語りたいけど語りたくない
じつはちょっと困っています。
というのも、本作をプレイしてとてつもなく感動し、「なんでもいいから語らせろ!」とこの場を与えてもらったものの、いざ書こうとすると、何から書いていいのか分からなくなってしまったのです。
いや、語りたいことはたくさんあって、息を飲むほど美しいステージや、微かに感じ取ることができる物語、耳に優しくそれでいて心に残る音楽。これらのすばらしさを伝えることは、もはや勝手に使命感すら感じているほどなのです。
だけど、その一方で、それは言っちゃダメだろとも思うのです。なぜなら、これから始めるプレイヤーには、できればこのゲームのことを、何も知らない状態で初めてほしいからです。本作を最大限に感じ取るには、その状態で遊ぶのがベストなのではないかと思うからです。自分にしても、ほぼ何も知らない状態で始めたからこそ、感動が大きかった気がするのです。
語りたいけど語りたくない。さあどうしたものかと頭を悩ませていたら、ふとその言葉と本作に、ある符号を感じました。
本作は、語るべきことをあえて語らないゲームです。そのことが、プレイヤーに想像の余地を大きく与えて、それぞれの体験、物語を生み出しています。
それに関して書くのは、未経験者にもネタバレにならないし、経験者にも共感を得られるのではないでしょうか。ということで、ようやく原稿の糸口を見つけた気がするので、書き進めていこうと思います。
語られない操作方法
さて、まずは操作部分です。本作はアドベンチャーゲームと銘打たれていますが、正確にはアクションアドベンチャーの部類に入ります。
プレイヤーにできるのは移動とカメラ操作、そしてジャンプ、これだけです。ジャンプに関してはある種の制限があり、特定の条件下でしか自由に行うことはできません。
これだけを聞くと「え、それおもしろいの?」と思ってしまうかもしれませんが、これがおもしろいのです。おもしろいというか、気持ちいい。
ゲームのおもしろさが何かと考えると、突き詰めると、入力とその反応の気持ちよさにあると思うのです。たとえば、ボタンを押したら弾が出て何かを破壊する。選択肢を選んだら物語が進む。コマンドを選ぶと国が発展する、などなど。入力に対する反応に、気持ちよさを感じたとき、そのゲームをおもしろいと感じるのではないかと。
そういった意味で、本作は移動とジャンプをしたときの気持ちよさを、とても強く感じられるゲームです。斜面を滑り降りる疾走感、ジャンプしたときの浮遊感、これらが単純に気持ちいい。とくにジャンプは制限がある反面、長く飛べたときの気持ちよさがとても強くなっています。
ジャンプは、特定の場所でしかできなかったり、あるアイテムを集めることで飛距離を伸ばすことができるのですが、じつはこのあたりの説明、ゲーム中では明確に語られません。プレイヤーはそのシステムを、なんとなくしかわからない作りなのです。
しばらく遊んでいて、「あ、このゲームは最低限の説明の操作しかしないんだ」と気がついたとき、目からウロコが落ちました。「そういえばゲームって、本来そういうものじゃなかったっけ?」と思ったのです。
たとえば昔、友だちから剥き出しのROMカセットを借りてきたとき、説明書などがなくてもとくに困らずに遊べていた気がするのです。
もちろん当時の、ボタンの数が少ないゲーム機や、シンプルなシステムのゲームと比べるのはおかしいのですが、そのころのゲームは、操作方法を覚える過程も含めて楽しんでいたような気がするのです。
その楽しさが本作には息づいています。この場所なら長く飛べそうだなとか、このマフラーっぽい物が伸びると飛べる時間が長くなるみたいだなといったことを、プレイヤーは体感して徐々に覚えていき、その課程をも楽しめるのです。
昨今のゲームでは、できて当たり前のジャンプという行為に制限をかけることでゲーム性を与え、さらに気持ちよさを再認識できるようしている。そういった意味で、本作はアクションゲームとしても、非常に大きな提示をしているように思えます。
語られない物語
本作にも物語はあります。しかしそれは、幕間の情景や、各フィールドの全体の流れからプレイヤーが読み取るもので、明確なあらすじといったものではありません。印象としては、言葉がほとんど書かれていない絵本といったところでしょうか。
本作がよく”雰囲気ゲー”と言われるのは、そういった抽象的な表現があるためとは思いますが、個人的には物語を語らないことは語ることよりも難しく、そしてときに、語られる物語よりも物語的であると思うのです。
これは想像ですが、これだけの世界を作った人たちが、本作の世界背景や物語を作っていないはずがないと思うのです。作ったうえで言葉を排除し、プレイヤーとの断絶をあえて作り出しているのではないかと。
プレイヤーは、ゲーム内のキャラクターが何を考え、何を求めているかがわからないからこそ、知りたいと強く願います。ただしそう思わせるには、プレイヤーに先を見たいと思わせることと、キャラクターとのあいだに、共感を持たせる必要があります。
「あそこにあるのは何?」、「つぎはどんな場所?」、
「気持ちいい!」、「きれい」、「怖い!」、「寂しい」。
美しいグラフィックと音楽が、プレイヤーにそういった感情を呼び起こし、それがゲーム内のキャラクターへの感情移入へとつながります。その共感が、幕間の情景などから微かに感じ取れるものに物語を与えていると思うのです。
もちろんそこで読み取ったものは、プレイヤーによって差異が生まれますし、同じ人でも時期によって変わるかも知れません。だけど、それこそが強い物語が持つ力ではないでしょうか。
ゲームにおいて物語は、さまざまな役割を果たします。先を遊びたいと思わせる牽引力にもなりますし、物語そのものがゲーム性になることもあります。だけどときに、物語を語ることに目を奪われて、ゲーム性を薄めてしまうこともあったりします。
あえて物語を語らないことは、とても力が必要なことですし、勇気もいることです。本作はそれを絶妙なバランスで成立させた、すばらしい物語だと思います。
語れないオンライン
そして、本作の物語性に大きく影響するのがオンライン要素です。本作におけるオンライン要素はとても曖昧なもので、極端な話、オンラインプレイを行わなくてもゲームとしては成立します。意味合いとしては協力プレイの部類に入るのですが、相手に対してできることは、先導して誘うこと、誘われること。あとは不思議な音による、わずかなコミュニケーションぐらい。本作はここでも、あえて語らない、語れない作りにしているのです。
たとえばガンシューティングでの協力プレイの場合、倒すべき敵といった明確な目的があるので、プレイヤーどうしの文字や声によるコミュニケーションがなくても、ある程度は成立します。
本作では、あえて言うのならゴール地点への到達が目的になるので、単純に考えれば、「こっちに行けばいいんだよ」や、「こっちじゃないよ」といった指示を出せるようにするのが、協力プレイには必要ではないかと思われます。ですが、本作では基本的にそれはできません(事前にモールス信号のように、意思疎通のルールを決めておけば別ですが)。
そうした理由として考えられるのは、ひとつは異世界の物語であることを崩さないために、会話においても現実世界の言葉を避けたということが考えられます。クリアーするだけならば、さほどコミュニケーションを取る必要はないので、異物となる現実の言葉を入れる必要はないということです。
そしてもうひとつ、音を出すこと、相手の周囲を動くことという限られた行動だけで、コミュニケーションを取らせるためです。おそらくですが、文字や声によるコミュニケーション要素を入れなかったのは、それがいちばんの目的ではないかと思うのです。
それだけ限定された手段で、実際にプレイヤーはどうコミュニケーションを取ればいいのでしょうか。
自分の場合ですが、たとえば相手がどこに行けばいいのか分からなくなっているときは、相手の周囲に行って音を出し、そこから正しい方向へ行くといった行動をしました。また、同じ場所を目指しているときに、相手がどこかで立ち止まり、少し距離が空いてしまったときは、追いつくのを待ちました。きびしい場所をふたりで進んでいるときは、ただ呼びかけるように音を出し続けました。
これらの意図が、相手に正しく伝わっているかは分かりません。だけど、伝わってほしいから、精一杯のことをします。そして、伝わったのかはわからないけれど、自分が願っていた行動を相手がしてくれたとき、なんとも言えない感動があります。それはものすごく原始的で純粋な、コミュニケーションの喜びです。
その感動は、ゲームのシステムが与えてくれたものです。だから自分は、オンライン要素もまた、本作の物語性を構成する、重要な要素のひとつだと思うのです。
主観でしか語れない
けっきょく、語りたいだけ語ってしまいました。ただし、これらはあくまで自分の主観で感じたことです。すでに遊んだ人からは「俺はそうは思わない」、「私はこう感じた」といった声も上がるかと思います。そして、それでいいんだと思います。
本作は物語だけではなく、システム部分も含めて、さまざまなことをプレイヤーに感じさせてくれるゲームです。遊んだ人の数だけ、物語や解釈が生まれるんじゃないでしょうか。それは本作が、とても豊かな作品であることの証明でもあります。
ですが、遊んだあとほかの遊んだ人と話したくなったり、知らない人に教えたくなる、そんなゲームであることだけは間違いありません。
この記事を読んで、本作に興味を持っていただけたのなら、ぜひ遊んでみてください。そしてもし機会があれば、たくさん語り合いましょう。
■著者紹介 ババダイチ
週刊ファミ通でクロスレビュアーも務めるフリーライター。ゲームは全般的に遊ぶが、うまいというわけではない。配信専用ゲームは、いい意味でインディーズの臭いのするものが多くて好き。ただ、ときおり感性の合わない作品があるのはご愛嬌。
風ノ旅ビト
メーカー | ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン |
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対応機種 | PS3プレイステーション3 |
発売日 | 2012年3月15日配信 |
価格 | 1200円[税込] |
ジャンル | アドベンチャー / ファンタジー |
備考 | PS Storeダウンロード専売、開発:thatgamecompany 必要容量:セーブデータ:73KB インストール:1023MB |