宮崎駿監督によるイラストつき解説パネルが10数点が展示

 スタジオジブリは、東京・三鷹の森ジブリ美術館にて2014年5月31日より新しい展示企画“クルミわり人形とネズミの王さま展”を開催する。

宮崎駿監督“引退後”の初仕事 三鷹の森ジブリ美術館“クルミわり人形とネズミの王さま展”をリポート_01

 この“クルミわり人形とネズミの王さま展”は、宮崎駿監督が、絵本『くるみわりにんぎょう』から刺激を受けたことがきっかけとなって企画されたもの。ふた部屋にわたって物語の1シーンを再現した立体展示物などが展示されており、イマジネーションが広がる企画展示となっている。 『風立ちぬ』で、長編映画の監督から引退することを表明している宮崎監督にとって、“クルミわり人形とネズミの王さま展”は引退後、最初の仕事となる。

 そんなわけで、注目度も極めて高い“クルミわり人形とネズミの王さま展”だが、開催前日となる5月30日には、関係者を招いての内覧会が行われた。ここでは、内覧会で解説された宮崎氏の想い、さらに、『くるみわりにんぎょう』のイラストを手がけたアリソン・ジェイ氏のトークショーの模様などもお伝えする。

■ 作品への愛情たっぷりな“クルミわり人形とネズミの王さま展”

 まずは、“クルミわり人形とネズミの王さま展”の展示内容から紹介しておこう。ひとつめの部屋の目玉は、ねずみの大群とくるみ割り人形が戦うシーンを実現した“ガチャガチャ劇場”。手前にあるハンドルを回すと、舞台にある人形が動く仕組みになっている。

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▲主人公の女の子は、くるみ割り人形を助けるために靴を投げようとしている。
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▲たくさんのバレリーナ人形が置かれた、精巧かつ美麗な模型も展示。人形がくるくると動いている。

 ふたつ目の部屋には、くるみ割り人形や、絵本『くるみわりにんぎょう』に登場した巨大なおいしいお菓子の造形物などが展示されている。来場者は実際にくるみを割ることも可能だ。
※企画“クルミを割ってみよう”は、小学生以下のお子様が対象です。

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▲実際にくるみを割って楽しめる。
▲思わず食べたくなる巨大なお菓子。
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▲たくさんのくるみ割り人形が一挙に展示。この中には、“豚”になった宮崎駿氏の人形も……あなたは見つけられる?

 両方の部屋には、宮崎駿監督自身が作品について、イラストつきで解説をしたパネルが展示されている。物語のあらすじを始め、宮崎氏がどのようにこの作品を解釈し、いかに来場者に伝えていきたいと考えているかが、わかる内容になっている。

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▲宮崎駿氏による、イラストつきの解説。

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▲絵本だけでなく、バレエ版や、原作本に対する想いも綴られている。

 展示品と、宮崎監督のイラストつき解説パネルは10数点展示されている。宮崎監督の想いに触れたい方は、実際に訪れて確かめてみてはいかがだろうか。

■企画のきっかけは、『風立ちぬ』の製作中に出会った絵本だった

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▲三鷹の森ジブリ美術館館長、中島清文氏。

  内覧会では、東京・三鷹の森ジブリ美術館館長の中島清文氏が今回の“クルミわり人形とネズミの王さま展”が企画された経緯について語ってくれた。

 中島氏によると、宮崎駿監督は企画・監修だけでなく、イラストつきのパネル10数枚を描いており、今回の企画展示は、宮崎監督の長編映画製作における引退後の、初仕事とも言ってもよいとのことだ。
 
 なぜ今回の企画が始まったのか、ということだが、これは宮崎監督がロンドン在住のイラストレーター、アリソン・ジェイ氏がイラストを手がけた絵本『くるみわりにんぎょう』に出会ったことがきっかけとのこと。

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▲『くるみわりにんぎょう』 E・T・Aホフマン/原作 アンマリー・アンダーソン/再話 アリソン・ジェイ/絵 蜂買耳/訳 徳間書店刊。

 宮崎監督がこの作品に触れたのは、ちょうど『風立ちぬ』の製作の真っ最中で、ヘトヘトに疲れていたときのこと。何度も何度も、毎晩この絵本を見ているうちに、作品が好きになった宮崎監督は、3人の女の子にこの絵本をプレゼントしたという。

 絵本の評判は上々で、それに気をよくした宮崎監督は、さらにネットでドイツ製のくるみ割りを購入して女の子にプレゼント。えこひいきにならないようにするために8体も購入し、「おかげでおこづかいがなくなった」とこぼしていたそうだ。

 とはいえ、そこで宮崎監督はおもしろいことがわかったようだ。男の子は、人形の口をがちゃんがちゃんと開けたりしてロボットのように遊ぶのだが、女の子は人形をぎゅっと抱きしめてくれたそうだ。

◆原作本を読んだけれど、“わからない”

 女の子はたいそうくるみ割り人形を気に入ってくれたそうだが、宮崎監督は「なぜ、女の子はこんなにくるみ割り人形が好きなんだろう」と不思議に思い、E・T・Aホフマンによる原作本『クルミわり人形とネズミの王さま』を読むことにしたのだという。

 一読して宮崎監督は困惑したらしい。それは、話が理解できないからだった。「この人形は人間なのか? それとも人形なのか。つじつまがあっていないぞ」と混乱したという。しかし、周りで本を読んだ女性たちは「え? そうでした?」という感じでとくに気にしていなかったそうだ。そこで、「なぜなんだ、なぜこのつじつまがあわない世界を理解できるのだ」と宮崎監督は疑問に思い、さらに作品にのめり込んだらしい。

◆出発点

 現在、おもに流通している『クルミわり人形とネズミの王さま』は、19世紀後半にフランスで刊行された改訂版であり、物語のつじつまが合うように整理されているものだそうだ。その後にはバレエ版も作られていたが、E.T.A.ホフマンによる原作本はあまり読まれてはいなかったようだ。

 そのような経緯もあり、宮崎監督はいま一度、「ホフマンの世界を読み解こう」、「みんなにも読んでもらおう」と考えたのだという。そもそもなぜ主人公はくるみ割り人形なのか、当時のくるみ割り人形はどんなものだったのか……、と疑問に思って調べたのが、今回の企画展示の出発点となったそうだ。

◆メルヘンのたからもの

 宮崎監督は、自身の作品には“ここからは現実であり、ここからは異世界である”などという明確な“ルール”を決めているらしい。しかし、E・T・Aホフマンが書いた原作はつじつまが合わず、そのようなルールが見えなかったという。

 とはいえ、宮崎監督はE.T.Aホフマンによる原作の特徴を肯定する。なぜなら、子どもとっては、現実も幻想も空想もいっしょくたで、ひとつの物語になっているからだ。それこそメルヘンと呼べるものであり、この本は“メルヘンのたからもの”なのだとー。そこで、「このメルヘンのたからものを、みんなにも読んでもらいたい、みんなにも知ってもらいたい」という想いを持ったという。その想いが、最終的にこの展示へつながったのだそうだ。


■アリソン・ジェイさんが絵本に込めた想いとは?

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▲絵本のイラストを手がけたアリソン・ジェイ氏。

 当日は、“クルミわり人形とネズミの王さま展”の開催にあわせて来日した、絵本『くるみわりにんぎょう』のイラストを描いた、アリソン・ジェイ氏のトークショーも行われた。ここでは、その内容をお伝えしよう。

――まずは、三鷹の森美術館をご覧になっての感想をお願いします。

アリソン 非常にインスピレーションを刺激してくれる、とてもすばらしい美術館です。このような美術館をほかに見たことがありません。

――企画展をご覧になっていかがでしたか?

アリソン まるで、自分の絵本が、そこに世界として立ち上がっていたような、その中に自分が入っていけたかのような、新鮮な感動がありました。宮崎駿さんのパネルの展示では、その独特の解釈に驚きました。また、宮崎さんがアニメーション、ものの動きを愛していることが展示品を見てわかりました。

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――アリソンさんは、ジブリ作品をご覧になったことはありますか?

アリソン いくつか観ています。『千と千尋の神隠し』、最近では『風立ちぬ』。『となりのトトロ』も観ていますね。非常に素敵な作品で、イマジネーション豊かで、アーティストとして自分と共通するものを感じました。

――どの作品がいちばん好きですか

アリソン 難しい質問です(笑)。どれも素敵な要素があるのですが、あえて選ぶのであれば『千と千尋の神隠し』ですね。

――宮崎氏とお会いになられて、どんなお話をされたのですか。

アリソン お会いさせていただける機会を得られて、非常に光栄です。信じられないような気持ちでした。私の絵本のこともほめてくださって、すごく恥ずかしかったです。本当は「いやいや、宮崎さんはすばらしいです」とこちらからたくさんほめたかったんですけど、宮崎さんがこちらをほめてくださるばかりでしたね。

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――絵本についてお聞きします。これってイギリスでもよく知られている作品なのでしょうか。

アリソン 非常に有名で、バレエの演目としてもよく知られています。多くの子どもたちがくるみ割りに人形を持っています。クリスマスになると、みんながくるみわり人形を観ます。

――くるみ割り人形は、イギリスではみんなが持っているものなのでしょうか。

アリソン そうですね。クリスマスシーズンになると、よく売れるそうです。とくに、くるみ割り人形発祥の地であるドイツでは、もっと一般的なのではないでしょうか。イギリスでもドイツのマーケットがよく開催されています。そこでクリスマスのデコレーションといっしょに、くるみ割り人形も買うことができます。

――絵本にするにあたり、どんなところを大事にされたのでしょうか。

アリソン お話ありきなので、いかに読者の方にお話を伝えるか、ということを心がけました。そして構図ですね。どのように配置をしたら、いかにストーリーをよどみなく、絵を通して伝えられるか、ということに気を使いました。

――絵本では甘いお菓子がたくさん出てきましたが、アリソンさん自身は甘いものはお好きですか。

アリソン 大好きです、甘党です。

――お菓子の絵を描かれたとき、イメージはすぐに浮かんだのですか。

アリソン 家の近所にお菓子屋さんがあります。そこで、バラエティーに富んでいるものを買いました。参考にしたものは、おいしくいただきました。

――アリソンさんの作品では、アンティーク調のひび割れた絵を多く描かれています。これはどういった意図があるのでしょうか。

アリソン 古い絵画を見て、歴史を感じることが好きだからです。そういう絵画は、ヒビが入っていることが多いのです。読者を、別の世界にいざなう効果を狙っています。

――最後に、美術館に来る子どもたちに向けてひと言お願いします。

アリソン おいしそうなお菓子がたくさん展示されていますが、本物じゃないので食べないでくださいね(笑)。非常にインタラクティブな展示なので、子どもたちには、実際にさわったり、動かしたりして楽しんでほしいです。

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▲左から、中島清文氏、アリソン・ジェイ氏、展覧会に協賛している日清製粉グループ本社 総務本部広報部長 辻武幸男氏。辻武氏は「今後もさまざまな三鷹の森ジブリ美術館の活動を支援する。アニメ文化の発展に寄与したい」と語った。

 今回の“クルミわり人形とネズミの王さま展”を体験して記者が感じたのが、宮崎駿監督の“すばらしい作品をみんなに知ってもらいたい”という、強い想いだった。展示品や、宮崎監督がイラストつきで書いた作品の解説パネルを見れば、きっとそのことを理解できるだろう。

 なお、2階にある図書閲覧室“トライフォークス”で児童書『クルミわり人形とネズミの王さま』を購入すると、宮崎駿監督こだわりのイラストが描かれたブックカバーがプレゼントされる。このブックカバーは三鷹の森ジブリ美術館限定の、ファン垂涎の一品だ。
 
 “クルミわり人形とネズミの王さま展”の開催期間は2015年5月までを予定している。この機会に、ジブリの世界の魅力を、三鷹の森ジブリ美術館でいま一度感じてみてほしい。

【注意事項】
・三鷹の森ジブリ美術館の入場は日時指定の予約制です
・毎月10日(土・日・祝の場合は翌平日)より、約1ヵ月ぶんを全国のローソンにて販売しております。
※Web、モバイル、店頭Loppiにて予約、ローソン店頭にて引き換え

(取材・文 編集部/ヒナタカ)