一般に浸透し始めてきたデータ活用術

 2014年2月14日、一般社団法人ブロードバンド推進協議会(BBA)は、Open Media Conference 2014(OMC 2014)を開催した。OMCは開発者向けのカンファレンスで、セッションを通じてさまざまな情報の共有化を図るという趣旨のもと開催されている。今回のOMCのテーマは“ビッグデータ”。ビッグデータとは、インターネットの普及や、コンピューターの処理速度の向上などにともなって生成される、大容量のデジタルデータのこと。この“ビックデータ”をいかに収集・管理・解析するかで、大きなビジネスチャンスが産むことになる。“ビッグデータ”を有効活用したのがソーシャルゲームで、近年富にその活用方法が注目されているのだ。

ここでは、OMC 2014で行われた松原健二氏の基調講演“コンテンツビジネス発 ビッグデータのめざす世界”のリポートをお届けする。

松原健二氏がOMC 2014の基調講演でビッグデータの活用方法を伝授 ビッグデータをいかに活用するかがゲームの重要なカギを握る_01
▲講演を行った、東京大学 生産技術研究所 特任研究員・BBA理事の松原健二氏。

 講演は、松原氏の自己紹介からスタートした。松原氏は日立製作所でメインフレーム、スーパーコンピューターの開発を担当した後、日本オラクルを経て、2001年にオンラインゲームが作りたいという理由でコーエー(現コーエーテクモゲームス)へ入社。2011年にZynga Japan代表取締役CEOとなり、2013年からは東京大学でデータベースの研究を行っているとのこと。

 松原氏は、「“ビッグデータ”が注目され始めたひとつのきっかけは、SNSのようなユーザーがデータを作成するコンテンツ。たとえばツイッターの書き込みを解析することで、動向が分かる」とコメント。こういったユーザーが生み出すデータが注目を集めるが、たとえば自動車に搭載されているセンサーなど、機械が生み出すデータのほうが、圧倒的に量は多いという。当然ながら、どちらのデータが意味を持つかはビジネス次第とのことだ。

 ただし、「こうしたデータは、それ自体では意味はない」と松原氏。データを解析し、そこからひらめき、新たな案件にすることで価値になる。「データを価値に変えるのは人間」と語った。

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▲松原氏の経歴。コーエーテクモゲームス時代やジンガジャパン時代には、ファミ通も何度かインタビューさせていただきました。
▲ビッグデータの活用例。「最終的には人間が価値に変えていく」と松原氏。

 なお、このようなデータの解析、活用に関しては、何も最近に生まれたことではない。松原氏は、自身のキャリアの中で、過去に伝聞した事例を紹介してくれた。

 ひとつめは、コンビニのビジネス。当時、店舗の発注者は売り切れを目指し、売れ残りは損に見えるため嫌っていた。そのため、欠品状態による機会損失が常態化していたという。そこで、POSデータを元に「もし欠品状態が起こらなければ、これだけ売り上げが伸びる」と機会損失を可視化したことで、発注者は“ちょっと売れ残るような発注”を目指し、その結果売り上げは向上したという。このケースは1995年に聞いたそうで、おそらく1990年代前半には行われていたとのこと。

 もうひとつは、あるアメリカの航空会社のケース。マイレージ提携カードの使用履歴をもとに、自社便を利用せずに遠隔地での利用履歴がある顧客を抽出する。このような顧客は競合他社を利用していると判断し、割引クーポンを提供することで、利用率を向上させたそうだ。じつは、このデータ抽出はもともとはセキュリティーのために行っていたこと。アメリカではクレジットカード(の番号)の盗難が多いため、遠隔地でカードの利用履歴があれば、電話して本人に確認を取るそうだ。このシステムを利用して、セキュリティに加えて顧客の満足度も高めている。このケースは氏は2005年に聞いたそうで、2000年ころには行われていたのではと推測する。

 このように、データの活用は昔から行われていたが、一般化までは至っていなかった。その理由については、「特定の業種、もしくは大企業のみが活用していたからでは」と松原氏は分析する。それがビッグデータという言葉によってデータ活用の可能性が浸透し、中小企業でも使えるようになることこそ、ビッグデータの流れ、形ではないかと語った。

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▲コンビニにおけるデータの活用例。機会損失を可視化し、対策することで売り上げが向上。
▲こちらは航空会社の一例。セキュリティシステムで得られるデータを転用し、顧客のロイヤリティを高めることに成功した。

ソーシャルゲームにおけるビッグデータの実情とは

 続いて、ゲーム業界でのデータ活用事例が紹介された。とくにソーシャルゲームではデータの活用で顧客を引き留めて売り上げ向上を目指しており、「一か八かという家庭用ゲーム機のビジネスモデルと大きく違うところ」と解説した。

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▲本イベントはゲーム開発者向けのものではないため、ゲーム業界についても解説。近年はソーシャルゲームの台頭によってゲーム産業は成長していること、また浮き沈みが激しい業界であることなどを語った。

 ソーシャルゲームでは、既存のゲームと比べて開発の体制が異なり、新たにデータ解析専門のスタッフであるアナリストが加わっていることが多いという。さらに、セントラルアナリストを設置して、アナリストの情報やノウハウを共有化して効率を上げるケースもあるという。

 実際の開発については、イベントを例に挙げた。まずイベント概要と売り上げ目標を設定し、続いてもう少し細かいレベルでの指標値を設定する。ここで、企画者とアナリストがミーティングを行い、こういう内容でイベントを作成し、その内容なら達成目標はこう、すべて達成すれば売り上げ目標は達成できる……という感じで内容が作られていく。実際にイベントを開発し、リリースすると、その日のうちにデータが集まるので、そのデータを解析して対応するそうだ。

 このデータ量は、松原氏が在籍していたZyngaの場合は、1日に全世界で数十テラバイトにもなったという。これらを格納し、各チームのアナリストが解析して、売り上げを達成できたかどうか、また原因などをチェックしていく。

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▲現在の一般的なソーシャルゲームの開発体制。アナリストという職種が新たに加わり、データを分析している。
▲カードゲームでよくある、期間限定イベントの開発フローについて解説。リリース後も「ユーザーがネガティブにならないような対応を素速く行う」と松原氏。

 チェックする指標についても具体的に解説された。一般的な指標は、1日当たりのユニークプレイヤー数である“DAU(Daily Active Users)”、新たにゲームを始めた人数である“インストール”など。インストールが少ない場合は新規ユーザーが少ない、つまり縮小していくだけの危険なゲームになってしまうとのこと。また課金した人数で総売上を割った“ARPPU(Average Revenue Per Payed Use)”は、日本の場合はガチャがあるので非常に高く、数百円から数千円にもなるそうだ。対してアメリカ産のソーシャルゲームでは、ガチャがないためARPPUは数10円ぐらいのレベルだという。

 プレイ開始から何日後にプレイを継続しているかという“リテンション”は非常に重要だと述べた。これは「簡単に言えば、リテンションが低いゲームはおもしろくないということ」だそうで、いくら広告を打ち出してもプレイ人数が減ってしまうため、広告を打つ価値がないとのことだ。「どれだけ長時間プレイしてくれるかをゲームによって見定め、たとえばひと月後でも遊んでくれている人が多い場合は、もっと人材をつぎ込んでゲームをリッチにし、広告費をかけてもいい。このように、基本的な指標を見るだけでも、取るべきアクションはけっこうつかめます」と解説した。

 続いて、ガチャおよび関連するイベントについての指標が解説された。イベントで見る指標は概要ごとにまったく変わるそうだが、イベント自体は○○タイプというように分類化できるため、その分類の中では共通する指標が多いという。

 なかでもよく見るであろう指標は、イベントへの参加率や継続率、ガチャの確率、カードの強さなどだ。イベントをリリースする前にも当然社内でチェックするが、2週間に1度などというペースでイベントを行っていると、大人数でプレイした様子はなかなかわからないため、リリースしてからの調整が必要になるという。

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▲ソーシャルゲームの基本的な指標。1日あたりのユニークユーザー数、1ヵ月当たりのユニークユーザー数などをデータから調べる。
▲こちらはイベントでの指標。カードの強さなど、よりゲーム的な内容も解析していることがわかる。

 このようなソーシャルゲームのビッグデータは、アプリプログラムの中で収集機能を柔軟に設計できるというメリットがある。また既存のITサービスの技術をそのまま適用できることも大きい。「たとえばAmazonやeBayなど、先行するITサービスのいいところをしっかりともらってゲームに適用する」と松原氏。

 データ解析がソーシャルゲームの売り上げを大きく伸ばした要因について、日本ではとくにガチャの存在が大きいという。その理由は「製造原価がほとんどゼロに等しく、ガチャを引くのが100人であっても100万人であっても変動費はほとんど変わらず、売り上げは10000倍になる」と語る。このように売り上げが向上するため、ゲームデータアナリストという新たな職種が登場し、彼らが効果的にデータを分析することで、ゲームのビッグデータ解析はさらに盛んになっていくだろう、と今後の展開を予想した。

 今後の方向性については、ソーシャルゲームは家庭用ゲームの要素を取り込んでいくだろうとのこと。スマートフォンやタブレットはどんどん高機能になっており、ゲームの構造も大きく変わるため、それに対応していく必要がある。

 データ解析の高速性も、もっと求められる。ゲームに限らず、現在はデータを可視化できるのは数時間後。「本当は数分後には見たいが、現時点での技術ではまだハードルがある。少しずつでも速くなっていけば」と語った。

 開発者に求められるスキルも変化が生じる。現状はアナリストがデータ解析を行っているのは述べたとおりだが、この作業は統計処理で、「基本的な統計学を学べば既存の企画者やプログラマーでも行えるのでは」と松原氏。そうすることで、アナリストはもっと高度なデータ解析に集中できるだろうということだ。

 ガチャに置き換わるビジネスモデルが登場する可能性にも触れた。ガチャはゲーム業界のなかでも好き嫌いを含めた議論があり、当然ガチャを好まない開発者も存在する。「データ解析を行うことで、ガチャよりも効率的なビジネスモデルを作成できる可能性は、けっこうあるのでは」と述べて、この講演を締めくくった。

 ゲームとは少々離れた内容ではあったが、ビッグデータの具体的な活用例がわかる貴重な講演内容であった。普段はなかなか明かされない、ソーシャルゲーム開発の裏側を垣間見られたことは、ゲーマーとして注目したい部分ではある。

(取材・文 ライター/喫茶板東)