志倉氏流、伏線の作りかたは必見

 2011年11月5日、都内にある法政大学 市ヶ谷キャンパスにて開催中の学園祭で、MAGES.の代表取締役を務める志倉千代丸氏によるトークショーが開催された。法政大学の学園祭で同氏がトークショーを行うのは2009年に続いて2度目で、前回はXbox 360版『シュタインズ・ゲート』が発売された直後で、今回は劇場版『シュタインズ・ゲート』発表、ラジオ会館とのコラボイベント終了直後というタイミングで開催。狙っているのかそれとも偶然なのかは定かではないが、『シュタインズ・ゲート』というタイトルが大きな節目を迎えるたびに実施している印象だ。

 前回のトークショーでは、ゲームに音楽、シナリオ執筆、ラジオパーソナリティー、ときには声優まで、マルチメディアな分野で活躍する志倉氏のアーティストとしての面に焦点を当てた内容だったが、今回のトークイベントは“緊急招集! 400人委員会”というタイトルからもわかる通り『シュタインズ・ゲート』の話題が中心。そこから派生して、“科学アドベンチャー”シリーズ全体の話題にも言及した。ちなみに、イベント名にある“400人委員会”という言葉は、『シュタインズ・ゲート』に倣うならば“300人委員会”が正しいが、これは会場となった講堂が400人収容だったので、それに合わせたものとなっている。

志倉千代丸氏のトークショーが法政大学で開催――『シュタインズ・ゲート』を語り尽くす_01

 話題は、アニメ版『シュタインズ・ゲート』からスタート。大好評のままに放送を終了した同作だが、スタートするまでは不安要素が少なからずあったそうだ。いちばんの不安はテキストの量。志倉氏いわく、ゲーム版のテキスト量は小説に換算すれば約10冊程度だったのだが、アニメ版ではそれを10分の1程度に削らざるえなかったという。しかし、いざ制作してみたところ、アニメではキャラの動きでさまざまな要素を説明することができた。「物語を理解するうえで知って置かなければいけない知識も劇中にポンポンと置けましたね」(志倉)。また、『シュタインズ・ゲート』を語るうえで外せない世界線の分岐についても、アニメでうまく表現できたているとコメント。「どの線で行こうかな? と迷ったが、いちばんイイ線を選べたと思う」と胸を張った。

 また、アニメ版の話題の中で、志倉氏がファンの反応について語るひと幕も。『シュタインズ・ゲート』は元々ゲームからスタートしたが、アニメから入ったという人も少なくない。志倉氏いわく、そのような状況では、ときおり元々ゲーム版を遊んでいた人たちがアニメ版から入った人に対し“自分たちのほうが先に知っていたから偉い”という態度を取ることがあるという。ネットスラングで言うところの“原作厨”だ。志倉氏は「原作がいちばんいいというわけではない」という話をしたうえで、そもそも原作は自分が書いたプロットなので、「俺が究極の原作厨だ!」と宣言。「どこまで行っても、俺のほうが先だから!」と、ユーザーに張り合うように語っていた。

 アニメ版の話から続いて、アニメの最終回でサプライズ発表された劇場版の話題にも触れる。「話せるもことも何も、まだできていないんでね」と具体的な内容については明かされなかったが、コンセプトとしては「一見さんはお断り。いかに、知らない人が観たときに「ポカーン」となるかにかけている。一方で、よく知っている人だったら泣ける。そんな作品にしたい」と、コンセプトを紹介。現在はいくつかあるプロット案の中から、どれを選ぶか考えている段階にあるそうだ。

志倉千代丸氏のトークショーが法政大学で開催――『シュタインズ・ゲート』を語り尽くす_02

 『シュタインズ・ゲート』で最近話題になったことと言えば、アニメ・劇場版以外にもうひとつ、PC用ソフト『シュタインズ・ゲート 8bit』(正式タイトル『シュタインズ・ゲート 変移空間のオクテット』)の発売がある。グラフィックからサウンドまで、1980年代当時のレトロなアドベンチャーゲームの雰囲気を完全再現した本作だが、制作のきっかけはビジネス目的ではなく、単純に志倉氏の“作りたい”という気持ちだけだったという。そしてスタッフを集めて「作ろう!」と訴えたところ、その場で何人かは退席。残ったメンバー5、6人で作られたのだ。そんな精鋭(?)たちによって手掛けられた、こだわりの1作でとくに力を入れたのは「わかる人だけわかるところを攻める」という方向性。ゲームを動かすPCを選んだり、機種によってはテキストが表示されると処理落ちするなど、いい意味でバカなポイントに、そのこだわりは強く現れている。

 一から十まで志倉氏の趣味丸出しで、本人もビジネスは度外視と語っていた『シュタインズ・ゲート 8bit』だが、いざ発売するとPCゲームでは破格のヒットを記録。この結果には自身もかなり驚いたとともに「こんだけ付き合ってくれる人がいるのか」と感動もしたそうだ。なお、ゲームの完成度については「100点満点ですよ」と志倉氏。「ビジネスのことを考えずにモノ作りができる。そんな幸せなことないじゃないですか」。今後は科学アドベンチャーシリーズ第1弾の『カオスヘッド』でも8bitを作りたいと話していたが……ファンは期待して待とう。

 ここから話題は“科学アドベンチャー”シリーズ全体のことへ移る。志倉氏の抱える膨大なアイデアが取り入れられている本シリーズだが、その源泉は「休まない。休みの日でも、何かを発見する、考える」という意識にあるという。「企画の元なんていうのは、あちこちに転がっている。写真を取ったり、ICレコーダーに録音したり、日々記録していることの寄せ集め」が、物語での圧倒的な情報量につながるというわけだ。また、“科学“と謳っている以上、“ファンタジーではない”ことにこだわっている。「知っている地名、実際にある場所で人が死んだとかの話は怖い。でも、それがどこか知らない星での死であったり、または大量の死になるとあまり怖くなくなる。死を描くならリアルで、ひとりの死のほうが重い」というのが志倉氏の持論だ。そのほか、“伏線はすべてを回収しない”というのも科学アドベンチャーシリーズで守っていること。これは、意図的に回収しない伏線を残すことで、ユーザー同士が意見を出し合い考える機会を与える、という狙いによるもの。とは言え、大きな伏線は絶対回収するようにしている。「遊んでいる人の心が、気持ちよくなれる着地点」を意識しているからだ。

 伏線と言えば、『シュタインズ・ゲート』では散りばめかた、回収の巧みさともに高い支持を得ている。しかし驚いたことに、それらは最初から緻密に計算されたものではなかったという。たとえば、『シュタインズ・ゲート』の象徴とも言える秋葉原のラジオ会館に突っ込んだ人工衛星、という構図。これは最初にイメージイラストを作成している際、あまりにも背景が寂しいので、インパクトを与えるために付け加えたものなのだ。イラストの余白を埋めるためという理由で登場したので、物語を構築するうえでそれは手に余ってしまう……が、それを何とかして物語に関連付ける。これが、志倉氏流伏線の作りかた。同氏の考えでは、伏線でまず大事なのは「回収できるの?」と思わせること。物語全体を作っていくなかで最初から伏線を用意してしまうと、回収はしやすいがありきたりな話になってしまうので、衝撃的な事象や、どう考えても回収できなさそうな伏線をさきに置いてしまう。それに後から説明を付けていくほうが、インパクトのある物語は作りやすいという考えだ。ちなみにこれは余談だが、当初人工衛星が落下するのはラジオ会館ではなく別の秋葉原を象徴する某建物だった。しかし、イラストを作成したところNGとなり断念。そこでラジオ会館に相談したところ快諾してくれたことから、あの構図が生まれたそうだ。

志倉千代丸氏のトークショーが法政大学で開催――『シュタインズ・ゲート』を語り尽くす_03

 そのような手法で作られた『シュタインズ・ゲート』は、志倉氏自身も予想しなかった大ヒットを記録し、テキストアドベンチャーというジャンルの人気をグッと押し上げた感すらある。となれば当然、科学アドベンチャーシリーズ最新作『ロボティクス・ノーツ』(プレイステーション3、Xbox 360用ソフト。2012年春発売予定)への期待も高まるというもの。本作では“ロボット”、“AR(拡張現実)”というふたつの要素がテーマになっている。志倉氏いわく、ロボットは昔からずっとやりたかったネタで、かついつでもできるものだったが、ARに関しては「いましかやるタイミングがなかった」という理由から、さきほどの人工衛星ではないが、後から付け加えられた要素なのだという。もうひとつ『ロボティクス・ノーツ』で特筆すべきは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の種子島宇宙センターの協力を得ているという点。ゲーム開発でJAXAに協力してもらう理由、それはロボットを作るというシチュエーションにリアリティーを与えるためだ。志倉氏の考えでは、日本において本格的なロボットが作られるとしたら、三菱重工業、IHI、そしてJAXAの3つに絞られる。つまり、そのどれかひとつからアドバイスの提供や施設の使用許可があれば、科学的な説得力が一気に増すというわけだ。

 トークショーの終盤では、少し気が早いが科学アドベンチャーシリーズの第4弾にも言及。当然具体的な話は何も出てこなかったが、「まだ誰にも言っていない、ひとりで考えている超おもしろいことがあるんですよ。時代がこれを欲しがっているであろう、というテーマを掘り下げているんです」と、チョイスにはかなり自信がある模様だ。また、そのほかに目をつけているテーマとして“亡霊科学”を紹介。徹底したリアリストである志倉氏は、もちろん幽霊の存在を信じていない。しかし、どうしても説明がつかない心霊写真などが見つかってしまったら? ……という感じに、心霊にまつわる謎を追うアドベンチャーであると、ざっくりとした構想もその場で語った。

 以上、トークショーの様子をリポートしたが、ときどき脱線して展開した志倉氏お得意の厨二ネタに関してはほとんど触れていない。やはりアレは同氏の巧みな話術や絶妙な間があってこそのものであり、テキストにしてしまうのは野暮だろう。タイムマシーンで現代の最新ゲーム機を過去へ持っていき、メーカーに売るという妄想話など、思わず声を出して笑ってしまったのだが、それをおもしろおかしく伝える文章力は残念ながら記者にはない……。しかし、幸いなことに志倉氏の肉声はtwit castingやラジオで頻繁に聴くことができるので、興味がある人はぜひそちらをチェックしてほしい。


●終了後の取材で、小島監督との共同作についてポロリ?

 トークショー終了後には控え室で囲み取材も行われたのだが、この場でKONAMIの小島秀夫監督と共同で手掛けている新作アドベンチャーゲームに関する情報にも触れた。このプロジェクトは昨年から話題になっていたが、具体的な内容についてあまり語られることがなかった。志倉氏が話した内容によれば、主人公は「主人公が自分に近くないと妄想しづらい」という理由から高校2年生のオタク男子になる予定。小島監督が過去に手掛けたアドベンチャーゲーム『スナッチャー』、『ポリスノーツ』はどちらも中年の渋い男性が主人公だったが、そこは今回志倉氏のアイデアを優先することになったようだ。また、土台となるプロットも志倉氏が執筆。そこに小島監督とアイデアのキャッチボールをしながら肉付けをしている状況だという。ストーリーは「わりと科学アドベンチャーっぽい」とのことだが、そこに小島監督が関わることでどう変化するのか? という点は自身も予測できないとのこと。なお、科学アドベンチャーシリーズでテキストアドベンチャーの復権を目指している志倉氏だが、小島監督との共同作は目的が少し異なる。テキストアドベンチャーの世界進出だ。今後は『ロボティクス・ノーツ』とともに、こちらの共同作にも注目していきたい。