CG制作者が集うイベントで『ACAH』開発秘話が明らかに
2011年12月8日、東京・ラフォーレミュージアム六本木にて、CG制作者向けのコミュニケーションイベント“Autodesk 3December 2011”が開催された。
“3December”とは、1999年にヨーロッパで初開催されて以降、例年12月に定期開催されている、3DCGユーザーの交流を目的としたイベントだ。“Autodesk 3December 2011”を主催するオートデスクは、さまざまな業種向けに3Dデザインソフトウェアやエンターテインメントクリエーションソフトウェアを提供している会社。その代表的な製品である“Maya”は、いまやゲーム制作には欠かせないソフトウェアとなっており、ゲームファンならば、“Maya”の名前を耳にしたことがある人は多いだろう。
“Autodesk 3December 2011”では、オートデスク製品を使用してCG制作を行っているクリエイターの代表として、『エースコンバット アサルト・ホライゾン』を手掛けたバンダイナムコゲームスの制作チームや、3DCGアニメーション映画『friends もののけ島のナキ』を手掛けた白組のクリエイターたちによるセミナーが開催された。
本稿では、『エースコンバット アサルト・ホライゾン』開発者によるセミナーの模様をリポートしていく。
新次元のマップを実現した技法とは?
『エースコンバット アサルト・ホライゾン』に関するセミナーの主題は、“エースコンバット アサルト・ホライゾンにおける実在都市の再現手法”。同作は、シリーズで初めて、実在の都市が舞台として描かれているが、それを実現するためには、従来のシリーズとはまったく異なる手法も必要になったという。その制作過程で発生した問題と、その解決方法について、同作制作チームのチーフ シニアビジュアルアーティスト千家英嗣氏、ビジュアルアーティスト鈴木摩耶氏が登壇し、実例を交えながら解説されていった。
まずは、『エースコンバット アサルト・ホライゾン』で描かれた実在都市マップについて詳しく紹介された。
写真で例が示されたように、各都市のマップは、それぞれの名所や街並み、都市のイメージカラーがしっかり再現されている。その目的は、「ユーザーに現実の都市で戦っていると実感させること」(千家氏)。そして同時に、本作では、戦闘機同士が非常に近い距離で戦ったり、低空でビルの間近を飛んだりすることも開発初期から決まっていたという。そこで背景制作チームに課せられたのは、できるだけ多くの建物、情報量を表示し、低空での密度を上げることだ。
実際にゲーム背景を制作した、通称“マップ班”のメンバーは総勢15人だが、開発の時期や内容によって入れ替わる形となっていたそうで、常時作業をしていたのは7人ほどだったという。また、MayaやPhotoshopなどのツールを整備するスタッフが1名、専属で常駐する体制をとっていたそうだ。ちなみに、制作に使用したソフトは“Maya2008”、“Photoshop CS2”で、これらを採用したのは、スタッフが使い慣れており、社内ツールも充実しているためとのことだった。
制作を阻んだ3つの問題点
つぎに、制作途上で発生した問題について解説された。実例として挙げられたのは、追加コンテンツとして制作された東京のマップだ。制作するうえで明らかになった問題は、都市マップすべてに共通するもので、大きく3つに集約される。
【問題1】再現する範囲が非常に広大
ゲーム中の行動範囲は、25キロ四方にも及ぶ。これは東京で言えば、北は池袋、南は羽田空港まで達する広さだ。さらにマイアミ、ドバイでは50キロ四方のマップとなっている。『エースコンバット』が飛行機を操縦するゲームで、非常に高速で移動するという性質上、移動範囲が狭いとゲームが成立しなくなってしまうため、広い範囲のマップを用意することは必須となるわけだ。
【問題2】配置する建物の量が非常に多い
東京は建物だらけ。道路は毛細血管のように複雑だし、建物の向きもバラバラだ。これをひとつひとつ似せながら並べていくのは根気がいるし、膨大な時間がかかってしまう。「ひとつずつ確認しながら移動、回転させながら配置。これを1万回、2万回くり返すなんて、考えただけでもぞっとします」(千家氏)。
【問題3】処理負荷、メモリーの制約
たいへんな思いをして並べたとしても、ゲーム中の背景として処理できるものでなければならない。『エースコンバット』は風景をじっくり眺めながら遊覧飛行するようなものではなく、敵味方が入り乱れ、爆発などのエフェクトとかリアルタイムで動いているゲームだ。戦闘機、背景、エフェクト、敵味方オブジェクト制御、サウンドなどなど、それぞれのパートが、限られた制約の中で成立させる必要がある。
3つの問題解決篇!
問題点をまとめると、広いこと、多いこと、ゲームの処理の中で再現しなければならないこと。こうした問題について、順番に解決作が解説されていった。
まず【1】広さについて。これには、本作の目玉要素のひとつとして一般ゲームファン向けにもアピールされていたことだが、地面のディティールの制作に、衛星写真を使用していることが説明された。実際の工程では、まず衛星写真をPhotoshopで編集。ここで行うのは色調補正や、海面のマスク、雲などのマップに不要な色をレタッチする程度で、さほど大きな手間ではないそうだ。つぎに、その画像をMaya上で、地形のポリゴンメッシュに貼り付ける。基本的にはこれだけの工程で、十分に説得力のある地形が完成してしまうのだという。実際に、本作の地形制作の8割ほどは、千家氏がひとりで、ほかの仕事の合間に作ってしまったのだというから驚きだ。
衛星写真を活用することで広さの問題を解決し、つぎに問題となるのは【2】建物の量の多さ。手作業では到底処理しきれないほどの量をさばくために、ここで活用されたのが地図データだ。ここで利用した地図データとは、建物や道路情報がデジタルデータになっているもののこと。そのデータを直接Mayaに取り込んで自動的に立体を生成するツールを作成し、それを利用することで大幅な工数削減を実現したのだという。また、デジタルデータを元にしているため、現実にかなり近い精度で似せられることも大きなメリット。まさに一石二鳥の極めて合理的な手法と言える。
ちなみに、開発の初期には、これを手作業でやっていた時期もあったそうで、「担当スタッフは遠い目をして作業をしていました」(千家氏)のだとか。「手作業では、1マップにつき平均で2.5ヵ月を要する」(千家氏)という工程を一気に解決する手段が考案されたことは、『エースコンバット アサルト・ホライゾン』にとって非常に重要なポイントだったわけだ。
衛星写真を使う手法自体は『エースコンバット4』から採用されており、それを境に、地面のクオリティーが劇的に向上させることができたとのこと。ちなみに千家氏いわく、「『4』制作時には、人工衛星というスケールの大きな話に心が踊ったものですが、いまではグーグルマップなど、スマートフォンでも見られるくらい身近になりました。広域マップを作る際にはおすすめの方法です」とのことだった。
衛星写真、地図データを使った効率的な地形・建物生成が可能になったところで、つぎの問題は【3】処理負荷、メモリーの制約だ。その解決方法は、“建物をインスタンス化すること”。これは簡単に言うと、似た形状の建物を、共通のモデルに置き換えるという手法だ。これにより、処理が高速になり、多くの建物が遠くまで表示できるようになるし、ひとつずつオリジナルの形状の建物を配置するよりも、遥かにメモリーが軽くなるのだという。
ただしこれにはデメリットもあり、インスタンス元となるモデルの種類が少ないと、使い回しがあからさまになってしまうし、地図データの精度が活かせなくなってしまう。それらのデメリットを超えて、ユーザーに現実の都市で戦っていると実感してもらうために、千家氏たちが考案した“実在の都市と似せるためのコツ”として、3つのポイントが紹介された。
【1】誰もが知る有名建物を再現する
東京タワー、スカイツリー、都庁といった、誰もがよく知っている見慣れた建物については、インスタンス化せず、ひとつしかない建物として制作する。こうした特別な建物は、東京マップだけでも50以上存在するそうだ。
【2】街の特徴がでる形状を再現する
新宿ならオフィスビル、港湾部なら倉庫、晴海なら新興マンション、といったように、地域により建物の種類には特徴がある。現実と同じように配置することで、地域の特徴を似せることができる。
【3】街並みの輪郭を再現する
たとえば東京都庁の形状はよく知っていても、付近のディティールを覚えている人は少ない。有名でない建物は、大きさ、高さ、形状などを合わせて、街並みの輪郭を似せることで、それっぽい雰囲気にすることができる。
続いて、これらのコツを活かしつつ、建物をインスタンス化していく工程が、鈴木氏から解説された。なお前述のような有名な建物については、作る前から場所も特徴もわかっているので、自動配置する必要はなく、アーティストが手作業で配置していくことで制作されている。ここで解説されるのは、それ以外の、有名ではない30000以上に及ぶ建物をインスタンス化する工程だ。
インスタンス化の作業は、アーティストが社内ツールを使用して行うが、自動生成された無数の建物の中から、似た建物を探していくのは非常にたいへんだ。そこでまず、“整列ツール”を作成して、建物を整列させたうえで、大きさや形状が似た建物をグループ分けする。そこから基準となるモデルを選び、それをインスタンス元として置き換えを行うわけだ。当然、インスタンス元のモデルについては、アーティストがテクスチャーも含めてしっかりと作り上げる。
実際に東京マップでは、この手法を使って30000以上の建物を200個のインスタンスモデルに置き換えており、これにより制作過程の大幅な効率化と、処理の高速化を実現することができたのだそうだ。
最後に千家氏は、こうした制作過程において、とくに地図データからの自動生成とインスタンス化に大きな可能性を感じたと述べつつ、「規則を与えれば、街並みを自動生成する機能をMayaに実装してほしいですね」(千家氏)と、イベントを主催するオートデスクへのアピールも忘れなかった。また、まとめとして、「どこに集中するべきか優先順位を付けて、いかにクリエイティブな部分に集中できるかが重要です。今回は地図会社と連携することで効率化が図れたというお話しをしましたが、これが他業種との連携で作業の効率化を実現するきっかけになればと思います」(千家氏)と語り、セッションを締めくくった。