“BE BOLD!”に込められた意味

 2013年8月21日~23日、パシフィコ横浜にて開催されている、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2013”。そのオープニングとなった初日の基調講演“クリエイターと社会のつなぎ方~アイディアをリアルに”をリポートしよう。

 今年のCEDECのテーマは、「BE BOLD!」。これは、コンピュータエンターテインメントが急速に進化、変化を続けている中で、クリエイターたちも、既存の概念に囚われず、専門分野やビジネス領域を、いま以上に強く押し出そう、ということを意味している。
 実際、今年のセッションラインアップを見ると、ゲーム業界以外の分野から講師を招いての講演が非常に目に付く。例年、アニメ、映画業界など、ゲームと隣接した分野についてのセッションもありはしたが、今年は、“プロジェクションマッピングによる地域と産業のデザイン”、“緊急地震速報のアラートはこうして作られた”などなど、一見するとゲームとは関連の薄そうな分野についてのセッションも多い。

 そして初日基調講演も、ゲーム業界外から講師を招いての招待セッション。講演の内容も、今回のCEDECの狙いがダイレクトに伝わってくる興味深い内容となった。

CEDEC 2013が開幕! 初日基調講演リポート――“明治維新級”の革命期にクリエイターが考えるべきこととは?【CEDEC 2013】_01
▲オープニングセッションということで、主催者を代表して、CESA会長の鵜之澤伸氏からのビデオメッセージが。今回のテーマ“BE BOLD!”について改めて説明するとともに、クリエイターたちの奮起に期待する旨が語られた。

明治維新級の変化、その舞台は……?

 講演のタイトルは、“クリエイターと社会のつなぎ方~アイディアをリアルに”。ふたりの講師による対話形式でのセッションとなった。まず、講師のプロフィールを簡単に紹介しよう。
 佐渡島庸平氏は、講談社で編集者として『バガボンド』、『ドラゴン桜』、『働きマン』、『宇宙兄弟』など数々のヒット作を手がけたのち、2012年10月に起業。現在はコルグ代表取締役社長として、クリエイターのエージェント業務を手がけている人物だ。
 もうひとりの川田十夢は、メーカー系列会社でWeb周辺の全デザインとサーバー設計、全世界で機能する部品発注システム、ミシンとネットをつなぐ特許医術を発案。AdobeRecordsダブル受賞後、2010年に独立。以後、“AR三兄弟長男”を名乗り、アプリの開発や、さまざまなキャンペーンなどの企画・設計している。

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▲佐渡島庸平氏(写真右)と川田十夢氏(写真左)。

 対話に移る前に、まず佐渡島氏から、本セッションの前提となる話が語られた。佐渡島氏は、いま、時代がとてつもなく大きく変わりつつあり、それは「ちょっとではなく、明治維新のころのような、本当に大きな変化だと考えています」(佐渡島氏)と言う。ただし明治維新では、黒船来航というわかりやすい兆しがあったが、いま起こりつつある変化は、インターネットにおいて進行しているため、目に触れられる人と、そうでない人とで差が大きく、変化の予測も非常に難しい状況にあると言うのだ。
 「インターネットの世界で激しい変化が起きている」と言っても、「そんなの知っているよ」と思う方も多いかもしれない。しかし「インターネットの時代は、やっと幕を開けたと考えています」(佐渡島氏)と聞けば、「どういうこと?」となるのではないだろうか。
 これについて佐渡島氏は、インターネットを道路にたとえて説明した。いわく、初期のネットが誕生した時期は、現実で言えば道がひかれだした時期。そこに車や人の往来、流通が生まれるが、そのままでは混乱が起きて、使いにくくなる。
 続いてYahoo!のようなカテゴリ型検索サイトが誕生。これは現実で言えば、信号や交通ルールに相当するもの。しかしすぐに渋滞が発生し、不便になる。そこで現れたのがGoogleで、これが高速道路の役割を果たし、移動の流れが快適になったというわけだ。
 しかしこのままでは、便利ではあっても楽しくはない。そこで現れたのが、TwitterやFacebook。現実で言えば、新宿駅や羽田空港のような存在ができて、膨大な数の人たちが集まるようになり、大きなビジネスチャンスも生まれてきた。しかし、それですごくおもしろくなったかといえば、まだそうではない……というのが、いまのインターネットの状況だと、佐渡島氏は語る。
 インターネット上にエンターテインメントがないかと言われると、もちろんそんなことはない。しかし佐渡島氏は、「電子書籍は本の、Youtubeはテレビの。リアルの置き換えでしかない」と指摘する。そして今後、本当に新しいエンターテインメントがネットで生まれ、「リアルの生活まで大きく変化させ、人の意識のありかたまで変える。明治維新の4、5年間のような、そんな変化がこれから起きるのではないかと考えています」(佐渡島氏)。

“供給側の都合”、“おもしろさの面積”とは?

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 “いま”が、“明治維新級”の変化の時代である、ということを前提にしたうで、つぎに佐渡島氏は、“講談社を辞めた理由”を語りつつ、これからエンターテインメントを作る者が取り組むべき課題について語った。

 佐渡島氏は、「講談社はすごくいい会社です。私に自由をくれて、やりたいことを何でもやらせてくれて、そのためのバックアップもしっかりしてくれました」と言う。それでも辞める決意をしたのは、「それは時代が変わっているときは、会社に守られず、時代の空気を感じたほうがいい。それによって感度を研ぎ澄まし、時代がどう変化するか予測して行動したい。何よりも、逆風を感じたい」と考えたからなのだそうだ。

 そして、佐渡島氏が起業して気づいたこととして挙げたのが、「エンターテインメントのコンテンツに、ユーザー側は、境界、種類の差を感じていないということを、明確に感じるようになりました」。漫画も小説も、同じ財布(エンターテインメントを楽しむための予算)で購入していて、消費者としてはそれらの存在に差違はない。しかし“週刊モーニング”が漫画だけで、小説が載っていないのは、「扱う部署が違うからというだけの理由。ユーザーの視点は関係なく、供給側の視点で決まっていることなんです」(佐渡島氏)。
 佐渡島氏は、かつてエンターテインメントの供給が少ないころは、供給側の都合でやれたが、いま、ものがあふれている時代には、それではダメだと力説する。しかもいまや、スマートフォンというデバイスひとつで、マンガも小説も、映画、音楽、ゲームがすべて楽しめる。さらに、そこにはカレンダーなどの実用的なものや、FacebookやTwitterなどもあり、あらゆるものと“時間”“予算”の奪い合いが起きている。そんな中でクリエイターは、あらゆるものと勝負できるものを作らないと、成果を上げることができなくなっているというわけだ。まずは、あらゆるものの境界線が溶けていることを意識することが重要で、それにどう対応していくか。それが、現代の大きな課題のひとつだと言う。

 そしてもうひとつの課題。佐渡島氏が講談社に在籍していたころは、作品のおもしろさを、「これは100、これは90」といった具合に数値化して見る目を養い、その基準に照らして数値の高い作品を作り出すことに尽力していたのだと言う。しかし近年、そうして一生懸命に作ったものが、以前のようにヒットしないケースが増えたのだそうだ。その理由を自問自答した末、佐渡島氏が出した結論は、「それまではおもしろさを絶対値だと思っていましたが、じつは面積なのではないか」ということ。“面積”というのは、コンテンツそのものの絶対値的なおもしろさに、“親近感”がかけあわされて生まれるおもしろさの大きさを、佐渡島氏流に表現したものだ。
 たとえばプロの記者が書いた雑誌記事よりも、FacebokkやTwitterの荒い1行をおもしろく感じたり、レストランの食事よりも母親の作った料理がおいしく思えたりするのは、親近感があるからこそだ。これは、近年のソーシャルゲームの隆盛が証明していることでもある。

 ここまでの話を総括して、佐渡島氏は、「エンターテインメントの境界線がない時代に、クリエイターは、すべてと戦わないといけない。さらに、おもしろさが面積になっていて、おもしろいものを生み出すためには、もうひとつの軸を創らないといけません」と語る。

ARに秘められた可能性

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 というわけで、前置きが長くなったが、生まれてくる新しいエンターテインメントの可能性についての、現時点での成果を披露しつつ、その考えかたを説明するというのが、本セッションの主眼となる。
 ここまでは堅めの内容だったが、ここからは川田氏の作品を例に挙げながらの、笑いの多い内容となった。川田氏は、“現実と仮想の境界を溶かす”ことをテーマに作品を手がけており、そのためのひとつの手法が、AR(拡張現実)だ。ただし川田氏は、ARについては誤解されている部分があると言う。「ARカードがあって、かざすと何か出てくる……というのは、おもしろいし、可能性のひとつではあるけれど、ARの5%くらいでしかないんです」(川田氏)ということで、川田氏の作品が紹介された。


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▲挨拶代わりに紹介された、“名刺からビーム”、“目からビーム”。

 ここでは多彩な作品が紹介され、それらを通じてさまざまなことが示唆された。そのひとつが、“阪急梅田オーケストラ”。これは動画を見てもらえば一目瞭然だが、指揮台に上り、指揮棒を振ると、映像のオーケストラが演奏する楽曲が変化するというもの。ここで川田氏が指摘するのは、「ARに端末は必須ではなくて、入力、出力、通信さえできればいいんです」ということ。また佐渡島氏は、この試みが、このロケーションでこそ成立するおもしろさであることも指摘する。「これを自宅のテレビと、kinectなどのデバイスを使ってやっても、シンプルすぎておもしろくない。おもしろさの絶対値だけならそれほど高くはないし、技術的にもそれほど高度なことをしているわけではないですが、デパートで、ほかの人に見られながら指揮ができるからこそおもしろい」(佐渡島氏)というわけだ。
 いろいろなものの境界が溶けている時代にあって、本の中、デバイスの中だけはなく、いろいろな場所を想定して考えることも重要。川田氏も、「スマホだからできることを考えるのもいいですが、そのつぎには、だんだん枠を広げていくというのが、作り手として興奮すると思います。ハードありきで考えることも重要ですが、それだけでは2、3年で飽きてくる。ゲーム機を持っている人の“行動”からゲームを作るという方法もあると思います」と語る。

 もうひとつ、示唆に富んでいたのが『宇宙真心AR』というスマートフォン用アプリ。これにはさまざまな機能があるが、そのひとつとして、雑誌「モーニング」や漫画『宇宙兄弟』20巻の表紙をかざすと、特別なコンテンツを見ることができる。これにより、コンテンツに付随する価値も、併せてファンに提供できるというわけだ。
 また、スマートフォンのカメラで周囲を写すとレーダーが反応。レーダーを頼りに月の位置を補足すると、“六太が月から放送している”という体のラジオを聞くことができる、という機能も盛り込まれている。これについて川田氏は、「よく世間的に言われているARと違うのは、介入することです。物語の中に入るとか、登場人物と会話するとか。そうしないと、分離したものになってしまいます」と語る。また佐渡島氏は、こうした趣向によって、「ファンの人が、コンテンツ、フィクションの中に入っている感覚を仕込めるんじゃないかと。いまはまだ演出が拙かったり、受け手の理解が足りなかったりという部分もありますが、優秀な作家と演出家がいれば、現実をフィクションに溶かすことができると思います」と言う。

 最後に佐渡島氏は、「人生は所詮ゲームだ、などとよく言われますが、僕が考えている“インターネットで時代が大きく変わる”というのは、日常生活のすべてをゲームのようにできて、自分が主人公になることができ、それをすべて演出できるということ。本当に比喩ではない、“人生はゲームだ”を作り出せるかもしれません」と語る。そして、そのためには、「すべてが溶けているというお話をしましたが、編集者と、AR技術者と、ゲームプログラマがいっしょに共同で何かを作り、“人生はゲームだ”を実現できればと。それが今日、言いたかったことです」と語った。
 川田氏は、「ここに集まっている皆さんの知見、考えかた、ゲームの経験値は、本当にたとえではなく、現実に活かせるものだと思います。ぜひ、いっしょにできたらいいと思います」と呼びかけ、セッションを締めくくった。

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 いまやAR技術はさまざまなコンテンツに利用されるようになっており、ゲームの世界でも、“ARをいかにゲームに活かすか”という視点から、多彩なアイデアが実現している。しかし今回語られたのは、そこから一歩進んだ話だ。ARがゲームの一部になるのではなく、ゲームがARの一部になるのでもなく。より大きな、あらゆるアイデアが一体化して実現される、次世代のまったく新しいエンターテインメントコンテンツとは……? 佐渡島氏や川田氏が呼びかけたように、さまざまな業界のクリエイターたちがぶつかり合うことで、いままでにないエンターテインメントが誕生することに期待したい。