誰もが持っている懐かしい感情――「迷子」
2013年3月25日(北米時間)、アメリカ・サンフランシスコで開催されているGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2013に合わせて、メディア向けイベント“PlayStaion Indie Arcade”が行われた。このイベントにおいて、プレイステーション3用配信タイトル『rain』のプレゼンテーションとデモプレイが披露された。
『rain』はPlayStation C.A.M.P!とアクワイアが共同開発し、SCEジャパンスタジオがサポートする形で開発が進められている意欲作。昨年8月の発表以来、その多くが謎に包まれていたが、ファミ通.comでは独自取材により最新情報を入手した。さっそくプレビューリポートをお届けしよう。
最初に行われたプレゼンテーションでは、本作のコンセプトとして「迷子」というキーワードが映し出された。子どもの頃に誰もが味わったことがある、あの「迷子」だ。道に迷ってひとりぼっちで不安になったことは、誰しも一度や二度は経験しているだろう。だが、恐怖と同時に知らない場所や見たことのない風景に対する好奇心も、「迷子」から思い出される感情ではないだろうか。『rain』はこの相反する「不安と好奇心、二つの感情が、気持よく調和するアクションアドベンチャー」なのだ。
デモプレイではゲームの冒頭、チャプター1“夜と子どもたち”の模様が披露された。主人公は少年……これ以上のデータはプレイヤーに与えられないようだ。目が覚めると、たったひとりまったく知らない場所にいて、自分の姿が見えなくなっている。少年の国籍も不明、舞台は日本ではないようだが、かといってどこの国であるかは特定できるような材料はなく、時代も定かではない。これらの情報は「あえて設定していない」(池田ディレクター) とのこと。
少年の姿は透明で見えなくなっているが、雨に打たれることで輪郭が表示されてプレイヤーにも確認できる。もちろん屋根がある場所では、姿が画面から消えてしまう。この世界には四足歩行の“怪物”が現れるが、怪物も少年と同じく姿が消えている存在だ。少年の姿を見つけるとなぜか襲いかかってくるので、屋根がある場所に移動して、姿を消すことで追跡から逃れなくてはならない。姿を消せないときは、とにかく走って逃げることになる。基本的に少年は戦う術を持たない。さらに先に進むと、怪物に追われる少女の姿を見つけたが、少年と同じく雨に打たれているときしか姿は見えない。少女はすぐに見失ってしまったが、彼女もまたこの世界に迷い込んでしまったのだろうか……ますます謎が深まったところでデモは終了した。
デモプレイでは、画面内にユーザーインタフェースやボタン表示は一切なく、ときおり表示されるのはナレーションや“調べる”場所のガイドだけ。ゲーム的な表現を極力排除しており、静かな世界に雨の音や足音、怪物の鳴き声が響き、そしてドビュッシーの「月の光」が流れる素朴な世界観が心地いい。
池田ディレクター&鈴田プロデューサーにインタビュー
『rain』ディレクター。2006年よりPlayStation C.A.M.P!にて活動。代表作はPSPタイトル『100万トンのバラバラ』。
鈴田健氏(右)
『rain』プロデューサー。ソニー・コンピュータエンタテインメント ワールド・ワイドスタジオ JAPANスタジオ
――主人公の少年をはじめ、怪物や少女、この世界についてほとんど説明されない状態でスタートするのでしょうか?
池田 最初の時点では「少年が誰であるのか?」、「どうしてこの世界にいるのか?」といった情報は明かされません。
鈴田 ゲームを進めていくにつれて、断片的に明らかになることもありますが、はっきりとした答えは出ないかもしれないですよ。プレイヤーはそれらの謎を読み解きながら、楽しんでもらいたいと思っています。
――ゲームの舞台についてお聞きします。時代設定やモチーフとした場所は?
池田 時代や場所に関しても、あえて設定していないんですよ。人によっては現代のヨーロッパととらえてもらってもいいですし、人によって過去に見えるかもしれない。ですが、それでいいと思っています。主人公の少年も、この世界の場所も、明確に名前があるわけではなく、どう解釈してもらってもいいようにしています。
――デモプレイの画面にはユーザーインターフェースをはじめ、情報が表示されていませんでした。
池田 なるべくゲーム的な表現を抑えたいと思っています。例えば、怪物が出現したことをアイコンで知らせるのではなく、声や曲が変わることで表現しています。そうすることで、ユーザーがゲームであることを意識して覚める瞬間をなくしていきたいですね。ボタンやアイコンのようなゲーム的な表現を使わず、どこまでできるのか? この目標に向かってチーム全員で取り組んでいるところです。
――画面だけでなく、操作方法も直感的でシンプルに見えました。
池田 操作に必要なボタンも最小限にしていて、ゲームを進めるにつれて、プレイヤーが自然に覚えていけるようになっています。いきなり最初からたくさんのアクションを覚えるのは大変ですから。極力シンプルにすることを目指していますが、一番苦労しているポイントでもあります(苦笑)。
――現在の進捗状況は?
鈴田 「2013年発売予定」と発表している通りですが……2013年中にはちゃんとユーザーの皆さんにお届けします、という進捗状況ですね(笑)。
――開発がスタートしたのは、いつごろからでしょうか?
池田 ゼロからスタートしたのは2年半前ですかね。
鈴田 構想を磨く段階で時間を掛けましたので、実際に制作が軌道に乗り始めてからだとだいたい1年半ぐらいです。
――開発チームのメンバーを教えてください。
鈴田 池田さんを筆頭にアートディレクターの寺島(誠一)さん(代表作『100万トンのバラバラ』)、デザイナーの大木(友和)さん(代表作『無限回廊』『勇者のくせになまいきだ。』)らPlayStation C.A.M.P!のメンバーがコアとして企画を担当しています。アクワイアさんには制作の面で手伝っていただき、さらに我々、SCEのジャパンスタジオがバックアップする形ですね。
池田 いまは開発スタッフは全員アクワイアにおりまして、一緒に制作を進めている段階です。役割に違いというか、垣根はほとんどありませんね。
鈴田 15~20人のメンバーですから距離感は近いですよ。毎日熱く話し合いをしながら進めています。
――プレゼンで発表された「迷子」というコンセプトは、開発の初期段階から決まっていたのでしょうか?
鈴田 「迷子」というキーワードが出てきたのは開発中のことでしたが、最初から表現したいと思っていた要素としては一貫して変わっていませんね。いろんなスタッフから出てくる断片的なアイデアが、すべて「迷子」のときに味わう感覚を表現するものだったといいますか。その集合体のどこを切り取っても、「迷子」の感情につながっていたんです。この点に関しては、スタートからブレがないですね。日本人だけに限らず、世界中の誰もが共通する感覚を表現しようと思っています。
池田 主人公の姿が「見えない」とアイデアが浮かんだときに、どういったシチュエーションにすれば、そのアイデアを強調できるのかを考えました。たとえば自分を見る人間がいない場所、自分がまったく知らない非日常的な場所……と舞台設定ができあがってきたときに、この感覚や状態を人に伝えるときにしっくりくる言葉として「迷子」が出てきたんです。
鈴田 大人になると「迷子」にならないですよね。知恵がついてきて、iPhoneもあるし(笑)。子どものときは恐怖しかない「迷子」を、いま大人の目線で見るとどうなるか。道に迷うなんて些細な事でしかないし、ちょっと冒険みたいにワクワクする気持ちもあったりして、「不安と好奇心」のちょうど間にある感情を体験してもらえれば、と思っています。
――主人公の少年ができるアクションは?
池田 基本的には「歩く」、「走る」、「ジャンプ」などで、怪物に対して攻撃することはできません。あくまでもふつうの少年なので、自分が透明であることを生かして隠れたり、何かアイテムを利用することで危機を回避するしかない。たとえば武器を持って戦うことができると、不思議な世界に閉じ込められている感覚が弱くなってしまうので、それはやりたくなかったですね。プレイヤーの直感やひらめきで、先に進む方法を探してもらうことになります。そこにヒントのような救済策はありますが、そのバランスのチューニングを行なっているところですね。
鈴田 わかりやすいのも違うし、わからなさすぎても楽しくないと思いますので、プレイヤーの頭を適度に悩ませながら、解けたときには達成感を味わってもらえるレベルデザインを頑張って探っているところです。
――今回、『rain』が披露された“PlayStaion Indie Arcade”は、インディーゲームが多数ラインアップされているイベントですよね。
鈴田 そのあたりはイベント主催のSCEAとも話し合ったんですが、自分たちは『rain』をいわゆるインディーゲームのカテゴリには当てはまらないと思っています。ただ、開発チームとしてはこれまでにない新しい体制で、まったく新しい作品を生み出そうとしていますので、インディー魂は間違いなく持っていますね。
――世界中のメディアやユーザーには、どのような印象で持って受け止められるでしょうか?
鈴田 わかりやすい例だと『ICO』のような日本的な作品として、印象を持たれると思いますね。海外から見たときに“日本っぽさ”はすごく感じられるだろうと。独特の日本イズムが入った新しいゲームとして、『rain』に注目してもらいたいですね。
――まだまだ謎に包まれている『rain』ですが、日本のユーザーに注目してほしいポイントは?
鈴田 制作陣はだいたい30歳前後が多くて、当然映画やゲームといった経験してきたカルチャーは似ています。そういった価値観の近い人間が集まって、「おもしろいことをやろう!」と制作しているのが『rain』です。たとえゲームをあまりしない人であっても、このカルチャーに共感してもらえる層には興味を持ってもらえると思っているので、ゲームそのものも制作過程も含めて一緒に楽しんでほしいですね。
池田 公式サイトのビジュアルやトレーラーから、ユーザーさんが感じたり想像された『rain』という作品に対して、それがほぼ間違っていない形でゲームとして届けられると思っています。なので、そのまま期待していただきたいですね。