声優&音響監督、両方をこなす郷田氏ならではの金言の数々

 2012年8月20日~22日、パシフィコ横浜にて開催されている、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC2012”。2日目の2012年8月21日に行われた、“声優と音響監督から見たアニメーションの音響制作の現場”と題したセッションをリポートしよう。
 このセッションは、声優として、そして音響監督としても活躍中の郷田ほづみ氏が、自身の経験をもとに、よりよい音響制作のためのポイントを解説するというのが趣旨だ。

声優&音響監督・郷田ほづみ氏が明かす収録現場の理想と現実【CEDEC 2012】_02

 郷田ほづみ氏と言えば、アニメファンならば知らぬ者はいないだろうというほどの有名声優だ。『装甲騎兵ボトムズ』の主人公キリコ・キュービィー役を筆頭に数多くの作品に出演。近年では、某芳佳ちゃんのお父さん役などでも人気を博している。

 講演は、まず郷田氏の自己紹介から始まった。いやいや、存じ上げてますよ……と思いきや、語られた郷田氏の経歴は、じつに興味深い内容だった。まず、声優デビューからまもなく、キリコという大役を射止め、順調なキャリアをスタートさせた郷田氏だが、並行して行っていた3人組コントグループ“怪物ランド”の活動も多忙となり、徐々に声優の仕事から離れていく時期が続く。
 しかし、郷田氏も敬愛していた大声優・富山敬氏が1995年に逝去。その後、人気アニメ『銀河英雄伝説』シリーズの外伝が制作されるにあたり、富山氏の持ち役だったヤン・ウェンリーの代役として、郷田氏に白羽の矢が立つ。これは郷田氏によると、『銀河英雄伝説』は長大な大河アニメで、膨大な数のキャラクターが登場する作品。それでいて、ひとりふた役をなるべく避ける方針がとられていたため、出演声優の数も膨大となり、当時ある程度のキャリアがある声優はほとんど出演済みで、ヤン役をやれる声優がいなかった、という事情があったのだそうだ。また、郷田氏が世代的に『宇宙戦艦ヤマト』直撃世代で、富山氏の物まねをしたりすることも多かった……というのも、関係があるのかもしれない。
 そしてヤン役を演じたことをきっかけに、以降、再び声優の仕事に“戻ってくる”ことになる。だがその過程で郷田氏は、「アニメから、コント、テレビドラマ、映画など、いろいろやりました」と語る。その“いろいろ”には、舞台演出の経験も含まれており、それこそが、郷田氏が音響監督の仕事を依頼された理由となっているのだという。

知ってるようで謎? 音響監督とは何ぞや?

声優&音響監督・郷田ほづみ氏が明かす収録現場の理想と現実【CEDEC 2012】_01

 ここからが、講演の主題。郷田氏は、今回の講演が、ゲーム制作者たちが集まるCEDEC内で行われるということに配慮して、より役に立つ内容になるように、事前に想定した疑問・質問に回答するという形式で、講演を行っていった。

 最初のお題は、“なぜ音響監督をやることになったのか”。これは、前段の自己紹介からつながる話で、郷田氏がそのキャリアの中で、演出側と役者側、いずれも経験してきたため、アニメの現場のことも、芝居の演出のこともよく理解している。そこで、「とあるプロデューサーに、それならアニメの音響監督もやれるでしょう?」と依頼されたのがきっかけなのだそうだ。

 つぎに、“音響監督の役割とは?”というお題。郷田氏の説明によると、本来の音響監督の仕事には、キャスティング、つまりキャラクターに合う声優を選ぶことも含まれているのだが、最近ではその役割を担うことは少なくなり、「音響監督に仕事の依頼が来る段階で、声優が決まっているケースが増えていますね」(郷田氏)とのこと。それはつまり、原作サイドの指名や、制作サイドの指名、製作委員会が決めるケースなど……ということ。昨今のアニメ、ゲームでは、キャストの顔ぶれが売り上げを左右すると考えられる傾向が強く、これもやむなしといったことなのだろう。

 そしてもちろん、声優の演技指導も重要な仕事だ。アニメの現場では、完成したアニメーション映像に合わせてアフレコをすることはほとんどなく、絵コンテをつないだフィルムがあれば上等、場合によってはもっとラフな絵や、「丸書いてちょん、みたいな、キャラクターの位置関係が画面に出ているだけ、ということもあります」(郷田氏)という状態でアフレコを行うのが実情。そんな悪条件の中、声優たちはイメージを膨らませて、ストーリーの流れにあう演技をしていくわけだが、そんな状況なので、当然違った方向の演技になってしまうこともある。それをディレクションして、目的に合うような演技にしてもらうのも、音響監督の仕事というわけだ。

声優、音響監督を悩ませる“制約”とは?

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 続いては、“テレビアニメ、映画、ゲームなど、それぞれにおける音響の違いとは?”というお題。これについては、理想と現実の壁を感じさせる、生々しい現場の実情が語られた。

 まずゲームの音声収録では、キャラクターごとに別録りで収録するケースが多いというのは、熱心なゲームファンならご存じの方が多いだろう。郷田氏によると、ゲーム収録においては時間との戦いになることが多いそうで、“テスト本番”、つまりテストなしのぶっつけ本番で収録するケースも多々あるのだという。郷田氏が声優として経験したケースでは、「全部の台詞を2回ずつ言ってください」と依頼されたこともあったのだとか。この方法だと時間は単純に2倍かかってしまうものの、郷田氏は、「ある意味効率がいいやりかたでもあるな、と思いました」(郷田氏)と語る。それは、プロの声優でも、一度声を出してみないと、自分のイメージ通りになっているかわからないこともある。一度目をもとに、二度目で修正することで、よりイメージ通りの演技ができるということだ。また、一度目で完璧に演技ができた場合には、二度目では少し遊びを入れて演技を入れてみたりすることもできる。ディレクターは、よりよいほうを選ぶことで、クオリティーを高めることができるわけだ。

 また興味深かったのが、ドラマCDの収録にまつわるお話。ドラマCDの場合、絵もないし、口パクの制限もない。郷田氏は、「役者さんが、自由に、自分の間で喋れますから、非常に役者さんが活き活きできるジャンルのひとつだと思います」と説明する。ただしここでも、制作上の都合が……。
 CDドラマは1時間くらいの尺のものが多いが、それをだいたい3~4時間くらいで収録することが多いのだそうだ。時間の制約が大きいため、キャラクター設定だけ確認したあとは、リハーサルなし、ぶっつけ本番で収録することが多いのだという。前述の通り、役者のよさを発揮しうるコンテンツなだけに、郷田氏は「丁寧に何回かテストをやってから本番、とできれば、もっといいものにできるのにな……と思うことも、たまにあります」と残念そうに語る。
 ちなみに、絵に合わせなくてもいい、台本を読む仕事なので必然的に台詞を覚えなくてもいい、というわけで、台本をあまり読まずに現場に来る役者さんも、「なかには、たまに」(郷田氏)、いるのだそうだ。講演中を通して穏やかで、決して誰かを貶めるような言葉を口にしなかった郷田氏が、あえて苦言らしき発言をするということは……。いち消費者としては、なるべくならば、役者さんの魂のこもった商品を購入したいものです……。

収録を円滑にするための細かい配慮

 続いては、“制作サイドに事前に用意してほしい資料は?”というお題。これはゲーム制作者、映像制作者にとっては、非常に気になるお題のひとつと言える。

 まずテレビシリーズのアニメーションについて、郷田氏の声優としての経験が語られた。テレビアニメでは、レギュラーとして毎回出演しているのでない限り、ゲストで1度だけの出演だったり、サブレギュラーとして飛び飛びの出演だったりすると、物語の流れがつかめずに困ることが多いのだそうだ。もちろん原作のあるものなら、原作をチェックすればいいが、オリジナル作品の場合はそうもいかない。郷田氏は、「あのキャラ、悪い人だったはずなのに、なんでいい人になってるの? なんてこともよくあります(苦笑)」と語り、そうした不定期出演のキャストにも十分な説明をすることで、演技の質を高められる可能性を指摘した。

 ちなみにゲームの制作サイドからは、「台本が横書きじゃだめですか? 縦書きが必要ですか?」と聞かれることがよくあるのだという。これに対する郷田氏の答えは明快で、ひと言「ほしいです」。声優は、目の前のモニターと、台本とを交互に見ながら演技をしていく。このとき、台本が縦書きであれば、目の動きがつねに上下方向に固定できるため、スムーズに進めることができるのだそうだ。些細なことのようだが、こうした細かい配慮が、音響の質を高めることにつながるということだろう。

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効果VS監督、その熾烈なバトルの行方は!?

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 つぎのお題は、“音響効果について”。効果音は、もちろん職人的なスタッフが担当する専門的な仕事だが、そのディレクションをするのも音響監督の役目だ。郷田氏は、音響スタッフの中には、演出をよりよくするために、単にオーダー通りの効果音を乗せるだけではなく、場面に合わせて独自のアイデアをプラスしてくれる、意欲的な人物もいるのだそうで、「そういう人とは、またぜひいっしょに仕事をしたいと思います」(郷田氏)と語る。
 効果音の仕事も、最近ではハードディスクに収録した膨大な効果音から、適切なものを選んで貼り付ける、という具合のデジタル仕事になっているが、かつては普通のテープレコーダーを回し、無数のテープを掛け替えながら必要な音を出すという、たいへんな作業だったのだそうだ。
 作業効率的には向上したとはいえ、やはり総監督のイメージと合わず、何度もやり直しを要求されることもある。郷田氏が体験したエピソードとして、とあるアニメで、キャラクターがブロッコリーを食べるシーンがあったそうだ。そこに効果スタッフが音を付けたのだが、監督が、「このブロッコリーは、そんなにゆでていないんだ。もっと生に近いんだ」と注文を付ける。しかし前述の通り、アニメの音収録の現場では、色のない線画に音を付けるのが一般的だ。もちろんこのときも同様。当然、「そんなの、色が付いてないからわかんないですよ!」(効果スタッフ)、「いやいや、色が付いたら固いブロッコリーになるから、カリ、シャリ、と音を付けてもらわないと困るよ!」(監督)といったやり取りが交わされることに。最終的に、仕方がないからその場で音を録ろうということになり、「リンゴとか、かじれるものなら何でもいいから持ってこい!」となるが、音録りのスタジオにリンゴなどあるわけがない。しかしいろいろ探してみたところ、数日前にスタッフ親睦会でバーベキューをした際の材料が残っており……タマネギだけは発見される。そこで効果スタッフが、タマネギを持ってブースに入り、バリバリと食べてみせたのだそうだ。郷田氏も「プロだな……と思いました(笑)」と感嘆する効果スタッフの職人魂のおかげで、無事に収録が完了し、監督も大満足してくれたのだそうだ。

 以上のように(?)、郷田氏は、音響効果は「効果スタッフと監督の戦いでもあります。どちらにもこだわりがあるんです。でもそれがおもしろいし、音響監督のポジションとしては、そこを調整しなければいけません」(郷田氏)と語る。

音響監督の気配りが活きる場面とは

 続いては、“収録順序で気を付けることは?”というお題。やはりこれは順当に、「作り手側からしても、演じる側からしても、物語の流れに沿って感情表現ができるほうが、順番としてはやりやすいですね」(郷田氏)だそうだ。ただしアニメの場合、叫ぶシーンを後回しにする、といった配慮をすることもあるという。これはもちろん、叫ぶことで声がかすれてしまうと、その後のほかの台詞が聞きづらくなる恐れがあるからだ。これについて郷田氏は、「ちょっと叫んだくらいで声がダメになるようではプロとしてダメだろうと思われるかもしれませんが、いまの声優さんは、一日に何件も続けて収録したりすることも多いんです」(郷田氏)と説明する。業界の現状や、役者それぞれの事情に配慮することも、円滑に収録を進めるために重要なポイントなのだ。

 つぎのお題も、上記に関連して“良い演技をしてもらうための工夫は?”。郷田氏は、「役者さんに対する気遣いを心がけるようにしています」と話す。ただし同時に郷田氏は、「声優さんのほうでも、作り手に気を遣うことが大事だと思います」とも語る。声優はある種職人的な面があり、現場で要求された感情表現、お芝居をするのが仕事。「役者がひとりよがりになると、おもしろくないものになってしまいます」(郷田氏)と、制作サイドと役者、双方が相手の求めることを理解し合うことが大切だというわけだ。
 当然ながら郷田氏は、音響監督として、声優に対してリテイクを要求することもある。何度もリテイクをさせられた声優は、体力的にも、プライド面でも傷つくことになるため、音響監督としては、そうならないよう、しっかり説明をすることが重要になる。
 ただし郷田氏は、リテイクを遠慮する必要はないという。「監督のイメージにあわせられるのがプロです。不機嫌そうに見えたとしても、やってもらえるし、やってもらったほうがいい」(郷田氏)。声優の側からの意見としても、「もう一回録り直したいと思っても、オーケーが出てしまうと、役者の側からは言い出しにくいものです。その意味では、遠慮なくリテイクを出してくれたほうが、声優さんとしても、心残りがないはずです」(郷田氏)という思いもあるのだという。

 しかし郷田氏も、超ベテランの役者に収録してもらうときには、非常に気を遣うそうで、「いまのはよくなかったのでもう1回、とはなかなか言いにくいので……。いまのはいまのでよかったんですが、別パターンをいただけますか? とか、非常によかったんですが、ノイズが入ってしまいました! などと言います(笑)」(郷田氏)といった気苦労もあるのだそうだ。

 結論としては、やはり「ケースバイケースです」(郷田氏)ということになる。「現場の雰囲気も考えなければいけないし、役者さんのキャラクターにあわせて、気持ちよく仕事をしててもらえるようにするのも、音響監督の仕事です」(郷田氏)。

アニメ独特の“演技”とタレント声優の現状

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 つぎに、「演出するうえで気を付けていることは?」というお題。郷田氏は、「絵に負けないようにすることです」と語る。とくにアニメの場合、絵に誇張が加えられていることが多く、“絵のテンション”が全体的に高い。郷田氏は、「絵のテンションより芝居のテンションが低いと、本当にみすぼらしい感じに見えてしまうんです」と説明する。まして、ここまで何度か説明されてきた通り、収録の現場では絵ができていないケースが多い。そこで音響監督としては、できあがりの絵がどうなるのか確認を取りつつ、収録を進めるのだそうだ。ただ、「完パケを見て、話しが違うよ、ここはこういう絵だって言っていたじゃん! となることもありますが(苦笑)」(郷田氏)。

 なお郷田氏は、昨今の、集客や宣伝を目当てに、声優以外をキャスティングする作品が増えている風潮について、「そういう作品を見ると、やっぱり絵に負けているな、と感じます。お芝居ができない人ではないけど、これでは足りないな、と」(郷田氏)と語る。そして郷田氏は、そうした起用は、作品にとっても、起用されるタレントにとっても気の毒なことだという。
 かつて郷田氏が音響監督を務めた、とある短いアニメーションでのこと。この作品でも、キャスティングは音響監督が口を出せない領域にある案件で、いったい誰が来るのかと思っていたら、超売れっ子のアイドルが来たのだそうだ。何せ超多忙なアイドルなので、スケジュールが取れないため、収録が行われたのは真夜中。そのアイドルがナレーションをする内容なのだが、本人にナレーションの経験など皆無なため、何度やり直してもうまくいかない。そうこうしているうちに、音がヘンだと感じた郷田氏が、ブースの中を覗いてみると……そのアイドルは、頬杖を付いた姿勢で台本を読んでいたのだそうだ。

 こうしたキャスティングが行われているのが現実で、そこには相応の理由があるのは事実だ。郷田氏もそこに理解は示し、言葉を濁してはいたが……アニメ業界は、いまも多くの難問を抱えているようだ。

ずば抜けた才能と、それを支える人材、どちらも不可欠!

 最後に、“音響監督とは?”という、まとめ的なお題について語られた。ここまでの説明からもわかるとおり、郷田氏は、「音響監督は、役者さんと、制作サイドとの中間にいて、監督の意図をうまく声優さんに伝える。効果さんが付けてくれる音を、より監督のイメージに近いものにする。そういう橋渡し的な役割が多いですね」と説明した。
 そして郷田氏は、そういうポジションは、物作りにとってとても重要で、それはゲーム制作においても同じではないかと語る。画家や小説家のように、自分の作業だけで作品を完結させる人たちは別だが、たくさんの人の共同作業で作っていく作品においては、「ずば抜けた才能、能力の持ち主も絶対に必要ですが、その力を発揮するために、それを理解し、現場で働いてくれる人が必要です」(郷田氏)というわけだ。

 そして郷田氏は、会場に集まったクリエイターたちに、「皆さんはこれからどんどん新しいものを作っていくのでしょうが、ぜひよき理解者、よきスタッフにめぐりあってください」と呼びかけ、講演を締めくくった。

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