好きなことを極めて突っ走れ
2012年8月20日~22日、パシフィコ横浜にて開催されている、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC2012”。最終日となる22日の基調講演は、ILMのシニアマットアーティスト、上杉裕世氏による講演“デジタル製作環境におけるアナログマインド”が行われた。
マットアーティスト/マットペインターとは、実写映像と合成する背景画(マットペイント)を手掛けるアーティストのこと。上杉氏は1989年にILMに入社後、『インディ・ジョーンズ』や『スター・ウォーズ』シリーズといった錚々たる作品でマットペイトを手掛け、TVシリーズ『インディ・ジョーンズ/若き日の大冒険』ではマットアーティストの一員としてエミー賞も受賞している。
上杉氏は最初に、ピーター・エレンショー氏やクリス・エヴァンス氏ら先達の仕事を参考として紹介した。『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』でのエヴァンス氏の仕事(ずらっと整列したストームトルーパーが全員絵!)は、すでに特撮技術の知識を持っていた上杉氏も、見た際にはマットペインティングと気付かなかったという。
スキルの高い職人が写実的な絵を描き、いかにして観客の目を騙すか。そこには、実写と同じトーンで写実的に描くということと、境目がわからないように実写と背景画をブレンドする、ベクトルの違う作業が必要になるという。特に後者は、現在はデジタルで5分~10分で作業が完了するが、昔はフィルムに重ねて撮影を行い、現像が上がるまでは待つしかないという、根気のいる作業だった。上杉氏はデジタルが当たり前になった現在の視点から見ると「よくこんなことができていたなと感心する」と振り返った。
また、デジタル以前のマットペインティングは、「2次元から逃れられないテクニック」(上杉氏)でもあった。カメラの動きは首を振る動作が限界で、カメラ自体が動いていくような表現には限界があったと語る。
そしてILMに入社後、数年してデジタル化の波が90年代前半にやってきて、上杉氏らもフルデジタル環境で仕事するように。ちなみに、ILMに入社して「これで『スター・ウォーズ』の仕事ができる」と思っていた上杉氏だったが、その日が来るまでには多少の時間を要することに。しかし上杉氏は、ジョージ・ルーカス氏が離れている間にデジタル化が起こって技術が発展していたため、どういう表現ができるのか実感するまでの時間が必要であり、いいことと捉えているそう。上杉氏と『スター・ウォーズ』仕事との遭遇は『スター・ウォーズ三部作 特別篇』でやってくることになる。
ここで、上杉氏が手掛けたシーンの解説も行われた。C-3POとR2-D2が乗ったホバーカーが画面を左から右奥へ横切っていくのを追いながら、カメラがパンしつつ上昇して砂漠の街を捉えるというシーン。上杉氏はここでカメラマップを使い、3次元表現に対応している。この手法を取った理由は「僕がマットペインターだから」と上杉氏。当時のCG技術は大きな景観を表現するのには適していなかったが、カメラの視点からちゃんと成立するようにマットペイントを描いてマッピングすることは難しくなく、感覚的にも合っていたと語る。テクスチャーにした部分がカバーしていない部分をどうするかなど新たなチャレンジもあり、自分としてもマイルストーン的な仕事として認識しているそう。
『トランスフォーマー3』のシーンなども幾つか披露。実写撮影時にまだラフなストーリーボードしかなく、カメラマンが想定してカメラを動かしているシーンでは、スケール感ある画面として成立させるために、実写素材をオフセットして加工した上で使っているという。与えられたテーマを実現するために、実写にあるものを消して作業することや、レイヤーで空気感を足すこともあるようだ。
上杉氏は、マットアーティストという職を選んだ理由として、ILMをモデルとする各職のスタイルにおいて、マットアーティストだけが完成までアーティストとして関われることを挙げた。例えばモデラーは、モデルを作って撮影に回したら以降はノータッチとなり、どう料理されるかわからない。自分のコントロール出来ないところで、他の職が全部うまく機能することを期待するしかなく、マットアーティストは最後まで一貫して責任を持って作業できるのを魅力と感じたのだそうだ。
また、仕事に対する合理的な考え方も示した。物を作っている時、同じような上昇曲線ではなく、どこかで鈍化していくものだが、そこで鈍化する瞬間に違う手法に切り替えればスピードアップできるのなら「迷わずそうする」というのが上杉氏の考え。
これは、マットペイントの特性とも関係があるそう。ILMの社内パイプラインで人的リソース、資金的リソースを注がれるのは、キャラクターなど、何ショットも使われるものだという。一方、あるマットペイントが使われるのは基本的に1シーンのみ。あらゆる角度を想定する必要はなく、そのショットで成立するテクスチャーなりモデリングであればいいからだ。
そのほか、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』でのショットなども解説された。宇宙船から一団がプラットフォームに降りてくる様子をぐるっと回りながら撮っているシーンなのだが、結構な引きのシーンなので、「今だとCGで人間を作っちゃうと思う」そうだが、この場面ではひとりひとりが歩いている様子を収録し、背景とともにまとめて合成。うまくアングルを合わせるために、収録時は、同じ角度で立っているように見える人は実は少しずつ回転しており、降りて歩いてくる人たちは緩やかな弧を描いて歩いているんだとか。
後半では、そんな上杉氏のアナログマインドの源泉も見られた。高校2年生の時に文化祭に合わせて8ミリで映画製作をしたそうで、その際には資金難から地元の商店街に広告営業もかけたそう。高3時もやる予定だったものの、解散。しかしそこで考えた、どうやって特撮を成立させるかという方法論は、現在にも繋がっているという。
大学時代には「ミニILM」を目指して、合成を行うオプティカルプリンターや、ブルースクリーンなども自作したそう。そういった過程で、マットペインターのロッコ・ジョフレ氏と知り合い、彼のもとに制作物のレポートを送る時期を経て、大学卒業後に渡米。この時期の熱意ある活動がILMに繋がっているのは間違いない……のだが、ここで『欽ちゃんの仮装大賞』で優勝した際の映像も流された。何と“カブト対クワガタ”をひとりで演じるというネタで優勝し、賞金100万円を原資に渡米したのだ!
アウトソーシングについての意見を問われた上杉氏は、と自身の考えを披露した。価格競争になった場合、その努力は無視できないという事実はわかるとしつつも、それが行き着く所は発注側がクオリティー管理しかできない状態であり、「それは自分のやりたい仕事ではない」とこだわりを見せる。また、長期的視点で見ると、後々ライバルになりうるスキルを持つ人間を育てることでもあり、価格優先だと現地でのコストが上がってきたらまた別の地域に移っていかなければならず、それは一時しのぎの選択になのではないか、付加価値をもっとつけるなど、価格以外の部分を追求したほうが長期的に生き残れるのではないかといった考えを示した。
最後にクリエイターとしての心構えを問われると、「自分の好きなことを極めたいというマインドがあれば突っ走ることが出来ると思う」とコメント。それがあれば他人から苦労に見えても本人にとっては苦ではなく、それが一番だと語り、講演をしめくくった。