときに、全然違うスキルを求められることになったのですが、その際にすべてのスタッフを第4世代向けにシフトする必要があったんです。あまりのんびりしている時間もなかった。そこで、社内のサーティフィケーションシステムを応用して、2013年の終わりまでには第4世代向けのゲーム開発に対応できるようにしました。

――きっちりとした教育システムを構築しているのですね。
ジル 日本の場合は、会社を辞める人はあまりいないと思うのですが、日本を除く世界各国は、中国を含めて頻繁に会社を転職します。若い人たちが入ってきても、どんどん抜けていくわけです。中国は若い力はあるけれど、それなりに抜けていってしまうので、ノウハウが残らないというリスクがある。それは弱みでもあるのですが、逆に強みでもあります。きちんとスキルを共有化することによって、会社全体でノウハウを蓄積していけばいいわけですから。

世界中のゲームメーカーがその技術力に圧倒的な信頼感を寄せる、中国最大の開発会社Virtuos社のCEOを直撃取材_03
世界中のゲームメーカーがその技術力に圧倒的な信頼感を寄せる、中国最大の開発会社Virtuos社のCEOを直撃取材_02
▲取材時はちょうど新人さんの研修が行われていた。ここで開発のノウハウを学び、各地に赴任することになる(左)。目立った活躍をしたスタッフには、記念撮影なども(右)。

――今年、中国で久しぶりに家庭用ゲーム機が解禁されますが、そのことのもたらすものは?
ジル 中国で家庭用ゲーム機が解禁されることは、まずひと言、うれしいです。いままで並行輸入という形で、かなりの数の家庭用ゲーム機が中国大陸に入ってきたわけですが、今回中国が国として公式に門戸を開けたことによって、さらなるビジネスチャンスが広がるわけですから。SCEさんもマイクロソフトさんも中国展開を積極的に行ってくれるのは、うれしい限りです。とくにSCEさんにとっては、2003年以降の挑戦になりますね。当時でも、中国である程度大きな家に住んでいた人は、大きなリビングルームに大きなテレビを置いていて、その傍らにプレイステーション2がある……という状態が当たり前でした。そのころでも、たぶん30万~40万台のプレイステーション2が普及したと記憶しています。

――中国市場でも、確実に家庭用ゲーム機に対するニーズはあると?
ジル ただ、10年前と同じ問題点を抱えているのかな……と思っている点もあります。たとえば、SCEが初代プレイステーションで、世界中で成功した大きな理由として、欧米でハードを売るために、欧米のパブリッシャーに対して「どんどんソフトを作ってください」とアプローチした結果があったように思います。けっして日本のゲームメーカーだけに限定しなかった。一方で、Xboxが日本で苦戦した理由としては、日本のゲームメーカーをうまく巻き込めなかったところに一因がある。同じことが中国でも言えるんです。SCEさんやマイクロソフトさんは、国外からタイトルを持ってくることに関しては積極的ですが、中国のパブリッシャーなりデベロッパーなりに、そんなに積極的にはなっていないようにも見受けられます。その点を上手にやれたら、きっと成功が待っていると思いますよ。

――ジルさんは、中国におけるプレイステーション4やXbox Oneの成功に関してはポジティブに考えていますか?
ジル それを明言するのは少し早いかな。くり返しになりますが、一方ではお金を持っている人がいて、確かなマーケットが存在する。ただし、しっかりとした戦略を練らないといけない。ということで言えば、逆に言うと何かサプライズがあって、「中国に対してこんなにいろいろと仕込んでいたんだ」という状況になれば、お互いにとってハッピーな状況が待っているかもしれないですね。ただ、10年前にプレイステーション2が失敗したときよりは、明らかにいい状況だとは思っています。なぜかというと、ゲームユーザー自体が明らかに増えているというのと、昔ほど中国のパブリッシャーが弱くない。むしろ、いま中国のパブリッシャーは超強力です。あとは、うまくハードメーカーとパブリッシャーが手を組んでユーザーに対してアピールをしていけば成功の可能性は高いのではないかと。

――では最後に、今後のVirtuosの進むべき方向性を教えてください。
ジル 私たちの目標は、ゲーム開発者の皆さんが、「ゲームを作りたいんだけど、ちょっとたいへんだな」という状況において、「誰が助けてくれるかな?」って思ったときに、いちばん最初に思い浮かべてくれるスタジオでありたいということですね。たとえば、これは一例なのですが、「ゲームエンジンは何を使う?」というときに、Unrealだったり、havokだったり、Unityだったりを挙げられますよね。それと同じように、「一番の開発スタジオは?」と言われたときに、一番で……とは言いませんが(笑)、最初のほうに「Virtuosだね」と言われるような存在になりたいです。

――世界トップ20のゲームメーカーのうち、18社とお付き合いがあるということは、ある程度その願いは叶えているのでは?
ジル まだです! まだまだ伸び代はたくさんあると思っています。とくに日本のゲームメーカーさんとは、もっと密な関係を築きたいと思っています。上海と日本。地理的には極めて近いのに、まだまだ仕事上の距離が遠い。なかには、いまだに「中国の会社といっしょに仕事をするのはちょっと怖いかも」とおっしゃっている会社さんもいて、その点は残念ですが、もっと努力を重ねたいです。日本のゲームメーカーさん、ぜひよろしくお願いします!

 さらなるVirtuosの真髄に迫るべく、次回は『ファイナルファンタジーX/X-2 HDリマスター』の開発チームのインタビューをお届けしよう(2014年9月24日更新予定)。

世界中のゲームメーカーがその技術力に圧倒的な信頼感を寄せる、中国最大の開発会社Virtuos社のCEOを直撃取材_05
世界中のゲームメーカーがその技術力に圧倒的な信頼感を寄せる、中国最大の開発会社Virtuos社のCEOを直撃取材_04
▲Virtuos社には、アートディレクターの発案により、“美術部”が設けられている。絵画や像などが、ゲーム開発に役立つとの発想によるものだ。教育熱心なVirtuos社らしい取り組みと言えるだろう。