初のコンシューマー向け開発は苦難の連続に……
ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンは2012年3月28日、同社本社でPS Vita ゲームカンファレンスを開催した。これは、ゲーム開発者などを対象に行われる技術交流会で、複数のゲームメーカーがプレイステーション Vita(以下、PS Vita)用ソフトの開発事例を紹介するという試み。これまでは関係者にのみ公開されていたが、今回初めてメディア向けにもその内容が一部明らかにされた。ここでは、ドワンゴの斎藤寛明が行った、PS Vita用アプリ『ニコニコ』の開発事例紹介をお届けしよう。
いまや説明の必要もないであろう、ニワンゴが運営する人気動画共有サイト“ニコニコ動画”。このサービスをPS Vita上で楽しめるのがPS Vita用アプリ『ニコニコ』だ。斎藤氏によれば、PS Vitaへの参入は、PCに始まり、フィーチャーフォン、スマートフォンと対応デバイスを増やし続けてきたニコニコ動画のマルチデバイス構想の一環として始まったもので、それに加えてPS Vitaの本体機能にニコニコ動画との親和性の高さを感じたことも、実現への後押しになったという。たとえば有機ELディスプレイの美しさは動画の視聴に非常に適し、タッチスクリーンは直感的な操作を実現、そして3G通信があればどこでもサービスが楽しめる……といった具合に「ニコニコ動画がいつでも楽しくできる」という思いを開発者たちに与えることとなった。
フィーチャーフォン、スマートフォンとモバイル端末への対応実績があるだけに、『ニコニコ』も滞りなく完成するかと思われたが、新ハードかつロンチタイミングという状況での開発は、やはりさまざまな困難にぶつかったようだ。第一の問題は、PlayStation NetworkのオンラインIDだ。ご存知の通り、ニコニコ動画を利用するには同サービス専用のアカウントが必要だが、PS Vita用アプリでは“独自のWEBサービス”へログインする際にPSNのオンラインIDが必須となる。つまり、アプリを起動してニコニコ動画を利用する場合、本来ならばPSNへのログインを行った後に、ニコニコ動画のIDを入力必要があるとうわけだ。しかし、実際のところニコニコはニコニコ動画のID入力だけで利用が可能となっている。これは、PSNのIDと連携させているから。ニコニコのIDだけで、PSNへのログインも自動で行われるという仕組みなのである。
続いての問題は、ニコニコのインターフェース。過去のモバイル端末はいずれも縦画面だったが、PS Vitaは横画面だ。そのため、インターフェースをゼロから設計しなければいけない事態となった。新たなインターフェースを手掛けるに当たって、斎藤氏らは“PS Vitaのように、スタイリッシュ”と、“ニコニコ動画とニコニコ生放送の統合を強化し、シームレスに切り替えられる作り”というふたつのコンセプトを掲げる。前者に関しては、「カッコいいPS Vitaに合うよう、ロゴを作りなおした」(斎藤)など見た目の変化として現れる。具体的にはニコニコ動画のマスコットである“ニコニコテレビちゃん”が、黒を基調とした“ニコニコテレビちゃん(黒)”に変わり、またページ全体のカラーリングも黒を中心とする落ち着いた雰囲気の仕上がりに。後者に関しては、動画と生放送でデザインを統一し、加えてタッチ&スライドで瞬時に切り替えられるようにして、統合感を出した。そのほかにも細かなこだわりとして、画面左側のナビゲーションバーに主要機能への導線をつねに表示したり、コメントのコマンド編集入力(コメントの色や大きさを決定する部分)をPS Vitaのソフトウェアキーボードと揃えたデザインにしている。
……と、結果だけを書くとすべてが順調に進んでいるようだが、実際のところはPS Vita用のUIコンポーネントがないという大きな問題にぶつかっていた。ドワンゴはコンシューマー開発はど素人で使いまわせるUIもないということで、取った行動が自社開発。ロンチタイトルでツールから自社開発するというのは、かなり大胆な判断だったが、今後の拡張や汎用に耐えられるものを作る、という目的もあり結果的に有意なものとなったようだ。
インターフェースができたら、つぎはいよいよ動かす段階へ。ここでネックとなったのが、ニコニコ動画最大の特徴であるコメント表示機能だった。ユーザーが適時入力するコメントはつぎに何の文字が、どんな色で、どんな大きさで表示されるのか特定不可能で、滑らかかつ遅延なく表示するのは大きな負担となってしまう。そこで斎藤氏らは、ニコニコ動画に最適化された独自のフォントキャッシュ機構を開発。これは、文字をサイズや色に関係なくキャッシュ化するもので、「同一の文字が使われることが多い」(斎藤)ニコニコ動画にはとてもマッチするものだったという。
そのほか、ニコニコ動画ではさまざまな種類の動画がアップロードされるため、いかにそれらへ対応するかも課題になったという。斎藤氏いわく、PS Vitaの動画再生は、携帯ゲーム機としては十分な能力を持っているが、flvファイルに対応していないといった問題も少なくない。また、極端にフレームレートの低い動画の再生も苦手としている。それらに関しては、今後可能な範囲で対応していくとのことだ。
最後は、『ニコニコ』の今後にも言及し、生放送タイムシフトへの対応、ユーザーインターフェースの改良、生放送の配信機能を順次行うと説明。そして大きな展望として、以前から紹介されているゲーム実況機能の実装を改めて紹介した。