膨大すぎる作業量との戦い
世界中のゲーム開発者が集い、最新技術やゲーム制作の過程などを解説、紹介する国際会議“GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2013”が、現地時間の3月25日~3月29日の期間、アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターで開催された。この記事では、『Diablo III』のローカライズについての講演をリポートする。
講演を行ったのは、Blizzard Entertainmentのシニア・マネージャーであるウィリアム・バーンズ氏、ローカライズ・プロデューサーのアーサー・フリュー氏、欧州ローカライズ担当のイネス・ルビオ氏、プロジェクトマネージャーのジェイソン氏の計4名だ。
『Diablo III』は、2012年5月にPC版が発売されたアクションRPG。世界的な大ヒットを記録したことでも知られ、最近ではプレイステーション3とプレイステーション4への移植決定も話題となった。そんな『Diablo III』は、英語を始め、ラテンアメリカ系スペイン語、ブラジル系ポルトガル語、フランス語、ドイツ語、欧州系スペイン語、イタリア語、ポーランド語、ロシア語、韓国語、繁体中国語とさまざまな言語に対応し、世界中のゲームファンを楽しませている。しかし、これだけの数の言語をサポートしている本作でのローカライズ作業とは、どういった方法で行われているのだろうか? この講演では、その具体的な流れや管理ツールなどが紹介された。
『Diablo III』のセリフ数は、1言語あたり17000。サポートする言語の数を考えると、ちょっと目眩がしてくる量だ。その圧倒的な数に立ち向かうためには、各言語の翻訳の状況、そしてレコーディングの準備はどこまで進んでいるのかといった各種ステータスを、徹底的に管理する必要がある。とは言うものの、これはさすがに数が膨大すぎるということで、情報追跡ツールを開発チームに作ってもらうことにしたという。
また、サポートする言語数を鑑みて、翻訳作業にもツールが必要だろうということになり、内製の翻訳ツール“LocTool”も作られることになった。ちなみに、同社の『ワールド オブ ウォークラフト』の開発までは、すべてエクセルで作業を行っていたという。
“LocTool”は、翻訳に必要なさまざまな機能を持った包括的ツールだが、“マイルストーンサポート”と呼ばれる、珍しい機能を搭載しているのも特徴だ。まず補足だが、マイルストーンとは、α版の提出や、誰かに見せるビルドを作るために開発のラインを分離すること。マイルストーンビルドのほうは開発の本流ではなくなるので、基本的にバグの修正以外は手を加えたくないといった状況がよく起こる。そうした状況下でも作業が混乱しないように、開発の本体と、そこから分離したビルドのそれぞれについて、独立したデータセットを持っておけるようにしてあるのが、マイルストーンサポートというわけだ。また、いずれか一方でテキストに修正を加えた場合でも、文字列IDとオリジナルの英語が一致したら、変更内容をもう一方にも反映する機能もついているという。
ツールの運用にあたっては、とにかくデータ量が膨大なため、処理速度にもこだわったそうだ。当初は10分かかっていたテーブルのロードは15秒にまで短縮。『Diablo III』の全ファイル出力にいたっては、何時間もかかっていたものが、3分で終えられるようになった。どれだけツールが高機能であったとしても、処理が遅ければ意味がないということで、『Diablo III』を開発していく過程で、ツールの最適化も進めていったのだそうだ。
優れたツールは開発できたものの、実際の翻訳では課題が山積していたという。アイテムの数は40万、モンスターの数は8万。そして、主人公の会話はカスタマイズ性があるという恐ろしいまでの仕様を相手に、継続的に対処していくしかなかったそうだ。以下は、そうしたなかで取られた工夫の一例だ。
【単語の組み合わせで作るアイテム名やモンスター名のルール決め】
・名前はベース名+接辞という構成にする
・ベース名は絶対名詞にし、名詞の性別を属性として持つ
・モンスターには性別を設定しておく
・形容詞を名詞の前、後ろ、どちらにでもつけられるようにする(英語とフランス語の問題)
【リップシンクやセリフのタイミングを合わせる手間を減らす】
・そもそも、口を開くシーンをなるべく映さないようにした
・セリフ単体ではなく、会話として再生できるように自動化した
『Diablo III』の開発チームは、ゲームクライアント、Battle.net、Web、カスタマーサポートの4つに分かれていたそうなのだが、ローカリゼーションチームは世界各地に全部で11もあったという。翻訳は60万ワード、オーディオは1言語あたり17000ファイル、声優さんは120人。しかし、これを管理するプロジェクトマネージャーはたったの4人。離れた場所にいるメンバーと情報を共有し、かつリアルタイムで進捗を管理するには、やはりツールは必然だったと言える。
今回の講演の内容は、膨大なローカライズ作業のほんの一部に過ぎないだろう。しかし、異なる言語系への柔軟な対応やマイルストーンサポートは、Blizzard Entertainmentの強みとなっていくはずだ。そして、1日も早い日本語のサポートを願わずにはいられない。