本当に生録音が必要なのか検討する

 海外ではすでに発売され、日本では2012年4月19日にリリースを予定している『ウォー・イン・ザ・ノース:ロード・オブ・ザ・リング』。そのレコーディングに関する講演のリポートをお届けしよう。それにしても、まだ日本で未発売のタイトルで、しかも音楽の話? と首をかしげる人もいることだろう。重要なのは、レコーディングを行った場所である。あのビートルズの楽曲の大半が生み出された、ロンドンのアビー・ロード・スタジオなのだ。ほとんど個人的な趣味の領域で取材候補に入れたのだが、内容はとても興味深かった。

 今回、講演を行ったのは、クレイグ・デュマン(オーディオ・リード)、イノン・ズール(コンポーザー)、ジョン・カーランダー(レコーディング・エンジニア)の3名。まずは、生録音をする前に考慮すべきことを挙げた。

・ゲームプレイに合致しているか?
・予算的に見合うか?
・どのように進めるか?

アビー・ロード・スタジオでゲーム音楽を録る【GDC 2012】_01
▲写真左がクレイグ氏、中央がイノン氏、右がジョン氏。

 イノン氏も語っていたが、通常は生録音は不要である。昨今のゲーム(に限らず映画も)音楽は、シンセサイザーやサンプラーといった電子楽器、あるいはPCを核としたDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)を使って制作されることが多く、コスト的にも非常に有利だ。それでいて、パッと聴いただけでは生録音と聞き分けができないぐらいに、クオリティーも上がってきている。そうした中で、音楽的必要性が果たしてあるのかどうかをきちんと見極める必要がある。『ウォー・イン・ザ・ノース:ロード・オブ・ザ・リング』は1~2時間で終わる映画と異なり、100時間以上(しかも集中して)音楽を聴くことになる。順応性に富み、聴く人の心を動かせる音楽を手に入れるため、生録音を決めた。

どうせならアビー・ロードでやろう!

 生録音を行うことを決めたら、予算や使用するオーケストラ、スタジオの選択を行う。当たり前のことのように思えるが、ここでの計算の甘さがコストに響く。全コストの試算、録音時間、オーケストラサイズ、1日の録音時間など、徹底的に調べあげることが重要なようだ。ジョン氏曰く、『ウォー・イン・ザ・ノース:ロード・オブ・ザ・リング』では、1時間あたり6.5分ぶんのレコーディングに成功したそうだ(映画ではこれまでの最長が1.6分ぶんらしい)。何を録音して、何を録音しないのかという判断がポイントになるとイノン氏は語っていた。

 ここで、アビー・ロードの話になる。なぜ、アビー・ロードなのか? と。3つの回答が提示された。

・どうせならアビー・ロードでやろう!
・映画音楽と同じクオリティーにしたい
・最高の音楽ができることはすでにわかっている

アビー・ロード・スタジオでゲーム音楽を録る【GDC 2012】_02

 最初と最後の項目では、会場から笑いが起こった。よい結果を残すために優れた場所を選ぶ。至極当然のことなのかもしれない。また、スタジオはロンドンにあるため、アメリカのデベロッパに対していくつかアドバイスも提示された。

・早い段階で法的手続きの話を始める
・アメリカとイギリスは法律が異なる
・時間の余裕を持って、できるだけ早く弁護士を雇う
・契約締結まで安心しない

 このあたりの法的な話は、日本人にはあまりなじみがない。仕事はレコーディングだけとはいえ、国外で仕事をするという感覚を強く持っておくべき、ということだ。

 すべてがクリアーになったら、ここでもアドバイスが。

・チームといっしょに行動する
・2~3日早めにロンドンに行って楽しむ
・飛行機の中ではゆっくり休む
・お祝い(懇親)は頻繁に

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 ここでも多くの笑いが起こった。仕事と仕事の合間はしっかり遊んで、しっかり休む。こちらも前述の通り、よい結果を残すためだろう。これに加えて、イノン氏は「楽譜は重くても持参する」とアドバイスしていた。

マイクの調整に6時間?

 実際のレコーディングの方法に話題が移ると、この道のプロならではのアドバイスが飛び出した。ジョン氏は、オーケストラとコーラスのスペースを設定するうえで、80人用のスタジオなら60人までにしたほうが快適と語った。アビー・ロードは110人ぐらいまで許容できるので、80~90人が適切らしい。マイクの調整だけに6時間を費やすこともあるそうで、アビー・ロードの名に恥じないこだわりも垣間見られた。

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 ちなみに、アビー・ロードを使用する場合、ロンドンの4つのオーケストラから選択することになるが、中でもロンドン・シンフォニアはひんぱんにツアーに出ている関係で、楽団員がお互いを理解しており、一体感がすばらしいという。“本物のオーケストラ”と賞賛していた。

 今回、ひととおりアビー・ロードでのレコーディングを行うまでの流れを知ることができたが、感想としては「どうせならアビー・ロードでやろう!」ということに尽きると思う。生録音にすると決め、どうせお金をかけるのなら、コストをしっかりと見定めて、最高の環境で効率のいい録音を行う。アビー・ロードで録れば話題にもなるし……。

 日本のゲームメーカーもアビー・ロードで録ればいいのに! そして取材に行きたい(本音)!