気鋭のクリエイターがVRをテーマに語り合う

VR新時代を迎えるために超えるべき“現実の壁”とは? “Oculus Panel Discussion~Oculus Riftを用いたゲーム制作~”【CEDEC 2014】_01

 2014年9月2日~9月4日、パシフィコ横浜で開催された、日本最大級のゲーム開発者カンファレンスCEDEC 2014。Oculus VR社が開発するヴァーチャルリアリティ(VR)用ヘッドマウントディスプレイOculus Rift。その対応ソフトの開発時における留意点や課題点、そして今後注目すべき関連テクノロジーについて意見交換するパネルディスカッションが行われた。

 現時点では開発者向けキット(※最新版はDK2)がOculus VR社の公式サイトにて予約受注販売されている段階のOculus Rift。日本国内の一般ユーザーがPCゲーム用周辺機感覚で入手できる環境や市場が整うのはまだ先の話だが、エンジニア、クリエイターレベルでは”新たな世界”を創出・体験できる夢の詰まったデバイスとして、大小さまざまな規模でのソフトウェア開発研究が進められている。

 今年9月19~20日にはOculus VR社初の開発者向けイベント“Oculus Connect 2014”が開催されるが(※開催地は米カリフォルニア州ロサンゼルス)、日本国内でも2013年からOculus Riftを使ったゲームジャムや、Oculus Festival in Japan主催の作品展覧会、通称“OcuFes”が2013年から各地で催されるなど、より多くの開発者が参加する下地が整いつつある。

 今回のパネルディスカッションの趣旨は、Oculus Rift対応ソフトウェア開発に関心を寄せる受講者に、開発の現状とその際に生じる課題をダイジェスト形式で紹介するというもの。先だって行われたプレイステーション4用VRシステムProject Morpheusのプレゼンテーション内容を踏まえつつ、各パネリストが独自の研究開発で得た知見を披露した。

■パネルディスカッション参加者

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渡邉成紀氏
株式会社セガ第一研究開発本部プログラマー。本講演では司会進行を担当。
石井勇一氏
ソフトウェア開発技術者の育成の支援企業シーディングソフテックの代表取締役。
伊藤 周氏
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社のエバンジェリスト(伝道師)。
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近藤“GOROman”義仁氏
開発コンサルタント企業XVIの代表取締役社長。GOROman名義でOculus Riftの普及に尽力する。
井口健治氏(“Needle”)
“パーソナルVR”という新しい文化を支える開発者団体Oculus Festival in Japanのエンジニア。
桜花一門氏
Oculus Festival in Japan主催者。自身もVRクリエイターとして活動中。

■テーマ1“考慮すべきゲームデザイン・ポリシー”

 VRゲームを開発する際、どういった点を考慮し最適化すればいいのか? というポイントが、従来のゲーム開発セオリーと比較する形で討論された。実行時のフレームレートは、従来のゲームでは滑らかな動きを表現するのに十分な60fpsでは足りず、Oculus Rift(DK2)の特性上「75fpsは死守」(桜花氏)とのこと。60fpsでも起動できないことはないが、DK2で追加された映像の残像感を抑えるモードに対応させるためには最大値を設定すべき、との見解で一致していた。また、今後のバージョンアップを見越すのであれば「75fpsを基準としつつ、可変フレームレート前提で設計しておいた方がよいのでは」(井口氏)との意見も挙がった。

 カメラ演出、音響、UI表示などのゲームデザインに関する注意点に共通していたのは、VR世界への没入感を阻害したり、身体運動に関する感覚器官の不協和によって生じる体調不良、いわゆる“VR酔い”を引き起こさないようにするための対策。これまでの研究・テストプレイの結果、身体が動いていないのにジョイパッドで移動できてしまったり、カットシーンで場面が急に変わったりすると気持ち悪くなりやすいことが実証されているとのこと。従来のFPS(一人称視点シューティング)などで採用されている、歩行時に視点が上下に動く演出はとくに相性が悪いそうで、外枠から眺める映像としての臨場感と、それをVR世界内で“体験”することとがまったく別物であることがうかがえる。

 VR世界への臨場感を損うことなくいかに“ゲーム的な要素”を盛り込むかについては、立体音響によって視線を誘導したり、システム系データをVR世界内に存在するオブジェクトを介して表示するといった「プレイヤーの気持ちにあった演出」(石井氏)の重要性が説かれた。VR世界を歩行移動する際は、その場で足踏みするだけでも感覚器官の衝突をだいぶ抑えられるということからも、視覚と体感をいかに一致させるかが重要なポイントになりそうだ。

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■テーマ2“ベスト入力インターフェイス”

 プレイ時には現実世界の一切の視界が遮られるOculus Rift用ゲーム。その入力インターフェイスには何が相応しいのか? 従来の標準的な入力インターフェイス──ゲーミングパッドやキーボード+マウス編成が実用的ではないこと、ドライブシミュレーターなどは従来のハンドル型コントローラーでも対応可能……といったことを前提としつつ、各パネリストが自らの経験談をふまえた知見を披露した。

 石井氏は、Oculus Rift標準のセンサーのみを用いた操作系を提案。「(VR世界にいながらにして)あれこれ操作説明されても、多くの人は咄嗟にできない」(石井氏)とのことから、前かがみで加速移動、後ろに反らして減速移動、軽くジャンプして各種アクション発動……といったシンプルな操作スタイルを推奨した。

 Oculus RiftとKinect(ジェスチャーと音声認識に対応した入力デバイス)でネットワーク上のVR環境を構築した経験のある井口氏によれば、KinectはジェスチャーがVR世界内のアバターに反映される際の遅延が大きかったり、指の細かい動きが反映されなかったりで、没入感を壊さないレベルの精度にはまだ足りていないという。ただ、アバターの身体に一体感を得る体験自体は興味深く、今後の技術的進歩に期待したいとのこと。

 近藤氏は、今年のE3でデモンストレーションを体験した歩行型デバイスOmniに可能性を感じつつも、現モデルでは日本人の体型に合っていないことを指摘した。

 より現実的な線として、近藤氏と伊藤氏は手の動きやジェスチャーによる入力デバイスLeap MotionをOculus Riftのヘッドマウントディスプレイにマウントするスタイルが標準になるとの見方を示した。伊藤氏によれば「(VR世界に)手を入れると帰属感が出る。何らかのジェスチャーもUI的に使えるのでは」とのこと。

 VR世界でおこしたアクションが体感として返ってくる“フォースフィードバック”に関しては発展途上とのこと。「何かを殴ったらその感触が伝わる……という機構は、知り合いのロボット研究者に聞いたら1000万円かかるとのことでした。触覚を感じられるシステムとなると1億円。指1本何百万円という世界で、いますぐ商業的に持っていくのは難しいですね」(桜花氏)

 全身触覚のスーツを着込んでVR世界にダイブ……という環境はまだまだ先のようだが、「そこにいる」という感覚を、視覚以外で味わうためのインターフェイスは存在する。近藤氏は、3次元感触インターフェイスNovint Falconを介してVR世界内のキャラクターと握手できることに大いに可能性を感じるという。「VRでまず何をするかというと、大抵の人はキャラクターを出現させる。そのつぎは、そのキャラクターを触ろうとする。これは本物かどうか? という実在感を感じようとするために無意識に行うようです。そこで反応が感触として返ってくると、“いる”と思えるんですね」(近藤氏)


 さらに現実的かつお手軽なインターフェースとして、コンピュータ制御できる扇風機を挙げたのは井口氏。「空間の大気を感じられるというだけでも、没入感は高まります」(井口氏)

■テーマ3“Oculusあるある大事典”

 最後は、Oculus Rift用ゲームを実際に開発・研究・展示した者だからわかるさまざまなエピソードが語られた。

 開発環境は、パネリスト全員がUnityを使用。近藤氏ははじめのうちこそC++で直接コードを書いていたが、関連プラグインが充実しているなどの手軽さから乗り換えたという。「実行速度の速さよりも、お金で解決できる作業の楽さをとりました」(近藤氏)

 その一方で井口氏は、Oculus Rift用ソフト開発用プラグインが有料版のUnity Proでしか使えないことに懸念を表明。これに対しユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの伊藤氏は「ゲーム開発の民主化を謳っている立場として折り合いをつけているところ」と、Unityの新バージョン(5)以降の対応に含みを持たせていた。

 75fpsのフレームレートをキープする方法は、プレイヤーが見えないギリギリまでの部分を動的に非表示にする……といったGPU側での高速化がスタンダード。桜花氏によれば、このあたりの技術的な面に関しては「プレイステーション2用ソフトを開発した経験がそのまま生きています」とのこと。それを受けて近藤氏は、「はじめてOculus Riftのゲームを遊ぶ人が不快な体験をすると、それ以降の機会を失ってしまう。多少画質を落としてでもフレームレートは維持するべき」と続けた。

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■最後に──

「VRはおもしろいけど、市場もマネタイズもない」(近藤氏)
「VR開発は始まったばかり。先人の言葉を糧によりよいコンテンツ開発をしていければ」(渡邉氏)

 以上の発言に象徴されるように、Oculus Riftによるゲーム開発は、クリエイターやエンジニアレベルでは非常に魅力的なプロジェクトではあるものの、企業が本格的に研究・開発に乗り出すにはメリットが少ないのが現状である。入力インターフェースは各種VRシステムの進化と刺激しあう形でさまざまなタイプが開発されるとしても、“VR世界を存分に満喫する”というゲーム体験を得るには、プレイヤーの不測の挙動に対応できる“アテンド(介添え人)”の存在や一定以上の物理的空間が不可欠なことを考えると、パーソナルユース化の道は険しいと言わざるをえない。

 まずは多くの人に実際に体験してもらい、その体験が“おもしろく、快適なもの”として記憶されないことにはVRの普及はない……という基本スタンスは本講演のパネリストたちの共通認識であり、実際に企業を動かす突破口でもある。今後VRゲームがごく当たり前の娯楽となるか、コアゲーマーだけのカルト体験にとどまるかは、現在VRに関わるすべての人間の集合的無意識として、この現実とは異なる世界に何を求めているかによって決まるのかもしれない。