足し算、引き算、掛け算……。
2012年3月16日、都内にて、一般社団法人ブロードバンド推進協議会(BBA)主催によるカンファレンス、OGC 2012が開催された。
今年の基調講演では、comceptの稲船敬二氏が“ゲーム製作の新たな“判断!””と題した講演を行った。稲船氏は、日本のゲーム文化は海外に通用するコンテンツを数多く作り出してきたとして、ソーシャルゲームでも通用するものをどんどん作っていくために、日本と海外の違いにヒントがあるのではないかと述べる。
そこで例に出したのが算数。海外ではレジで10ドルを出して7ドルのものを買った際に、1ドルずつ「これで8ドル、9ドル、10ドル」と数えながらお釣りを渡される、これは日本人が「10引く7は3」と引き算を行うのに対して、足し算の考え方だとする(実際にそんな感じに渡されることが多い)。
この図式はゲーム開発の考え方でも同じ図式が見られるのだと言う。日本では似たようなタイトルがどれだけ売れているかの数字がまず引き合いに出されて、それに対して、じゃあこれだけの開発費にして、これだけ儲けを出そうという経営判断になることが多いそうだ。これに対して海外では、「たくさん売れるゲームはどんどん足す」として、開発費に50億かけても100億かけても、300億儲ければいいという考え方をしていると述べる。
しかし、日本でもファミコン時代は足し算型の発想でコンテンツ重視の作り方で大きくなってきたのだという。それで業界が大きくなり、全体の母数が見えてきたから引き算型の思考をするようになったというのだ。
一方ソーシャルゲームは、土台になる数字の基準がなかったから足し算の発想で作ってみて、まずは試してみるしかなかったが、蓄積が出てきた今後は、ソーシャルゲームも引き算型の発想をするようになる可能性があるとする。これではソーシャルゲーム業界も、やがて日本の家庭用ゲーム業界と同じ限界に陥るかもしれないと警鐘を鳴らす。
もちろん、リサーチや予測が無駄だと言っているわけではない。参考にすべき数字はあるが、それを引き算の発想のために使うのは得策ではないというのが稲船氏の論旨だ。
稲船氏は、昨今日本でも取りざたされるようになった、アイデアのコピー問題にも躊躇なく斬り込む。先週サンフランシスコで行われ、稲船氏も出席していたGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)でも、誰が何をしたという明言こそ避けられるものの、あちこちのセッションで触れられていたホットな問題であることを補足しておきたい。稲船氏は、「このソーシャルゲームが売れているからこんなものを作ろう」というのは引き算の思考であり、多少儲かるのは否定しないが、それではやがて廃れる、自分達のおもしろいアイデアを足していって、足し算でゲームを作るべきだ、その方法で世界に通じる家庭用ゲームを作ったころのように、ソーシャルゲームでも世界に通じるものを作ろうと訴えかけた。
では、次代のソーシャルゲームはどうあるべきか? ここで稲船氏は、また算数を持ち出して、掛け算の発想でゲームを作るべき、中でも、ゲームと現実をかけ合わせるべきだと主張する。これは稲船氏が従来から言っていることだ。いわく、バーチャルの扱いかたが得意なゲームに対して、本物の現実を紐付けられること、これこそが従来のゲームにはないソーシャルゲームの強みだという。ちなみに具体論は「お金になるので出せません」と笑って語っていたが、稲船氏の中に答えはあり、実際に企画も進めているという。
そして掛け算はそれだけではない。いままでの考えや知識では新たな物事を組み合わせられない、そのためには若い人の力が必要だとする。若い力は「頼りない、浅い、奥深くない」(稲船氏)が、そこでベテランの経験が役に立つ、これも掛け算であるというのが稲船氏の考え。そのほか、従来からの持論である、海外とのコラボレーションも掛け算の発想とのこと。
そして今度は、自信に算数の発想を当てはめた。カプコン時代と同様に家庭用ゲームだけ作るのは引き算の発想で、それではカプコン時代の何割かのものしか作れないだろうと自ら語る。だが、過去の実績は自分の数字で、これを大きい物と感じてくれる相手とコラボレーションをしていきたいと語った。
もうひとつ重視していたのは、スピード感だ。Comceptでは判断のスピードを上げることを心がけているということを度々語っているが、それは「稲船如きが考えていることは誰かがもう考えている」と思っているからだそうで、そこで勝つためにはすぐに勝負することが重要だという。大きな会社では会議や承認を通るのに時間がかかるもので、そこで半年、1年かかっていたら誰かがもう実現しているのがソーシャルゲーム業界だと稲船氏。発表から時間をかけて作っていては、それまでにコピーされてリリースされてしまっているかもしれないとする。
いいアイデアだから慎重にやろうとするのはみすみす出し抜かれる可能性を作ることにすぎず、面白いアイデアだからこそすぐに事業化していけるよう押し進めていくのが大事だと語った。そして、薄い企画書でも真価を見出し、ゴーサインを出すためには、そのソーシャル時代の目利きが出来る人が経営判断を下せるのが理想であるとする。それはつまり若い人のことだ。新しい発想でゲームを作っていくには、過去の方程式を忘れ、現在の方程式を作っていける人が欠かせないのだと、場内を挑発する。
最後に稲船氏は、「ソーシャルゲーム業界にはまだ神がいない」と語り、次代の覇権をめぐって業界が切磋琢磨し、“いい掛け算”が生まれていくことを期待して講演をしめくくった。