ゲーム作曲家の坂本英城氏と、琉球フィル副指揮者の後藤正樹氏に聞く!

 2014年3月21、22日に沖縄にて開催される“沖縄ゲームタクト”をご存じだろうか? 20名を超えるゲーム音楽の作曲家が参加し、沖縄の地にてコンサートやトークショーを開催するということで、ゲーム音楽ファンの間では大きな話題を呼んでいるイベントだ。多数のゲーム音楽家が出演することはもちろん、事前に募集したゲーム音楽を愛する奏者たちが東京にて練習をし、イベント当日に琉球フィルハーモニックチェンバーオーケストラ(以下、琉球フィル)と合同でコンサートをするという、過去に前例のないこのイベント。
 しかし唯一の疑問なのは、なぜ沖縄でゲーム音楽のイベントを開催するのかということ。そんな疑問を、イベントの中心人物であるゲーム作曲家の坂本英城氏と、琉球フィル副指揮者の後藤正樹氏に率直にぶつけてみた。昨年末からスタートしている、東京で募集した奏者の練習風景とあわせてお伝えしていこう。

ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_01

■坂本英城氏(右)
作曲家にして、ゲーム音楽制作会社ノイジークローク代表取締役。『勇者のくせになまいきだ。』『100万トンのバラバラ』『タイムトラベラーズ』といった多数のタイトルの作曲やサウンドプロデュースを手がけいてる。

後藤正樹氏(左)
琉球フィルハーモニックチェンバーオーケストラの副指揮者。“沖縄ゲームタクト”の指揮並びに、東京でのオーケストラ練習にて陣頭指揮を取る。東京大学大学院卒→音楽大学という変わった経歴の持ち主で、指揮者以外にもIT技術者との顔を持ち、クラシック音楽とITの融合を目指す。

“もっと尖ったこと”をやっていこう、という思いで生まれた

――そもそも企画が立ち上がった経緯というのは?

坂本英城氏(以下、坂本)  ある知人を通じて、琉球フィル代表の上原正弘さんにお会いしたのがきっかけですね。

後藤正樹氏(以下、後藤) 琉球フィルという楽団は、結成からしばらくは学校公演が中心だったのですが、現在では沖縄で定期的なコンサートを開催するに至っています。

――なぜ“ゲーム音楽”が題材となったのでしょうか?

後藤 いま、日本国内の歴史あるプロオーケストラは、その歴史ゆえしがらみも強く、新しい企画というものが生まれにくくなっています。そのことはオーケストラの新規ファンを増やせない一因にもなっていると思います。我々は新しいオーケストラなので、クラシック音楽だけでなく“もっと尖ったこと”をやっていこう、と。そういった中で今回の企画が生まれてきました。

坂本 以前、琉球フィルのストリングスコンサートで『タイムトラベラーズ』の“The Final Time Traveler”を演奏してくれて、それがこの企画の“種火”となっています。交流が深まるうちに、琉球フィルとのあいだで「ゲーム音楽を何かおもしろい形で演奏したい」という話が持ち上がりました。現在ゲームのクラシックコンサートって毎月のように開催されていますが、正直どこも似たような曲を演奏して、ゲストの作曲者がステージでトークして、アンコールやって……っていう感じなんですよ。

――ある種、フォーマットが決まっているというか。

坂本 もちろん人気タイトルの演奏なので、ちゃんとお客さんを呼ぶことができるんです。でも、ほかにもたくさんのいいゲーム楽曲があるのに、それが演奏曲として取り上げられないことに、僕は90年代からずっと不満に思っていたんですね。同様に、僕と交流のある作曲家さんも「会心の出来栄えの曲ですら、消費される一方だ」というフラストレーションを持っている人がたくさんいて。

後藤 それはゲームが好きな奏者にしても同様で、アマチュア奏者が開催しているコンサートでゲーム音楽が演奏されることも最近増えているのですが、お客さんが知っている曲となると、そのほとんどはヒットしたゲームの中の曲ばかり。ゲームのセールスにかかわらず「もっといいゲームの曲もたくさんあるのにな」と考えているアマチュア奏者も多いのです。

坂本 反面、ただ知名度の低い曲をただ演奏するだけではお客さんは来てくれないし、自己満足になりかねない。だったら、作曲家さん自身にも協力してもらおう、と。東京と沖縄の奏者がいっしょになって演奏をして、それを会場の皆さんに楽しんでもらう。“ゲーム音楽好きのための空間”を沖縄に作りたいという考えが、形になったとも言えます。

ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_02
▲おもに、企画運営を受け持つ坂本氏と、東京での指導と沖縄のオーケストラとの調整役を受け持つ後藤氏。このふたりが中心となって、沖縄ゲームタクトの準備は進められている。

――出演する作曲家さんたちは、具体的にどうイベントに関わってくるんでしょう?

坂本 作曲家自身が指揮をしたり、演奏に加わったりというのがいちばんの特徴です。自身が作曲した曲の演奏もするだけじゃなくて、ほかの作曲家が作った曲を演奏するクロスオーバーがあるのは目玉のひとつです。アンコールでのセッション程度なら珍しくないでしょうが、本格的にほかの作曲家の楽曲に奏者として参加するというのは、かなり珍しいパターンです。僕は以前“おとや”というネット番組をニコニコ生放送で成功させたので、あのイメージが一番わかりやすい。もともと作曲家どうしでのコミュニケーションはあったので、それを活かした企画となったわけです。最初は数人だけを呼ぶつもりだったのが、最終的には21人もの作曲家が参加表明をしてくださいました。

――その坂本さんの企画を受けて、琉球フィル側としてはどのような印象だったのでしょう?

後藤 企画そのものにはすぐゴーサインが出たのですが、形にするまではけっこうきびしい道程でした。でもやってみなければわからないことも多いし「まずはやってみよう!」と、沖縄はもとより、東京でも多くの方にご協力いただき、進めることができました。

――初めての試みならではの苦労が。

後藤 ゼロではなかったですね(苦笑)。でも僕は、ゲーム音楽にはクラシック音楽と同じように人の心を大きく揺さぶるものがあると思っています。たとえばJ-POPは多くの人に共感の得やすいラブソングが多いですけど、ゲーム音楽はそれだけではない、“人の生涯”“心を動かす場面”を彩っているものだと思うんです。しかも、そういった感情やストーリーを、クラシックよりもわかりやすく表現できるものであり、それをもっと世に広められたらと思っているんです。

――現在行われている練習は、どんな様子なのでしょう?

坂本 すでに現在、事前に募集した50名以上の奏者たちが僕らといっしょに練習をしていて、イベント当日の演奏に向けて腕を磨いています。とくに岩垂さんには初回の練習から立ち会ってもらって、ご自身の楽曲である『逆転裁判5』や『グランディア』の練習指導を熱心にしてくださってます。

後藤 原曲をオーケストラで演奏するように手直しする必要があるんですが、それも作曲家ご自身や、ゲームが大好きな作・編曲家が手がけています。琉球フィルの奏者の中にもゲーム好きはいるので、今回の試みに喜んでいます。プロの音楽家ほど、純粋に音楽がよければジャンルは関係ないという人がほとんどですから。

坂本 奏者の皆さんとは顔合わせをしたんですが、みなさんとても前向きだし、人柄が温かいんですよね。オーケストラコンサートで少しだけネタばらしすると、イトケン(伊藤賢治)さん、谷岡久美さんがピアノ、中條謙自さんがギター、岩垂さんがトロンボーンで演奏にも参加します。ほかにもコーラスなどに、作曲家が飛び入り参加するかもしれません。

――オーケストラ以外にバンドステージもあるんですね?

坂本 TEKARU、霜月はるかさん、大久保博さん、佐野電磁さん、加藤浩義、[H.]の6アーティストが出演します。もしかしたら、ゲストボーカリストなんかも登場するかもしれませんよ? 参加無料のイベントも用意していますので、ちょっとでも興味のある方は足を運んでもらえたらありがたいです。

――ちなみに、沖縄ゲームタクトというイベント名の由来は?

坂本 開催地とゲームとオーケストラ音楽であることがわかるものがいいだろうと、僕が発案しました。これ以外にもいくつか“めんそーれ◯◯”みたいな候補も考えたんですが、後藤くんに相談したら「沖縄ゲームタクトしかないでしょう!」と一発で決まりました。

後藤 逆にロゴデザインは何度もリテイクをくり返して完成したものなんです。坂本さんがおっしゃった3つのキーワードを盛り込こもうと、形状はト音記号とドラゴンをモチーフにして、色は沖縄らしい赤としました。じつは日本列島を体とすると、沖縄って土地は、“龍の頭”の位置にある。また沖縄は以前、琉球という名前でしたが、琉=龍という説もあり、そういった縁起も込めて、いいデザインになったかと思います。

――では最後に、イベントは気になっているけど、沖縄まで行こうか迷っている人を“その気にさせる”メッセージをお願いします。

坂本 沖縄でゲームコンサートを開催するということは参加する側にとっても、見に来てくださるお客さんにとってもたいへんなことです。その分、皆さんが来たくなるような魅力あるイベントに仕上がっていると思いますし、後日放送をしたり映像化する予定はありませんので、ぜひ会場までお越しください。
 いまでは20万人規模の参加者で溢れかえるフランスのジャパン・エキスポだって、最初は数千人からスタートしているんです。全国のゲームファンの方々にはぜひ沖縄に足を運んでもらって、ゲーム音楽漬けになっていただければと思います。

後藤 沖縄ゲームタクトを通して、評価されるべき優れたゲーム音楽を紹介したいと考えています。私達の演奏を通して、「ゲーム音楽っていいな」「今後も、いろいろなゲーム音楽に触れてみたい!」と思っていただけると幸いです。

 “沖縄ゲームタクト”の目指すものがおわかりいただけただろうか。ここからは、昨年末から毎週末に行われている、東京での練習の様子をお届けしていく。インタビュー中にもあるように、練習には坂本英城氏をはじめ、岩垂徳行氏(作曲家。代表作は『グランディア』『逆転裁判』など)や、サラ・オレイン氏(『ゼノブレイド』や『タイムトラベラーズ』のエンディング曲を歌唱)、中條謙自氏(元コーエーテクモゲームス。『戦国無双』『討鬼伝』などのサウンドディレクターを担当)や谷岡久美氏(元スクウェア・エニックス。代表曲は『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』など)といった豪華なメンバーが参加し、奏者といっしょになって練習を行っている。

 そして、東京の奏者として参加している人たちの多くも、またゲームファンである。筆者はすでに何度かの練習を取材してきているが、奏者たちは大好きなゲームの楽曲を作った本人が目の前にいる現実にはしゃぎ、また交流の機会を楽しむ光景が見られた。といったように、この“沖縄ゲームタクト”は、作り手とファンが、ともに楽しみながら作り上げていくイベントだと言えそうだ。

ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_03
▲練習に参加している、とあるヴァイオリン奏者の方のケース。メタリックなあいつそっくりに自作するあたり、なんともゲームファンっぽさがあふれる。

2013年11月24日の練習風景

ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_04
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_05
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_06
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_07
▲東京での初練習が行われたこの日は岩垂氏が指揮台に上り、自身の楽曲である『グランディア』の演奏を直々に指導。初日ということでまだ頭数は少なかったが、前のめりに練習する熱意は筆者にまで伝わってきた。ノイジークロークの川越康弘氏、いとうけいすけ氏の姿も見える。

2014年1月26日の練習風景

ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_08
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_09
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_10
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_11
▲この日は坂本英城氏とサラ・オレイン氏が参加し、『タイムトラベラーズ』の“The Final Time Traveler”の練習が行われた。練習の合間には、あこがれのゲーム作曲家と雑談を交わし、交流を深める光景も。

2014年2月9日の練習風景

ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_12
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_13
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_14
ゲーム音楽の祭典“沖縄ゲームタクト”のキーマンに聞く、イベント開催の理念、東京と沖縄の奏者が一体となって生み出す“ゲーム音楽好きのための空間”とは!?_15
▲都内が大雪に見舞われたこの日も練習は行われ、中條氏と谷岡氏が参加。岩垂氏の指導にて『ワイルドアームズ』にギターと口笛(!)を合わせたのに加え、『逆転裁判』のコーラスに参加したり、はたまた岩垂氏がトロンボーン奏者になったり。作曲者たちがイベントに深く関わっていることがわかる。

 正直、遠く沖縄の地での開催ということで参加に二の足を踏む人もいるかもしれないが、今はLCCなどを使って格安で沖縄へと飛ぶこともできる。連休中の開催でもあるので、興味を持ったゲーム音楽ファンの方は、ぜひバカンスがてらの渡航計画を考えてみてはいかがだろうか。残念ながら現地には行けないという方には、現地でのイベントレポートを予定しているので、楽しみにしていただきたい。

(ライター:馬波レイ)