和田氏新作はE3で発表!?

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 アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターで開催中のGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2012。このGDC 2012において、TOYBOXの和田康宏氏(元マーベラスエンターテイメント、グラスホッパー・マニファクチュア)が、自身の代表作『牧場物語』について講演を行った。

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 和田氏は、ビジネスとしてゲームを作る以上、クリエイティブとビジネス、ふたつの面での“コンセプト”が必要だと語る。コンセプトは、そのゲームに関わる人たちが悩んだときに拠り所とする、大きな道しるべとなるからだ。

 では、『牧場物語』のコンセプトはどのようにして生まれたのか……。地方出身で、成長してから上京した和田氏。昔ははやく東京に出たくてしかたなかったが、田舎から離れてみて、ようやく自分が田舎を一面的な見かたで捉えていたこと、田舎にもよさがあることを知った。田舎のよさを、過去の自分には伝えられなくても、同じような境遇にある人に伝えられら……そう思うようになっていたという。

 また、かつてのゲームは競い、戦うものが多かった。もちろんそういうゲームを遊ぶのは好きだが、クリエイターとして新参者である自分は、ほかに類を見ないものを作っていかなければならないとも思った。

 そうして、以前から抱いていた田舎に対する思いと、戦わないゲームというものが、マッチするのではないかと考えた和田氏。“田舎での経験ができる戦わないゲーム”をクリエイティブなコンセプトとした。一方のビジネスのコンセプトは“リスクを最小に縮めてチャレンジする”。マーケットが多様化しはじめていたころだったので、新しいゲームにもチャンスはあると思った。

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 しかし和田氏がそう考えてから、実際に開発できるようになるまで、2年がかかった。和田氏は開発資金を稼ぐべく、ほかのビジネスを成功させた。出た利益がそのまま『牧場物語』の開発費になったというわけではないが、結果、それは会社の経営陣の信頼を勝ち取ることにつながり、ついに企画にゴーサインが出た。また、その2年の経験のおかげで、宣伝・営業まで含むビジネスプランが考えられるようになったり、プレゼン能力が鍛えられたりしたのも大きかったと和田氏は語る。

 ついにプロジェクトがスタートした『牧場物語』。和田氏は、“人生”と言うキーワードの中から、“成長と交流”というイメージを、田舎、すなわち“自然”というキーワードから、“緑と生き物”というイメージを抜き出した。そして、プレイヤーがゲームにどう関わるかを考えたとき、“仕事”というアイデアが浮かんだ。「ゲームで仕事をして、おもしろいのだろうか」と悩みもしたが、田舎での人生を追体験するゲームであれば、仕事をしているのは当たり前だと考えた。

 では何の仕事をするか。“牧場で働く仕事”と考えつくまでに時間はかからなかった。というのも、和田氏は『ダービースタリオン』にハマっており、「強い競走馬を育てることを目的としているが、これは田舎での仕事だ……」と思ったという。そして、プレイヤーの行動をアクションで行わせ、そのアクションに対するリアクションを増やしていけば、ゲームにリズムが生まれると考えた。

 ここまで考え、ゲームの仕様ができたと思われたが、しかしこれでは足りなかった。牧場での世話は作業的になってしまうし、人々との交流も、毎日何かが起こるわけではないので、単調になってしまうのだ。ここでようやく、多くのゲームに入っていた“戦闘”という要素の偉大さに和田氏は気づいた。

 しかし、このゲームは戦闘をしないゲームだ。そしてやっとでてきたアイデアが、作物の育成だった。いまでこそたくさんの農場ゲームがあるが、当時は例がなかった。作物の種類を増やしたり、行える農作業の数を増やしたりすれば、遊びの幅をもたせられる。

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 こうして、交流、農作、酪農という3つの要素が揃い、開発がスタートした。最初に農作の部分を作った。切り株や岩を配置し、それを取り除いて、更地にする。更地を耕して、水をあげる。そして、キーを押すと……初めて芽が出た。

 初めて芽が出るさまを見た和田氏は、「おーっ」と声を出した。「このときの新鮮な喜びは、いまでも忘れられない」と。そのとき初めて、「ぜったいこのゲームはいける!」と思った。

 また、初期の段階から、キャラクターデザインやシナリオも作り始めた。人生の中の大イベントとして“結婚”という要素を入れることを決め、個性的なヒロインたちを作った。子どもたちに受け入れてもらいやすいよう、ファンタジー的な要素も取り入れ、ほのぼのとした世界ができた。これはシナリオを担当したメインプランナー・宮越節子氏が努力した結果だという。

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 ちなみに、和田氏は本作のタイトルを「人生牧場」にしようと思っていたが、宮越氏が大反対した結果、宮越氏が提案した『牧場物語』にしたということだ。

 そして開発は進み、いよいよテストロムを作ることになった。しかし、ここでスタッフたちは“処理落ち”という問題に直面する。とにかくたくさんのオブジェクトが用意されていたためだ。プレイヤーには見えないところのグラフィックを軽くする、プログラムを見直すなどして、必死でバランスを整えた。

 しかしこの後、さらに大きな問題が発生する。なんと、開発会社が倒産してしまったのだ。「そのときはもう、目の前が真っ暗になった」というほど絶望した和田氏。「本当に悔しいけれど、予算ももうなく、発売できない……」と、宮越氏とメインプログラマーの山楯氏に伝えた。しかしふたりは「やりましょう」と言った。

 和田氏は必死に会社に交渉し、なんとか半年の期間と、ふたりの人件費を確保した。山楯氏はプログラムをいちから作り直し、宮越氏は絵を描きシナリオを書き、和田氏はシナリオを手伝いながらテストプレイをし、入りきらない要素をカットしていく仕事を行った。入れたかったものを切り捨てるのはつらかったが、このカットする作業のおかげで、ゲームの大事な部分が見えてきたという。

 そしてついに、完成を諦めかけていたゲームが完成した。「このときほどうれしくて、すべてのことに感謝したことはありませんでした」と和田氏は当時を振り返る。

 完成したソフトは口コミで少しずつ広がっていき、10万本を超えるヒットを記録。このとき、和田氏はシリーズ化には否定的だったが、会社から説得され、いろいろな人への恩返しのつもりで『牧場物語GB』を作った。これが大ヒットし、多くの反響が寄せられ、和田氏は「続編を作ったらどうなるんだろう」と思うようになり、以降、シリーズが続いていくことになった。

 ちなみに、『牧場物語2』を作っているとき、和田氏は開発チーム名を“トイボックス”と決め、会社の承認を得ずにアンオフィシャルサイトを立ち上げ、ファンとコミュニケーションを取った。とても楽しかったが、これは昔だからできたことで、いま同じことをやろうとする人がいたら止めるだろう、と和田氏は述べている。

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 『牧場物語』シリーズは今年で16年目。ここまでこれたのも、ファンの皆さん、シリーズに関わったすべての人たちのおかげであると、感謝の意を述べる和田氏。そして、「私はすでにマーべラスエンターテインメントを離れてます。これからは、はしもとよしふみ氏がシリーズに新しい息吹を吹き込んでくれるのを、ひとりのファンとして楽しみたいと思います」と語った。

 では、和田氏の今後の活動は? 和田氏は、新たなゲーム制作会社TOYBOXを立ち上げた。TOYBOXの理念は“We are gaming for Love, Peace, and Earth”。これを実現するためのミッションが、クリエイティブとビジネスの両立なのだという。その活動の一環として、和田氏は『レッド・シーズ・プロファイル』(海外版タイトルは『デッドリー プレモ二ション』)のディレクターズカット版の準備を進めており、追加シナリオを書きはじめていると語った。オリジナル版は、海外ではプレイステーション3での発売を断念し、Xbox 360版のみ発売したが、このディレクターズカット版は、両機種で発売できるよう調整中であるとのこと(なお、日本国内で発売されるかは明らかにされなかった)。うまくいけば、E3で何かしらの発表ができるとのことなので、楽しみにしていよう。

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