海外で活躍する日本人クリエイターに聞く:BlizzardのシネマティックCGを作っている人たちってどんな働き方をしているんですか?_04
▲というわけでロサンゼルス近郊のアーバインにあるBlizzardに行ってきました!(インタビューは5月中旬、鈴木氏の在籍時に行った)

 アクションRPG『ディアブロ』、リアルタイムストラテジー『スタークラフト』、そしてMMORPG『World of Warraft』など強力なタイトルラインアップを持っている、Blizzard Entertainment。

 言うまでもなく世界でもトップクラスのゲームスタジオだが、長年大規模なファンイベント“Blizzcon”をやっていたり、それこそ30代前半の記者が中学生の時から「ディアブロ、スタークラフト、ウォークラフト」の3本柱で勝負し続けていたり、変わっているところも多い。

 そして個人的に興味深いのはCGの扱い方だ。Blizzardのゲームは結構低スペックマシンでも遊べちゃったりするのだが、じゃあビジュアル面を尊重していないかというとそういうわけではなく、ムービーの作り込みは超スゴい。これだけの大作なら要求スペックを上げて、ゲーム内のCGもヘビーにしそうなものだが、ゲーム部分とゴージャスなムービー部分をきっちり分けるのは、こだわりがあるのだろう。

 そんなBlizzardというスタジオは実際どんな職場で、どんな人達が働いているのか? 背景モデリングアーティストとして所属し、ファンなら一発でわかるあのムービーのあんな所やこんな部分(デモリール参照)を作っていた鈴木卓矢氏に話を聞いた。

出発点は「ハリウッド映画を作りたくて」

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――なぜ海外に飛んでBlizzardで働くことにしたんですか?
鈴木 もともと海外で働きたかったんですが、その方法を考えた時に、まずは海外で有名なスクウェア・エニックスで働こうと考えたんです。

 それで入社して働いていたら今の上司がBlizzardからスクウェア・エニックスにやってきて、2年ぐらい働いて彼はBlizzardに戻っていったんですけど、「シネマティック部門が大きくなるから一緒にやらない?」と言われて、25歳の時に面接を受けたんですね。
 でもその時はまだ分業が進んでいなくて、(CG関連の職能を)いろいろやらなければいけなかったので、それはあまりやりたくなかったというのもあったし、スクウェア・エニックスの仕事も忙しかったので、結局見送ったんですよ。

 その2年後ぐらいにまた連絡が来て、「分業になったから、まだ興味があるならどう?」と言われたんです。時期的にも『ファイナルファンタジーXIII』が終わって一段落していて、25歳の時はまったく喋れなかった英語も、2年間英会話学校に通って、「そろそろ海外目指そうかな」というタイミングだったので、「それなら行く」と。
 それでデモリール(ムービーなどで自分の担当分などを示す参考資料)を送ったら、すぐ「今週末、面接しに来て」ということになって、そのまま土、日、月と(面接のために渡米した)。でも、そこまではトントン拍子に進んだんですけど、ビザを取るのに1年ぐらいかかっちゃったんですよ。Oビザ(優れた研究者やアーティストなど特殊技能を持つ専門家に出るビザ)だったので。結局、ビザを取るまで働くことをスクウェア・エニックスの上司に説明して理解してもらって、ようやく取れたのでこっちに来たという感じですね。

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▲キャンパス内にはさまざまな所に像などが置いてある(中央は左写真と同モチーフのスタチュー)。

――留学経験などはなかったんですよね?
鈴木 まったくないですね。
――にも関わらず、そもそも海外で働きたいと思ったきっかけはなんだったんでしょう?
鈴木 「やっぱCGやるなら、ハリウッド映画作りたい」というミーハーな感じですね。最初はスターウォーズを作りたくて、ILMに行きたいというのがベースです。
 実は、最初はBlizzardにもあまり興味はなかったんです。それで面接に来て、プロデューサーが日本人なんですけど、「何がやりたいの」と聞かれて、「ほんとは映画作りたいんです」って言ったら、「ウチの会社でビザ取ってあげるから、ウチで2~3年やって、そこから映画に行くのがベストだと思うよ」と言われて、それで即決した部分もありますね。それで入ってみたら出られなくなっちゃって(笑)。

――入る前だというのに辞める時のメリットがついてくるという、海外っぽい口説き文句ですね。「出られなくなった」というのはどういう意味ですか?
鈴木 (大手VFX会社の閉鎖や大規模レイオフが続く)映画業界の方は大変な時期だし、それと比べたらBlizzardはハウス栽培みたいな……暖かいんですよ。社員に優しいし。

――やりたいこともはっきりしている会社ですしね。やってることが「ディアブロ、スタークラフト、ウォークラフト」でこの20年ぐらいほとんど変わってないし。
鈴木 生活もすごい安定しているし、入っちゃったら出られないですね。他の社員の人も、一回外に出て苦しい経験をして、最後にまたたどり着くのがBlizzard、みたいな雰囲気ですね。

――実家に帰ってきたみたいな(笑)。
鈴木 映画関係の人とかも、「ILMやPixarからも声がかかってたけど、家族との時間を過ごすためにBlizzardに来た」って人が結構多いです。

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▲受付横のギャラリーには、数々の受賞歴を示すトロフィーや盾、そして過去に作った造形物やレアアイテムなどが並んでいる。

――ちなみに引っ越しとかはどうやったんですか?
鈴木 支度金と3ヶ月住んでいい家具付きのアパートが用意されて、服だけあればいいっていう感じでした。スーツケース一個あればもう住めるような所を用意してもらいました。

ファンが沸く瞬間に命を賭ける、スタッフの育成にも時間をかける

――Blizzardのゲームは、結構古典的なジャンルのゲームをとにかく作り込むっていう一方で、CGについてもすごい力を入れていますよね。そこで「Blizzardの絵作りはこうあるべきだ」といったようなものはあるんでしょうか? 例えばこっちの言葉で言えば「エピック(壮大)に見えなければいけない」とか。
鈴木 多分Blizzconに命を賭けているんじゃないかと思います。Blizzconで映像を流して、ユーザーが盛り上がるというところに。
――会場に集ったファンが「イェーッ」となっていれば「今年も頑張った」ぐらいの。
鈴木 そんな感じだと思います。

――最近はゲーム中からそのまんまリアルタイムカットシーンにしたり、あるいはCGを外注しちゃったりするじゃないですか。そこら辺も特殊ですよね。
鈴木 ゲームのチームと一緒に、自社にシネマティック部門があるというのは、かなり珍しいですね。ずっと前から『ウォークラフト』や『ディアブロ』のシネマティックを作っていた地盤がそのまま続いている感じだと思います。

――ブログでスタジオを評して「Blizzard学園」と表現されていましたが、教育システムはやっぱりスゴいですか?
鈴木 うちだけなのかもしれないけど、スゴいですね。社員を育てる社風が昔からあるんだと思うんですけど。3ヶ月に一度、上司とマネージャーと面接するんですよ。「最近どう? 何かやりたいことある?」って。やりたいことがあれば、その時に言えば、そういう風にスケジュールを組んでくれるんですよ。なので、仕事の時間を割いてでもクリエイターの個々の能力を育てるという感じがありますね。

――班を移動して“仮入部”が出来ると聞いたのですが。
鈴木 できますできます。例えば僕はモデリングですけど、ライティングをやりたいと言えばやらせてくれますし。まぁ仕事が忙しい時はさすがに無理ですけど、落ち着いてきたところで「じゃあライティングやる?」って。それでライティングの班に移動して、そこのワーキングフローを勉強して……といった形ですね。そのまま「俺やっぱライティングやりたい」って言えばできますし。それ(移籍)はある程度のレベルに達していないとできないですけど。

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Blizzard伝説その1: Blizzard通りがある。(多分、厳密には公道じゃない)

――デモリールのいろんなシーンに「(背景のモデリング)全部」って書いてあるのに対して、コメント欄に結構「これ一人で作ったとか嘘だろ!」って書いてあるのを見て、「あぁ、海外のCGに詳しい人もそう思うんだ」と思いました(笑)。
鈴木 僕も最初、仕事が来た時に「嘘だろ」って思いましたもん(笑)。あの時は僕だけ忙しかったです。もうひとりふたりいれば、あれ以上のクオリティを出せたんですけども、ひとりだからあそこまでしかできなかったというのもあって。
 でもそれも、決められたスケジュールがあって、「ここまでにここを終わらせる」、「こっちはここまでに終わらせる」と、いっぱい残業したというよりも、限られた時間の中で精一杯作業したという感じですね。

――Heart of Swarm(『StarCraft II: Heart of the Swarm』)で、すごいビルが一杯建っているシーンがあるじゃないですか。ああいうのはどれくらいかかるもんなんですか?
鈴木 空からのショットは僕だけのパートだと、一週間ぐらいじゃないですか? 僕が建物を作ってマットペインターに渡して、マットペインターが並べて、その上に描く。僕は遠景用のビルを作るだけなので、そんなに大変な作業ではないです。僕はどちらかと言うと『シムシティ』をやる感じで楽しく「ここはビルを建てて、線路引いて~」という感じで、街のブロックを作るだけでしたので。

――ほぼ5年いらっしゃって、ベストワークを挙げるとすればどれですか?
鈴木 ないですね。自分で満足しているものはないんですけど、「これは本当に頑張ったな」っていうのはHeart of Swarmです。あれは頑張った感がすごくありますね。もうちょっと出来たなという部分もありますけど、そこはスケジュールがあるのでしょうがないですね。

合理的に仕事する

――自分の担当以外では「これはスゴい」というのはどうですか?
鈴木 チームに僕以外にふたりいて、僕よりもできるので、この人達の担当したどのショットというよりも、センスとか技術がスゴいなと思っています。「この映像スゴいな」というのは、難しいですね。というのも、僕らは一人でやっているわけじゃなくて、他の担当のセンスがあって、あそこまでのクオリティが出せているので。

――よくゲームや映画だと、「海外は予算がかかっていてスゴい」みたいなイメージがあるじゃないですか。そのイメージをさらに簡略化して「=海外の方が全部スゴい」って単純な話にする人がいますけど、海外のスタジオを取材していると、唐突に「このメカ、ファイナルファンタジーの映画を参考にしたんだよね」という話になったり、インスピレーションを受けたものを聞いたら全部日本の漫画だったりして(どちらも実話)、日本人アーティストのアイデアってスゴいんじゃないかと思うことがたまにあるんですけど、いかがですか?
鈴木 そこは評価される人はちゃんと評価されていますよね。例えば基本的に「AKIRA」はみんな好きです。「AKIRAは間違いない」って言ってるんで(笑)。あと日本のフィギュアとかを作る造形作家の竹谷隆之さんという方がいらっしゃるんですけど、同僚から「TAKEYAの新しいフィギュアが出たぞ」とかメールが来ます。後はガンダム、マクロスもみんな好きですね。

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Blizzard伝説その2: 10年仕えると剣と盾が貰える。
※勤続2年でジョッキ、5年で剣、10年で盾、20年でLich Kingのマスクが贈られる。

――これでやっていけるな、と思ったのはどんな時ですか?
鈴木 周りの人の仕事ぶりを見てですかね。最初のイメージでは、すごい短い時間でこのクオリティのものを出せるんだと思っていたんですよ。でも実際に入ってみたら分業されているので、「この期間だったらこれぐらいは出来るな、やっていけるな」と。やっていることは日本にいた時とあまり変わらなかったので理解は早かったです。

――集中しながらも、定時になったら「お疲れ様」みたいな。
鈴木 定時前でもですね。僕の隣の席のリードアーティストは昼休みが1時からなんですけど、「ちょっとテニス行ってくる」って言って、帰ってくるの2時とか3時です。
――壁打ちどころじゃなく大分がっちり打っている感じですね。
鈴木 ビデオを撮ってきて、仕事の合間に自分のフォームを確認してますからね。
――それでも仕上がればオーケーと。
鈴木 そうなんです。そこを仕上げてくるのがスゴいんです。すごい真面目ですよ。最初はこっちの人の仕事って、仕事中ずっと和気藹々としているようなイメージがあったんですが、仕事中は作業に没頭してるんです。でも金曜の夕方とかからはビールを飲み始めたりします(笑)。
――スイッチが入ると仕上げてくる。
鈴木 切り替えがスゴいですね。集中力というか。

――合理的なんですかね? メディアなんかもそうで、例えばGDCみたいな講演に行くと、日本人は技術系が得意じゃない記者でもそれなりに律儀に記事にしようとするんですけど、こっちの人だと、一番美味しいところだけパパっと記事にして、興味ない部分は捨てて、後はもうとっととビール飲んでたりするんですよね。
鈴木 合理的というのはあるかもしれませんね。僕のチームも3人に減ってからすごい合理的になって、前はちゃんとやっていたのにやらなくなった部分とかもあります。でもそこは最終的には気にならないところだし、そうしてるからこそ3人でやっていけてるんだと思います。

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Blizzard伝説その3: Blizzardバーガーがある。
※食堂で買えるのだが、ポテトが激ウマ。

――GDCとかで結構最先端の技術について発表していたりしますよね。
鈴木 映画の方から人が入ってくるので、映画の技術を取り入れてきている感じだと思いますよ。

――それだけ技術も労力も使って作った街が、数十秒後に全部ぶっ壊れるとか「もったいない! ゲームに使えばいいのに!」とか思ってしまうんですよね。
鈴木 あ、でも使われたことありますよ。Heart of Swarmの時、最初は「こんな感じで」っていうコンセプトアートが一枚しかない状態だったんですよ。そこからアートディレクターと話し合いながらシネマティック班がどんどん作っていったんですけど、結局そこで作ったものをそのまま使ったって後で聞きました。
――「これでいいじゃん」と。
鈴木 シネマティックの作業が先行して、ゲームの方でまだ手をつけていない部分もあったので、最終的に「鈴木の作った街、ゲームの中で破壊されるから」、「そうなの!?」って。普通、シネマティックのモデルがゲームで使われるって事ってあまりないですけどね(笑)。

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Blizzard伝説その4: 物持ちがいい
※開発が中断されたアクションゲーム『Starcraft: Ghost』のスタッフサイン(作品ごとに飾られている)や、韓国で出たらしい非公式『スタークラフト』シューズなどを発見!

――日本に帰られるそうですが、差し支えなければその理由をお伺いしていいですか?
鈴木 もともと永住する気はなかったんです。「3年ぐらいでいいかな、でも3年じゃ何も身につかないな」と。
――せっかくだから何か盗んでやろうと。
鈴木 そうです。結局ビザが切れる5年ぐらいはいようかなと。それと家庭ですね。僕は仕事しているからいいですけど、家族が慣れない海外生活で大変そうだったから。これからとりあえずしばらくは日本ですね。
――では「お仕事お待ちしてます」という感じで。
鈴木 そうですね、はい。それでデモリール作ったんですけど、びっくりするぐらい反響が大きくて、ちょっと怖いです。一日1万再生とか行くと思わなかったから、もうちょっとちゃんと作ればよかったかなと思っているんですけど。

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Blizzard伝説その5: 福利厚生がなんかすごい
※キャンパス内にはビーチバレーコートやジムがある。あとホリデーギフトでポーカーセットが手に入ったりする。

優れたアーティストは「目がいい」

――最後に、こっちで学んだ極意のようなものはありますか?
鈴木 アーティストの割り切り方ですね。日本人も丁寧なんですけど、例えば「そこまで丁寧にしなくていいじゃん」という所まで丁寧なんです。でもこっちの人はそこすらも合理的で、「最終的にそこはちょっと汚くてもレンダリングできればいいじゃん」って考える。そこも残業とかをしない理由だと思いますけど。僕は仕事は丁寧ですけど、他の二人が見ると、「そこまで丁寧にやらなくていいんじゃないの」、「やりすぎ」とたまに言われますよ。

 つまり、“目がいい”ってことですかね。最終的な絵がどうなるっていうのが見えているから、ここは別に作らなくていいというのが見えている。それは経験なのかもしれないけど、僕は気になってやってしまうんですよね。
 僕以外のふたりはBlur(ゲームのトレイラーやオープニングムービーもよく作っている名門CGスタジオ)出身なんですが、Blurはすごい短い期間であれだけの映像を出してくるだけあって、すごい合理的なんです。その目で見ると、僕の仕事はやりすぎているところがあると見えるんじゃないですかね。

(取材・写真・構成:ミル☆吉村)