着々と世界に広がる『パズドラ』を改めて森下氏が語る

『パズル&ドラゴンズ』大ヒットを支えた“カン”の源とは? 森下一喜氏の講演をリポート【GDC 2014】_01

 2014年3月17日~21日(現地時間)、サンフランシスコ・モスコーニセンターにて、ゲームクリエイターを対象とした世界最大規模のセッション、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2014が開催。
 ここでは、会期4日目に行われた、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの代表取締役社長CEO兼企画開発部門統括 エグゼクティブプロデューサー・森下一喜氏によるセッション“Puzzle and Dragons Postmortem”をリポート。

 今回の講演では、エグゼクティブプロデューサー、つまり開発責任者の立場から、『パズル&ドラゴンズ』(以下、『パズドラ』)のエピソードを中心に、ガンホー・オンライン・エンターテイメント(以下、ガンホー)の開発・運営思想が語られた。

 まずは、ガンホーのスマートフォンタイトルの現状について説明された。ガンホーは、2012年以降、『パズドラ』を含めて6タイトルのスマートフォンタイトルをリリースしてきたが、そのすべてが黒字になっており、さらにそのうち4タイトルについては、月間100万ドル以上のセールスで安定しているとのこと。
 そして筆頭格の『パズドラ』は、現時点で世界13ヵ国で配信されており、総ダウンロード数は3000万を突破。2013年には世界のアプリマーケットでナンバーワンの売上を達成し、月間売上は1億ドルを超える規模になっているという。

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『パズドラ』の企画が生まれるまで

 そしてここからは、絶好調なガンホーの開発・運営について語られていった。2013年のGDCでも“運”をキーワードとして講演を行っている森下氏。今回は、“カン”をキーワードに、『パズドラ』の企画からリリース、そして運営までが、印象に残るエピソードを交えつつ語られた。

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 『パズドラ』の企画がスタートしたのは、2011年7月のこと。当時は、モバイルゲームのマーケットが現在とはまったく異なり、日本ではフィーチャーフォン向けのゲームがマーケットを押さえていた時期。スマートフォンのマーケットは、まだまだ小さかった。
 そんな中で森下氏は、あくまで個人的な見解としつつ、“日本市場ではゲーム性が乏しいソーシャルゲームが横行している”と感じ、「あまり快く思っていませんでした」(森下氏)。何より、コンソールゲームで育ってきた森下氏は、自分たちの年代がもう一度ゲームをやってみたくなるようなゲームを、スマートフォンで作りたい、と考える。企画の最初には、そういう想いがあったのだそうだ。

 最初に考えたゲームのコンセプトは、スマートフォンのタッチインターフェースを活かした、“いままでにない直感的なアクション性のあるゲームデザイン。そこから、RPGと、直感的なアクションを軸にしたゲームを作ろうと決める。
 ここに、ガンホーの開発における五原則“直感的”“革新的”“魅力的”“継続的”“演出的”の観点から、入社したての山本大介氏(現『パズドラ』プロデューサー)と話し合ったうえで、1週間でふたつの企画書を作らせたのだとか。ここで提出された、“RPG+タワーディフェンス”と“RPG+パズル”から、森下氏は後者を選択する。

 この時点では、現在の『パズドラ』とはまったく違うゲームだったそうだ。パズルのルールもスリーマッチパズル(3つ以上揃えて消す)タイプではなく、何より大きく違ったのは、画面を横向きに使ったUIだった点だ。しかし、多くの人が通勤通学の電車内で遊ぶことをイメージすると、スマートフォンを片手で縦持ちし、親指だけで操作できるゲームでなければいけない――そう考えた森下氏が、画面を横から縦に置き換えた瞬間、すべてのゲームデザインがつながったのだという。つまり、親指1本で操作できると言う観点から、親指の可動領域である下半分に操作画面を配置。そして下にパズル、上にモンスターという基本UIができあがった……というわけだ。森下氏は、この“横画面から縦画面に変えた瞬間”が、『パズドラ』にとって大きな転機だったと語る。

 ちなみに本作、もともとの企画時点では『ダンジョン&パズル』というタイトルだったのだとか。しかし森下氏が、「どうしても、ドラゴンという名前を入れたかった」ため、無理矢理『パズル&ドラゴンズ』にしたのだそうだ。

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“カン”が支えた『パズドラ』の開発

 そしてゲームの完成イメージが明確に固まったところで、いよいよ開発に。とくにパズル部分に関しては何度も全面的な作り直しを行ったそうだ。

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▲最初は『Zoo Keeper』のように、縦か横にひとつしか動かせない仕様。しかしこれでは“パズルアクション”としては操作の爽快感、間違えて動かしたときのリアクションが気持ち悪い。
▲斜めを加えた8マス動かせるように。それでもまだイマイチ。

 何度かのリテイクののち、山本氏から提案されたのが、「思い切って、ドロップを1マスではなく、盤面を自由に動かしたらどうか?」ということ。これに森下氏は、「それでは爽快感は増すかもしれないが、コンボが決まりすぎて、ゲームが簡単になりすぎてしまうのでは?」、と一旦は反対。
 しかしすぐに、ドロップを動かせる時間に制限時間を設けることを思いつく。これなら、コンボを決めるには短時間でたくさん動かす必要性が出てくるし、そのぶん失敗の確率も高まる。つまり、“リスク&リターン”がうまく成立するわけだ。
 このアイデアにすぐに賛同した山本氏がプロトタイプを作成。制限時間の長さは、実際に試しながらコンマ1秒単位で調整していき、最終的には“カン”をもとに、4秒に設定することが決まったのだそうだ。こうして、細かい仕様が徐々に決められていく。

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▲開発の過程で、山本氏は“嫁レビュー”、森下氏は“子どもレビュー”……家族の感想を大事にしたというエピソードも語られた。森下氏の「つまり開発者は、家族を大切にしようということです」との言葉に、会場からは大きな笑いが。

ゲームの運営はキャンプファイアーと同じ

 かくして、開発がスタートしてから半年後、『パズドラ』がリリースされる。リリース後、瞬く間に話題になった『パズドラ』は、コストをかけたプロモーションをほとんど行っていなかったにも関わらず、ユーザーの口コミで大人気となった。
 とくに『パズドラ』は、DAU(1日あたりのアクティブユーザー数)、MAU(1ヵ月あたりのアクティブユーザー数)が極めて高いのが特徴なのだそうだ。また運営スタンスとしても、DAU、MAUを最重要視し、いかに上げていくかをつねに考えているため、だからこそ、日々のサービスを重要視しているのだという。

 その一例としてあげられたのが、『パスドラ』ではすっかりおなじみとなった“詫び石”。これは、サーバー不具合などの“お詫び”として、有料アイテムの“魔法石”を配布すること。いまでこそ、有料アイテムの配布は、多くのタイトルでも実施されている定番サービスとなっている。しかしその先駆けが『パズドラ』であることは間違いないだろう。

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 また森下氏は、有料アイテムを配布することが、“ARPU(ユーザーひとりあたりの売上)の調整”という新たな役割を持つようになったとも説明した。
 森下氏いわく、ゲームの消費はたき火のようなものである、と語る。薪をたくさんくべれば火は大きくなるが、そのぶん薪の消費も早くなってしまう。火を長続きさせるには、少しずつ、適度な量の薪を投入していかないといけないのだ、と。
 森下氏は、ゲームの運営も同じで、ARPUを上げすぎると、ユーザーの興味も長続きしなくなる。そこで、イベント開催時などでARPUが高くなりすぎたら、あえて魔法石を配るなどして、1ヵ月のトータルで、ARPUが高くなりすぎないようにしているのだと語った。

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 また、これもいまでは多くのタイトルで採用されている“曜日別ダンジョン”のシステムについても、ユーザーの動向を注意深く観察した結果生まれたものだと説明された。
 初期に、ゲーム内コインが不足しがちで、「モンスターのレベルアップが進まない」といった声が多かったことから、週末にコインをたくさん獲得できるダンジョンを追加。すると今度は、レベルアップが順調になったことで、進化させるための素材が得にくいことへの不満が高まる。そこで木曜日に、進化素材を獲得しやすいダンジョンを追加。その後進化パターンの増加に対応して、さらにほかの進化素材を獲得しやすいダンジョンを各曜日に追加……という具合だ。
 結果としてこれが、ユーザーに1週間のサイクルの中で『パズドラ』を遊ぶという習慣を根付かせるとともに、リアルマネーを投じて一気にゲームを進めるのを難しくし、ゲームの消費スピードを抑えることにも役立つことになった。
 このように森下氏は、ガンホーのゲーム運営では、つねにゲーム内の各リソースのバランスを俯瞰的に見て、きちんと循環し、サイクルになっているかを意識するよう心がけていることを説明した。

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ゲーム作りは勝ち負けではなく、ひたすらおもしろさを追求するもの

 そして、改めて『パズドラ』の現状について。『パズドラ』は世界各国でも確実にファンを増やしているが、独自のサービスモデルをキープしつつ、じっくり展開することをコンセプトとしていると言う。そのためもあって、展開した国ではファンから暖かい支持を受けており、各地のレビューでも高評価を獲得しているそうだ。
 森下氏は、そうしたユーザーレビューを非常に大切にしているそうで、リリース直後で、調整箇所が多く、レビューの評価が低い状態でプロモーションを行っても、コストがかかるばかりで効果的ではない、と指摘する。どの国・地域でも、しっかりユーザーの評価を得たうえで、つぎの段階に進むようにしている、というのはうなずける話だ。ちなみに、最近サービスを開始した香港、台湾では、2ヵ月もたたないうちに、100万ダウンロードを突破し、高評価を得ていると言う。

 森下氏は、ここまで説明してきたようなガンホーのサービスモデルは、一見非効率的に見えるかもしれない、と語る。本来、たくさんの国に一気に配信しやすいことも、スマートフォン用タイトルの大きな利点のひとつであるはず。それなのに、サービスをそれぞれの国、地域ごとに分け、それぞれの国ごとに運営するというのは、確かに非効率的と言える。
 しかし森下氏は、「それが我々のスタイル」と語る。配信国数は少なくとも、手厚いサービスを提供することにより、アクティブユーザー数はとても高く、長く遊んでもらえる状態を維持できている――そんな『パズドラ』の現状こそが、ガンホーのスタイルを如実に表すものだというわけだ。

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 続いて、『パズドラ』の新しいチャレンジについても説明された。『パズドラ』のアプリ内に新たなゲームを追加するという斬新な試み、“パズドラW”については、すでに日本のファンならご存じの通りだろう。
 また、森下氏は、『パズドラ』を「本気で10年、20年続けていきたい」との考えのもと、孫の世代にまでブランドとして続けていけるようにするべく、あらゆる方向からゲームのブランド価値を高めることにも努力していると語る。ニンテンドー3DSの『パズドラZ』が発売後1ヵ月を待たずしてミリオンセラーになったり、400種類以上のグッズが好評を博していたり、とその努力は確実に結果に結びついている。さらに今春からはアーケード版が稼働開始となるほか、日本各地でリアルイベントを開催することも決定している。森下氏は、これらを通じて、多くのパズドラファンに、さらに“ロイヤルカスタマー”になってもらえるよう努力していく、と強調した。

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 まとめとして森下氏は、『パズドラ』をここまでの存在に育て上げる過程で、“カン”に従って無数の判断を下してきたと説明。しかし森下氏に言わせれば、その“カン”とは経験の産物であると語る。毎日の開発、運営を通じて蓄積してきた、たくさんの失敗とほんの少しの成功体験。それが、“カン”を養っている、というわけだ。

 また、ゲームはひとりで作るものではなく、仲間と、信頼のおけるチームで作っていくものであるとも語る。ガンホーでは複数のチームで開発を進めているが、組織のコンセプトは“あいまいな組織”。たとえば別のチームでトラブルが発生したときなどは、ほかのチームのスタッフも、自分の開発タイトルの手を止めて、協力してトラブル対応を行うようにしているのだそうだ。それは、さまざまなチームで、さまざまなプロジェクトを、縦横無尽に経験させ、個々のパフォーマンス、得意分野を最大限生かすことにつながる。
 森下氏は、こうしてお互い助け合い、知恵やカンを共有して作り上げられているのが、“ガンホークオリティー”なのだとし、『パズドラ』はそんな“カン”とチームが起こしたサクセスストーリーなのだ、と強調した。

 そして最後に森下氏は、昨年のGDCでのコメントから変わらず、“ゲームを作ることは決して勝ち負けではない”と主張。ゲーム作りは、あくまでもおもしろさの本質にこだわり、挑戦していくものである、との考えを語った。そして今後も、そうした経営とクリエイティブを両立していきたい、と述べて、講演を締めくくった。