リニアな物語体験から離れ、新たなアプローチを模索中

「リニアな物語はもうやめた」バイオショックのケン・レビン氏がいま考える、プレイヤー主導の物語体験の新たなアプローチ【GDC 2014】_01
▲同氏が率いていたIrrational Gamesは今年2月に閉鎖を発表。少人数のスタッフにより、これまでより小さなダウンロードゲームを作っていくと宣言したことが大きな話題を呼んだ。

 アメリカのサンフランシスコで行われた、ゲーム開発者の国際会議ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス(GDC)2014。『バイオショック』シリーズなどのメインクリエイターとして知られる、ケン・レビン氏の講演の模様をお届けする。

 ケン・レビン氏は先月、『バイオショック インフィニット』のDLC“Burial At Sea”第2章を仕上げきったタイミングで、自身が率いるスタジオIrrational Gamesの閉鎖を発表したばかり。これからは少人数による新たなアプローチのゲームを模索するということで、大きな話題を呼んだ。

 そんななかGDC最終日に行われた同氏の講演“Narrative Legos”は、ゲームにおける物語体験(ナラティブ)を追求してきたレビン氏がいま何を語るのかと注目を集め、講演には多くの開発者とメディアが駆けつけた。

 大学で演劇学を学び、ゲーム業界に飛び込んだレビン氏。同氏が関わった『シーフ』、『システムショック2』、『バイオショック』シリーズといったタイトルは、特に一人称視点でのゲームの物語体験を語る上で欠かせない傑作ばかりだ。
 しかし、これまでの業績に誇りを持ちつつも、19年間追い求めてきた、オープニングからエンディングまでリニア(直線的)な物語体験のゲームから、離れようとしているのだという。

 それはなぜか。まず挙げられたのがコストの問題だ。リニアな物語体験のゲームは、特に近年は“見せ場”が必要なこともあって、どんどん規模が大きくなり、お金も時間もかかるようになっているという。
 しかも、何年もかけて作ったものが、それでも12時間かそこらでエンディングに到達してしまい、長く遊んでもらえない。濃密な物語にすごく満足してもらえるかもしれないが、リプレイ性が高くなく、長期間遊んでもらえることは少ない。

 さらに、その物語構造の特性上、開発者とファンの間に壁を築いてしまうのも、コミュニティの力が開発に欠かせない今は避けたい部分と語る。これは要するに、誰がプレイしても大体同じハナシになるし、見所の部分などは特にネタバレを防がなければいけなくなるからだ。

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▲オリジナル版『シーフ』、『システムショック2』、『バイオショック』シリーズ……なぜ19年間追求してきたリニアなナラティブをやめるのか? スタジオ閉鎖後の講演だけに、「何年もかけて作ったものが長く遊んでもらえない」という理由のひとつが突き刺さる。

 ではどんな方向性に行くのか? ここで唐突に出てきたのが、『シヴィライゼーション』や『XCOM』といったストラテジーゲーム。レビン氏はこうしたシステムで駆動していくゲームを個人的によく遊んでいるそうなのだ。

 面白いのは、とくに『シヴィライゼーション』などはその傾向が強いが、プレイによって毎回その世界の“歴史”は異なり、リプレイ性も高い。
 だが“ゲームの進行とともに紡がれる歴史”は物語体験の一部ではあるかもしれないが、ちょっとメタでハイレベル。もっとローレベルな“物語”は、逆に「システマチック」なゲームとの噛み合わせがあまりよくない。

 そこでこれまでにないアプローチをイチから模索するために、試行錯誤の余裕がある少人数の環境にするしかない……というのがスタジオを閉鎖し、少人数グループによるチームを改めて結成する理由なんだとか(大人数だと、試行錯誤の間、浮いているスタッフが大量に出ると経営に直撃する)。

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▲リニアなナラティブのダメな点。作るのにお金がかかりすぎる、同じことが起こるのでネタバレ問題がある、これはプレイヤー主導でないからだし、ゲームのユニークな力を使い切れておらずリプレイ性も低い。マルチエンディングはあるが数が限られている、DLCでの別ストーリーのアドオンはできるが、新コンテンツをそのまま融合できることはあまりない、などなど。ウィッチャーなどよくやっているタイトルもあるが、どうせばら違ったアプローチを試したいというのがケン・レビン氏の考えていること。

プレイヤー主導の物語体験

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 目指すのは、プレイヤーがあらかじめ定められた物語を追っていくのではなく、プレイヤーの行動が物語を引き起こしていくような、プレイヤー主導の物語体験だ。

 NPCが完全に自律的に思考し行動するようなAI的アプローチはまだまだこれからということで、今回は“パッション”(感情)というパラメーターで実現するアイデアが披露された(ちなみにまだ試行錯誤の初期段階であり、参考にはならないかもしれないが、これを契機に議論が起こるのを期待しているとのこと)。

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▲具体的なゲームではなく考えてるシステムの話をしたいなんで、例の土台はパクって来ましょう、ということで設定は『スカイリム』風。オーク、エルフ、ゴブリン、ドワーフの村があり、オークにはクリフィーBほか5人の“スター”(NPC)がいる。

 “パッション”は、各“スター”(NPC)が複数持つパラメーターで、各スターは複数のパッションを持ち、それぞれ「エルフが嫌い」、「古代神の社が出来て欲しい」といったような内容を持つ。
 そしてパッションはプレイヤーの行動によって変動し、例えばプレイヤーがエルフを殺すと「エルフが嫌い」のパッションが反応してプラスに動き、逆にプレイヤーがエルフにいいことをするとマイナスに動くという仕組み。
 パッションはプレイヤーへの好感度でもあり、そのNPCが持つ各パッションを合成した“マクロパッション”がプラスであればいい影響が、マイナスであれば悪い影響が出る。

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▲オークのフランクは“エルフが嫌い”、“古代神の社が出来て欲しい”、“オークのバーバラに求婚したい”というパッションを持つ。ここでは、プレイヤーがエルフのクエストをやったので、“エルフが嫌い”のパッションが下がるとともにマクロパッションも低下。しきい値を下回ったので、割引アイテムが彼の鍛冶屋に置かれなくなった。

 この方法だと、AI的にキャラクターの自律的な個性を生み出さなくても済む。そもそも技術的アプローチでは人間をシミュレートしようとするが、必要なのはキャラクターの個性であって、映画や書籍といったストーリーメディアでも、ここに書いたような“パッション”でキャラクターが形成されているというのがレビン氏の考えだ。

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▲キャラクターの個性を表現するためにパッションを使う。プレイヤーの行動がパッションに影響し、パッションによりスターがプレイヤーへの行動を変化させ、事態が動いていく。
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▲パッションによるゼロサムゲームの例。プレイヤーがエルフを助けたことで、オーク全員との仲が悪くなる。
▲古代神の社を建てたことでフランクのパッションが上がる一方、新しい神の社が欲しいピートのパッションは下がる。
▲オークのジュリエットがエルフのロミオと密かに愛し合っていたので、プレイヤーがロミオを助けたことで、ジュリエットのパッションが上がり対応がよくなる。
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▲ここまでで出てきた要素に、村にはいないが“破壊”や“生産的行動”などで動いていくマクロパッションを持つドラゴンや、個別のパッションは持たないNPC“ドローン”などの概念を足していく。さらに全員が嫌いな“ゾンビ”をマクロパッションの合計によって出してみると……などなど。

 「あれ、意外とすでにある感じのハナシじゃね?」と思う人もいると思う。記者もそう思ったし、知人と喋った際も『ガンパレード・マーチ』などを開発したアルファ・システムの話などが出た。
 だがレビン氏も講演中に、「この仕組みで『バイオショック』や『ラスト・オブ・アス』のような話がすぐに作れるという話ではない」と語っており、あくまでプレイヤー主導の物語体験のための新たなアプローチを模索する上で、基礎になる部分のアイデアだと念を押していた。

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 講演ではさらに、より複雑な感情の物語体験をこの手法で表現できることを示していた。

 例えば二人の花嫁候補を用意して、ゲーム的報酬だけでなく、感情的なものを付け加えることで、「好きなのはこっちだけど、結婚してメリットが大きいのはこっち」というような状況が描けるようになる。
 いわば『ドラゴンクエストV』的な状況だが、確かにプレイヤーの行動によりパッションとマクロパッションを動かしていくことで進んでいく、有機的でプレイヤー主導な結婚の葛藤が表現できるかもしれない。

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▲結婚相手を探している、エルフのプリンセス・ベロニカと、ドワーフのベティ。ベロニカと結婚すればエルフの戦闘の、ベティと結婚すればドワーフの生産のメリットを得られる。
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▲パッションを上げていくと結婚クエストがアンロックされ、クリアーすると結婚。その影響でベティのいるドワーフの農場で生産ができなくなる。
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▲ひねりを加えた例。「好きなのはベティだけど、結婚するならベロニカ」というような状況を作る。これは物質的な豊かさと精神的なものを天秤にかける要素であり、裏切りや偽りの友情といった表現が可能であることがわかる。

 パッションはプレイヤーから見えるようにしておくのを基本としつつ、一定条件でアンロックされる隠しパッションを使った例も紹介された。
 例えばエルフのロミオと親密になっていくことで、実はオークのジュリエットを愛していることを明かされたら(同時にパッション表示)。それまでロミオの好感度を上げるためにオークに冷たくしていたかもしれないが、これからはヘタに動くとジュリエット経由でロミオのパッションも下がるかもしれない。種族としてのエルフとの関係性を取るか、ロミオとの友情を取るかという選択になっていくのだ。

 またパッションを使った方法では、追加コンテンツをアドオンとして別ストーリーに切りださなくても、(パッションをどう設定するかは考えなきゃいけないが)元の世界に自然に追加することができると主張。協力プレイでも、面白い物語体験を実現できるという。

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▲友達がエルフに追われているが、自分としてはエルフとの関係性を悪くしたくない。躊躇しているあいだに死んでしまった……。

 くり返しになるが、これはあくまで物語を動かす基礎のシステムをどう作るかの話であり、例がファンタジーRPGなのもたまたまで、レビン氏もRTSでもなんでも使えるはずだと語っている。なので、「こういう仕組みを足した方が高度になるんじゃないか」でも「あー、この仕組みでこんなゲーム欲しいわ」とか、いろいろ想像したり議論したりしてみてほしい。

 それにしても、「メインストーリーはないのに、しっかり自分だけの物語体験ができるケン・レビンの新ゲーム」だなんて、何ともヤバそうじゃないですか。未来に期待を馳せつつ、まずは“第1期ケン・レビン最終章”としての“Burial at Sea”エピソード2を楽しみに待ちたい。(文・取材・写真:ミル☆吉村)