バーチャルはリアルでどこまで通用するのか? 

 2014年4月15日(火)に、静岡県になる富士スピードウェイにて、トヨタ自動車がトヨタ86、スバル BRZ オーナーを対象としたサーキット走行レッスンイベント“GAZOO Racing スポーツドライビングレッスン”を開催した。

 本イベントでは、新商品“TRD スポーツドライブロガー”と『グランツーリスモ6』の“GPSビジュアライザー”を連動させたデモンストレーションも行われた。

 トヨタ86にオプション搭載が可能なTRD スポーツドライブロガーとは、専用GPSからの位置情報と、アクセルペダルストローク、ステアリング舵角、エンジン回転数といった車両情報を記録し、USBメモリーに転送できる装置。GPSビジュアライザーは、スポーツドライブロガーから得た走行データを『グランツーリスモ6』上でリプレイとして再現する機能で、『グランツーリスモ6』(以下、『GT6』)をアップデートすることで、誰でも利用できるスポーツドライブロガー対応アプリケーション。

 そんな同イベントに歴代『GT』シリーズをプレイしている毛利名人が参加。その毛利名人による取材リポートをお届けしよう。


 正直なハナシ、富士スピードウェイでのイベントを終えて帰りの東名高速の中で痛感しました。トヨタ86ユーザーが心底うらやましいと。

 なぜかというと、トヨタ86ユーザーが『GT6』をプレイできる環境があれば、実際にサーキット走行を『GT6』の中で再現できたり、サーキット走行時のデータがグラフで表示できるデバイスが登場したのですから。

 とくにサーキット走行時のデータをグラフで見せる機能“データロガー”自体は、1990年代からモータースポーツの世界で使われてきたものです。コーナーごとにブレーキやアクセルを入れるタイミングやペタルをどれだけ踏み込んでいるのか、シフト操作がどのタイミングで行われているのかを見ることができるだけでなく、ほかのドライバーとの比較ができます。これがF1の世界で導入されたとき、当時現役だった多くのF1ドライバーたちに「タイムが遅い原因がバレてしまうので、もう言い訳できない」と言わしめたシロモノなのです。

実際の走行データを『グランツーリスモ6』で再現できる“TRD スポーツドライブロガー”&“GPSビジュアライザー”を毛利名人が体験_01
実際の走行データを『グランツーリスモ6』で再現できる“TRD スポーツドライブロガー”&“GPSビジュアライザー”を毛利名人が体験_02
▲コーナー通過時の速度やライン取りもわかるので、どのコーナーが苦手なのかが確認できます。上の写真は富士スピードウェイの第1コーナーで同じクルマに乗ったプレイヤーどうしの比較です。データロガーのアクセル部分に注目。青い玉のプレイヤーのほうがグレーの玉のプレイヤーよりもひと足早いタイミングでアクセルを踏み始めていることがわかります。その影響でコーナー脱出時にはグレーの玉のプレイヤーに2.4秒、クルマ約1.5台分の差をつけていることも、このデータロガーで確認できます。

 これまでプロドライバーが使うデータロガーを、トヨタ86ユーザーでも使えるようにしたデバイスが、2014年4月2日からトヨタテクノクラフトにて受注が開始された“TRD スポーツドライブロガー”なのです。その体験会が富士スピードウェイで開催されると聞いて『グランツーリスモ』暦16年のオレが行ってきましたよ! 

 “TRD スポーツドライブロガー”とは、GPSから発信する位置情報とクルマの中にあるコンピュータが、アクセル・ブレーキ開度、ハンドルの舵角、エンジン回転数などといったクルマのデジタル情報を収集し記憶させる装置です。これらのデータを“TRD スポーツドライブロガー”からUSBメモリーに転送。そのUSBメモリーをプレイステーション3に差し込み、『GT6』ゲーム内の新機能“GPSビジュアライザー”を選択して走行データを読み込めば、サーキットでの走行シーンを『GT6』の中で再現するというものです。

 実際の走行データとゲーム内で対戦できたり、プロの走行データと自分の走行データを比較することも可能。ブレーキングの位置やシフトパターンなどを学習できるという、『グランツーリスモ』シリーズが好きで、サーキット走行でブイブイいわせたい人には夢のような装置なのです! (オレのような人間は特にね……)

 いまのコースレイアウトが収録された『グランツーリスモ 4』以降、バーチャルのなかで走りまくった経験がリアルの世界でどれだけ反映されるのか……。天気が荒れてヘビーウエットにならないことを祈りつつ、体験会当日を迎えたのです。

“GAZOO Racing スポーツドライビングレッスン”と『GT6』

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 取材当日はトヨタ86とスバルBRZのユーザー向けにサーキットドライビングを教えるイベント「GAZOO Racing スポーツドライビングレッスン」が開催されていました。その教室の一角には、なんと東京ゲームショウなどで見たことのある『グランツーリスモ』用3画面連結型筐体がありました。

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 この筐体には、イベント前に講師であるプロドライバー蒲生尚弥(がもうなおや)選手が実車で富士スピードウェイを走行したデータが入っていました。蒲生選手がリアルの世界で走ったゴーストと『GT6』の中でタイムを競うことができるのです。

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▲クルマはGAZOO Racing TOYOTA 86 #166‘12。太いロールケージが装着され、足回りのセッティングが変更されているが、エンジンや内装は手が加えられていません。

 蒲生選手のタイムは2分8秒781。昨年暮れにファミ通LIVEで『GT6』をプレイして以来一度も触っていなかったオレにとって、このタイムには全然届きませんでした(笑)。さすが全日本F3選手権で優勝経験がある蒲生選手! サーキットを走る機会が多いとはいえ、なぜこれほどまでにプロドライバーは速いのか? この素朴な疑問は、蒲生選手とアマチュアドライバーとの走りを比較したデータロガーで判明するのです。

 両者のグラフを見比べると、ブレーキの開度、アクセルを踏み込むタイミングが全然違うことが明らかに……。『GT6』データロガーとGPSビジュアライザーを開発したポリフォニー・デジタルの竹薮英樹さんは、受講者の人々に両者の決定的な違いを解説しました。

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「まず第1コーナー。アマチュアの方はブレーキを7割程度しか踏めていません。ハードブレーキングでタイヤがロックし、クルマがコントロール不能になることを恐れていることが見て取れます。一方、蒲生選手はアマチュアの方よりも奥の位置でブレーキを踏んでいます。それも踏みはじめの瞬間だけフルブレーキングを使い、あとはタイヤがロックするスレスレの領域でブレーキペダルを踏んでいるため、アマチュアの方よりも短い時間でブレーキ操作を終えています。コーナーから立ち上がった時点で約2秒の差がついていることも、このデータロガーから読み取れていますね」(ポリフォニー・デジタル 竹薮氏)

 そのほかのコーナーも、先のコース形状が見えていないが故にアクセルがきっちり踏めていないなど、プロとアマチュアの差を冷静に指摘する竹薮さんに開発エピソードを聞いてみました。

毛利 現実の世界でクルマが走ったデータを『GT6』の中で再現するにあたり、かなり苦労されましたか? 

竹薮 そうですね。とくに太陽フレアが強く出てしまうと、実際の位置データとのズレが大きく出てしまうので、かなり苦労しました。

毛利 このGPSビジュアライザーは、随分前から開発されてましましたよね? 

竹薮 はい。約5年前から開発がスタートしました。レクサスIS Fに搭載して開発を進めてきたこともあります。

毛利 実際にご自身もこのデバイスを使って、サーキット走行してみましたか?

竹薮 はい。私自身富士スピードウェイを走行して、データ取りしていました。このデバイスを使って練習しておくと、自分のベストタイムから簡単に3~4秒縮まりましたよ。

毛利 ほかのドライバーと比較して研究されることもありましたか? 

竹薮 もちろんです。トヨタさんのテストドライバーがドライブしたデータを取って比較すると「テストドライバーはこうやって操作しているんだ」という発見がありましたね。トヨタさんとの比較をしていた時期は、マスキングされていた開発途上のトヨタ 86に乗っていました。開発中のクルマで走行するため富士スピードウェイだけでなく、鈴鹿サーキットや筑波サーキットでも完全に貸し切って、一般のお客様を入れない状況でGPSビジュアライザーを開発してきました。

毛利 竹薮さんご自身のベストタイムは?

竹薮 筑波サーキットは1分10秒ぐらいですね。富士スピードウェイは2分19秒台で走りました。

毛利 今後もご自身で走りながら開発を進めていかれるのですか? 

竹薮 そうですね。実際にサーキット走行しないと『グランツーリスモ』って作れないと感じました。自分が走った情報とゲームの中で再現した情報が一致するかどうかは、自分が体験しないとわからないことなのですよ。体験する機会を与えていただいたトヨタさんには、すごく感謝しています。

毛利 ほかの自動車メーカーと、これに似たようなことをやる計画はありますか? 

竹薮 今回トヨタさんと共同開発したGPSビジュアライザーをきっかけに、ほかのメーカーさんともできればいいなという願望は持っております。

バーチャルとリアルの狭間で……

 いよいよ私自身が人生初の富士スピードウェイでのサーキット走行できる時間がやってきました! しかし、ゲームのバーチャルの世界で知り尽くしているとはいえ、いきなりコースに飛び出すのは少々不安なので、まずはプロが運転する脇に座って、コーナーの攻めかたを学習することにしました。

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▲同乗したクルマは輸出仕様のレクサスIS F。ドライバーはあの関谷正徳さん!! ル・マン24時間レースウイナーの隣に乗れるだけで、感激ものです!!
実際の走行データを『グランツーリスモ6』で再現できる“TRD スポーツドライブロガー”&“GPSビジュアライザー”を毛利名人が体験_12
▲富士スピードウェイ最大の難所ダンロップコーナー。関谷氏曰く「最初の右コーナーは小さく曲がらないと、この先にあるふたつのコーナーで窮屈なライン取りになる」とのこと。わかってはいるんですが、ついつい大きく曲がってしまうんですよ。
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▲ダンロップコーナーの先にある第13コーナーにさしかかると、雪化粧した富士山が大きく見られます。この絶景に見とれていると、走行ラインを大きく外してしまうのです。

 そしていよいよ走行。与えられた周回数は3周。受講者のクルマや同乗体験のためにプロドライバーが背後から迫ることもありうるため、速いタイムを出すような走行はできないが、できるだけ速いタイムを目指していきたいと意気込み、コースインしました。

実際の走行データを『グランツーリスモ6』で再現できる“TRD スポーツドライブロガー”&“GPSビジュアライザー”を毛利名人が体験_14
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▲サーキット走行で使用したのはパドルシフトを搭載したAT仕様のトヨタ 86。助手席側のグローブボックスの中に装着されたUSBポートにUSBメモリーを差し込み、シフトレバーから近い位置にあるデータ読み込み開始ボタンを押してからサーキット走行します。

 しかし、実際にサーキット走行したクルマはトヨタさんからお借りしたもの。「絶対に壊すわけにはいかない」という思いが頭の中に入ったまま走行したせいなのか、ゲームとはかけ離れるほどの遅い走行になってしまいました。

 最大1G付近まで発生する横Gが発生するたびに「クルマをスピンさせてはならない」という意識が強く働き、必要以上に安全策的なドライビングになってしまうのです。ブレーキを踏むタイミングは早くなり、最大限に踏めないままコーナーに進入。旋回中に発するタイヤのスキール音は蚊が鳴く程度と同等(つまり、コーナリングスピードが遅いということ)。

 不完全燃焼のままサーキット走行を終えて帰路につき、さっそく自宅のプレイステーション3にUSBメモリーを差して確認したのですが、ライン取り以外は話にならないほどの走りだったことがデータロガーを通じて確認できましたヨ。

 『GT6』のように速く走るためには、横Gに慣れることが重要だと痛感しました。どのあたりまで横Gが発生してもクルマの姿勢が保てるのか、スピンしそうになった際にどのタイミングで逆方向にハンドルを切るのかは、実際にやってみないとわからないことですからね(『グランツーリスモ』シリーズのプレイ経験が豊富な人がはじめてサーキット走行に挑むと、オレが体験したようなジレンマを誰もが抱えると思います)。

 でも、わずかな周回とはいえサーキット走行をできたことは、オレにとって貴重な経験となりました。近い将来、富士スピードウェイを走ることがあれば、今日の経験とデータロガーのデータを活かそうと思います。