アメリカのサンフランシスコで開催中のゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス(GDC)から、『Gone Home』についての講演の模様をお届けする。
『Gone Home』は、ヨーロッパから帰ってきた女の子が実家を探索していく一人称視点のアドベンチャーゲーム。GDCアワードでも最多タイの4部門でノミネートされ、スタジオとしてデビュー賞を受賞するなど、高い評価を受けている。
発表を行ったのは、開発チームThe Fullbright CompanyのJohnnemann Nordhagen氏。チームの中ではプログラミングを担当している。お題は「ローカライズのクラウドソーシング」。なんでプログラマーが?
『Gone Home』は「ヨーロッパから帰ってきた女の子が、誰もいない実家を探索する」という内容からはあんまりそう見えないが、とてもローカライズを必要とするタイプのタイトルだ。
自分以外のキャラクターが姿を見せることはないが、探索してさまざまなものを調べて、何があったのかを推察していく作りになっており、間接的な情報を提供するテキスト量が結構多い。
しかも家族の日常を想像させるようなメモや、何気なく置かれた本、貼られたポスターなどからどんな人々なのか理解していくためには、プレイヤーの母国語での理解が理想的だし、90年代なかばのユースカルチャーへの言及も多く、「その辺りにコレが好きな人はこんな感じの人」といった機微も伝わるのがベストだ。
訳す対象のテキストは、GUIだけでも7000ワード以上、字幕3500ワード以上、ジャーナルが14000ワード以上、クリエイター陣によるコメンタリーが15000ワード以上。見積もりをかけたところ、3年分の家賃に相当したそうで、これは無理なハナシ。
インディーゲームでは往々にしてあることだが、リリース後の今でこそ世界的な評価を受けているThe Fullbright Companyだが、スタートした時は、3人のメンバーは仕事を辞めて家を借り、貯金を切り崩しながら一緒に開発するという日々。というわけで開発するだけで一杯一杯なのに、そんなローカライズ費用なんて捻出できない。
ニッチなテーマということもあり、より幅広い人にプレイしてもらうにはローカライズが必要なタイトルなのに、ローカライズ費用はない。ではどうするか?
そこで本作が取ったアプローチは、ファンによる“有志翻訳”を歓迎してしまうこと。先日ご紹介したプロ翻訳者グループによる日本語化ファイルも、この仕組みを利用したものだ。
となれば、自分たちでローカライズはせずとも、ファンがローカライズしやすいような仕組みを作っておいた方がいい。だから本講演はプログラマーによるローカライズの講演なのだ。
Nordhagen氏はかつて『バイオショック2』のUIプログラマーだった時、ローカライズを想定していた作りになっていなかったために開発後期に散々なことになったのを経験し、ローカライズがスタートする前から仕組みを整備しておくことの重要性を認識したのだという。
まず方針としては、一部キャラクターの音声ダイアリーや留守番電話などの音声の部分は、吹き替えの演技がよく、エンジン上での差し替えも難しかったので字幕対応に決定。書類など、グラフィックの一部として焼きこまれたものについてはテキスト内容をオーバーレイで表示することにして、すべてテキストでのローカライズにする。
設計面でも調整し、まず自分たちのライティング班が専門の知識がなくてもテキスト編集しやすい形を整備して、さらに翻訳者が作業しやすいように、ほぼ全部プレーンなテキスト(字幕のみXML形式)で処理、ファイルの格納場所もひとつにまとめる。
「じゃあ後はよろしく!」というわけにも行かない。労力をかけて無料でやってくれる有志を助けるために、ローカライズをどうやればいいかのドキュメントも整備。専用のソフトなども用意せずに済む。そして各国語版を仕上げて連絡してくれた人はローカライズのページにクレジット付きで掲載する。「これってどんな意味?」って聞いてきた人にはチャットなどで説明などなど。
結果として本作は確認できているだけでも12言語に対応。主要な言語のかなりの部分を無料でカバーすることに成功する。仕組みを整備したことで、コメンタリーなどの追加コンテンツの対応も難しくなかったそう。
一方で至らなかった点としては、個々のテキストに対応する文字列IDがない作りだったために、オリジナルの文字列ひとつに変更が入ると、全体が要修正になってしまうこと、フォントやUIのスペースなどに問題があったこと、この方法では多言語での同時出荷が不可能(訳してくれるファンが存在しないから)という注意点などが挙げられていた。(文・取材・写真:ミル☆吉村)