●開発者が起こしたプロジェクト、3つの事例を披露

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 2011年9月6日〜8日の3日間、神奈川県のパシフィコ横浜・国際会議センターにて、ゲーム開発者の技術交流などを目的としたCEDEC(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス) 2011が開催された。今年のCEDECでは、“震災復興支援技術特別セッション”と題した一連の講演が行われた。最終日となる8日の最後のコマは“開発者達の挑戦”と題し、震災に直面した技術者がどういう取組をしてきたか、3事例が披露された。

 まず最初に、オープンウェブ・テクノロジー 代表取締役の白石俊平氏により、開発者によるボランティアの活動“Hack For Japan”プロジェクトの現状が報告された。白石氏は震災時は自宅にいたものの、次々と各地の惨状を伝えるテレビに釘付けとなり「この先日本はどうなってしまうのだろう?」という絶望感に苛まれたという。しかし、しだいに考えは「何かできないだろうか?」というものへと変わっていく。どうにかして、Webエンジニアとしての自分の開発スキルを被災地のために役立てることはできないだろうか? 同じようなことを考えていた人はほかにもいた。Google Japanの及川卓也氏の呼びかけにより、こうしてプロジェクトがスタートする。

 Hack For Japanは、3月19日から21日にかけて“Ideathon”と“Hackathon”という種のイベントとして始まる。これは、2日間かけて実現したいプログラムやサービスのアイデアを出し(Ideathon)、1日限定のプログラミングキャンプを行って実装する(Hackathon)というもの。京都ほか4会場+オンラインで実施され、白石氏によると「これまで感じたことのない熱気があった」という。そして、この勢いを1回キリで終わるものとしないように、Hack For Japanは、震災復興支援を行うアプリを数多く生み出せるような土壌を育むためのコミュニティーとなっていく。

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 これまでに実装されたアイデアは92個。福島第一原子力発電所に近い地域の人のための風向きがわかるアプリ、ハードウェアハックしたガイガーカウンター、地震を忘れないためのメモリアルカレンダー(これをGoogle Calenderに読み込むと、過去に大きな地震があった日付が表示される)、進行管理が難しくなってきた、レタッチ技術で写真を修復するプロジェクトをWebサービスとしてサポートする“フォトサルベージの輪”など、その内容はさまざま。無力感から転じて、社会に役立つアプリを開発するのは「充実感がある」と白石氏は言う。同時に、こういったプロジェクトに能動的に関わるような開発者と交流する楽しみもあるそうだ。

 だが、白石氏からは現状の課題も提示された。まずは、イベントは当初、被災地で役立つアプリが生まれてくる土壌を作るための契機にしようとしていたのに、逆にイベント中心のプロジェクトになってしまったということ。そしてもうひとつは、容易に想像できる「自己満足ではないか?」という批判に関するものだ。やはり1日で開発できるものには限界があり、本当に意味があるアプリはまだまだ少ないのだという。今後の展望としては、いつかいいものが出てくるのを期待するだけでなく、被災地のニーズを調査したうえで、それに応える開発を行うようにするといったことも考えているとのこと。いずれにしても、より多くの開発者の継続的な参加が必要だということで、興味がある開発者の参加を募っていた。

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 次に登壇したのは、ユビキタスエンターテインメントの清水亮氏。清水氏は震災時にはテキサスでイベントに参加しており、日本にいなかった。飛行機は飛ぶのか、そもそも日本はどうなってしまうのか? そう思った清水氏たちは、テキサスで募金活動を開始する。チャリティーパーティーを開ける人を紹介してもらったこともあり、10日間で2000万円弱を集める。

 大成功……のように見えるが、清水氏を襲ったのは無力感だった。社長が数人いて「たったこれだけ」(清水氏)なのである。もちろん、ないよりはあったほうがいいのは間違いない。だが、町ひとつ救える金額ではないのもまた事実だ。そして帰国した清水氏を、さらなる絶望感が襲う。福島県相馬郡新地町に住んでいた親戚が、家のあった場所に戻ってみたいというのについていったのだそうだ。そして耳にしたのは、隣家の人が逃げずにいて津波に流されたとか、かろうじて自分は助かったが、目の前で子どもを失ったといった厳しい話。人々は、あまりのことに逆に現実感がないほどだったという。

 経営者としてつねに最悪を考えるという清水氏の話は、これからの予測に向かう。職場が消滅した人はどうなるだろうか? 風評被害はいつ収まるのか? それだけではない。電機メーカーなどから、日本製品の敬遠により、厳しい状態が起こっているという話を聞いていると語る。事態は東北地方だけの問題ではないのだ。

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 じつは、清水氏はCEDECの創設時のメンバーのひとり。当時はゲーム業界のメーカーの垣根を超えた交流が少ない時代。「海外と比べて技術的に遅れているどころか、そのことにすら気づいていない」と感じたことが始まりだった。「日本の未来が危機に頻しているなか、何ができるか?」清水氏はその答えを自身の経歴の中に見つける。教育と実業の狭間でやってきた自分が日本の復興に寄与できることは、ひとりでも多くの優秀な人材を育成することではないか?

 こうして清水氏は、秋葉原リサーチセンター(ARC)を設立する。この機関は、中学生から大学生のうち、特に能力を認めた者を集め、自由に活動を行わせるというもの。そのARCから生まれた第1弾の成果が、html5とjavascriptベースのゲームエンジン“enchant.js”だ。非常に軽量でありながらPC、MAC、iOS、Androidで動作するクロスプラットフォーム性を持っているということで公開からすぐに注目を集め、リリースから2ヶ月で200本近くのゲームが制作されたという。

 この成功を受けて、より大きなレベルで人材発見を行うプロジェクトとして、ゲーム開発コンテスト“9leap”が開始する。ちなみに、最優秀賞はGDC(ゲームデベロッパーズカンファレンス)を含むシリコンバレーツアーとのこと。これは清水氏がマイクロソフトのシアトルオフィスで働いたことが大きな経験になったことから来ている。

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 また直接貢献として、南相馬市で行われた福島GameJamを共催したことも紹介された。これは、東京や東北各県からゲーム開発者が集い、30時間でゲームを作るというもの。南相馬の子供が描いた絵を使ったり、テスターとして参加してもらったりといった取り組みも行われている。最後は、これからも“いまできること”をやっていきたいとの決意で締めくくられた。

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 そして最後に、匠 BusinessPlaceの代表取締役社長である萩本順三氏により、“Project ICHIGAN”の紹介が行われた。これは、災害状況にあっても、被災地域の自治体が業務再開できるようなITシステムの提案を目指す非営利プロジェクト。自治体システムの新たなリファレンスモデルの開発に取り組んでいる。実際の開発を行うわけではなく、たとえば、“クルマを買いたいが身分証明になるものが流されてしまった”という人に対応ができる構造を持つにはどういうシステムであるべきかを考えるというもの。中間報告は9月27日に国立情報学研究所で行われるという。

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 さて、ファミ通.comでは“震災復興支援技術特別セッション”の全講演を取材してきた。隠さず明かしてしまえば、決して人気の講演ではなかったし、プレスの数もほとんどいなかった。でもこれが、何かの問題を解決した超絶プログラミング手法の話だったとしたら、多分取材していない。よくわからないし、プログラマーでもなければ役に立たない話だからだ。では、なぜ取材したのかというと、それぞれの立場で悩み、行動する人の姿そのものを伝えてみたくなったからだ。というのも、あんまり人事でもないのだ。

 震災から明けた月曜日、ファミ通.comは何もすることがなかった。ニュースリリースがほとんど来ないのだ。今後、ソフトやイベントの延期やキャンセルの話がどんどん増えていくのは容易に予想できた。だが、トップニュースから一番下まで、それで埋めるのか? そこで、ちょろちょろと出てきていた義援金と募金の話を片っ端からまとめることにした。ゲームの話を読みたくてやってきた人なら、ゲーム業界がいかに社会に貢献しようとしているかを見れば、少しは元気でも出してくれるんじゃないかと思ったからだ。少しは役に立ったかもしれないし、ただの自己満足だったかもしれない。まぁ、開発者が技術で何かできないか考えていたように、記者は書くことで何かできないか考えていたのである。

 とくに美談とか泣ける話を伝えようと思っているわけでもないので、各講演を紹介した記事でどう思うかは、まったくもって自由だ。それでもまぁ、何かのきっかけだったり、ちょっとでも感想が生まれるような刺激になっていれば幸いである。