サウンドデザイナーの範疇を超える作業量?

 2014年9月2日〜4日の3日間、パシフィコ横浜にて日本最大級のゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC 2014”が開催されている。その2日目に行われたセッション、“俺らはこうした!FINAL FANTASY XIVのBGサウンド構築 〜次世代開発への橋渡し〜”をリポートする。
 『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア』(以下、『新生FFXIV』)は、スクウェア・エニックスが手掛けるMMO(多人数同時参加型オンライン)RPG。そのBGサウンド(環境音)はどのようにして作られているのか? というのが本セッションの主題だ。講演を行ったのは、スクウェア・エニックスのサウンド部、テクニカルディレクターの土田善紀氏と、サウンドデザイナーの土橋 稔氏。

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▲スクウェア・エニックスの土田善紀氏。
▲スクウェア・エニックスの土橋 稔氏。

 さて、BGサウンドと一口に言っても、『新生FFXIV』のようなフォトリアルな世界が舞台となっているゲームのBGサウンドは、想像以上の音の数で構成されている。たとえば、森のBGサウンドであれば、風がそよぐ音、木々の葉ずれ、鳥のさえずりといった森の基本的な構成音を、いかにもくり返している感じが出ないように流しつつ、フィールドのデザインに合わせて、川のせせらぎや滝の音といった要素も加えていく必要がある。こうしたBGサウンドを作り上げるために、スクウェア・エニックスではふたつのツールを使っているという。

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▲音声データを自然にループさせるためのツール“MUGEN”。ループだけに、“無限”から来ているのだろう。そして、作り上げた音声データをオーサリングするツールが“KOHROGI”だ。オーサリングツールには、音が出る虫の名前をつけることにしているのだとか。
▲ちなみに、実演で使われた土橋氏のPCの壁紙はいろいろと問題があったらしく、写真のものに差し替えられていた。

 実際にBGサウンドを作る場合、まずはベースとなる音を集めることから始まる。シンセサイザーで作ることもあれば、サウンドライブラリーを使用するケースもあるが、イメージに合う音が手元にない場合は、自然の音を収録して、整形、加工を行う。

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▲開発チームで共有されているフィールドのデータ。自由に歩き回ることができ、カメラのフリー操作や超高速移動も可能になっていた。この映像を見て、どういったBGサウンドをつけていくか検討する。
▲自然音の収録の様子。土橋氏の実家の近くらしい。自然の音を収録したからといって、そのまま無加工で使えるわけではない。

 素材が集まったら、それらを組み合わせて基本のBGサウンドを作成する。音声の編集には、Vegas Proが使われていた。

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▲こちらは、“海系”とネーミングされたサウンドファイルの内容。漁港などで収録した環境音で構成されていることがわかる。また、内陸や山の方、昼・夜というように細かく作り分けられている。

 基本のBGサウンドが完成したら、MUGENの出番だ。BGサウンドはゲーム中でつねに鳴っているが、だからといって数十分の音声データを流しっぱなしにするわけにはいかないので、ごくごく短い音声データをループさせて使用する。そこで、特徴的な音がくり返されるとプレイヤーがループに気づいてしまうので、印象に残りやすい音は排除しているという。

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▲MUGENを使って、音声が自然にくり返されるようにループポイントを指定する。画面では、先頭の音と終端の音をクロスさせ、それぞれでフェードイン、フェードアウトのカーブを設定している。

 これで基本のBGサウンドは完成だが、さらにスポットと呼ばれる環境音も追加する。これをオーサリングするのが、KOHROGIというツールだ。スポットはさまざまな設定が可能で、再生するたびにピッチ(音程)やパン(定位)を変化させたり、サウンドが鳴るタイミングにゆらぎを設けたりと、BGサウンドがループしている印象を緩和してくれる。

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▲画面の下段では、パンのランダム幅を設定している。こうすることで、再生する度に聞こえてくる方向が変わる。中段では、各サウンドが鳴るタイミングに空白時間を入れているが、この空白時間自体もランダム性を持たせることができる。

 こうしたサウンド設計は、汎用的なミドルウェアとサウンドデザインツールで行うケースも多いが、スクウェア・エニックスではタイトルによって採用しているエンジンが異なるため、独立したサウンド編集システムを構築して、そこから落とし込む手法を採用しているという。

 続いて、作成したBGサウンドをフィールドにどのように配置していくか解説が行われた。BGサウンドの配置を行う際、大きく3つの要素がある。

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・天候環境音
ずっと鳴り続けるBGサウンドのこと。天候や時間などで切り替わる。

・スポット配置音
川や滝といった、特定の場所だけで鳴るBGサウンド。

・遮蔽
建物の内部や壁越しなど、音を遮断する設定のこと。

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▲天候や時間帯で天候環境音が切り替わるように設定されている。いろいろなパターンが登録されているが、“天候:アシエン”という項目も。
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▲建物の内部に遮蔽が設定されている。建物の内部に入ると、天候環境音の聞こえかたが変わる。
▲建物の内部でどのくらい音が遮られたり、残響するかなど、細かく設定できる。
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▲これはスポット配置音の実演。例として、フィールド上に滝の音を配置している様子。色が付いているエリアが音の発生地点になる。
▲川には細かくスポット配置音が設定されている。
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▲遮蔽の実演。こうして音の壁を設置すると、音が回り込むようになる(正面からは聞こえず、左右から漏れ聞こえる)。現実的には透明の壁は存在しないので、岩や塀などのオブジェクトに重ねて設定することになる。
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▲フィールド上には、とんでもない量のスポット配置音と遮蔽が設定されている。これは、もはやサウンドデザイナーの領分を超え、モデリングに近い感覚だそうだ。

 さきほどの小屋の遮蔽のように、建物の形状がシンプルであれば遮蔽は比較的簡単に設定できるが、『新生FFXIV』には厄介なものもあったという。そのひとつが、クルザス方面にある、壊れたコロシアムのような建物だ。

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▲壁の高さがバラバラなため、壁が低いところはそのまま音が通り、壁が高い場合は、その付近の壁の低いところから音が回り込むように設定している。

 同じくクルザス方面にある塔も、“フタ”の部分をどうするか、工夫が必要だったという。

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▲塔は内部が螺旋階段になっていて、プレイヤーが上ることができるので、塔内部の遮蔽と屋上部分の遮蔽を個別に設定している。

 あとは、こうした建物のケース以外に、“厚さ0問題”というのもあるそうだ。これは、音の回り込みを設定する際、遮蔽を設定する線分そのものに“厚さ”の概念がないため、裏表の判定ができないということだ。

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▲人間の感覚としてはこうなる。目の前に壁があると、音が回り込んでくる。
▲コンピューターの処理としては、線に沿って“聞こえる・聞こえない”をスキャンしていき、音を迂回させていく。最終的に音が到達する最短距離が求まる。
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▲しかし、このスキャンを行う線分には厚さがないため、すべての折衝点で“聞こえる”という誤判定になってしまう。
▲音が壁に衝突した際、線分の衝突法線で弾き飛ばす処理を入れることで、直接音は届かないという判定になり、音を迂回させることに成功した。
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▲この処理は、土田氏によってスキャンライン式表裏一体磁気浮上型回折法と名づけられた。土田氏は、こういう思春期的なネーミングにするのが好きだという。

次世代への取り組み

 現在のサウンド作りは、ハードウェアスペックの向上もあり、CPU負荷やメモリまわりについてはあまり不安要素はないという。しかし、遮蔽配置といった処理を手作業で行う点については、労力的にもそろそろ限界に近いそうだ。また、ゲーム中にマップが破壊されたりといった、動的な地形変化にBGサウンドが対応できないという弱点も持ち合わせている。こうした部分を克服するため、AIパス(NPCの歩行ルート)と連携したり、地形のモデルデータを解析して、遮蔽データを自動算出するといった研究も進められている。こうした、プロシージャルの部分とサウンドデザイナーの緻密な作業を組み合わせたハイブリッド型が、次世代のサウンドデザインのカギを握っているようだ。

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▲『新生FFXIV』では、チート対策などもあり、AIパスをサーバー側に持っているため、こうした取り組みはできなかったが、基礎研究はすでに終了しているという。