第一線で活躍するクリエイターが映像音楽を語る!

 2013年8月21日~23日の3日間にかけて開催された、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC2013”。最終日となる23日に実施された、“アニメーションにおける音響制作と演出の組み立て”と題されたセッションの模様をリポートしよう。

 セッションの講演を行ったのは、1993年に東映アニメーション初の女性プローデューサーになった後、20年に渡って第一線で活躍し、現在は企画営業本部・企画開発スーパーバイザーという肩書きで、オリジナル作品の企画開発や新規のビジネススキームに取り組んでいる関弘美氏。このセッションでは、関氏が過去に携わった作品を例に、音響制作や演出におけるポイントが語られた。

ゲーム業界は“音の引き算”が苦手!? アニメとゲーム音楽の制作にの違いとは……?【CEDEC 2013】_01
◆関弘美氏
『マーマレード・ボーイ』(1994年)
『ご近所物語』(1995年)
『花より男子』(1996年)
『夢のクレヨン王国』(1997年)
『おジャ魔女どれみ』(1999~2004年)
『デジモンアドベンチャー』(1999~2002年、2010年)
『金色のガッシュベル!!』(2003年)
『明日のナージャ』(2003年)
『パワパフガールズZ』(2006)など

 上記の通り、関氏は多数の人気作の制作に携わっており、昨年は累計で100万人の人が視聴した配信短編作品『京騒戯画』(キョウソウギガ)の企画・プロデューサーを担当。同作品は、2013年秋にワンクールのテレビアニメとして放映される予定だ。

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▲『京騒戯画』は、今秋放映される注目タイトルのひとつ。

テレビと映画で異なる音楽の発注方法

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 関氏は冒頭で、「テレビの音の作りかたと映画の作りかたの違い、ひいてはアニメーションとゲームの違いをお話したい」とコメント。『京騒戯画』の第1話の冒頭をスクリーンで流した後、アニメーション制作の特徴を語り始めた。

 関氏が最初に教えてくれたのが、テレビや映画は、“絶対に締め切りを落とせない背水の陣”で制作に望んでいるということ。テレビなら放送開始日、映画なら公開日が必ず決まっていて、作業が遅れていても、制作現場の都合で放送開始日や公開日を延期させることはできないという。そのため関氏は、「ゲームの場合、発売延期の告知が出ることがありますよね。それを見ると、ゲーム業界っていいなって(笑)」と思っていたそうだ。

 続いて関氏は、過去に携わった作品を例に出しながら、テレビと映画の音楽の作りかたの違いを解説した。関氏によると、「テレビは音楽メニューを先に作る“選曲方式”を採用しており、映画の場合は映像から音楽を作る“検尺方式”(けんじゃくほうしき)が一般的」とのこと。

 スクリーンに映し出されたのは、選曲方式で手掛けられたという『デジモンアドベンチャー』の音楽メニューリスト。限られた予算の中で、テレビシリーズ用の音楽50曲と、同時に制作した『劇場版デジモンアドベンチャー』の音楽をいっしょに作ったそうだ。また、曲を増やすテクニックとして、「メロディラインの中で、フルートがとてもきれいなメロディを奏でていた場合、フルート以外のすべてのオケのバージョンと、フルートだけを別にくださいとオーダーします」と教えてくれた。

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▲『デジモンアドベンチャー』の音楽メニューリスト。

 一方、検尺方式の説明では、『花より男子』の映画を作ったときに書かれた音楽メニューリストが公開された。検尺方式で作曲家に音楽を頼むときは、絵コンテをもとに1分15秒など、尺にあった曲を作ってほしいとお願いするそうだが、編集の作業を経て実際に映像を合わせると、尺が微妙に変わることはよくあるそうで、その場合は変化後の尺で発注をし直すという。

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▲劇場版『花より男子』の音楽メニューリスト。尺が変わったときの修正も細かく記載されている。

 また、「ゲーム業界の方々は、コンピューター上で音楽を作っているせいもあって、テンポが変わるということは別の曲になることだと解釈されます。ところが、映画やテレビの世界で音楽を発注するときは、基本的に生楽器で演奏するのが当たり前でしたので、ひとつの曲でアップテンポになるくらいだったら、別の曲になるという解釈は一切しないんです」と、ゲームとアニメの現場の違いを教えてくれた。

テレビや映画業界に存在する重要な役割

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 続いて、“選曲屋”という仕事について解説してくれた。この仕事が生まれた理由を、「映画などのほうがゲームよりも歴史が古いぶん、プロとしてのスキルを必要とした結果だと思います」と分析する関氏。この選曲屋の役割は、音楽のメニューリストを監督と相談し、スクリプターに作ってもらうこと。ほかにも、たくさんある音楽の中でシーンにピッタリと合う曲を選んだり、尺にあわせて曲の編集作業を行うほか、作曲家に曲を編集することを許可してもらう仕事も行うそうだ。

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 また、東映アニメーションで“記録”と呼ばれる映画会社の伝統職“スクリプター”の役割は、現場でいろいろな記録をとること。アニメ業界でスクリプターを抱えているのは、東映アニメーションだけだそうで、極力事故が起こることを未然に防ぐために必要だという。

 これらの話と併せて、関氏は1クール(13話)のアニメの制作期間と曲数のエピソードを披露した。「1クールアニメを作っていいですよ」とゴーサインが出るのは、「早いテレビ局で6ヵ月前、遅いところだと3ヵ月前」だという。そして曲数は、東映アニメーションの場合だと一般的に30曲、多くても35曲くらい作られるとのこと。

 プロデューサーならではの視点で語られたのが、アニメは“7話目くらいから演出が向上する”というエピソード。というのも、ひとつの番組は平均的に6~7人の演出家がローテーションを組んで制作しているので、2巡目が回ってくる7話目くらいから、音楽と演出、台詞のマッチングがうまくいくようになり、どの作品もおもしろくなってくるというのだ。今後アニメを視聴する際は、7話目に注目して見ると、新しい発見があるかも!?

音楽を使った演出の組み立てかた

 映像作品において、音楽はなくてはならないもの。関氏によると、音の役割は大きく3つあるという。

【1】情報不足を補う
【2】動きを誇張する
【3】心情表現

 演出家や監督は絵コンテを描く作業進める中で、役割にあわせてほしい曲をイメージしながら、絵コンテをきっているそうだ。また、音楽の使いかたには、3つのアプローチがあるとも。

【1】場面につける音楽
【2】感情につける音楽
【3】キャラクターにつける音楽

 シーンに応じて、何に音楽をつけるか変わってくるが、関氏は「音楽はただつければいいというものではありません」と発言。「台詞を立たせるために、あえて後ろの効果音や音楽をやめてしまう場合もあるし、逆に音楽がすばらしいので、台詞と効果音をやめてしまうこともある。これをトータルに考えるのがアニメの演出、監督という仕事」になるそうだ。加えて関氏は、「ゲーム業界には監督という職種があまりいないという話を聞いてショックを受けました。ただ、それを聞いて、だから音楽が変な終わりかたをすることがあるんだと思いました」と、ゲームをプレイしたときによく感じる疑問点を指摘した。

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 続いて関氏は「同じ“怒り”にもたくさんの種類がある」と教えてくれた。ひと口に怒りといっても、日常生活の中のちょっとした怒りなのか、親を殺された怒りなのか、怒りの原因によってその強さは変わってくる。そのため、怒りを表現するための音楽も変化し、楽器の編成やメロディの作りかた、曲のテンポが変わってくるそうだ。さらに、テンポに関わるエピソードとして、「映像のカットが多いと、音楽が早く感じる」とも。これは、カットが頻繁に変わるシーンでは、普通のテンポの曲でも速く感じてしまうというもので、アクションシーンの音楽を発注するときは、「作曲家にあえてゆっくり目でお願いすることもある」という。

終わりの美学と引き算の美学

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 関氏によると、アニメはカットが始まるときよりも、“終わりかた”に強いこだわりがあるそうだ。「ゲームだと、フェードアウトさせる終わりかたが多いと感じていますが、フェードアウトという終わりかたは、たくさんある終わりかたのひとつでしかない」とコメント。「来週へのひきの強さを求めらるときは、曲を盛り上げて終わらせるし、同じ時間軸で別のシーンに切り替わるときは、その後のシーンの内容によって曲をきっちり終わらせたり、逆に音尻をシーンの頭にこぼして関係性を強める演出がされる」と解説してくれた。

 もうひとつのこだわりが、“引き算の美学”。優れた監督は、演出の引き算がうまいそうで、「頭の中で描いた映像のイメージで、この音楽はいらない、この台詞はいらないといったことを考えてまとめられる」そうだ。関氏は、「ゲームの映像を見ていて、ちょっとイラっとするのは、この手のメリハリがほとんどないから」と指摘。「たとえば、シーンによって重要度が違うのに、同じような付け足しをしているので、どちらが重要なのかよくわからない。ゲーム業界の人は、引き算するのが苦手だったり、怖がっているように思います」と独自の考えを続けた。

 ここで関氏は、引き算の例として、『京騒戯画』の最終話にあたる5話が流された。もともとのシナリオには、ナレーションや台詞が入っていたそうだが、完成した映像を見ると、キャラクターの口は動くものの、台詞はほとんどなし。冒頭のナレーションも文字が背景に描かれる形になっていた。

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▲『京騒戯画』の5話。東映アニメーションの松本理恵氏(当時27歳)が監督を務めた。

 これは、すばらしい音楽が仕上がってきたので、音楽をメインに、きれいな映像を見せるという演出プランに変わったために、このような内容に仕上がったんだとか。たしかに、この音楽と映像なら、台詞が少なくても画面に引き込まれる力強さが感じれて、思わず見入ってしまった。

 最後に関氏は、クリエイターたちに向けて「古典をしっかり学んでください。好きな古典を持っていることが、創作の大きな支えや役に立つことがあると思います」とメッセージを送り、1時間のセッションは幕を閉じた。

(取材・文:ジャイアント黒田)