株式会社メディア開発綜研
主席研究員 戸口功一
デジタルやネットワーク社会は、エンターテインメント産業を収縮させていると、まことしやかにいわれている。果たしてデータではどのようになっているのだろうか。
◆音楽から始まったデジタル化の流れ
かつて日本の音楽産業の中でシングルCDの売上は大きかった。これは日本の特徴であり、テレビドラマ全盛期の90年代後半にはタイアップによってミリオンセラーが年に20~30タイトルも出現し、音楽業界はプチバブル状態であった。そして2000年代に入り、メディアは多様化し、テレビとともに歩んできた音楽産業も陰りを見せ始める。関東地区6時~24時の総世帯視聴率(HUT)は90年代後半44~45%台を推移していたが、2000年代前半に43%台に、2006年以降は徐々に減少し、2010年40%台にまで低下している。音楽番組が多い時間帯を例にとると、21時台のHUTが2000年前後から減少し、2010年では64.5%と、かつて70%台だったものが、5%以上減少している。
デジタル化の流れでは、インターネットコンテンツの先駆者としてストリーミングおよびダウンロード配信サービスが2000年前後から話題になり始める。インターネット上ではiTunesからダウンロードするケースもみられたが、ほとんどは保有しているCDからiPodなどへコピーすることにより利用されていた。しかし、携帯電話が爆発的な普及し、そのキラーコンテンツが着信メロディであったことから、携帯電話で音楽をダウンロードする文化が徐々にではあるが育ってきた。その先駆けが2002年から始まった着うた(R)である。このサービスはレコード音源を利用した45秒内のクリッピングサービスで、着信メロディのMIDI音源を利用したオルゴール的なものとは違ったサービスとしてヒットした。原版を使用していないためレコードメーカーは着信メロディでは収益にならなかったが、これによってマネタイズ化ができるようになったことは、業界として大きな出来事となった。そして2004年に1曲をそのままダウンロードできる着うらフル(R)が開始されると配信ビジネスは1000億円に迫る市場へと成長していった。
◆ケータイから生まれた文化に行き詰まりが……
しかし、ここでカニバリズムを起こすこととなる。2004年ごろのシングルCDの価格は1000円で新譜2曲(EP時代のA,B面)とカラオケ演奏ほかおまけ音源が入っていた。一方、配信楽曲は1曲315円程度(当時)であった。どちらを選択するか、それとも両方購入するのか、ユーザーに委ねられることになった。結果、2006年を境にシングルCDと配信の売上は逆転することとなり、シングルCDは徐々に減少のスピードが速くなっていく。
このまま順調にいくと思えた配信ビジネスであるが、すでに踊り場を迎えている。2008年をピークに2009年、2010年と市場が減少し始めたのである。音楽産業にとって配信ビジネスの減少よりも大きい問題は、アルバムの減少が止まらないことにある。ここ10年間で市場は半減している。これはパッケージからノンパッケージへのビジネス転換以前の問題であり、音楽産業にとって、今後どのようにビジネスをしていけばいいのか、ビジネスモデル自体の転換点にきているといえよう。
いずれにせよ配信ビジネスが1000億円弱の規模に成長する間(2005年~2007年)は、音楽市場全体を横ばいにした。しかし2008年からはさらなるアルバムの急激な減少には配信ビジネスの売上では市場減少を押し留めることが出来なくなっているのである。
図表1 音楽(レコード、配信)市場規模推移
音楽産業にとってのデジタル化は、そのコンテンツ形態から「コピー」を容易に量産しやすくしている。音楽楽曲という単純なコンテンツは「コピー」によって大きな影響を受ける。音楽は音楽であり、それ以上のものではない。このまま大量にコピーが生み出される環境下では、非常に厳しい未来が予想される。
◆電子コミックの登場
電子コミックも音楽配信と同じく携帯電話のコンテンツプラットフォーム上で市場が形成されたビジネスといえよう。書籍の電子化が始まったのは80年代であり、マルチメディアブームの時にCD-ROMなどで登場している。90年代には電子書籍専用の端末リーダーが登場し、一時期話題を誘った。しかしビジネスとして成立し始めたのは2003年に携帯電話でビューワが提供され、そこに課金決済が伴ってからである。
一方、従来のマンガ単行本は2005年まで2500億円規模で上がりもせず、落ちもせず推移してきた。マンガ雑誌が減少する中、単行本で収益を上げてきたのが出版業界である。その単行本が2005年を境に減少傾向に転じている。さらに一部のメガタイトルの市場に占める割合が増加してきている。単行本の減少とヒット作への偏りはマンガ産業として危険信号といえるだろう。
電子コミック市場は2005年から急速に普及し、2009年には500億円にまで達している。すでに単行本市場の2割に相当する。単行本が減少する中、電子コミック市場の形成は、マンガ全体の市場を押し上げる結果となった。しかし電子コミック市場が2010年に伸びが止まったことにより、マンガ市場も分岐点にきているといえよう。
電子コミック市場の今後の伸びは、タブレット端末やスマートフォンにおける課金プラットフォームの整備如何にかかっている。iモードのような安定した売り場が整備されれば再び活性化する予知はあると考える。
◆ここでもコピーの影響が……
電子コミックの停滞は、タブレット端末やスマートフォンにおける課金プラットフォームの未整備による影響と述べたが、ここでもコピー問題が大きな影を落としている。音楽の時と同じようにタブレット端末でマンガを閲覧する場合に、「自炊」と呼ばれる現象が起こっている。既に購入済みの単行本やマンガ雑誌の連載を切断しスキャンによってPDF化し、タレット端末で閲覧するスタイルである。スキャンの性能が向上し、数十ページを数十秒でPDF化するマシンも登場しており、自炊はすでに当たり前の作業となっている。これは音楽CDをMP3にするのと同じことであり、コピーしやすいコンテンツは総じて同じ轍を踏むことになる。
しかしマンガのデジタル化が音楽コンテンツと異なるところは、モノクロからカラーに編集したり、振動や音を加えたり、といった新しい演出を加味できる点にある。これによってデジタルとしての新味をユーザーに与えることができ、新しいマンガを創出する可能性を提示できるだろう。ただ権利問題ほか、利害関係の整理が必要であり、中心になるべくプレイヤーは、デジタル化のビジネスモデル構築の基礎を固めるべく、対応しているところであろう。
図表2 マンガ単行本、電子コミックの市場規模推移
◆多様化するゲーム産業
ゲームは、音楽、マンガと異なり、コンテンツの範囲が広いため、どのような環境でも順応できる特徴を持っているようである。
ビデオゲームはもともとデジタルであり、それをアーケードゲームからパッケージゲームへとビジネス展開を図った。そしてその中身は他のコンテンツとは異なり、複雑なプログラムで作られ、ゆえにプロテクトも強固なものが採用されている。コピー問題は存在するが、他のコンテンツよりも顕在化しにくい特徴がある。
コンソールゲームが登場し(ファミコンを元年とすると)、既に28年が経過している。その間、専用デバイスに付随する形で、ビデオゲーム市場は形成されてきた。2000年以降もソフト市場は3000億~4000億円の範囲で推移しており、他のエンタテインメント産業に比べればマクロ的に安定しているといえよう。
その間、パソコンゲームなどが登場したが、ゲーム機のCPUは汎用パソコンを上回る性能であり、なかなか飛躍できないでいた。しかし2000年以降、オンラインゲームがアジアを中心にヒットし始めると、その潮流は日本にも飛び火し、2010年には1000億円市場に成長した。また携帯電話上では音楽、マンガと同様にモバイルゲーム市場が形成され、いわゆるライトゲームといわれるテトリスやトランプなどを有料で購入するスタイルが生まれる。市場規模は900億円弱にまで成長している。
携帯電話上やオンラインゲームの亜流として登場したのが、SNS上でのゲームである。プラットフォームをデバイスに帰属しない形が新しく、ビジネスモデルも入り口無料、ゲームを優位に進行したければアイテムを購入するといったスタイルを定着化させた。2009年以降、アイテム課金収入は急激に伸びており、2010年にはモバイルゲーム、オンラインゲームを抜き、1400億円弱にまで成長している。モバゲーやGREEなどは、アイテム収入に加え、広告収入など多岐に収入源を拡大しており、営業利益が売上の5割という実績を上げている。
◆ゲームは異質?
新しいゲームが台頭している中、パッケージゲームは、2008年から2009年にかけて大きく売上を落としている。これが直接的に他のゲームの影響なのかは不明であるが、マクロ的にみれば専用ゲーム機の耐久年数の波と同様に、新しい専用ゲーム機への移行時期に入っているともいえる。確かにSNS無料ゲームやスマートフォン、タブレット端末上のゲームアプリなどが台頭し、任天堂、ソニーに対し危惧する声もあるが、ゲームはその性質上、汎用性のある作品を保有、維持していれば、デバイスやプラットフォームが変化しようが対応可能なコンテンツではないだろうか。マクロ的にみると、2000年以降新しいゲームの登場によって市場全体は右肩上がりになっている。
音楽、マンガ、ゲームをみてきたが、その領域の中で新しい分野が生まれ、新しいプレイヤーが登場する産業と、既存ビジネスの枠組みの中で変化させようとしている産業では状況が違うようである。コンテンツ自体の汎用性の問題もあるが、音楽、マンガ、ゲームの中から新しいジャンルが形成されなければネットワーク社会に飲み込まれてしまうことは間違いないようだ。その波は、すでに映像産業へと押し寄せている。
図表3 ゲーム(パッケージ、オンライン、モバイル、SNSアイテム)市場規模推移
記事:f-ism Access Research/2011年8月期コラムより