天下を取った男、果たして何を語るのか……?
2013年8月21日~23日、パシフィコ横浜にて開催された、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2013”。2日目の2013年8月22日に実施された、ガンホー・オンライン・エンターテイメント代表取締役社長CEO兼企画開発部門統括エグゼクティブプロデューサー・森下一喜氏による基調講演をリポートしよう。
さて、森下氏。もう説明する間でもないだろうが、『パズル&ドラゴンズ』で業界をひっくり返すほどの大ヒットを飛ばした、ガンホー・オンライン・エンターテイメントのトップにいる人物だ。昨今は、さまざまな講演などで引っ張りだこの森下氏だが、今回は果たしてどんな話を聞かせてくれるのか……? 記者も含めて、期待に胸を膨らませた聴衆が多数集まり、熱気のあるセッションとなった。
森下氏が語る“ヒットの方程式”とは……
ところが、冒頭でいきなり釘を刺すように語られたのが、「ヒットの方程式は、やっぱ、ない」。ただしこれは、森下氏がつね日ごろから語っている、「『パズドラ』がヒットしたのは運がよかったからです」という言葉を、改めて強調したものと言える(もちろん、謙遜混じりではあるのだろうが)。しかし森下氏は、「その答えは永遠のテーマ。少しでも理想に近づけるように努力するのは当たり前のことだし、しなければいけないことです」と続ける。どうすれば売れるのか、会社に利益をもたらすのはどんなものなのか……そんな戦略よりも、「中核となる経営戦略は、おもしろいゲームを作るということだけ」(森下氏)。ゲーム業界を取り巻く環境にはきびしい面もあるが、大ヒットを飛ばした森下氏からこの言葉が語られると、やはり胸が震えるものがあるだろう。
そして森下氏は、「すべての開発者に対して、本当にすごいな、と思っています」と開発者を称賛するとともに、「ゲーム開発はドラマである」と、ゲーム開発のすばらしさも強調する。企画からプロトタイプを作り、α版、ベータ版、マスター版に至るまでには、「どのプロジェクトとは言えませんが、悔しくて涙を流したり、チーム内で問題がおきたり、(スタッフが)突然会社にこなくなってしまったり」(森下氏)と、さまざまなドラマがあるという。しかし、というべきか、だからこそ、というべきか。森下氏は、「さまざまなクリエイティブの中で、もっともすばらしいのは、チームで物を作ることです」と断言する。たくさんの人が参加して、総合的にものが作られ、成功したり、失敗したり……それを共有できるところに、ゲーム開発のすばらしさがあると説く。「ゲームの数だけドラマがあるんです」(森下氏)。
「開発はドラマだ」というわけで……
話の流れが“ドラマ”になったところで、ここからは講演の本題。森下氏のゲーム開発に対する考えかたを、人気ドラマの名ゼリフにかけて解説していくこととなる。ハードディスクレコーダーに録り溜めたドラマを観るのが大好きだという森下氏だけに、つぎからつぎへと連発される名ゼリフの数々。その中からピックアップしつつ、森下氏の主張を紹介していこう。
「つまらぬものはならぬものです」
某大河ドラマにかけた台詞で始まったのは、企画のアイデア出しについてのお話だ。アイデアを何よりも大事にするという森下氏は、“ひねくれた非常識な発想”、“分析や周囲に流されない”ことが重要だと語る。「この業界では、とかく分析したがる人が多い。それが悪いとは言わないし、データ分析、マーケティング活動も必要だけど、そればかりに流されてはダメです」という森下氏の言葉には、耳が痛いという業界関係者も多いかもしれない。
もちろん、よいアイデアというものは、待っていれば突然天から降ってくるというものではない。森下氏は、毎日、つねに考える癖を付けることが必要だと説く。「つねに頭を巡らせていれば、いつか何か出てきます。その何かが、もしその場で使えなくても、いつか何かの役に立ちます」(森下氏)というわけだ。実際、森下氏は何よりもアイデア、企画を大事にするそうで、森下氏のデスクには、過去の企画書すべてが、ペラ1枚だけの小さなものまで、すべて大事に保存してあるという。
また、森下氏流のユニークな考えとして、“成功へのストーリー”を妄想することも大事だと語る。いわく、ゲームの企画を考えるときに、そのゲームがどうなっていくかを、5年後、10年後まで想像するのだそうだ。そして、「ストーリーを作っていって、本当にそうなりそうだと思えたら、本当になるんです。ヒットするときって、こういうことが確信に変わる瞬間があります」(森下氏)と語り、「どんどん妄想してください」と呼びかけた。
そのアイデアについて、とくに聴衆の笑いを誘った台詞が、「秘訣は、『パズドラ』に縛られねえことです、『パズドラ』の事は忘れて、自分達が創りたいものを創ればいいんだし」。これも某大河ドラマを元にした台詞。やはり、尋常ではないほどの成功を収めた『パズドラ』だけに、その成功体験の呪縛も、またものすごいものがあり、「うちの社員だけではなく、僕自身さえも、『パズドラ』ではこうでしょ、と言ってしまって、あっ、ってなることがあります」(森下氏)。うまくいった体験にとらわれず、悩んだときには、もう一度、本当に作りたいもの、ゲームの核となる部分を振り返って考えることが重要……と、森下氏は自戒も込めて語った。
「ブラウザ……ネイティブ……そんなものは知った事ではありません!!!」
講演の中では、森下氏の哲学に大きな影響を与えた、氏の生い立ちについても明かされるひと幕も。それは、森下氏が「胸くそが悪いときに観ると、最高におもしろいです(笑)」と絶賛する、某銀行員が主人公の人気ドラマの台詞を解説する中でのこと。
「長く社長業をやっていると、銀行とのおつきあいもありますが……できる限りはお付き合いしたくはないですよね。うちはおかげさまで無借金でやっていますが」と語る森下氏には、苦い想い出があるのだという。父親が病院を経営している良家に生まれた森下氏の幼少期は、まさにお坊ちゃま生活。「寿司を食べにいくときは、家にお寿司屋さんが迎えに来てくれました。だから子どものころは、寿司は車で迎えにきてもらって食べるものだと思っていました(笑)」(森下氏)というのだから、その羽振りの良さはかなりのものだ。
しかしあるとき、父親が夢を叶えるべく、病院を売り払い、その資金をもとに事業を興す。結果的に事業はうまくいかず、多額の借金を抱え、家を担保に取られることに。森下氏も連帯保証人だったため、若くして億単位の借金を抱えることになったのだそうだ。「まあ、運よく借金は返せましたが、そんなこともありました」と語る森下氏……やはりこの人、スゴイ……。
さて、そんなエピソードも交えつつ語られた台詞とは、「ブラウザ……ネイティブ……そんなものは知った事ではありません!!!」というもの。最近では、ブラウザゲームがいい、いやいや、これからはネイティブアプリの時代だ……などといった議論が喧しい。しかし森下氏に言わせれば、「そんなものは、ゲームの中身によって決めるしかないでしょう。ネイティブでしか表現できないおもしろさならネイティブで作るし、おもしろさの核をブラウザで表現できるならブラウザでいい。“客はそんなことは知った事ではない”と半沢に言われますよ。いや、言いませんけど(笑)」というわけだ。
この哲学はかなり徹底したもののようで、ジャンルやプラットフォームにもまったくこだわりなないという。それは開発用のミドルウェアやツールなどについても同様で、「かつて自社ライブラリ、エンジンを作ってみたりもしましたが、ろくなことになりませんでした。もうこりごりだと(苦笑)。作りたいものに合わせてやればいい、と気軽で身軽な発想に至りました」(森下氏)。
そして森下氏は、時代がネイティブだから、ネイティブに……と波に乗るのではダメで、「波は乗るものではなく、起こすものです」と断言する。新たな時代を切り開いた森下氏だからこその、説得力ある言葉だ。……ただしこの言葉は、森下氏が20代半ばのころ、六本木のオカマバーのママに言われて衝撃を受け、以後心に留めているものである、ということも付記しておく。
「僕たちにもあるんだよ。失敗から学んだ勘というものがね」
森下氏からは、開発哲学に加えて、近年重要度を増している“運営”についての考えも語られた。ガンホー・オンライン・エンターテイメントと言えば、『ラグナロクオンライン』などのタイトルで、古くからオンラインゲームの運営を手掛けてきた会社であることは、ゲームファンならご存じの通り。その長い運営経験の中では、「うまくいったことはほぼない、というくらい、失敗の連続です」(森下氏)。『パズドラ』は運営に対するユーザーの評価が極めて高いことでも知られるが、それも「長く苦しんだり、悔しい思いをして、運営と開発の一体化を目指してきた経験を活かすことができた」(森下氏)という下地があってこそなのだ。
それだけに、ヒットに導く運営手法のヒントを求める人たちに対しても、「どうやればいい、という説明はできません。これはやってもらうしかない。トラブルでいろいろ言われても、くじけず続けることです」(森下氏)というのが答えになるわけだ。
「市場だけが大きくなっても、ゲーム業界は変わらねぇ」
最後に森下氏が挙げたのは、再び某大河ドラマの台詞になぞらえた、「市場だけが大きくなっても、ゲーム業界は変わらねぇ。開発者が学び、ゲームを育てる力を養ってこそ、十年後、百年後、この業界はもっと良くなる」という台詞だ。
じつはこれこそが、森下氏が今回のCEDECでの講演依頼を引き受けた理由であり、訴えたかったことだと言う。森下氏は、「皆さんがここで少しでも、学び、ヒントを得られたなら、それはすばらしいことです」、そして「僕たちもいっしょに学んで、十年後、百年後のゲーム業界がもっとよくなっているようにしたい」と語る。
ヒット作のヒントを求める同業の仲間たちに、“成し遂げた者”として惜しげもなくアドバイスを送りつつも、やはり最後に森下氏が強調したのは、“おもしろいものを作りましょう!”ということだ。ゲーム制作は企業活動でもあり、「よりたくさん売れるものを」と願うのは当然のこと。しかし、ゲームの未来を考えるなら、おもしろいものを追求し、ゲームというエンターテインメントをより高めていくという意識も大切にしていかなければならない。
最後の最後に、と森下氏が挙げた台詞は、下の画像の通り。森下氏と、ガンホー・オンライン・エンターテイメントという会社の本質はここにある、ということだろう。