ゲームはお客様を“おもてなし”するもの

 2013年8月21日~23日、パシフィコ横浜にて開催された、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2013”。その最終日、8月23日に行われたセッション“~『ドラゴンクエストX おでかけモシャスdeバトル』~お客様をおもてなしするゲームデザイン~”の模様をリポートする。

『ドラゴンクエストX おでかけモシャスdeバトル』~お客様をおもてなしするゲームデザイン~【CEDEC 2013】_01

 このセッションには、『ドラゴンクエストX おでかけモシャスdeバトル』(以下、『モシャスdeバトル』)のディレクターを務める、荒木竜馬氏(スクウェア・エニックス)が登壇。お客様(プレイヤー)をもてなし、楽しんでもらうためには、ゲームデザインにどのような工夫を施せばよいか、『モシャスdeバトル』を例に解説した。

『ドラゴンクエストX おでかけモシャスdeバトル』~お客様をおもてなしするゲームデザイン~【CEDEC 2013】_02
▲荒木氏は『モシャスdeバトル』のほか、『ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン』のデザインセクションマネージャーや、『ドラゴンクエストX 冒険者のおでかけ便利ツール』のディレクターも務めている。
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▲『モシャスdeバトル』は、ニンテンドー3DSのダウンロード専売タイトル(2012年12月12日配信開始、600円[税込])。大まかなゲーム内容は、ニンテンドー3DSのカメラで人の顔を撮影してモンスターを生成し、『ドラゴンクエストX』の世界“アストルティア”を舞台に、さまざまな敵モンスターとバトルをくり広げる、というもの。

 まず荒木氏は、「ゲームとは、そこにやってきたお客様をおもてなしするもの。これは堀井雄二さん(ゲームデザイナー。『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親)がつねに言っていることです」、「今日は、僕が堀井さんからご指導いただいたことや、僕自身が工夫してきたことをまとめてお話ししたいと思います」と切り出した。

“おもてなし”するための5つのポイント

 さて、ここからが本題。『モシャスdeバトル』のゲームデザインには、いったいどのような“おもてなし”の工夫が施されているのだろうか。荒木氏は、それを5つのポイントに分けて解説した。

<“おもてなし”するための5つのポイント>
【1】ゲームの目的で変わるゲームデザイン
【2】触り心地のよさ
【3】どう遊んでもらいたいかをわかりやすく
【4】手応えのあるバランスとは
【5】学んだことがつぎのプレイで活かされる仕組み

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1ゲームの目的で変わるゲームデザイン

 『モシャスdeバトル』は、“ニンテンドー3DSでミニゲームを提供する”、“外で遊ぶことができるものにする”という、ふたつの目的を持って企画がスタートした。

 ここで荒木氏は、『モシャスdeバトル』の原型とも言える、いちばん最初に書かれた企画書を公開。この段階から、“人の顔をカメラで撮影してモンスターを生み出す”というコンセプト自体は軸としてあったが、さらにAR(拡張現実)機能を使うというアイデアもあったそうだ。また、育成要素としてレベルの概念があったり、死んでしまった仲間モンスターの能力を引き継げたり、壮大なストーリーがあったりと、とにかく“盛りだくさん”の内容を考えていたとのこと。

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▲初期に書かれた企画書の一部。このころは、ゲームのタイトルも『モシャスdeバトル』とは異なっていた。

 しかし、実際に完成した『モシャスdeバトル』を見てみると、AR機能は使わないし、モンスターを育てる概念もないし、壮大なストーリーも存在しない、とてもシンプルなものにまとまっている。なぜそうなったのだろうか?

 それについて荒木氏は、「これは、企画を進めていく段階で、“お客様に提供する商品”として、新たに追加された“ふたつの目的”があったからです」と説明した。追加された“ふたつの目的”とは、“電車などの時間潰しで遊べるものにする”、“『ドラゴンクエストX』のお客様に向けた内容にする”というものだった。

<初期段階での目的>
・ニンテンドー3DSでミニゲームを提供する
・外で遊ぶことができるものにする

<後期段階での目的>
・ニンテンドー3DSでミニゲームを提供する
・外で遊ぶことができるものにする
・電車に乗っている最中など、短時間で遊べるものにする
・『ドラゴンクエストX』のお客様に向けたものにする

 新たな目的が追加されたことで、実際のゲーム内容にどのような影響をもたらしたのかは、後の項で解説されるが、荒木氏は「商品意義を検討し、それに沿って企画を変化させるというのは、当たり前のこと。ひとりで考えた“机上の企画”(いちばん最初の企画)なんて、そんなものです」と、企画の変遷を振り返った。続けて、発売されてから“お客様の求めているものではなかった”という状況に陥らないためにも、「企画の初期段階で、さまざまな人たちと十分にディスカッションを行い、商品価値を高めていくことが重要」とも語った。

 また、企画の練り込み段階で荒木氏が慌ただしかったころ、『ドラゴンクエストX』のチーフプランナーを務める齋藤力氏(通称:リッキー)からあることを言われ、「まさにその通りだ」と感じたそうだ。

「自分が書いた企画書や仕様は、宝物のように見えるけど、それはたぶん幻想」

<この項のまとめ>
 ・議論や検討を重ねて、テーマをしっかりと練り、余計なものを省き、必要なシステムのみを残す
・“お客様にもっとも得てもらいたいもの”は何なのか、その目的によってゲームデザインは変わってくる
・自分が考えた企画や仕様に固執してはいけない

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2触り心地のよさ

 ここでは、ゲームを始めたとき、いちばん最初に目にする“メニュー画面”の話からスタート。『モシャスdeバトル』の画面を例に、「何気ない画面なんですけれども、適当な順番で並べているわけではありません。“いちばん選ばれるであろうメニュー”から並べているのです」と荒木氏。

 “いちばん選ばれるであろうメニュー”は、当然ながらゲーム内容によって変わる。『モシャスdeバトル』の場合、“人の顔を撮影してモンスターを生み出す”(ゲーム内では“かおモシャス”と表現)→“入手したモンスターでデッキ(パーティ)を組む”→“バトルをする”という順番で遊びが進行していくため、メニューの並び順もそれに沿っている。遊んでほしい順番にメニューを並べることで、プレイヤーが自然と選択できるようにし、フラストレーションをなくすのが大切、というわけだ。

 続いて、バトルで全滅してしまったときのメニュー画面も解説。通常のバトルゲームであれば、“再戦する”というメニューがいちばん上にあってもおかしくないところだが、『モシャスdeバトル』においては、“かおモシャスをする”というメニューがトップにきている。これは、「全滅する」→「仲間モンスターが弱い」→「もっと強いモンスターを集めたい」→「“かおモシャス”をする」というロジックによるもの。

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▲メインメニューと、全滅時のメニューを比較。いずれも、選択頻度の高い順番に並べられている。

 荒木氏は、「一見すると何気ないことなのですが、これは重要だと思っています。ちょっとしたボタンやキーの“余計な操作”が積もり積もって、ストレスになっていくのです」と、“ボタンを1回余計に押すか押さないか”という小さな差が、プレイヤーへの負担を大きく変えるのだと語った。

 ここから、『モシャスdeバトル』のデッキ編集~バトル開始までの流れを用いて、“画面遷移”の話題へと移る。

 メインメニューの“デッキをみる”から“デッキ編集”を選択すると、自分が仲間にしているモンスターたちでデッキを組むモードに入る。その後、画面下の“デッキ編集をおわる”というコマンドを選ぶと、“バトルステージを選ぶ”という画面に移行。そこでステージを選んで敵モンスターと戦うわけだが、バトル開始直前の画面にも、“デッキ編集”というメニューが配置されている。これは、敵モンスターの構成を見てから「やっぱりデッキを変えたい」と思ったとき、すぐにデッキ編集を行えるようにという配慮。このタイミングでデッキ編集を行った場合、メインメニューから“デッキ編集”へと進んだ場合と異なり、画面下には“編集をおわる”ではなく、“バトルへ”というメニューが配置されている。つまり、デッキ編集画面そのものは同じであるものの、プレイヤーが置かれた状況に応じて配置されているメニューが異なる、というわけ。

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▲全体的な画面遷移の構造と、デッキ編集画面のメニューの違い。

 「似たような画面でも、そこまでの軌跡や遷移によって、つぎに取りたい行動は変わります。同じ画面だから同じメニュー、同じ文言でいいだろうということではなく、お客様がつぎに何をしたいのか、それをわかりやすく明示する必要があると思っています」と、荒木氏は解説した。

<この項のまとめ>
・メニューは、よく使うもの順に並べる
・画面遷移は、“どこで”、“何をしているのか”、“つぎにどこに進めばいいか”をわかりやすく明示する

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3どう遊んでもらいたいのかをわかりやすく

 ここでは、『モシャスdeバトル』の世界観について解説。先に述べたように、『モシャスdeバトル』には“ストーリー”が存在しない。当初は壮大なストーリーを盛り込もうと考えていた荒木氏だったが、「このゲームを遊んでもらうために、最低限必要なものではなかった」と、ストーリーを廃した理由を述べた。しかし、「お客様にプレイをしていただくうえで、“どんな世界観なのか”を意識してもらうことは重要」とも主張した。

 『モシャスdeバトル』の世界観は、ゲーム冒頭に出てくる、たったの一文で表現されている。

<『モシャスdeバトル』の世界観>
「あなたの使命は 大陸を旅して アストルティアに はびこる モンスターを 倒してゆくことです!」

 「この一文を入れることで、お客様に“これからどういう世界で遊ぶのか”という想像をしてもらえるのです。たったの一文ですが、あるのとないのとでは、ゲームへのモチベーションや没入感がまったく違ってきます」と、荒木氏はその重要性を訴える。自分が何のために戦っているのか、プレイヤーに納得して遊んでもらうための工夫と言えるだろう。

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▲簡潔だがとても重要な、世界観の説明。

 続いてのテーマは、「遊びの“肝”になる部分をわかりやすく表現する」ということについて。『モシャスdeバトル』には、モンスターごとの異なる特技のほか、弱点、耐性という概念が導入されている。敵の弱点に合った特技を使用すると効果が高くなり、効きづらい特技を使用した場合はその逆になる、という概念だ。この概念自体はさまざまなゲームで採用されているものだが、『モシャスdeバトル』ならではの工夫はこの先にある。

 実際のバトル時の演出としては、特技を使用した際に敵の弱点を突けた場合は、モンスターの頭上に“弱点”というアイコンが表示され、効きづらい特技を使用した場合は“耐性”というアイコンが表示される。また、弱点や耐性が判明したあとのターンでは、特技を選択するときに敵の弱点や耐性があらかじめ表示されるようになる。

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 これらの演出について、荒木氏は「特技の効果をわかりやすく見せることで、“特技をうまく使って進めていくゲーム”だということをお客様に伝えるため」と説明。プレイヤーの目線に立って考えれば、バトルに勝利するためには、「どのモンスターがどんな特技を持っているのか?」、「どんなモンスターを仲間にすればいいのか?」という部分に着目すればいいという考えに、自然とたどりつけるわけだ。

 こういった演出や表現は、従来の『ドラゴンクエスト』シリーズにはなかったものだが、「本作をよりわかりやすく遊んでもらうために必要なものとして、盛り込みました」とのこと。

 続いては、仲間モンスターが全滅してしまったときに表示される“ヒント”(TIPS)について。「どんな“ヒント”が表示されるかは、順番が決まっています。ランダムではありません」と話す荒木氏。たとえば、ゲームを始めたばかりの初心者が、上級者向けのヒントを読んでも、ほとんど役に立たないことは容易に想像できる。荒木氏も、「初心者がつまずきやすいポイントや、“こういう風に遊ぶと勝ちやすくなる”といったアドバイスから、順番に表示するように設定しています」と、その意図を説明した。

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 また、その流れで「全滅したときもそうなのですが」と続け、“プレイヤーが休めるタイミングを作ってあげること”にも言及した。「ゲームに熱中してもらうということは、いいことなのかもしれませんが、“やめどき”がないと非常に疲れてしまいます。ですので、たとえばボスに負けたとき、大陸をクリアーしたときなど、いくつかの“休止ポイント”を意識的に設けています」と荒木氏。「今日はここまでにして、明日また遊ぼう!」というように、モチベーションを持ってプレイを区切れる設計することが、お客様に気持ちよくプレイを続けてもらうために重要だという。

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<この項のまとめ>
・遊びの“肝”を押さえて、遊んでもらいたいポイントをわかりやすく表現する
・全滅時のヒントは、つまずきやすいポイントから表示する
・世界観の説明を冒頭に入れて、お客様の没入感を高める
・“やめどき”をしっかり作って、プレイの区切り感を大切にする

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4手応えのあるバランスとは

 手応えのあるゲーム、ないゲームの違いはどこにあるのか? 荒木氏は、「その答えを明確に言える人は少ないと思うのですが、『モシャスdeバトル』では、このようなバランス調整や工夫をしています」と語り始める。

 荒木氏の考える“手応え感”とは、「難関を、フラストレーションを溜めすぎることなく、気持ちよく突破するという快感」だと言う。しかし、その気持ちよさとは、ゲームが簡単であることとは違う。『モシャスdeバトル』では、ひとつのステージをクリアーするために、3回のバトルに勝利する必要がある。そのバトルの中で“手応え感”を味わってもらうためのバランス調整として、以下のようなポイントを挙げた。

<『モシャスdeバトル』におけるバランス調整の工夫>
・敵の攻撃を食らっても、1発で即死しないバランスにする
・1ターン目で、仲間がなるべく全滅しないバランスにする
・しかし、ステージクリアー時には、仲間が何匹か死んでいるくらいのバランスにする
・敵が“HPの低い仲間を狙って攻撃してくる”という行動を取る確率は、3割程度に設定(残り7割は、ランダムで仲間に攻撃してくる)

 「簡単にしすぎてもクソゲー、難しくしすぎてもクソゲー。そのバランスをどこに置くのかが難しいですね」。ゲーム開発者としてはなかなか言いづらいであろう、“クソゲー”という単語をサラリと出した荒木氏は、「1回のバトル勝利で得られる快感や、メリハリというものを、慎重にバランス設計しています」と続けた。また、ゲーム全体で見ても、途中の大陸に強力なボスを配置し、あえて“つまずきポイント”を入れているとのこと。こういったメリハリを加えることで、プレイのマンネリ感や“飽き”を防ぐのが狙いだ。

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 ゲーム全体の話が出た流れで、続いては“ゲームの起承転結”に関するテーマへと移行。『モシャスdeバトル』は、『ドラゴンクエストX』に登場する“5つの大陸”を順番に巡ってバトルをくり広げる、というのがゲーム全体の大きな流れになっている。すべてのステージをクリアーするためには、大陸全土を2周する必要があるのだが、1周目と2周目では構成が異なる。

 1周目は、ゲームの基本的なルールやシステムを、把握してもらえるような構成になっているという。1周目の途中には、先ほども出てきた“つまずきポイント”が用意されており、ここでプレイヤーに「どういった仲間モンスターや特技を選べば勝てるか?」と考えてもらうことで、メリハリがつけられている。そして2周目は、しっかりと考えてデッキを工夫しなければ勝てないような、手ごわい敵モンスターとのバトルが楽しめる構成となっている。「ゲーム全体でも、物語の起承転結と同様に、大きな流れにメリハリをつけることが、お客様に楽しくプレイを続けてもらう工夫かなと思います」と、まとめた。

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 しかし、丁寧にチュートリアルやヒントなどでプレイヤーを導いたとしても、誰もが同じようにゲームを進められるとは限らない。「どんなにがんばってもクリアーできない」という人が出てくる可能性は大いにある。その点について、荒木氏は「ゲームに詰まってしまった人の救済策を用意しておくことも重要です」と語る。

 くり返しになるが、『モシャスdeバトル』は“カメラで顔を撮影してモンスターを生み出す”ことが攻略のカギを握るゲームだ。その際、何色の“レンズ”を使って撮影したかによって、生み出されるモンスターの種類が変化するシステムとなっている。最初に持っている“ブルーレンズ”からは、弱めのモンスターしか生まれないため、それだけでステージを勝ち進んでいくことは難しい。つまり、ゲームを進めていき、より強力なモンスターを生み出せるレンズを入手することが、クリアーするためには必須というわけだ。レンズを入手する方法は、下記のふたつ。“入手方法はひとつではない”というのが、大きなポイントとなっている。

<新たなレンズの入手方法>
・特定のステージをクリアーする
または
・そのレンズで生み出せるモンスターをコンプリートする

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 レンズの入手方法が“特定のステージをクリアーする”のみだった場合、そのステージをクリアーできない人はゲーム進行に詰まってしまう。しかし、“そのレンズで生み出せるモンスターをコンプリートする”という入手方法があることで、ステージをクリアーできない人でも、新たなレンズを入手することが可能になる。この「とにかくカメラで顔を撮りまくれば、いつか新しいレンズを入手できる」という救済策は、プレイヤーがクリアーを断念しないように遊んでもらうための“おもてなし”と言える。また、もうひとつのメリットとして、「ステージを進めながら強いモンスターを入手するか」、「強いモンスターを揃えてからステージを進めるか」という遊びかたの選択肢が生まれることも大きい。もちろん、どちらを選ぶかはプレイヤーの自由だ。

<この項のまとめ>
・簡単すぎても、難しすぎてもダメ
・ゲームバランスは、“気持ちよく難関を突破する快感”を大事にする
・クリアー方法をひとつに絞らない
・どういった遊びかたをするのかは、お客様が自由に決められるようにする

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5学んだことがつぎのプレイで活かされる仕組み

 プレイヤーに「自分はどんどん強くなっている!」という感覚を持ってもらうこと。荒木氏は、この感覚がプレイヤーのモチベーションを上げるために必要だという。『ドラゴンクエスト』シリーズ本編でたとえれば、“キャラクターのレベルが上がったときの楽しさ”に相当する要素だと言えるだろう。『モシャスdeバトル』でもこの感覚を味わってもらうため、荒木氏は「ゲームの醍醐味を順番に覚えていってもらえるように心がけて設計している」と説明した。

 では、“これらをうまく活用すればバトルに勝てる”というゲームの醍醐味を、プレイヤー自身がバトルの中で自然と“気づける”ような仕組みとは?

 まず、【3】の項でも説明した特技、弱点、耐性といった概念が筆頭に挙げられるが、そのほかにも、『モシャスdeバトル』には“おうえん”という重要なシステムがある。このシステムは、敵を攻撃すると“おうえんポイント”が溜まり、ゲージが満タンになると“おうえん”を発動できる、というもの。“おうえん”を行うと、仲間のテンションがアップし、攻撃時のダメージが増加するといった効果を持つ。序盤のステージでは、ただ発動させるだけでも十分に強力だが、敵モンスターが強くなる後半のステージでは、「どのタイミングで“おうえん”を発動させるか?」についても考える必要が出てくる。

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 また、各ステージに出現する敵モンスターには特徴やテーマを持たせてあり、たとえバトルに負けたとしても、敵の種類や行動を省みれば、どんな仲間モンスターを連れていけば有効なのかに“気づける”ように設計されているのもポイント。さらに、仲間モンスターを入手するために必要な“レンズ”に関しても、ある工夫が施されている。レンズのランクに応じて、生み出されるモンスターの強さに“明確な差”をつけることで、「新しいレンズを入手する」=「さらに強いモンスターを入手できる」という、“レベルアップ”に似た実感を持てるような仕組みになっている。それだけではなく、「ステージを進めて、つぎのレンズが欲しい」という、プレイのモチベーションにもつながると解説。

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 「序盤は各要素を順番に体験してもらえるように、後半はそれまでに体験したことを応用することで勝てるようなバランスにしています」とのことで、こういった設計がゲーム全体のメリハリにも関わってくるという。また、プレイヤー自身が何かに“気づいて”バトルに勝てたとき、「自分の力でクリアーした」という“成長感覚”を持つことができると語り、「そんな“気づき”と敵の構成が、ゲームの中でサイクルするような作りにしています」とまとめた。

<この項のまとめ>
・ゲームの醍醐味を、順番に覚えていってもらう
・学習したことが活かされたとき、「自分で考えてプレイした」という快感につながる

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総括

 終了時間が近づくなか、荒木氏はセッションの主題を振り返る。

 「お客様を“おもてなし”すること。これは堀井さんがつねに言っていることです。お客様に何を楽しんでもらいたいのか。それを最大限に楽しんでもらうためには、どう“おもてなし”をすればいいのか。それを考えることが、ゲームデザインの根本なのではないかと思っています」

 さらに言葉は続く。以前、荒木氏の大先輩にあたるゲームデザイナー・青木和彦氏(『ドラゴンクエストX』ワールドプランナー・チーフ)から、こんなことを言われたことがあるそうだ。

「“このくらいでいいかな”と思ったら、そこですべてが“その程度”で終わってしまう」

 この言葉を、荒木氏はこう解釈しているそうだ。

 「青木さんは単に“妥協するな”と言っていたわけではなく、お客様に向けて、できることを最大限やりましょう、ということだと捉えています。ゲーム制作は、自分の“魂”を乗せて、お客様にお届けするものです。ギリギリまで、目標に到達するまで、どうすればいいかを絞って絞って考えることが大事だと思います」。

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 言われてみなければ気づかないほどの、とても小さな“心配り”の積み重ね。その積み重ねが、ゲームのおもしろさ、遊びやすさを大きく変える。どんなに些細なことに対しても、考えに考え抜いたうえで、プレイヤー最優先を目標にベストを尽くす。そんな『ドラゴンクエスト』シリーズ全体に通じる“おもてなし”精神は、『モシャスdeバトル』というシンプルなゲーム1本だけを見ても、等しく注ぎ込まれていることがわかる。ごく自然とゲームを楽しんでもらえるように、“作り手の配慮”をプレイヤーに意識させないように作ること。それこそが本当の意味での“おもてなし”なのかもしれない。