往年のF1世代はまさに感涙
コードマスターズより2013年10月10日発売予定のプレイステーション3/Xbox 360用ソフト『F1 2013』。同作向けに配信される有料ダウンロードコンテンツの価格などの詳細が判明。さらに、ボーナスカーや1990年代のマシンも登場するゲーム映像や最新スクリーンショットなどが公開された。今回公開された映像は2種類で、以下の通り。
▲シンガポール・グランプリのコース紹介映像
本映像では、F1シンガポール・グランプリのサーキットを、マクラーレンのセルジオ・ペレスがドライブするゲーム映像とともに、本作のテクニカル・コンサルタントを務める、元F1ドライバーのアンソニー・デビッドソン氏が監修するコース解説を日本語音声で観られる。
▲クラシック・コンテンツの紹介映像
本映像では、ボーナスカーとして収録される1976年式フェラーリのマシンをはじめとして、1980年代、1990年代、そして最新マシンが繰り広げる年代別のレースの様子を、ピット作業やウェットレースのシーンも交え、ダイジェストで紹介している。
本作には、1990年代に活躍したマシンや伝説のドライバーを収録した“90年代クラシックパック” 、そして過去に名勝負がくり広げられたことで知られる歴史的サーキットを収録した“クラシックトラックパック”の2種類の有料ダウンロードコンテンツが配信予定だ。配信日はソフトの発売と同日の2013年10月10日で、価格は各1050円[税込]となる。各コンテンツの詳細は以下の通りだ。
[90年代クラシックパック]
本コンテンツには、90年代のF1の歴史を飾ったマシンや伝説のドライバーが、以下の通り収録されている。
■登場する90年代のドライバー、マシン
(マシン/オリジナルドライバー/チームレジェンド※チームにゆかりのある伝説のドライバー)
・1992 Williams FW14B/ナイジェル・マンセル/デビッド・クルサード
・1996 Williams FW18/デイモン・ヒル/ジャック・ビルヌーブ
・1999 Williams FW21/ラルフ・シューマッハ/アラン・プロスト
・1992 Ferrari F92 A/ジャン・アレジ/イワン・カペリ
・1996 Ferrari F310/ミハエル・シューマッハ/ゲルハルト・ベルガー
・1999 Ferrari F399/エディ・アーバイン/ジョディ・シェクター
■“90年代クラシックパック”のドライバー
▼ナイジェル・マンセル
1980年にロータスよりデビュー。ウィリアムズに移籍後の85年に初優勝し、トップドライバーの仲間入りを果たす。1992年に最強FW14Bを手に入れ、圧倒的強さでシーズンを制圧。翌年はアメリカでCARTチャンピオンに。セナの死後、ウィリアムズで代役を務め、勝利を収めた。
▼デビッド・クルサード
1994年、事故死したセナの代役としてウィリアムズよりデビューし、翌年初優勝を果たした、英国出身のF1ドライバー。ウィリアムズ時代はこの1勝のみだが、マクラーレンに移籍するとミカ・ハッキネンとのコンビで活躍した。レッドブル立ち上げ時のメンバーのひとり。現在はテレビ解説者を務める。
▼デイモン・ヒル
1996年のF1チャンピオンに輝いた英国出身のF1ドライバー。父親グラハムもF1チャンピオンであり、揃ってF1の頂点を極めた唯一の親子である。王座獲得翌年に弱小アロウズ・ヤマハに移籍し、ハンガリー・グランプリであわや優勝という活躍を見せた。また98年には、ジョーダンにチーム初優勝をもたらした。
▼ジャック・ビルヌーブ
ジル・ビルヌーブの息子で、1995年にCART(現インディカー)でチャンピオンを獲得し、96年に鳴り物入りでF1デビュー。デビュー戦でポールポジションを奪う。この年4勝するもタイトル獲得はならなかったが、参戦2年目の97年に初勝利を収めた。BAR立ち上げ時のメンバーでもあり、ホンダ第三期最初のポイントを獲得。
▼ラルフ・シューマッハ
ミハエル・シューマッハの実弟(ドイツ出身)。1996年のフォーミュラ・ニッポンでチャンピオンに輝き、翌97年にジョーダンからF1デビュー。99年にウィリアムズに移籍し、2001年のサンマリノ・グランプリで初優勝を挙げた。2005年にはトヨタに移籍して活躍したが、チャンピオンには届かず。史上初の兄弟F1制覇はならなかった。
▼アラン・プロスト
教授の愛称でお馴染みのフランス人ドライバー。日本人にはアイルトン・セナの“敵役”としてのイメージが強い。1985年を皮切りに、86年、89年、93年と合計4回のチャンピオンを獲得。歴代2位となる通算51勝を挙げた。シューマッハに抜かれるまで、最多勝利数記録を持っていた人物。
▼ジャン・アレジ
1989年にティレルよりF1デビュー。戦闘力に欠けるマシンで、マクラーレンのセナに真っ向勝負を挑んだ90年アメリカ・グランプリの記憶が印象的。91年にフェラーリ入りするも、当時の同チームは深刻な低迷期を迎えていたため、95年に初優勝するが、これが唯一の勝利となった。パートナーはタレントの後藤久美子。
▼イワン・カペリ
1985年スポット参戦でF1デビュー。国際F3000王者になった後、87年からはマーチのレギュラードライバーに。売り出し中の若手デザイナー、エイドリアン・ニューウェイが手掛けたマーチ881を得た88年にマクラーレン・ホンダを追い回すなど大活躍。2度の表彰台も経験した。92年にフェラーリへ移籍するも、大低迷期のチームで輝けず。イタリア出身。
▼ミハエル・シューマッハ
ドイツ出身で、史上最高のF1ドライバー。1991年のベルギー・グランプリでジョーダンよりデビュー。次戦からベネトンに移籍し、翌年ベルギーで初優勝。94年には初のチャンピオンを獲得し、翌年も連覇すると、フェラーリ移籍後の2000~2004年まで5年連続王者。歴代1位の通算91勝を挙げる。06年に引退した後10年に復帰するも、優勝には及ばず。12年に完全引退を表明。
▼ゲルハルト・ベルガー
1984年デビューのオーストリア出身のF1ドライバー。ベネトン、フェラーリ、マクラーレンで計10勝を収める。87年鈴鹿初開催の日本グランプリ、88年マクラーレン全勝を阻止したイタリア、アイルトン・セナに最終周でトップを譲られた91年鈴鹿、ホンダ第二期最終レースのオーストラリアなど、印象的な勝利が多い。
▼ジョディ・シェクター
1979年にフェラーリを駆り、チームメイトのジル・ビルヌーブを下してワールドチャンピオンに輝いた南アフリカ人ドライバー。“6輪F1”として有名なティレルP34をドライブし、4輪車以外のマシンでF1を勝った唯一の人物でもある。77年にはウルフチームのデビューレースにて勝利を収めた。
▼エディ・アーバイン
全日本F3000を戦っていた1993年、ジョーダンより日本グランプリでF1デビュー。戦闘力に欠けるマシンながらも6位入賞。96年よりフェラーリ入りし、ミハエル・シューマッハーが99年に骨折休養した際に王座を目指し、ミカ・ハッキネンの最終戦まで争うも、わずか2点差で競り負けてしまった。
■“90年代クラシックパック”のマシン
▼1992 Williams FW14B (1992年式)
90年代を代表する最強マシン。アクティブサスペンションなど多数のハイテクデバイス、バランスのとれたルノーV10エンジン、優れた空力処理によりライバルを圧倒。ナイジェル・マンセルが11戦目に同マシンでチャンピオンとなる。デザイナーは現レッドブルのエイドリアン・ニューウェイ。
▼1996 Williams FW18 (1996年式)
16戦中12勝を挙げ、2位フェラーリの倍以上の得点を稼ぎチャンピオンを飾る。デビュー5年目のデイモン・ヒルがドライバーズタイトルを獲得し、史上初の親子チャンピオン(ヒルの父親グラハム・ヒルは1962年のF1王者)が誕生した。ルノーV10エンジン搭載。設計はエイドリアン・.ニューウェイ。
▼1999 Williams FW21 (1999年式)
シューマッハの実弟ラルフと、前年アメリカのCARTで圧勝したアレッサンドロ・ザナルディがドライブ。ラルフは16戦中11戦入賞と堅実な成績を残したが、ザナルディはF1のブレーキに戸惑い無得点。ルノーのカスタマー用エンジン、スーパーテックV10エンジン搭載。
▼1992 Ferrari F92 A (1992年式)
ジャン・アレジとイワン・カペリのコンビがドライブ。ダブルフロアや戦闘機のような外観が注目を集めたが、性能は伴わず、新進気鋭のアレジをしても3位表彰台が最高位だった。非常に美しいマシンのため、今も高い人気を誇る。フェラーリV12エンジン搭載。
▼1996 Ferrari F310 (1996年式)
ミハエル・シューマッハを獲得したフェラーリが1996年シーズンに送り出したマシン。それまでV12にこだわっていたフェラーリだが、このマシンからV10エンジンに移行。それまでの5年間でわずか2勝しかできなかったチームが3勝も挙げ、同チーム復興の礎を築いた。
▼1999 Ferrari F399 (1999年式)
エースのシューマッハがイギリス・グランプリでクラッシュして長期離脱。代わってチームメイトのアーバインが最終戦までタイトルを争った。ドライバーズタイトルは獲得できなかったものの、83年以来16年ぶりのコンストラクターズタイトルを獲得した。フェラーリV10エンジン搭載。
[クラシックトラックパック]
本コンテンツには、以下の2カ所の歴史的なサーキットが収録されている。
▼イモラ
サンマリノ・グランプリの開催地だが、所在地はイタリア。正式名称はアウトドローモ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリであり、イタリア・グランプリのモンツァよりフェラーリ本拠地に近い。94年のセナやラッツェンバーガーらの死亡事故で有名に。1980~2006年までの計27回、F1を開催(初回のみイタリア・グランプリ)。
▼エストリル
ポルトガル・グランプリを13回開催したサーキット。1996年を最後にF1開催からは遠ざかっているが、その後もテストに使用されたり、WTCC(世界ツーリングカー選手権)やMotoGP(ロードレース世界選手権/2輪)のレースを開催するなどした。1コーナーの形状が鈴鹿に似ている。
最後の最新のスクリーンショットを紹介。スクリーンショットでは、有料ダウンロードコンテンツの“クラシックトラックパック”に収録されるふたつのサーキットの様子や“90年代クラシックパック”に登場するクラシックマシンがレースをくり広げるシーン、さらには2013年シーズンの最新マシンがシンガポール・グランプリでしのぎを削る姿などが書確認できる。