学生の作品がパブリッシャーの目に留まる

学生時代のプロトタイプが商品になるまで――『The Unfinished Swan(アンフィニッシュド スワン)』制作秘話【GDC2013】_01
▲イアン・ダラス氏。

 世界中のゲーム開発者が集い、最新技術やゲーム制作の過程などを解説、紹介する国際会議“GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2013”が、現地時間の3月25日~3月29日の期間、アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターで開催中。この記事では、2012年12月13日にソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンより発売された、プレイステーション3向けダウンロード専売タイトル『The Unfinished Swan(アンフィニッシュド スワン)』の制作過程に関する講演の模様をリポートする。
 講演を行ったのは、本作の制作を手掛けた開発スタジオGiant Sparrowのクリエイティブ・ディレクターのイアン・ダラス氏。イアン氏が学生のころに作ったプロトタイプ(試作品)が、どのような過程で商業ベースのゲームとなっていったのか、そして学校やプロジェクトで何を学んだのか、といったことが語られた。

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 まずは、本作の概要を説明しておく必要があるだろう。本作のジャンルはアクションゲーム。最初のチャプターが開始されると、なぜか画面は白一色。そこに、墨の入ったボールのようなものを投げつけると、飛び散ったインクによって周囲の地形やどんな物があるのかが浮かび上がり、ステージとして認識できるようになる。この、白と黒の世界をみずからの手で描き出しながら、ゴールを目指すという導入から始まるゲームだ。イアン氏は、本作を“ファースト・パーソン(一人称視点の)・ペイティングゲーム”と表している。続けて、「不思議さに感嘆する気持ちを、生き生きと持続させることが挑戦だった」と語った。実際のゲーム画面やストーリーについては、下記リンクを参照してほしい。

【関連リンク】The Unfinished Swan オフィシャルサイト

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 冒頭でも書いたが、本作はイアン氏が南カリフォルニア大学のインタラクティブ・メディア部門に籍を置いていたころのプロジェクト。イアン氏は在学中、マーク・ボラスという教授の指導で、毎週ゲームのプロトタイプを制作していた。

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 そのうちのひとつを、“センス・オブ・ワンダーナイト 2008”に出展することになる。センス・オブ・ワンダーナイトとは、東京ゲームショウの新企画として2008年から開催されているもので、ゲームの可能性を広げていくことを目的とした、新しいスタイルのプレゼンテーションの場。実験的で、創造的で、自分の世界が変わるような感覚“センス・オブ・ワンダー”を引き起こせるものであれば、国籍やプロ・アマを問わず、プロトタイプのデモだろうと発表することができる。そこで発表された本作の原型は、動画投稿サイト“YouTube”にアップされ、それを見たソニー・コンピュータエンタテインメント(以下、SCE)が興味を持った、というのがプロジェクトの発端だ。

 SCEと契約するにあたり、イアン氏が合意の理由として挙げたのは、
・スケールの大きなゲームなので、パブリッシャーがついたほうがいいと思った
・ビジネスではなく、ゲームを作ることに集中できると思った
・自分たちが目指すゴールがパブリッシャーと一致していた
といった点だ。

 インディーズのタイトルは、通常1~5人程度で作ることが多いが、本作の開発チームは12人。ゲーム自体のスケールも大きめで、チームというよりは“小さい会社”といった感じただったそう。そうした背景もあり、SCEとの契約は好都合だったのだろう。

学校と仕事、それぞれで学んだこと

 当たり前のことだが、学校で学べることと、実際の仕事で学べることは異なる。もちろん、ゲームデザインやアートといったゲーム作りの根源の部分は、学生だろうがプロだろうが、クリエイターである以上は、勉強や研究は一生続く。しかし、学生という環境でなくては学べないこともあるし、実務を経験しないとわからないこともあるのだ。イアン氏は、大学在籍中のプロトタイプが商品化されるという経験を通じて、学生時代に学べたことを6つ、そして実際の仕事で学んだことを5つのポイントで紹介した。

【学校で学んだ6つのポイント】
1)コアとなるツールを使いこなせるようになったこと
2)その他のいろいろなツールに触れたこと
3)プロトタイプとは、考えるためのツールだと思って使うこと
4)ゲーム・パブリッシングについての理解を深めた
5)仲間のサポートは価値がある
6)フェスティバルに出展する、ということ

それぞれ、補足していこう。

1)コアとなるツールを使いこなせるようになったこと

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 イアン氏は、在学中にMaya(グラフィック)、Visual Studio(プログラミング)、Illustrator(2Dベクター・ドローイング)の3つを、何とか扱える状態から、使いこなせるレベルにまでなったという(最初は複雑すぎて、泣きたいくらいだったそう)。ツールを深く理解していれば、自身の作業範囲を拡大することができ、表現にも幅や余裕が生まれてくる。また、ツールを介して他人とコミュニケーションが取れるので、理解と共感を得ることができる。これは、とてもビジネスに生かせるとのことだ。また、デバッグには多くの時間を使うことを認識しておくことも重要とつけ加えた。調整期間の作業を楽にするには、ツールを使いこなせるようになっておくことが必要不可欠ということだろう。

2)その他のいろいろなツールに触れたこと

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 上記の3つのツールのほかに、After Effects(2Dエフェクト・パッケージ)、Pro Tools(録音技術)、Premiere(映像編集)などに触れたことは大いに役立ったとのこと。これも、自身の表現の幅や、それぞれの専門職とコミュニケーションを取るときに有効なのだろう。こうしたツールの研究は、実務の中ではなかなか時間を捻出することが難しいかもしれない。

3)プロトタイプとは、考えるためのツールだと思って使うこと

 プロトタイプは、いろいろと手を加えているうちに新たな考えが浮かぶことも多く、すばらしい材料となる、とイアン氏。開発期間や締め切りといった時間的な制約がない学生時代に、思いっきりトライ&エラーを行え、ということだろう。

4)ゲーム・パブリッシングについての理解を深めた

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 同大学のジョン・ハイト教授のクラスで、イアン氏はパブリッシャーとの交渉を詳しく学んだ。デベロッパー側、パブリッシャー側、両方の立場を知り、理解が深まったという。たとえば、IP(知的財産)の完全性の維持をデベロッパー側が握ることができたら高得点、といった交渉術のテストもあったのだとか。

5)仲間のサポートは価値がある

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 どうしてよいかわからないときは、仲間の意見を聞いて検討した、という内容。これは、プロになっても同じでは? と思ったのだが、実務レベルになったときの、個々人のテリトリーやプライドなどが時として障害になる、というニュアンスを含んでいるように感じられた。プロになる前に早めに気づいておこう、ということだろう。

6)フェスティバルに出展する、ということ

 作品を出展し、そこで参加者のさまざまな意見を聞けたことで、とても力づけられたという。イアン氏は当時を振り返り、「興奮すると声が大きくなるので、ほかの人に代わってもらったり、声の使いかたを調整すればよかったと思う」とも語っていた。作品を出展するということは、多くの人の目に触れ、チャンスにもなるわけだが、それだけではなく、プレゼンテーションでの経験なども同時に学べるということだ。

講演は、仕事で学んだ5つのポイントへと移る。

【仕事で学んだ5つのポイント】
1)プロデューサーはなぜ必要か?
2)毎週テストプレイを行うのはとてもよい
3)プロセスはシンプルなほうがよい
4)チームの人数による変化
5)大きな改善は、開発の最後でできる場合が多い

こちらも補足していく。

1)プロデューサーはなぜ必要か?

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 日常とんでもないことが起きた場合(税務署から手紙が来たとか)、これに対処してくれるとても大事な存在だということがわかったとイアン氏。思わず笑ってしまったが、もちろんプロデューサーの仕事はそうした雑務だけではない。ゲーム制作に関わるさまざまな交渉、契約、決断を一手に担い、ディレクター以下が快適にゲーム作りに専念できるような環境を作る。こうした存在の重要性は、実務を経験しなくては実感できないかもしれないが、知っておいてもいいことだ。

2)毎週テストプレイを行うのはとてもよい

 制作することだけに根を詰めず、毎週テストプレイを行うことで、チームのモチベーションが上がり、それぞれが工夫して効率を上げようと努力する空気が生まれるらしい。また、プロジェクト全体がうまくいっているかどうかを肌で感じることができ、結果としてゲーム全体がよくなるのだそうだ。学生なら当然のように行っていたことが、実務になって初めて重要性に気づかされる。これは、開発期間や納期といった問題が色濃くあるのだろう。

3)プロセスはシンプルなほうがよい

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 Google社が無償提供する、Webブラウザ上で文書の作成や共有が行える、“Google Docs(現在は、Google Driveへ統合)”は、個々人のタスク(ひとつひとつの仕事)管理に役立ったという。また、毎日のミーティングは“立ったまま”行うのだそうだ。ネットワークを使って情報共有を図り、ミーティングはダラダラしない、ということなのだろう。さらに、毎週チーム全員で会社持ちのランチをする、とも語っていた。オフィスの環境を離れると、いつも話さない人どうしが話す機会が生まれるのだとか。

4)チームの人数による変化

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 イアン氏の実体験として、スタッフが7人以上になると人間関係が変化するので、管理職がもう1人必要になるとのこと。この移行には、少し時間がかかるようだ。本作のスタッフは12人ということだったので、この変化への対応に迫られたのだろう。

5)大きな改善は、開発の最後でできる場合が多い

 開発の終盤は、スタッフがツールを熟知しているうえ、これまでの開発過程で作ってきた“資産”を加えたり、当初の目的以外に転用できることもあるため、大きな変化にも対応できる、ということらしい。またこの時期は、たとえ開発が順調ではなかったとしても、恐怖心を持たずに進行することや、チーム全体の効率がよくなっていることを認識することがとても大事だとも語った。

これを知っていたら……

 この講演の締めくくりとして、プロジェクトが走り出す前にイアン氏が知っておきたかったことが挙げられた。

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・人を雇うのはたいへんだが、とても重要なので慎重に行う
・解雇するのもたいへんだが、素早く行う。ハッピーでない人がひとりいると、周囲に悪影響を与えてしまう
・仕事の内容をきっちり指示されたい人もいるということ(イアン氏はアーティストなので、何も言われたくないらしいが……)
・いろいろな変更をチームに伝えるのは難しいが、きちんとやること。これによって一体感が生まれる

 いずれも、クリエイションの部分ではなく、運営のニュアンスが強い。学校で培った技術をいかんなく発揮するためには、こうしたマネジメントの部分も意識しなくてはならない、というイアン氏の警鐘と捉えるべきだ。
 時間も差し迫った中、質疑応答も行われた。

質問:予算オーバーになりそうなときは、どのようにしてパブリッシャーに伝えるのか?

 シビアな質問ではあったが、イアン氏は実体験をもとにこう答えた。

 ゲームは全部を一度に作るのではなく、一部分ずつ作っていくもの。制作の過程で“いいものができている”と感じ、予測していた以上の時間や努力を費やしたい場合は、その時点で伝えるべき、とのことだ。

 今回の講演では、『The Unfinished Swan(アンフィニッシュド スワン)』が、イアン氏の学生時代の自由な発想のもとに生まれたという背景と、それがプロジェクトとなってさまざまな“学び”があったことがわかった。とくに印象的なのは、学生のころに無意識に行っていた多くのことが、いざ実務になるとできなくなっていくことだ。自分の作ったゲームを遊び、人と相談する。こうしたゲーム作りの根幹に当たる部分に時間が割けなくなっていく。本プロジェクトの成功例は、これからゲームクリエイターを目指す人、そして実際のプロジェクトでマネジメントに苦慮している方にも参考になるだろう。