『Miku Miku Hockey』ができるまで

 2014年9月2日~4日の3日間、パシフィコ横浜にて日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC 2014”が開催。3日に開催されたセッション“AR(拡張現実)コンテンツの制作事例と、最新の取り組み”のリポートをお届けしよう。

 昨今ではすっかり一般的なコンテンツになった感のあるAR(拡張現実)。スマホやゲーム機内蔵のカメラでマーカーが印刷された紙を映し出すと、モニター上にキャラクターが映し出されるという、あのステキな機能だ。

 今回のセッションでは、そんなARコンテンツの作成事例と、現在取り組んでいる最新の事例が解説された。講師は、ソニー・コンピュータエンタテインメントの金丸義勝氏、佐藤文昭氏、掛智一氏、堀川勉氏が担当した。

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▲左より、金丸義勝氏、佐藤文昭氏、掛智一氏、堀川勉氏。

 最初のお題は“過去:技術デモからゲームへ”。ARの特徴を示すために作成したデモを、いかにゲームとして成り立たせるかという、実体験に基づく事例が金丸氏より紹介された。

 題材となるのは、プレイステーション Vita用の配信タイトル『Miku Miku Hockey 2.0』。最初は、ふたりでARのエアホッケーを楽しみ、もうひとりが観戦できるという、3人でゲーム内容を共通できる技術デモとして『AR Hockey』が開発された。このとき、クリプトン・フューチャー・メディアより「テクニカルデモをニコニコ超会議に出展したい」とのオファーがあり、デモを見せたところ「ぜひ初音ミクを搭載してゲームにしたい」という話になって、実験的に『Miku Miku Hockey』が制作された。その後、家庭で遊びやすいように改良を加え、PS Plus会員向けに『Miku Miku Hockey 1.5』が制作され、さらにゲーム部分の強化を行って、単体のゲームとして『Miku Miku Hockey 2.0』が完成したという。

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▲『Miku Miku Hockey』シリーズの歴史。技術デモからスタートし、バージョンアップを重ねて現在の『Miku Miku Hockey 2.0』になった。
▲技術デモの『AR Hockey』。ゲーム黎明期のテニスゲームのようなものを、ARで再現するという内容。3人がゲーム内容を共有できることが特徴。
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▲『Miku Miku Hockey 2.0』のプロモーションムービーも紹介された。やっぱりかわいい。

 なぜエアホッケーを作ったのか、という理由は「ルールが一般的で気軽に遊べる等の利点から」と金丸氏。デメリットはリプレイバリューが低い、つまり飽きやすいことだが、当初は技術デモだったのでこの点は意識していなかったそうだ。

 だがゲーム化するにあたり、この欠点を解消しなければならない。そこで、ミクさんを単なる対戦相手ではなく、パートナーにするというアイデアが出た。プレイヤーが勝利することでミクさんも強くなり、繰り返しプレイして育てていく楽しさが生まれるからだ。最終的には、非常に強く設定した“ミクダヨー”さんを倒せるか、ということをゲームの目標に据えたそうだ。

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 また、技術デモにはなかったARのおもしろさを出すこともポイントだった。そこで、メニューもARとして床の上に表示させる、ミクさんのサイズを変えられる、といった機能も追加された。

 ARだからこそ発生した問題も課題になったという。ひとつはカメラ視点を開発者が制御できないこと。ユーザーがデバイスを持って移動すれば、それがそのままカメラ(視点)となるためだ。このため、想定していない部分も見られてしまう可能性があったが、モーションを工夫したり、警告を出すことで対応したそうだ。このカメラワークが自由ということは欠点ではなく、「360°どこから見られてもおもしろくできるため、新しいゲーム性が見つかるのでは」と金丸氏。

 こうして、キャラクターを育てていく、コスチュームを集めるなど楽しめる要素を追加し、製品へと昇華させていったという。ちなみに現在は『デジアイAR』というスマホアプリを開発中とのこと。これは“ロート デジアイ”という目薬とのコラボで、このパッケージをカメラで撮影すると、初音ミクのライブが楽しめるという内容だ。

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ジオラマ上にAR飛行機を飛ばすのは超大変だった

 ふたつめお題は“現在:デスクトップサイズから巨大物への認識へ”。成田にある航空科学博物館のジオラマARを担当したそうで、「苦労話をぜひ聞いて頂ければ」と、佐藤氏より解説が行われた。

 このジオラマは、成田空港を忠実に再現した全長10メートル以上の巨大なもの。カメラで見るとジオラマ上の施設にアイコンが表示されたり、航空機の便名がARで表示される。実際のフライトスケジュールにそって飛行機も離着陸するそうだ。また定点カメラを複数設置しており、カメラを所持していない人でも、設置のモニターでARを楽しめる。

 だが、実現には非常に苦労したという。最初はジオラマ周囲にマーカーを設置したのだが、マーカーと標示物に距離があるため、小さな誤差でも結果的に大きなズレとなってしまう。たとえば認識時に1°の誤差が発生すると、10メートル先の標示物は約17センチメートルずれることになり、「飛行機が余裕で滑走路から出てしまうほどの距離」と佐藤氏は語る。

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 マーカーの精度を上げるために絵柄を変える、マーカーを大きくする、マーカーの設置場所を変更するなど工夫を重ねるが、抜本的な改善には至らなかった。

 そこで、マーカーを別に用意するのではなく、ジオラマ自体の特徴点を事前に取得、保存し、座標を確定させるという新たな方法を試したところ、やっと上手くいったという。なお場所によっては建物に隠れて見えなくなる部分も存在するため、6方向から特徴点を取得したとのこと。

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 今回の事象をまとめると、「さらなる技術的進歩の必要性が感じられた」と佐藤氏。現実と密接につながるAR表現を目指すためには、画像認識精度の向上、さらには画像だけでなく“現実”(今回の例ではジオラマそのもの)をダイレクトに認識する技術が求められてくるという。今回の事象で上手くいった要因は、光環境が安定していたこと、ジオラマの垂直方向が平面と比べて小さい形状(つまりジャマになる山などがあまり存在しない)などが挙げられており、「ラッキーなことだった」と佐藤氏。

 また、ウソの必要性とバランスについても言及された。このジオラマでは実際のフライトスケジュールに沿って飛行機が離着陸すると述べたが、じつはそれでは飛行機の数が圧倒的に少ないとのこと。現実のフライトスケジュールでは最短10分間隔で離着陸するそうで、つまりユーザーは飛行機が離着陸するシーンを見たければ、最悪で10分も待たなければならない。そのため、“AR特別便”という仮想の飛行機をたくさん飛ばし、すぐに離着陸のシーンを楽しめるよう調整したそうだ。

 飛行機自体の移動速度や離着陸角度も、かなり調整している。というのも、リアルに再現すると、飛行機の移動速度は非常に遅く、また離着陸の角度も小さいため、飛行機が地上をゆっくり走っているようにしか見えなくなるそうだ。そこで速度を現実よりもかなり早くし、離着陸の角度も急にすることで、ユーザーが求める迫力ある離着陸のシーンを楽しめるようになったという。この調整によっての不満は一件も寄せられていないそうで、「リアル=エンタテインメントではありません」と、何でもリアルが一番いいわけではないことを証明した。

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光と影でARをもっと自然に!

 3つめお題は“未来:より自然に見せるために”。掛氏より、“ダイナミックライティング”についての紹介が行われた。ここでは、暗闇に現実のライトを当てると恐竜が見えて動き出したり、ミクさんがライブを始めるというデモが披露された。つまり、現実世界での光と影を考慮してARも変化させ、より自然に見せるための技術だ。

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 では、どのように実現しているのか。まずは実世界の床を一部切りだして明るさを調べ、光源の位置や強さ、色を特定する。ここから、光源が強くなったら影をよりハッキリ見えるようにしたり、逆に光源が弱くなったら影も淡くするというように、CGを変化させていく。高度な機能に思えるが、スマートフォンでも実現できるレベルだという。光源も世界にひとつしかないものと割り切って設定しているそうだ。

 また、ここでもリアルを求めることが楽しさに直結するとは限らない。現実世界では、光源の向きを変えても、影にはほとんど動きはない。影をダイナミックに動かすためには、光源を大きく移動させる必要がある。だがそれを再現すると“ユーザーが想像していた光の操作”にはならなく、つまらなく感じてしまうそうだ。リアルを再現するのではなく、「ユーザーが気持ちよく操作できる」ことが重要と掛氏は語る。現実のリアルではなく、感覚的にリアルであることを大切にするべきだとまとめた。

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さらなる技術革新で新しいAR体験が可能に

 最後にまとめとして、現在の課題とこれからのARに必要なことが、堀川氏より語られた。直近の問題はカメラ制御。UI設計は、AR上の操作は直感的に行えるが、基本的なUIは2Dで構築するべき、と語られた。また大きな空間でARを行うためには、安定性が問題となる。この抜本的な解決策はまだないようで、空間ごとの解決策を見つける必要があるそうだ。

 ARが珍しいうちはまだいいが、一般化してくると、ユーザーにいちいちアプリをダウンロードさせるのは避けたいとも述べられた。基本的なARアプリは、デバイスやOSをまたいで共通化すべき、と展望を語る。また空間認識技術や位置推定技術の融合により、さらに新しいAR表現や体験が可能になると未来を語った。

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