なぜ日本製のゲームは以前より北米で苦戦するようになったのか? アメリカの開発者たちが考えたその理由、そして重要な概念“リレイタブル”とは【CEDEC 2013】

ゲーム開発者向けのカンファレンスCEDEC 2013から、“アメリカのゲームスタジオで働いて学んだこと”と題した講演の模様をお届けする。

●そのほか、日米の労働環境の違いなど、気になるテーマが盛りだくさん

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 ゲーム開発者向けのカンファレンスCEDEC 2013から、“アメリカのゲームスタジオで働いて学んだこと”と題した講演の模様をお届けする。

 講演を行ったのは、2K Gamesでリードアニメーターを務める小島研人氏。日本で生まれて13歳で渡米後にサンフランシスコのベイエリアで育ち、ゲーム開発者となった後も、日本で『鉄拳』や『ソウルキャリバー』などのシリーズに関わり、再渡米後にはルーカスアーツを経て現在は2K Gamesとアメリカのトップスタジオを渡り歩く、日米の双方の現場を知る人物だ。

 内容は大きく分けて、アメリカの開発現場の特徴紹介、アニメーターとしての視点から分析する日米のゲーム観の違いの解説、そして日本のゲームがかつてより欧米市場で苦戦するようになったことを受けて行った、同僚の開発者に聞く「なぜ売れなくなったか」というヒアリング結果の3部構成となっていた。


●アメリカ現場事情その1:アメリカのスタジオのいい所と悪いところ

 まずは第1部、アメリカのスタジオの労働環境としてのいい面と悪い面の紹介から概要をお伝えしよう。

■いいこと
1.ワークライフバランス
 大きく取り上げられていたのが、ワークライフバランス。日本で働いていた頃は小島氏も仕事を“会社のため”と考え、自分の時間を潰して働いていたそうだが、アメリカでは労働に対する根本的な考えの違いがあり、自分の時間や家族を大事にすることが第一にあるという。だから、仕事に対して自分の人生のバランスがしっかり取れた、ストレスフリーな職場であることがとても重要視されるのだ。
 ちなみに家族重視は徹底しており、「妻が風邪を引いたので」ならまだしも、「彼女ができたので3日休む」といったケースもあるらしい。

2.労働時間・残業
 労働時間は基本的に定時帰宅が当たり前で、帰って自分の時間を過ごしたり、家族サービスをするのが普通。小島氏も8時に出勤して午後5時には帰宅するそう。
 ただし今も昔も残業フリーというわけではなく、過去にエレクトロニック・アーツで過酷な残業が労働問題に発展した件などを経て寛大になってきたものだそうで、現在もどうしても残業せざるをえない追い込みの時期は、会社が賄いを出すなどして残業をしているという。

3.会社組織・社会
 HR(人事部)が身近な存在で、従業員のストレスを低減することを職務としており、気軽に相談できる。パワハラ・セクハラの疑いがある行為があった時も、すぐに相談にのってもらえる、従業員の味方なのだ。
 そのほか、日本でも導入が増えている401K(確定拠出年金)のマッチング拠出(企業側が掛け金を上乗せしてくれる)制度など、福利厚生が充実しているとか。

 一方で、レイオフ(解雇)が容易だったり成果主義だったりする風土なども、小島氏はいい点であると評価。例えば職務に合っていないスタッフを(解雇できずに)だらだら残すようなことをせず、新しい環境へと後押しする仕組みとして理に適っているというのがその考えだ。
 その分、優秀であれば評価されてはっきりとした昇給があるし、市場自体に流動性があるので、ある場所でレイオフを食らっても別のスタジオへと渡っていくことができるというワケ(後述するように、流動性が高いのはマイナス面もある)。

 そのほか、小島氏が活躍するカリフォルニア州は特にそうなのだが、さまざまな人種が集まってものづくりをすることで、多様な価値観がミックスされて新しいものが生まれてくる土壌があるのも魅力的な点。
 しかも北米市場は大きく、文化的差異などが少ない同じ感覚を持つ地域への販売ができ、数字がついてくるのも、リスクの少なさ、企画の通りやすさといった点で評価していた。

■悪いこと
1.流動性や労働時間の裏返し
 一方で先ほど出たような転職社会の流動性の高さは、人材の蓄積という点ではネックになることもある。FacebookやGoogleといった世界的IT企業もある土地柄、優秀な才能を取り合っており、優秀なプログラマーがそちらの業界に引きぬかれていってしまうといったこともあるそう。こうした労働市場を背景に、人件費の高騰なども悩みの種だとか。
 また、労働時間がきっちりしている分、じっくりいいものは仕上がるがスピードの問題があり、急いで何か作って欲しい時などは困るそう。

2.生活の問題
 IT産業が集まるベイエリアでは生活費が高く、一方で不況の煽りもあって教育、医療がどんどん悪化しており、場合によっては「働いてもワーキングプアみたいなケース」もある上、「収入は高くても経済的な幸せ度は低い」という指摘は興味深い。
 そんな中、ゲームや映像業界では、海外へのアウトソーシングが進むことで、さらに職にあぶれる人が増えているというスパイラル。外国籍で働く場合はビザの問題もあり、レイオフを受けたら10日間以内に出国しなければいけない(H1Bビザなど)というのは中々キツい。


●アメリカ現場事情その2:アメリカの組織力

 続いて、アメリカの組織の特性についても解説された。やはりワークライフバランスが重要で、それが満たされていることが多いからこそ、ストレスによって部下に辛くあたってしまうといったことも少ないそう(ドラマなどで見かけることもあるので、ないわけではないのだろう)。
 また肩書や職種間のヒエラルキーが日本と比較してフラットとのこと。もちろん階級の違いはあるが、対等に組織の中で機能しており、ルーカスアーツ時代、あのジョージ・ルーカスも“ミスター・ルーカス”ではなく“ジョージ”と呼ばれる存在だったというのが面白い。

 いかにもアメリカらしい点としては、コミュニケーションを特に重視するそうで、これは多様な価値観を持った人種が集まった国だからこそ、同じ考えの人がいないのが前提であり、必然的に話して分かり合う文化になっているのだそうだ。
 主張しないのはいないも同然で、忙しい時でもコミュニケーションがおろそかにならないよう、追い込み期でも強制的に1対1のミーティングを行うよう、システマチックにスケジューリングすることもあるというのだから徹底している。


●遊び重視の日本と体験重視の欧米――アニメーションから見る考え方の違い

 そして本題はゲームに対する考え方の差異へ。ここで小島氏は、ビジュアル、中でも氏の専門であるアニメーション(モーション)からの視点でこの問題に切り込む。
 まず例に挙げたのは、初代『プリンス・オブ・ペルシャ』と、『アウターワールド』という、アクションアドベンチャーゲームのクラシック。
 小島氏は、ロトスコープ(モデルの動きを撮影し、トレースする手法)によるスローペースながら細かいフリがついたアニメーションや、『アウターワールド』のナラティブ(物語)とゲームの遊びが融合したデザインなどから、これらのアニメーションが、キビキビとしたゲームらしいレスポンスよりも、世界へ没頭できることを重視したものであると指摘する。


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 これを敷衍して、日本人がゲームとしての“遊び”の部分を重視するのに対し、欧米人は“体験”を重視すると小島氏。さらに、体験であるからこそ重要なものとして、ここで“リレイタブル”という概念を提示する。

 これは、「関連性がある(自分との関連・繋がりを感じられる)」といったような意味で、欧米のゲームを考える上で“リアリティ”や“ビリーバビリティ”(もっともらしさ)と並び、ゲームプレイを体験として感じ取ってくれるかという点で重要なのだという。

 ゲームに求められるファンタジーの変化を読み解く上でも有効で、例えばキャラクターでは、理想を突き詰めたような超人よりも、その辺に実在しそうな人であったり、感情移入しやすいような“リレイタブル”なキャラクターが求められるようになってきているそう。実際、映画業界を見ても、スーパーマンですら絶対的能力を持ちながら異邦人として思い悩む人間らしさを伴って描かれる時代なわけで、これはいろいろと納得できる部分が多い。

 もちろん、フィクション作品としてすべてがそうである必要はなく、『Beyond: Two Souls』の主人公ジョディが、普通の女の子のように感じられる存在でありながら超能力を持っているように、いかに“リレイタブル”であることを損なわずにどれだけフィクションのマジックを盛り込むが重要なのだと思われる。


 アニメーションの分野でも、アメリカのアニメーターは人間に近いようなウェイト(重量)と、サトリティー(微妙な動き)を重視するそうで、日本人ならカットしてしまうようなところを、すごい時間をかけて作るとのこと。逆にそれらをカットしたようなキビキビ動くアニメーションは、Twitchy(パキパキした動き)、Gamy(ゲームっぽい)と言われかねないそうで、それが時に没入感の阻害を引き起こし、ゲーム世界からの断絶を感じさせてしまうらしい。


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▲リレイタブルなキャラクター。例えば超人かのごときタフガールだったララ・クロフトも、最新作では我々と同じように傷つき、苦しむ存在に。

▲アニメーションにおいても、重量感や微細な動きが重要視される。

 とはいえ、単にキャラクターのアニメーションが長くなるのも考えもので、それはそれで気持ち悪い感じになってしまうのだそうだ。そのために新しい表現手法がつねに研究開発されており、例えばバットマンのアーカムシリーズや『アサシン クリード』シリーズの戦闘システムのように、カウンターボタンを押したら状況に応じて華麗なムーブを数秒間再生するような、ボタン入力後に“見せる”アクションが出てきているのもひとつ。


 そのほかにも、シチュエーションに合わせてちょっとした動きをブレンドして生々しい生きた動きにしたり、『アンチャーテッド』の主人公ネイサン・ドレイクが15歳の時のシーンでは本当に15歳っぽい動きになっていたり(ライクネス)、ちょっとした合間に再生する微細なアニメーションが用意してあったりするのも、生きた動きを表現することによってキャラクターとの繋がりを感じさせ、没頭してもらうための仕組みなのだ。

 ちなみにアニメーションのレスポンスを1(早い)から10(スロー)で考えた場合、小島氏も日本にいた時は1が美徳だと思っていたそうだが、ある日アートディレクターに「お前みたいなアニメーターが10を押さなきゃ誰が10を押すんだ」とお説教されたことがあるそう。これは、ゲームらしいレスポンスよりも、とにかくビジュアル面にこだわって目を惹くものを作るという方向性が現れているエピソードではないだろうか。

 小島氏は、ビジュアル面での体験の追求という点で「アートリードとゲームデザイナーとのクリエイティブなバトルが重要」だと述べる。ゲームデザイナーにただ従って言われたものをやるだけの作業員になるのではなく、アート側のやりたいことをしっかり主張する。決着がつかない場合はディレクターに間に入ってもらえばいいのだ。


●アメリカ人キャラはアメリカ人の役者で――日米の演技の違い

 話はアニメーションとは欠かせない演技面にも及び、日本は身振り手振りのはっきりした舞台的な演技なのに対し、アメリカは映画的な演技、先ほど出てきた“サトリティ”な、微妙な仕草なども含めた表現を好むという。
 サンプルとして挙げられた『The Last of Us』のシーンでは、パフォーマンスキャプチャー(俳優の演技をキャプチャーする)を行っているのだが、YouTubeで公開されている収録風景を見ると、プロの俳優が緊迫感のある表情での迫真の演技を披露しているのがわかる。


 では、仮にこういった“アメリカ人な動きの入った演技”を取り入れるとすれば、どうすればいいか。それは本場の役者を雇って収録するのが一番いいというのが小島氏の考え。ただアメリカの役者もピンキリで、サンフランシスコと比べてもハリウッドのあるロサンゼルスは明らかに違うレベルらしい。

 日本人でキャプチャーするとどうしても日本人ぽくなってしまうそうで、アメリカ人キャラクターを日本人で収録するのは、動きだけならともかく、セリフのある演技要素が入った場合は、リレイタブルなキャラクター演技にならないのでオススメしないそうだ。
 また、そこら辺のアメリカ人にやってもらったり、手近だからといって日本にいる外国人を役者として起用するのはNGとのこと。


●アメリカ人100人に聞きました

 そして話は最後のパートに。海外市場で日本のゲームがかつてよりも苦戦するようになったと言われることが多いが、アメリカのゲーム開発者はどのように考えているのか? 小島氏が実際に同僚を片っ端からつかまえて聞いていった、貴重な意見の数々が明かされた。


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 まずは市場のシフトの問題。単に日本がどうこうと言うよりも、欧米の市場が大きくなって欧米人主導のものになってきた(から欧米の物の方が売れやすい)というのは、わかりやすい。
 なぜならば、これも大きなトピックだが、文化的な差異はどうしてもあるからだ。欧米人が欧米市場のために直接作る方がリスクが少ないというのは、冒頭の話でも出てきた通り。

 興味深いのは、よく言われる「美少年よりもオッサンキャラクターの方が~」といったようなリレイタブルなキャラクターの問題、先ほど出てきた演技の質の違いも当然文化的な差異の問題として挙げられていた中で、ストーリーに対してストレスを感じているケースも取り上げられていたこと。
 いわく「話が長い」とか「深みがない」と感じて感情移入できないという意見があったそうで、描くテーマやキャラクターの設定(これは記者の私見だが、例えば悩みを描くにしても当然オッサンの悩みとイケメン美少年の悩みは全然違う)以上の、ストーリーテリングや作劇の壁があるのかもしれない。


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 一方で、ゲームデザインやマーケティング(パッケージなど)に関する意見も多かった。
 ユニークなのは「日本のゲームはハードコア向け」といった意見。海外ゲームこそハードコアと思う人も多いかもしれないが、「『コール オブ デューティ』はカジュアル」という見方もあるように、実は基本となるゲームメカニクスが「動く、狙う、撃つ」とシンプルかつ(海外のゲーマーは)慣れたもので完結し、その上でストーリーや演出に注力しているといったことも多い。「北米で売れているゲームジャンルではないから」という意見とも関連させて考えるべき部分だろう。
 また、フォーカステスト担当者からの、ただでさえ文化的差異があるのだから、もっとフォーカステストを行ってユーザビリティーを向上させるべきとの意見も面白い。


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 しかし、ゲーマーの感性にフィットさせてリレイタブルにするのが重要なわけで、何もかもを欧米化するのが求められているわけではないのも忘れてはならない。
 例えば「任天堂は別、慣れているから問題ない」といった意見もあるし、『トーキョージャングル』のような欧米には絶対にないセンスのゲームも、それはそれでアリなのだ。
 また、日本のゲームの“遊び”の部分は面白いという意見も見逃せない。遊び重視の日本のゲームの良さに欧米の良さを組み合わせる「プリプロダクション(コンセプト・企画)は日本でやり、プロダクション(実制作)は欧米で」という意見もあったのだが、確かに欧米にはない日本のクリエイターのコンセプトに、欧米の技術・量産体制を組み合わせるというのはもっと見てみたい気もする。


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●つまり:リレイタブルをキーワードにしつつ、日本人の感性で勝負する

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 小島氏は最後に、“リレイタブル”をキーワードに、日本のゲームが海外で勝負し続けるための方法を3つ例として挙げた。

 まずは欧米での開発。カプコンやスクウェア・エニックスが行っているようなモデルで、そこで勝ち得た知識を日本にフィードバックすれば向上していくのではないかとのこと。
 次に普遍的な魅力を持つ製品づくり。これは任天堂を例に挙げており、日本市場に寄ったわけでも、海外市場に寄ったわけでもない、共通する感性に訴えかけるようなものだ。
 そして3つめは日本人の感性で作った商品を欧米で出し続けること。長期的な視点で勝負し続けることで、一種「洗脳してしまう」(小島氏)方法だ。
 これらはいずれも、「リレイタブルではない」ことを避けつつ、日本人の感性で作ったゲームで勝負することを意図している。小島氏は今回の講演で得た知識を材料に、「数年後には欧米のランキングを日本のもので埋め尽くして欲しい」と語り、講演をしめくくった。

 なお、同氏は本誌で掲載したベイエリア在住の開発者5人による対談にも参加頂いており、今回の講演と共通する部分も多いので、気になった人はそちらもチェックして頂けると幸いだ。(取材・写真・文:ミル☆吉村)