宮本茂氏の教え、それは“すべてを楽しむこと”!

 アメリカ・サンフランシスコのモスコーニセンターで開催中のGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス) 2012。このGDC 2012において、任天堂 東京制作部の林田宏一氏が、『スーパーマリオ 3Dランド』をテーマとする講演“Thinking in 3D: The Decelopment of SUPER MARIO 3D LAND”を行った。

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 最初に林田氏が披露したのは、開発初期にスタッフから出されたアイデアメモ。そこには、大きすぎて下半身しか見えない巨大マリオや、足がとても長いロングマリオ、画面の中のゴキブリを、ニンテンドー3DSを閉じることによって倒すという遊び、ピーチ姫の顔を好きな女の子の顔に変えるという仕組み、さらにはコウラに乗ってスケートボーディングを行うプロスケーターマリオなど、大胆な多数のアイデアが書かれていた。これらのメモは、林田氏に大切なものを思い出させてくれたという。それは、普通の枠にはとどまらないアイデア、おもしろいアイデアで人を笑わせること、そして、開発中つねに喜びの気持ちを持っていること。

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 つぎに、林田氏は、これまで発売された3Dマリオタイトルを紹介。『スーパーマリオ64』(1996年)、『スーパーマリオサンシャイン』(2002年)、『スーパーマリオギャラクシー』(2007年)、『スーパーマリオギャラクシー2』(2012年)と、『スーパーマリオ 3Dランド』に至るまでの歴史を語った。ここで、「『スーパーマリオ 3Dランド』をプレイした人は手を挙げて」と林田氏が尋ねると、会場中のほとんどの人が手を挙げていた。林田氏は感謝の意を述べるとともに、「プレイしたことがない人は、GDC EXPOの任天堂ブースでプレイできます」とアピールもしていた。

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『スーパーマリオ 3Dランド』における立体視

 ここからは、『スーパーマリオ 3Dランド』の立体視に関する話に。林田氏は、宮本茂氏の「立体視を使うと空中にあるブロックに乗りやすい」というコメントを引用した後、来場者にひとつのクイズを出した。ふたつのブロックのどちらが大きいか? という問題だ。

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▲一見同じ大きさにみえるが、じつは片方は、遠いところにある大きなブロックなのだ。

 3D空間の中にものを置くと、そのものがどこにあるのか、位置がはっきりしないという問題が起こる。しかし、別の視点から見られれば、わかる。現実世界では、自然と立体的にものを視ているため、位置がわからなくなることはないのだ。ニンテンドー3DSが立体視ディスプレイを取り入れたひとつの理由も、ここにあるという。

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▲ここで開発途中の画面を公開。赤い円と黄色の円のブロックは、赤い円のほうが低い位置にあるようにみえるが、じつはおなじ高さ。立体視で見ればよくわかるという。

 立体視を導入したことについて、ほとんどのスタッフが「わかりやすい、楽しい」と述べたが、中には「あまりよくなかった」という人もいたという。そのため、なぜよくなかったのかを確かめることになった。

 と、ここで林田氏は再びクイズを出す。宮本氏は、ハードの性能をよく知っておかなければならないのは誰だと考えていたか?

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 正解は、すべてのスタッフ。宮本語録(後述)のひとつに、「すべてのスタッフはハードを知らなければならない」という言葉があるという。

 では、立体視について学んでみよう。人々は左の目と右の目で違う絵を見ることで、立体感を感じられるという。

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▲こちらが左目が見ている画像、右目が見ている画像。
▲重ねてみると……マリオはあまり変わっていないが、クリボーやブロックは変わってみえる。この違いが大きくなればなるほど、その物体が飛び出してみえたり、奥にあるように見える。

 ここで、立体視を使うときに気をつけなければならない3点が述べられた。ひとつは、どちらかの目の視力が悪いと、立体的を視るのが難しいということだ。

 第2に、裸眼立体視は、両目をディスプレイから正しい位置におく必要があるということ。身体を動かしてプレイすると、ぶれて見えてしまうのだ。

 しかしここで、宮本氏は「『マリオカート7』はぶれていないよ」と発言。調べてみると、そのとおりだったという。これは、マリオが“基準面(右目と左目の視差がなくなるところ)”に近いところに置かれているため、ぶれていることに気付きにくいからだ。立体視では、基準面の手前にあるものがスクリーンの手前に、基準面の奥にあるものはスクリーンの奥に描画される。こうした経緯で、基準面にマリオを置いた“おすすめビュー”が作られた(奥行きがより感じられるのが“ディープビュー”)。

 そして3つ目。カメラの目の前にものがくると、右目と左目の画像の差が大きすぎて、立体感を感じられないという問題だ。そこでカメラの近くにはものを置かない、カメラを回転させない、デプスレンジ(物体がどれだけスクリーンの手前や奥に見えるかの尺度)を小さくするというルールを作って対応したという。

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 以上3点が、立体視を使うときに気をつけなければならないことだ。では逆に、立体視が効果的なのはどういう場面なのか?

 ひとつは、下りの階段がある場面。階段の高さの違いがわかりやすいのだ。ステージ1-3は、それゆえに作られたという。

 また、立体視で見やすい形状やテクスチャーは何か、といろいろとテストしていたところ、「おや、これは見たことがある」……という場面に出会ったという。そう、ゼルダのダンジョンと似ているのだ。というわけで、ステージ5-2ができたという。チームでは“ゼルダダンジョン”と呼ばれていたとか。

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 以上で紹介してきたように、チームで立体視を研究し、アクションゲームに適した仕様ができてきていたころ、林田氏は宮本氏から「トリックアートはどうだ」と言われる。立体視で見たときに、びっくりするような何か……。そうしてできたのが、ブロックのトリックだったのだ。

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▲メダルのあるブロックは、じつは空中にある。目のマークのあるブロックに乗ると、答えがわかる。
▲開発途中のブロックのトリック。
▲こちらは別の例。オープニングデモを見続けるとこの場所に行ける。これらのブロックは、つながっているように見えて、じつはつながっていない。

“宮本語録”から学んだこと

 ここからは、『スーパーマリオ 3Dランド』に限らないゲームデザインの話。1991年、林田氏が“任天堂・電通ゲームセミナー”でゲームの作りかたを学んでいたときのノートに書き記されたものから、宮本氏の発言のいくつかが紹介された。

・どういうものを作るのか、毎日頭に置く
・アイデア、発明、発見が重要。
・独自の視点が重要で、情報収集をしたら、自分なりの理論や分析をする必要がある

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▲林田氏は、当時、宮本氏がどのような人なのかわかっていなかったとか……。
▲ゲームセミナーで林田氏が手掛けた『ジョイメカファイト』。

 林田氏は、『スーパーマリオギャラクシー2』の開発の後、ゲームセミナーの先生となった。そのとき、宮本氏のこれまでの発言をまとめ、“宮本語録”として紹介したという。そして、その宮本語録が、ゲーム作りでも有効であることを、『スーパーマリオ 3Dランド』で証明しなければならなくなったというのだ。

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 あの頃、先生をしていた宮本氏だったら何を作るんだろう……。林田氏は、「ニンテンドー3DSなら、立体視で空中のものの位置が把握できるし、パワーがあるので多くのものが置ける」と考えた。空中に多くのものが置ける。それはすなわち、2Dマリオの構造である。「2Dマリオのテイストをもった、3Dマリオを作ったら……」そうして、『スーパーマリオ 3Dランド』は、これまでの3Dマリオの構造をリセットして作られたということだ。

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▲ここで、宮本語録「誰でもできる簡単なことでも、ふたつのことを同時に行うと難しくなる」を用いてのリフレッシュタイムに。左右の手で違う動きをするという運動だ。

 つぎなる宮本語録は「お客さんが好きなように遊んでもらうべき」。これは『スーパーマリオブラザーズ3』にパタパタの羽がある理由になっている。あのアイテムを使えば、特定のステージをパスできる。それゆえに、ゲームバランスが崩れるという声も出てはいるが、しかし遊びかたはプレイヤーが決めるもの。苦手なステージを飛ばしてクリアーし、楽しいと思うのも遊びかたのひとつなのだ。

 この考えは『スーパーマリオ 3Dランド』にも活かされている。初心者の人が楽しめるように“アシストブロック”が用意され、上級者のためにノーマルステージの数と同じだけのステージを収録した“スペシャルワールド”が用意された。なお、スペシャルワールドは、初代『スーパーマリオブラザーズ』で裏面に入ったときのような喜びを実現したかったという理由もあるという。

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▲クリアーする以外の楽しみかたを見つけてもいい。林田氏が息子さんにテストプレイをしてもらったところ、息子さんは「コインを集めるのが楽しかった」と感想を述べたという。

 そして、いよいよ最後の宮本語録紹介に。それは、「すべてを楽しもう」だ。

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 例として、宮本氏の水泳の話に。宮本氏は、泳ぐときに距離と時間を決め、途中まで泳いだら、残りの距離と時間でどう泳いでいくかを考えているという。水泳をゲームにして楽しんでいるのだ。

 この例はまだ序の口。宮本氏は、自分の調子を判断するために、つねにメジャーを持ち歩いているという。自分の目の前のものの長さを予測して(たとえばテーブルなど)、その予測が合っているかをメジャーで測って確かめる。どれだけ合っているかどうかで、自分の今日の調子を判断するというのだ。

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 このように、なんでもゲームに変えてみるというのは、ゲームクリエイターにとって大切な考え方だろう。そして、生きていく上でも、と林田氏は言う。

 林田氏は東日本大震災が起こったときのことを語った。スタッフに「自分たちができることはおもしろいゲームを作ることです。おもしろいゲームを作って、人々に笑顔を届けるのは自分たちにしかできないことだから」と語り、ゲームを作り続けることにしたものの、「こんな状況で、以前のように仕事を楽しめるのだろうか」という不安があった。

 震災から1ヵ月ほど経ち、林田氏は、あるスタッフに、どうしてゲーム業界に入ったのかを聞いた。答えは「ゲームを作ることが楽しいから」。そこで林田氏は、「ああそうだ、ゲームを作ること自体が楽しいんだ」という、ゲームセミナーで『ジョイメカファイト』を作っていたときの気持ちを思い出した。

 楽しんで仕事をすることは大事なこと。それに気付いた林田氏は、『スーパーマリオ 3Dランド』開発終盤、みんなで集まってプレイする時間を設け、みんなで楽しさを共有できるようにした。

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 そして、『スーパーマリオ 3Dランド』発売後。開発スタッフに、下記のコメントが寄せられた。「この暗い時代に明かりが差し込んできたようです。このゲームをプレイしていたら、なんだか生きる希望がわいてきました。このゲームには不思議な力があるようです。昔のピュアな気持ちを思い出しました。開発者の皆さんにお礼が言いたいです」。

 林田氏は語りかける。ここにいるゲーム開発者のみなさんは、多くの人々に笑顔を与えられるのだと。

 『スーパーマリオ 3Dランド』は、これまでのマリオの楽しさを、最新の技術で実現したもの。そして本作の開発で、林田氏がもっとも学んだことは、「楽しく仕事をして、おもしろいゲームを作る」ということだった。林田氏は、「皆さん、ゲーム開発を楽しみましょう!」という力強い言葉でスピーチを終え、会場は大きな拍手に包まれた。

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