“センサーネットワーク+遠隔操作”が未来を握る!?

 2013年8月21日~23日、パシフィコ横浜にて開催された、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2013”。8月23日に開催された基調講演“アンドロイド・ロボット開発を通した存在感の研究”をリポートする。

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▲大阪大学基礎工学研究科教授/ATR石黒浩特別研究室室長/ロボット学者の石黒 浩氏。

 このセッションの講師として登壇したのは、世界的に有名なロボット学者で、大阪大学教授を兼任する石黒 浩氏。石黒氏は、従来の研究の中心であった産業用ロボットではなく、日常活動型ロボットにおける課題を世界に先駆けて提案し、研究に取り組んできた。そして、人と関わるヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイド、そしてそれらの活動を支援し、人間を見守るためのセンサネットワークを開発。2007年には、Synectics社(英)の調査“世界の100人の生きている天才のランキング”で日本人最高位の26位に選出されている。

 こうした開発経験を生かし、ロボットでどうすれば“人の存在感を表現できるか”がこのセッションの議題となる。冗談まじりに石黒氏自身を含むロボット業界の人間や、聴衆であるゲーム業界の人間を貶める一幕も数多く見られたが、決して嫌味な感じにはならず、しっかり笑いを取っていた。根っからの大阪人気質のせいなのか、氏独特の軽妙な語り口のせいなのか、あるいその両方か……いずれにせよ聴衆をたちまち引き込み、場内からは頻繁に笑い声が上がっていた。

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▲ロボットが入り込んだ日常生活。ある種典型的な未来像だが、石黒氏は「こういう未来は必ず来る」と断言。

 石黒氏はまず、科学技術の普遍的な方向性として「技術が進めばすべてが人間らしくなる」と説く。人が人を見る場合と、物を見る場合とでは、脳の活動レベルがまったく違うのだそうで、すべてが人間に対して敏感に反応するようにできている。そして、将来的に人間が人間型ロボットを使うようになる理由を3つ挙げた。

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 この3つのうち、石黒氏のいちばんのモチベーションになっているのは“人の研究、人間型ロボットの研究はインターフェースの原理を探求する研究”。「ただ人間らしいものを作るのではなく、人間とロボットが関わる根本の仕組みを知りたい」「そうであるならば、中途半端に機械っぽいロボットでは科学にならない」「いっそのこと人間そっくりなロボットを作り、それをベースにいろいろなアイデアを探す」という研究アプローチから、アンドロイドを研究しているとのことだ。また、(機械的なロボットと人間的なロボットという)両極のどちらかに思いっきり振るのがサイエンスの作法でもあると述べた。

 最初の議題は“ロボットはどのように人間社会に入り込むか?”。ゲーム業界としても気になるであろう、3~5年後の近い未来で考えると、センサーネットワークと遠隔操作がカギになるという。

 しかし、問題もある。まず、センサー自体はいいものが作れるが、人間の脳とコンピュータの処理能力には差がある。たとえば、たくさんの人がいる部屋があったとして、人間が観察すれば次第にわかってくることも多いが、コンピュータは観察はできない。その解決策として、「山盛りのセンサーを使えばいい」と石黒氏。複雑な情報の表現をただの観測問題に置き換えてしまおうという考えかただ。
 いたるところにある監視カメラ、Suicaなども実用化されている一種のセンサーネットワークで、スマートフォンはそういった仕組みの塊にようなもの。しかし、知能がないため結局は遠隔操作に頼るしかないという。

 続けて、石黒氏は7~8年前に構築したシステムを紹介。大阪USJ前のショッピングモールで、ロボットが道案内をしている映像が映し出された。“しゃべること”だけは自動化できず、オペレーターが遠隔操作をしているが、お客の要求がわかれば案内はすべて自動で行える。この時点では例の“山盛りセンサー”で人の動きを捉えているが、問題なのは対話の部分だけだが、実作業の負担はオペレーターが10%程度。そのため、1人のオペレーターで5~6台のロボットはゆうに扱えるようだ。この遠隔操作システムは、たとえばビルの監視などにも応用でき、人間ひとりあたりの労働力が大幅に増すという。

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▲いまならばKinectを使えば、もっとコンパクトでもっと精密なデータが取れるという。
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▲ASIMOとRobovieが働く全自動のロボットカフェの映像も。「こういうロボットカフェはぜひゲーム業界に作ってほしい」と石黒氏は言うが、コーヒー1杯で10000円は取らないと採算が合わないという(笑)。

 つぎにセンサーネットワーク+遠隔操作の一例として、アメリカで普及が進んでいるシステムを紹介。一言で言えば、移動台車の上にPCを乗せてSkypeを走らせ、遠隔操作している本人の代理として行動させる。1999年に石黒氏が原型の“IROS”を制作したが、当時は反響も薄くスポンサーも付かなかったという。同様に、1998年には本格的なストリートビューを制作したが、これも鳴かず飛ばず。やや自嘲的に「早すぎるものは理解されない」と苦笑いを浮かべた。

 このロボットは2010年からベンチャーが多数立ち上がり、実際に医療現場や企業で実用化されている。一度マーケットに入ってしまえば、急速に自動化が進むのが科学技術の常。アンドロイドもいずれそうなるという見解を示した。

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 人間らしいロボットを作るにあたり、石黒氏は人間とロボットの両方を研究し、仮説を立て、検証し、開発を進めていく。この過程は物作りに共通するプロセスであり、「ゲームもまったくいっしょだと思います」(石黒)。ユーザーがどうやったら喜んでくれるかなど、要するに人間(ユーザー)に関する仮説であり、根本にあるのは人間を理解すること。そこはまったくいっしょであるとともに、「研究とかビジネスとかで境界を設けたら新しいものは作れない」と来場者を鼓舞するように、クリエーターとしての意見を述べた。

アンドロイドと人間の境界

 ここからは、“人間を知るためのロボット研究”というテーマで、石黒氏が制作したロボットを順に紹介した。

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 その中で興味深かったのは“不気味の谷の克服”という報告だ。ロボットが人間に近づくと、あるラインを越えた瞬間、急に不気味さを感じる現象が“不気味の谷”だ。これは、人間の脳が認識と少しだけずれたところにあるものに対しては、ものすごくネガティブにとらえてしまうことに起因するようだ。脳にそうした働きがあることが最近になってわかり、科学的な説明ができるようになってきているそうだ。現在は、脳のどの部分で不気味さを感じているかを調べているとのことだ。

 そのほか、落語を演じる桂 米朝のアンドロイド、ショーウインドウやショッピングモールに置かれた女性のアンドロイドなどが紹介された。

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▲アンドロイド(左)とロボット(右)の会話。ロボットの「あなたは人間ですか?」の質問に、アンドロイドは「はい」と答える。逆ならほほえましい気がするのだが……。

 また、100人くらいが見ている中で、美容師にアンドロイドの髪を切ってもらうという実験も興味深くておもしろかったもの。アンドロイドは10個程度の言葉しか話すことはできないが、美容師は一生懸命にアンドロイドをお客として扱い、意思疎通を図ろうとする。人間は社会的な動物であるがゆえに、人の目がある場所ではいつもの自分を演じてしまうのだ。

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▲特定の人物そっくりに作った“ジェミノイド”と呼ばれるアンドロイドは、自分のように感じてしまう。石黒氏のジェミノイドもある。
▲ロボット演劇では、ロボットはスクリプトに沿って動いているだけだが、それを見た人は“心がある”と感じる。

 “テレノイド”は人間とはかけ離れた見た目をしているが、遠隔操作でオペレーターが話すと、テレノイド自身に相手を投影してしまう。そして、例外なく感情移入してしまうのだ。また、“ハグビー”というスマートフォンホルダーを兼ねた抱き人形は、抱きしめながら好きな人と会話をすると、本当に抱き合っている気分になって興奮状態になるという。

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 こうして石黒氏のお話を聞いていると、人間の心の動き、振るまい、イメージ力といったものにも深く興味が沸いてくる。人間は想像力によって視覚、聴覚、嗅覚等を補っており、アンドロイドの人間らしさにおいて、見かけは重要ではない。アンドロイドと人間がわかり合える日は、案外すぐそばまで近づいているのかもしれない。

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(text by バロンマサール)