7年後のゲーム市場を見据えて

 2013年10月1日、マンガや同人誌を扱うショップ“とらのあな”を運営する株式会社虎の穴が、ホールディングス体制へ移行すると発表。ユメノソラホールディングス株式会社を設立し、同時に株式会社アクアプラスの全株式を取得して傘下に収めることを発表した(⇒記事はコチラ

 両社はいったいなぜ業務提携に至ったのか。そして、今後はどのような変化が2社にもたらされるのか。アクアプラスのゲーム制作に変化は生じるのか。その疑問を解決するべく、ユメノソラホールディングス代表取締役 最高経営責任者(CEO)の吉田博高氏とアクアプラス代表取締役社長の下川直哉氏にインタビューを行った。

アクアプラスがとらのあなと業務提携に至った本当の理由とは? 両社の代表に直撃インタビュー_01
■ユメノソラホールディングス代表取締役 最高経営責任者(CEO) 吉田博高氏(左)
■アクアプラス代表取締役社長 下川直哉氏(右)

業務提携の決め手は、フィーリングが合ったから!

――まず、両社が業務提携をするに至ったきっかけから教えてください。

下川 じつは、アクアプラス側としては、4~5年前からどこかと業務提携をすることを考えていたんです。当社の成長戦略を考えたときに、作品を作ることはできても、それをたくさんのユーザーさんに広めていくノウハウに欠けていることを実感していたんです。今後さらに会社を大きくするためには、ノウハウを持っているところといっしょになって、ひとつの大きなチームになったほうがいい。作るところから売るところまで一貫して行える大きな組織を完成させなければ、未来はないと判断していました。

――それは、なかなかシビアな判断ですね。

下川 で、正直にお話すると10社以上とお話をさせていただいたのですが、いちばんフィーリングが合ったのが、虎の穴さんでした。最終的には、圧倒的に話が合ったことが、業務提携の決め手になりましたね。むしろ、条件は決定打ではありませんでした。2014年にアクアプラスは創業20周年を迎えるのですが、そこまでには決着をつけておきたいという個人的な思いもあり、ここ1年くらいで虎の穴さんと話を詰めていった感じです。

――吉田さんは、話が来たときはどう思われました?

吉田 じつは当社でも、3年ほど前から新しいビジネスの道を模索していました。出版事業を立ち上げたりしたこともあったのですが、なかなかうまくいかず……という感じで、外の力を借りて事業展開をしていったほうがいいだろうという考えでいたんですね。たとえば、当社が展開しているとらのあなでは、40000人にもおよぶプロやセミプロの方々の作品を扱わせていただいています。そういった方々に、もっとクリエイティビティを発揮できる場所を提供していきたい……という思いもありました。私たちは、そういった場を持っていないので、持っている方たちと組んだほうが早い。そのほうが、40000人の方がクリエイターとしてのステップを踏み出すスピードも速まるだろうと思ったんです。そういった意味では、提携はウェルカムでした。

――ちょうどお互いタイミングよく相手を求めていた、ということですね。

吉田 そうですね。

――お互いどのような点で、フィーリングが合ったのですか?

下川 じつは両社とも、来年20周年なんです。アクアプラスも虎の穴さんも、同時代に同じ世代のお客様と接してきた。アクアプラスは間接的に、虎の穴さんは直接的にという違いはありますが……。そんな中で、「ユーザーさんにとってこうあるべきだ」、「クリエイターたちはどうするべきか」、という価値観がいっしょだったんですね。お客様にどれだけ支持されるか……その支持されるための“思想”が極めて近かったんです。業界は同じだけど、ちょっとビジネスの展開は違うという両社ですが、同じ年にスタートして、この19年間で同じ時代を見てきた。それで、話や思想が合うんですよね。

吉田 それだけ長い間、アニメやマンガ好きのお客様とビジネスをしてきたので、大きな積み重ねがあるんですね。いっしょになるときは、「7年後に向けてがんばっていきたいですね!」という話はしましたね。

――7年後というと、東京で大きなイベントがある?

下川 よくおわかりになりましたね(笑)。いっしょになる過程で、たまたまオリンピックの東京開催が決定したこともあって、日本という文化が7年後には大きな注目を集めるだろうと思ったんですね。7年後には海外からたくさんのお客様がいらっしゃるだろうし、そのとき、秋葉原というカルチャーは、京都や富士山と並ぶ、日本が誇る文化として見られるハズなんです。その秋葉原のカルチャーが世界に認められるコンテンツになるとき、日本を代表できるコンテンツメーカーとして、覇権を争っている1社でありたい……とは思っています。極論ですけれど、7年後には成田空港や羽田空港の降り口に、当社のキャラクターが展示されている、くらいの夢を持ってやりたいです。

――それにしても、会社が大きくなるために合併するのは大きな英断、決断ですね。

下川 僕らにとっては、「いい物を作ってたくさんの人に遊んでもらう」というのが物作りのモチベーションなんです。アクアプラスのゲームは10万人、20万人のお客様には支持されていますが、もっとたくさんの人に支持されたい。もっと組織だって固めていかなければ、淘汰の激しいこの業界で生き残れないのでは……ということを4~5年前から感じていたんです。提携にあたっては、Win-Winの関係でありたかったので、どんなに組織力があっても体力のない会社といっしょになるのは嫌でした。力があるものどうしで組まないと意味がない。実際のところ、アクアプラスにしても虎の穴さんにしても業績的には好調ですし、「この調子のいいタイミングで提携するとおもしろいだろうな」というのはありました。新しい展開でワクワクする方向に向かっていることは、スタッフにとってもプラスに働くでしょうしね。

――業務提携するにあたり、社内から反対意見などはなかったのですね?

下川 提携の事実は、発表する直前までは役員ぐらいしか知らないという状況だったのですが、スタッフはすぐに理解してくれましたね。この業界にいてとらのあなを知らない人はいないわけで、それこそ、「未来を考えて動いている」と捉えてもらえたみたいです。まあ、最初に社内で説明したときに、「(とらのあなに)同人誌を卸せるようになるんですか?」といった質問が出て、「気になるのはそこか!?」みたいなこともありましたけれど(笑)。

吉田 当社でもなかったですね。我々が実際にアクアプラスさんの商品を売っていた立場だったので、むしろファンのスタッフが多くて(笑)。いっしょになることでモチベーションが上がることのほうが多かったです。

――提携前は、不安みたいなものもなかったのですか?

下川 それはありましたよ。ないと言ったら嘘になりますよね、お互い。いっしょにならないとわからないこともたくさんありますから。ただ、そんなことを言っていたら前に進めませんし。まあ、会話を重ねることで、不安な部分はどんどん減少しているというのが現状ですね。

――たとえば、どのような点が不安だったのですか?

下川 文化の違いです。たとえば、ゲーム開発というのは計算できない、数字が読めないビジネスなんです。極端な話、1億円かけて1~2年間ゲームを制作しても、リターンがあるか分からない。それに対して、店舗運営は毎日数字が見えるビジネスモデルです。そういった意味で、従業員や会社の考えかた、経営の仕方といった文化はまったく違うと思うんです。それで、いっしょになったとき、このようなゲームのビジネスモデルを理解していただけるのか、という不安はありました。でもそこは、しっかりとご理解いただいていましたね。

アクアプラスがとらのあなと業務提携に至った本当の理由とは? 両社の代表に直撃インタビュー_02

アクアプラス作品の二次創作への取り組みかたも変化する

アクアプラスがとらのあなと業務提携に至った本当の理由とは? 両社の代表に直撃インタビュー_03

――今回の業務提携で、両社の業務内容はどのように変化していくのでしょうか。

下川 現時点では、会議を重ねて、お互いの意見をすりあわせて、どういう部分でコラボできるかということを調整している段階です。この間提携を発表したばかりなので、具体的な話はまだこれからです。ただ直近として、お互い来年が20周年記念なので、“アクアプラス×とらのあな”みたいなイベント、ビッグな花火は打ち上げたいね、という話はしています。

――では、アクアプラスのゲーム作りにおいて、虎の穴はどのように関わっていくのでしょう。

下川 ライツの部分や広報計画、販売計画をサポートしていただくことになると思います。ありがたいことに、吉田さんからは「ゲーム作りに関しては、全部お任せします」と言っていただいているので、今回のM&Aでゲームの中身がどこか変わるというのは、まったくありません。

――合併することで、ゲーム作りの方向性とか、戦略は変わったりします?

下川 虎の穴さんは、たくさんのお客さんと接しているためにマーケティングリサーチがすごく進んでいるんです。お客様のニーズを深く知り尽くしていて、アクアプラスのゲームユーザーのニーズという意味では、さまざまなアドバイスをいただけるのではないかと期待しています。そのため、今後のゲーム作りの方向性に関しては、多少は方向性が変わってくるかもしれません。

吉田 当社の販売網など、使えるものは何でも使ってもらいたいと思っています。アクアプラスさんのゲームをご存じでない方に、知っていただくことが我々の仕事ではないかなと。もちろん新しいお客様のみならず、これまでのファンの方も、より深くアクアプラスさんのゲームに親しんでいただけるような施策も考えていきたいです。たとえば、握手会やサイン会など、クリエイターの方々と連携してのイベントを開いたりして、よりゲームに親しんでいただくとか。

下川 提携で何ができるかというと、これはあくまで仮定の話になりますが、いままでだと秋葉原にアクアプラスのアンテナショップを作ろうと思っても、ぜったいにできなかった。なぜならば、我々には店舗経営のノウハウがなかったからです。でも、虎の穴さんならば、完璧なほどにノウハウがある。そこで、「資金はアクアプラスが出しますので、運営は虎の穴さんにお願いします」というコラボが簡単に実現できるわけです。これは大きいですよね。

――なるほど。では、逆にアクアプラスの作品が虎の穴にもたらす効果はどのようなものがあります?

下川 アクアプラスのコンテンツに関する創作活動の幅を広げることは早急にやろうと、吉田さんを含めて話し合っています。僕自身がコミケ大好きで、10代のころに同人CDなどを出していた経緯もあり、“同人や二次創作は好きな人間が趣味でやるもの”という感覚がありました。そこで、アクアプラスでは15年ほど前に、“コミックマーケットをはじめとする即売会に限定して、お客さんに直接売って喜びを感じてもらう”というところを区切りとするガイドラインを制定したんです。要は即売会で売るのはオーケーで、とらのあなさんをはじめとする流通で売るのはご遠慮願っていたんですね。このガイドラインは当社のホームページに掲載していますが(⇒記事はこちら)、これを撤廃しようと思っています。もっと幅を広げて、同人誌を描いてくれる方、楽曲のアレンジCDを出してくれる方、コスプレイヤーの皆さんなどを、何らかの形で支援、応援したいという方向で話を進めているんです。僕らはあくまでも土を耕して種を植えるだけで、お客様といっしょに水をあげて、大きな木に成長させていこう……、という方向転換を考えています。

――それは、虎の穴と組むからこそできること?

下川 ええ、より加速度的にできると思っています。

―― 一方で、たとえば虎の穴でクリエイターを発掘して、アクアプラスに紹介、なんてこともあり得ますか?

吉田 そうですね、そうやって支援していくことは、悪いことではないと思っています。

下川 あと、グループ企業にツクルノモリという出版事業があることも強みです。3社はけっこうすごいコンビで、たとえば素晴らしい同人誌があったら、製本して商品化しませんか……というオファーがかけられるわけです。それに対してアクアプラスが、正式に二次著作オーケーです、と許可することもできる。そうしてデビューしたクリエイターさんが巣立って、オリジナルの出版物を作って、ゆくゆくはアクアプラスのゲーム制作に参加する……なんて話もありえますよね。そういった意味では、クリエイター予備軍の皆さんにとっても、夢が広がります。

グループ会社と言えど、慣れ合うことはせずに真剣勝負で

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――ゲームユーザーで気になる人もいるかと思うのですが、これからアクアプラスのゲームを購入するときは、とらのあなで買うのがいちばん得になったりします? たとえば特典がいちばんよくなるとか。

下川 (笑)。いえ、「お互いが贔屓をするようなやりかたはやめましょう」と、最初にお互いに話しました。結局、贔屓しても、それは狭い道なんです。当然の話ですが、アクアプラスのゲームを積極的に扱っていただけるのであれば、ほかの販売店でも積極的に協力させていただきます。ほかのお店のほうが、アクアプラスのゲームを重点的に扱っていただけるのであれば、とらのあなよりもそちらを優先します。

――そこはすごくシビアなんですね。

下川 それはそうです。そんな贔屓をやってしまうと、ほかのお店さんはおもしろくないじゃないですか。

――では、ほかのお店がたくさん売ってくれるのであれば、そのお店を優遇するのはアクアプラス的にはありということですか?

吉田 むしろ、そうならないとダメですよね、お互いぶら下がりになってしまう。うちの売り場はクリエイターの方々の競争の中で、切磋琢磨されていきますので。そういうことはお互いわかっていることです。

下川 密閉体質の中でやるのは嫌だと思っています。たとえばうちがつまらないゲームを作ってしまったとして、とらのあなにソフトを買いに来たお客さんに、グループ企業だからといってそれをガンガンに売りつけるのは、やっぱりよくないことだと思うんです。それだとゴリ押しじゃないですか。とらのあなさんには、いいゲームだと思ったら全面的に推してもらいたいですし、これはダメだと判断されたのであれば、潔くバッサリ切ってもらいたい。そこは真剣勝負ですね。お客様を第一に考えるのであれば、そうならざるを得ないです。

――ということは、ほかの店舗はとらのあなに遠慮せず、どんどんアクアプラスにアプローチしても構わないと?

下川 はい。競合他社さんとも組んでいこうと思っています。たとえばの話ですが、とらのあなさんとほかのゲームメーカーさんがコラボで何かをやろうとした場合に、僕が「アクアプラス以外のメーカーと何かやるのはやめてください!」と吉田さんに言うのはおかしいですよね。そうしたら、とらのあなさんは何もできなくなってしまう。それと同じことです。

吉田 今後のことを考えると、業界全体のことを考えて、もっと広い視野でビジネスを展開していきたいと思っています。

下川 そういったこともひっくるめて、今回の業務提携は、「これからは競合他社さんもいっしょになって、力を合わせて業界を盛り上げてマーケットを大きくしていきましょう」という、僕らの意思表示なんですよ。これからは、いかに世界で日本のコンテンツの存在感をアピールするか、になります。アキバカルチャーは、日本の中でライバルを作るのではなくて、世界がライバルになっていくコンテンツのハズなんです。オールジャパンとして、みんな手を組んで世界で覇権を取りたい! 今回の業務提携には、そんな思いが根底にあります。これからのとらのあなとアクアプラスの展開にご期待ください。そうそう、ゲームユーザーの皆さんには、まずは2013年10月31日に発売されたアクアプラスのプレイステーション3用ソフト『ティアーズ・トゥ・ティアラII 覇王の末裔』をぜひ、遊んでみてください。

アクアプラスがとらのあなと業務提携に至った本当の理由とは? 両社の代表に直撃インタビュー_05

 業界での生き残りを賭けてのゲームメーカーによる業務提携は、ここ数年けっして珍しい流れではなくなっている。業績は好調ながらも、将来のことを考えて業務提携したという虎の穴とアクアプラス。今後両社のコラボがどのように展開されていくのか、7年後の成果を楽しみにしたい。

(構成・文:ライター/喫茶板東)