●変革の時期を迎えつつあるゲーム業界

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 2011年9月6日、神奈川県のパシフィコ横浜でコンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス2011(CEDEC 2011)が開幕した。THQのMark DeLoura氏は“西洋におけるゲームエンジンとミドルウェア”と題する講演を行った。本題は北米のゲーム開発においてどんなゲームエンジンやミドルウェアが使われているかをシンプルに挙げていくというもので、リサーチを行っている人ならば既知だろう内容をまとめたものだったが、その前提として解説していた市場の現況と、未来への推測が興味深かったのでご紹介しよう。

 DeLoura氏は、ゲームの主要な形態を“従来型のゲーム”、“モバイル”、“ソーシャル”、“MMO&F2P”に分類した。まず、“ゲーム機”(携帯ゲーム機を含む)を使った従来型のゲームについて、ソフトウェアのセールスは落ちていると説明。米国経済の落ち込みを受けているということで「悲しくはない。自分たちのせいじゃないですから」とやや自嘲的に笑ってみせた一方、デジタルディストリビューション(オンライン配信)が対パッケージソフトのセールスとの比較で伸びていることを挙げ、「ゲームの楽しみかたが変わっている」と言う。

 そう、「ゲームはソフトを買ってきて、ゲーム機で遊ぶもの」というスタイルは急速に変化しつつある。たとえばソーシャルゲーム。Facebookがプラットフォームを立ち上げてから5年に満たないものの、いまや数千万のプレイヤーを擁するゲームは決して珍しいものではない。もちろん基本プレイ料金無料のソーシャルゲームとパッケージゲームを単純比較することはできないが、“そのゲームを遊んだ人がどれだけいるか”とか、“そのゲームがリーチできる顧客層はどれだけあるか”という意味合いでは、これはまったくもって見逃せない市場だ。Zyngaなど、すでにこの分野でのビッグメーカーも存在する。

 モバイル(ここでは携帯電話を指す)も同様だ。iPhoneとapp storeの登場によって起こっていること“革命”であり“非常にクレイジーな状況”と表現。これは単に携帯電話でのゲームが伸びたということではなく、DeLoura氏の言葉を借りれば、ゲームメーカーは「携帯電話の会社の力を借りなくても良くなった」というルールの変化が大きい(もちろんアプリの審査などはあるが)。

 オンラインゲームの分野では、依然として『World of Warcraft』の一強という形は変わらないものの、成功しなかったゲームがF2P(Free-to-Play、基本プレイ料金無料のモデルのこと)になったり、エレクトロニック・アーツなどの大パブリッシャーがF2Pモデルを採用したタイトルを出すなど、徐々に違った形の勝負が出てきている。F2Pのモデルは日本を含むアジア圏ではすでにおなじみのものとなっているが、北米では今伸びてきている分野だという。

 また、デジタルディストリビューションに準ずるが、ゲームビジネスの観点では数人の小規模なチームで開発したゲームを販売する“インディー”という括りもありえるとする。ValveのPC用配信システムのSteamやXbox LIVEアーケード、PlayStation Network、Wii Wareなどで、小粒ながらもセンスの優れたインディーゲームが評価を集め、ヒットするのはもはや珍しいことではない。GDCアワードで絶賛された『Minecraft』も、そういったインディーゲームだ。

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 DeLoura氏は、かつて2007年に来日したころと比較して、ゲームの幅が広がる一方、誰でもゲームを配信しやすくなったという作り手側の事情も含め“ゲームの民主化”が行われたと言えるのではないかと述べた。DeLoura氏はこの段での言及は行わなかったが、ゲームと民主化と言えば、急成長を遂げている市販ゲームエンジンのUnityとセットで語られる“ゲーム開発の民主化”という言葉が思い起こされる。ゲームエンジンやツールもまた、大手メーカーでなければ手に入れられなかった技術や使いやすい開発環境を幅広い層に提供しているのだ。

 ここでDeLoura氏は「(現世代機で)1500万ドルとか2000万ドルの開発費がかかるが、基本プレイ料金無料のゲームや99セントで販売されるゲームより、60ドルのゲームを選んでもらえるのか?」と問いかける。もちろんこれは「じゃあもう安いゲームを作ろう」と繋がるようなシンプルな話ではない。事実THQもハードコアゲームが強いメーカーだ。だが、リスクを減らすことは重要だ。マルチプラットフォーム対応して少しでも潜在的顧客を増やし、幅広い地域での販売を狙い、開発においてはより安い地域へのアウトソーシングも行って開発費を低減するといった対策が候補として挙げられた。

 そして、開発リソースの集中と選択という点では、市販のゲームエンジンの購入や、内製のエンジンの再使用、ミドルウェアの活用が有効な手段のひとつと成りうるのは明白だ(ただし、有効活用できる場合において。たとえば、サポートが十分ではないツールを無理に使って混乱するのでは逆効果だ)。しかしながら、DeLoura氏が行ったアンケートでは58.7%が現在のプロジェクトで市販のゲームエンジンを使っているとしていたものの、市販のゲームエンジンを購入して開発を行うのを好みのやり方としていたのは、ミドルウェアと組み合わせる人と合わせても28%にしか過ぎなかったというのはおもしろいところ。できれば自分でプログラムコードを書き、専門部分をミドルウェアで補う程度にしたいという本音もあるようだ。

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 ここからしばらくは代表的なツールの羅列式の紹介だったので後ほど写真での紹介に留めるとして、よりニッチで専門的なミドルウェアが増えてきていること、BlenderやSketchupといった3Dの無料ツールはゲーム開発が本格化するまえのプロトタイプ制作などに向いていること、個人プロジェクトで開発されているネットワーク関連のミドルウェアのRakNetが徐々に伸びてきており、見るべき所があること、自動テストツールの需要が今後高まるだろうことなどが注目すべき点として紹介されていた。

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 さて、こういった現況を踏まえて、話は未来のゲーム技術にも及んだ。「どのテクノロジーを選ぶかは難しい」としながらも、ゲームビジネスが、ゲームを開発して箱に詰めて出荷したらオーケーというものではなく、24時間、毎日のものになっていくこと、つまりゲームが“ここからここまで”という固体のものではなく、より広義のサービスとなっていくことを示唆した。また、ソーシャルゲーム分野ではスマートフォン用コンテンツとの双方向性が進化し、それ以外のゲームでもソーシャルネットワークとの関連性は強まっていくとする。これらの萌芽はすでにあるため驚くべきことではない(たとえばゲームのサービス化はオンラインゲームやソーシャルゲームですでに起こっていることだし、Activisionは『コール オブ デューティ』シリーズ用のソーシャルネットワーク『Call of Duty: Elite』を発表しているが、これ自体もまたFacebookとの連動が可能となっている)。

 しかしながらデジタルディストリビューションでは、それ自体いいものであるとしつつも、回線の限界を指摘。そこをつなぐのはクラウドゲーミングかもしれない。プレイヤーのインプットに対して、その結果をサーバー側で計算し、映像としてストリーミングするという技術だ。これならばゲームが仮に大規模化したとしても、回線の使用は一定のレベルで収まるし、プレイヤーは高価なゲーム機を買ったり、25ギガバイトのソフトがダウンロードし終わるのを待つ必要もない。クラウドサービス企業のGaikaiでは、Photoshopなどのアプリケーションもクラウドで処理するデモを行っている。つまりPC上のサービスではない、専用のインターフェースを備えた安価な“クラウドゲーム機”が出てきたとしても、ちょっと別のサービスを追加することで、ただのゲーム機以上のものとなるポテンシャルを秘めている。

 一方で携帯ゲーム機は、果たしてスマートフォンと一緒に持ってくれるだろうかという問いも示した。スマートフォンやタブレット機などの性能進化は著しく、これがよりトップクラスのゲームエンジンやミドルウェアを呼び込むだろうと言うのだ。

 ソーシャルゲームの分野では、Flashの3Dサポートの進化や、HTML5やJavaScript、WebGLなどの研究が進んでくることで、よりハイエンドなものが出てくるとした上で、GoogleがC++などのより高次のプログラムコードをWebブラウザー上で実行できるよう研究を進めており、当初は同社のWebブラウザーであるChromeのみの対応かもしれないが、そこから広まる可能性もあり、見逃せないと指摘していた。

 最後にゲーム業界は非常におもしろい時期を迎えていると述べ、従来型のゲームにしても難しい時期かもしれないが、チャンスはあるとDeLoura氏。「従来型のゲーム機やゲームのありようが変わるかもしれない」とすると厳しく思えるかもしれないが、いまのゲームメーカーやハードウェアメーカーがそういった領域に踏み込む可能性も12分にあるのである。重要なのは、未来のゲームがゲーマーにとって、どんな刺激的な体験を提供してくれるかということだ。今後も技術動向などを注目したい。

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