好調なスタートを切ったクラウドファンディング
ゲームクリエイター、故・飯野賢治氏が生前に残した“ゲームの企画書”を形にする新規プロジェクト『KAKEXUN(カケズン)』。2014年3月13日からモーションギャラリーでクラウドファンディングがスタートし、10日間で目標額500万円の50%を達成した。好調なスタートを切ったが、まだまだここからが正念場。目標額達成に向け、どんな盛り上がりを仕掛けようとしているのか? 募集期間終了まであと1ヵ月ほどとなった現在、中心人物としてプロジェクトを牽引している飯田和敏氏と江口勝敏氏に話を聞いた。
違和感を感じたファンドの目標金額を再設定
--まず、クラウドファンディングについてですが、“BitSummit 2014”では目標額を1500万円と発表しました。その後、500万円になりましたが、そのあたりの経緯から教えてください。
飯田和敏氏(以下、飯田) 今年の“BitSummit”には、チラシしか持っていかなかったんですが、ほかは完成している作品を出展しているところがほとんどでした。でも、去年は未完成の作品が出展されていたり、ただ会場に来ているだけだったりと、そんな感じではなかったんですよ。1年でかなり雰囲気が変わりましたね。
去年の“BitSummit”では、イベントのエンディングの(主催者であるジェームズ・)ミルキーさんのスピーチで、飯野さんのビデオを流してくれたんです。そして、「(飯野さんが)インディーを始めた男だ」と紹介してくれました。ですから、そのイベントに出展することが大事だと思ったのですが、手ぶら過ぎたな、と。
--何かを作って出展する予定はあったのですか?
飯田 プロジェクトを発表してすぐでしたし、最初は出展する予定もありませんでした。僕は“モンケン”プロジェクトでエントリーをしていたので、それで「BitSummitに出展しよう」と急に思いついたんですよ。締切の前日に(笑)。
江口勝敏氏(以下、江口) こっちは、その話を聞いて「“BitSummit”って何?」って感じでした(笑)。
--確かに、昨年の“BitSummit”からの流れを思えば、出展したいですよね。
飯田 そういう流れでした。でも、僕は両方(『KAKEXUN(カケズン)』と“モンケン”)関わっているのに、気が付かなかったという(笑)。それで、実際に会場に行って、出展している人たちのピュアなエネルギーというか、みんな仕事をしながら、その合間にゲームを作っていたりするわけですよね。その中で“1500万円”という設定金額にはちょっと違和感を感じました。1500万円という額の根拠は、(クラウドファンディングの)モーションギャラリーの最高応援金額が約1460万円だったので、それを越えたいという思いと、実費として、そのくらいの金額はかかってしまうというところからです。
江口 “BitSummit”の会場では、僕たちも声を枯らして、ひとりひとりに説明したところ、外国のプレスや周囲のクリエイターたちも話を聞いてくれました。そうして、熱気とテンションで乗り切ったのですが、東京に戻ってから冷静になって、「さぁ、これからどうやって盛り上げようか?」と、マーケティングについてなど、いろいろなことを冷静に考えたわけです。
--なにか、もやもやした感じがあったと?
飯田 まずは飯野さんの一周忌に合わせて、プロジェクトの発表をしたい。それから、どうせやるなら、モーションギャラリーの日本記録を目指すなど、大きいことをやりたかったわけです。東京に戻ってきてから、決して熱気が冷めたわけではなく、逆に現実的になって、飯野さんの思いを受け止めて、本当に自分たちでゲームを作るんだというふうに意識が変わりました。
江口 何か“降りてきた”感じがしたよね。
飯田 勢いから現実へ。その現実というのは、悲観的になったわけではなくて、本当に自分たちの作品として作りたいと思ったわけです。本当に実現させるためには、このまま“コンセプト・ファンディング”(※編集部注:期限までに目標金額に達した場合のみ、資金調達が実施され、到達しなかった場合はプロジェクト不成立)で1500万円と言っていいのか、と。もし集まらなかったら、ゲームが作れないわけですから。
江口 「どうしても作りたい」と関係者のみんなが本当に思ったんです。日本のクラウドファンディングの実際の集金力も考えました。
飯田 “モンケン”制作プロジェクトで約250万円(※CAMPFIREでの実績)を集めたのですが、すでに『KAKEXUN(カケズン)』は超えましたが、これが現在の記録なんですよ。また、ただでさえ、亡くなった人の企画でゲームを作るのは不遜だと言われることもあるわけで、下品なことはしたくない。それで“500万円”という、現実的な金額に変更しました。
江口 みんなの熱意と飯野さんへの思い、それから日本最高記録を目指そうという、言ってみればそれは“勢い”ですよね。ただ、マーケットの熱や実情を肌で感じて、現実的に出した数字が500万円なんです。今回の500万円というのは、α版制作のためのファンディングなんです。その後、β版制作のときには、またファンディングをすることになると思います。とにかく、まずはα版を作って、それを持って理解してもらおう、ということになりました。
飯田 ゲームのファンディングで難しいのは、やはり企画書だけでは伝わりきらない。まずは、シンプルでもいいから動いているモノを作ろうと。そこから先はファンディングになるのか、どうなるのかは未定ですが、α版ができれば、この企画の善し悪しを判断しやすくなるはずです。
江口 やはり動いているモノがないと伝わらないということで、最初に30秒のイメージPVも作ったんだけどね。あのPVではやはり伝わらない。みんな、ゲームに関することしか聞いてこないわけですから。
飯田 順番としては、ファンドが成立してから作り始めるのですが、そういった事情もあり、制作にかかりつつあります。
--ファンドのページで公開されたプレイムービーをイメージするといいのでしょうか?
飯田 そうですね。あれをブラッシュアップしていく感じになると思います。「暗算かよ」って、暗算なんです(笑)。
飯田氏が“菩薩”になる!?
--BitSummit終了後の心境の変化について、もう少し詳しく教えてください。
江口 BitSummitの時点でも、開発するつもり満々でしたが、東京に戻ってきて、ちょっと温度差があるなと感じていました。そこで、慌ててゲームプレイ映像を作ることにしたのです。やはり、動くものがなければダメだ、それもファンドを立ち上げる時点でなければダメだと。
飯田 出来については、「プロだから、満足できるものができるまで公開しない」のではなく、いま見せられるものを見せていくスタンスでした。
--プロジェクトとして、いまはどういうターンなのですか?
飯田 ゲームそのものは、頭の中ではできています。動いていないだけで(笑)。ただ、スタッフそれぞれが思っているものにズレがあるので、それをすり合わせないといけないですね。とはいえ、これからは「あと●日」とカウントダウンしていくので、いまは“500万円”をクリアーしようという思いが大きいです。クリエイターとしての葛藤もあるのですが、そこをクリアーしないとつぎのステップに行けませんから。
『KAKEXUN(カケズン)』は、科学とは逆のアプローチなんですよ。科学というのは、「空を見上げると星があって、星と地球のどちらが動いているのだろうか」というようなところから始まり、地球が動いているのなら、それを数字を使って実証していく。今回はまず数字ありきで、数字の存在から宇宙の存在までを導き出すという、思考の飛躍を考えているわけです。ただ、僕たちはゲームクリエイターであって科学者ではないので、どうアプローチしようかなと考えている次第です。
江口 そういったことを一生懸命勉強しているんですよ。最終的には「人間とは何か?」ということになるわけですけどね。
飯田 クラウドファンディングの募集期間の後半には、先生を招いてみんなで教えてもらおうかという企画も考えています。その先生方も、おもしろいことにゲーム開発者の中に博士号を持っている専門家がいたり、さまざまな人材がいるんですよ(笑)。せっかくゲーム業界にもそういった人材がいるんだったら、『KAKEXUN(カケズン)』を通して、世に知らしめていくというのも、意味のあるミッションではないかな、と。そういった勉強会、塾のようなものを募集期間の後半に立ち上げようと考えています。
--“ライブ感”がありますね。
江口 今回はその“ライブ感”が命だと思っています。
飯田 まだ、自分が勝手に思っているだけで、先方には言っていないんですけどね。
--学ぶところからいっしょにやろうと。
江口 そうなると、ゲーム制作の活動も質的に変わってくると思うので、それはおもしろいことだと思うんですよ。
飯田 僕たちが作ったゲームをただ遊ぶだけではなくて、いっしょに学んでいくわけです。その“勉強会”をどう名づけようかと思っているんですが……。“ズン塾”、“ズンゼミ”とか(笑)。“ズン塾”をやろうと予定しているスタジオも、じつは僕と飯野さんは古くから知っていたんですが、「じゃあ、もう少し貸してもらおう」ということで、ギャラリーでもあるので、“飯野賢治展”をやることになりました(※詳細は、以下の関連記事参照)。
※関連記事:飯野賢治氏が制作したゲームをプレイできるイベント“飯野賢治とWarp 展 - ONE.D.K”が4月28日より開催決定
江口 1995年の『Dの食卓』(3DO)から2009年の『きみとぼくと立体。』(Wiiウェア)まで、飯野賢治のすべてのゲームがプレイできる企画です。
飯田 ほかにも、飯野さんの書いた本や、一般には出ていないスナップ写真といった、『KAKEXUN(カケズン)』ファンディングのチケット特典なども展示する予定です。4月28日から5月17日まで開催するのですが、そこは会社の施設なので、土日や休日は基本的には開けられないんですよ。でも、誰かがいれば開けられるということで、僕がいることにしました(笑)。貴重なものも飾るし、警備員の恰好をして。約14日間、毎日会場に行って、飯野さんの空間に自分がいることで、意識の変容が起こるのではないかと。“ゴーストゲームクリエイター”を名乗る者として、そういった修行が必要だと思っていて、ちょっと楽しみです。
江口 それでタイトルを“ゲーム菩薩”にしたんです。アート・パフォーマンスです。でも会場の都合で日曜日は休みなんですけどね。
飯田 警備員として常駐しているので、『KAKEXUN(カケズン)』の打ち合わせもそこでやるよね?
江口 それ、いいね。公開ミーティング。
飯田 ただの展覧会だと思ったら大間違いです。
最後の追い込みに向けて
--ファンディングは好調に推移していると思いますが、現場としてはどのような印象なのですか?
飯田 飯野さんの存在と秀逸なコピーライト能力をヒシヒシと感じています。もう少し苦戦すると思いましたが、現時点(※インタビューは4/1)で目標額の半分に達しました。もちろん、最終日まで楽観視はまったくしていませんが、本当にスゴイな、と。ただ、これは、僕や江口さん、ワープ2への評価額ではなく、あくまで飯野さんの企画に対しての純粋な評価額だと思うので、日々数字が増えていくにつれ、謙虚な気持ちになります。
江口 “コレクター”(※編集部注:モーションギャラリーでは支援者をこう呼ぶ)から、“ニコ生”での放送時にコメントが届くたびにお礼を言っていますからね。これまでのモーションギャラリーの経緯だと、立ち上げたときに盛り上がって、一度スーッと波が引いていく。そして、最後の追い込みでまた伸びるそうです。実際の金額が表示されるので、その金額を見ながら。選挙活動のようで、毎日毎日何かしら仕掛けていかないといけないのです。やってみて実感しましたが、クラウドファンディングは本当にたいへんですね。
--100万円のチケットも売れたそうですね。
※モーションギャラリーのクラウドファンディングは、“応援チケット”を購入する形で出資を募る。そのチケットは、金額ごとに異なる特典が用意されている。
江口 はい。ビックリしました。飯野賢治の大ファンで、『Dの食卓』にハマった声優の方だそうです。ゲームの声でも、かなり活躍されているそうですよ。
飯田 しかし、まさか売れるとは思わなかったね。
--海外からのコレクターはいるのですか?
江口 日本語のわかる方で、何人かいますね。
飯田 英語対応のページも作っています。去年あたりから、Kickstarterでのクラウドファンディングが話題になっていますが、僕たちは日本のゲームクリエイターなので、まずは日本から始めたいという思いがありました。これまで、遊べるものが何もない状態で賛同していただいたことに対する“つながり”は、従来のゲーム作りにはなかったものですね。ですから、初期に賛同していただいたコレクターの方々には、友だちや仲間という感覚があります。
江口 同時に愛のあるコミュニティを作っているわけです。真摯に情報共有し、育っていくコミュニティ。
飯田 “ファミ通町内会”のような感じだね(笑)。
江口 本当にそうだね(笑)。
--開発に対するプレッシャーなどはありますか?
飯田 最近、情緒不安定ですよ。
江口 先日、第一回の制作会議を開いて、その模様をコレクターの方に公開しました。そういう意味でも、もう“始まっている”んですよね。
飯田 基本的には、飯野さんとの旧知の仲の人たちが関わっているのですが、音楽だけは小林良穂という、新しい才能を発掘してきました。
江口 これがまた評判がいいんですよ。彼の音楽を中心としたイベントも、何かできればいいなと思っています。
飯田 ふだんゲームをしない人でも、宇宙論や数学、哲学、アートそ音楽が結びつくということに興味がある人もいるんですよ。そういった層の方にもアプローチしたいですね。
--ありがとうございました。後半のラストスパートも楽しみにしています!
『KAKEXUN(カケズン)』制作プロジェクト(4月17日現在)
コレクター:107人
集まった応援金額:333万5055円
残り:33日