キャラクターデザインは原点に戻って再構築
――キャラクターデザインも時代設定の変化に合わせて変更されたのでしょうか?
武内初めに、かつて『月姫』を遊んだユーザーさんにもう1回『月姫』に出会ってもらい、体験してもらうためには何が必要なのかを考えて、自分なりに原点に戻ってデザインを構築しました。アルクェイドはもともとモチーフにしたモデルさんがいるのですが、いまの自分が描いたらこんな感じかな、というところをきっかけに再デザインしました。
――アルクェイドはスカートの丈が短くなっているのも印象的でした。
武内もとの『月姫』のアルクェイドの服装はかなりシンプルなので、リメイクが決まった当初から、もうちょっと何とかしたいと思っていました。でも、どのように変えようかと、いろいろと模索した結果、どうしてもアルクェイドのイメージから外れてしまって。そこで、やはりこれがこの子の個性だろうと考え直し、もとのデザインからは大きくは変えずに、だけどハッキリ変わったとわかるように、スカートを短くしました。
――もうひとりのヒロインであるシエルも大きく変わった印象を受けました。
武内シエルはもともと髪型を変えたらかなり印象が変わるキャラクターだという確信がありました。ゲーム中の設定でアップデートされた部分も反映しつつデザインしたのですが、総合的に新しいシエルになってくれたかなと思います。ゲームの本編ではさらにいろいろな面が出てくるのでお楽しみに。
――新キャラクターも登場しますが、とくにデザインでこだわったキャラクターはいますか?
武内新キャラクターはみんなそれぞれ大事にデザインしました。そのなかでも、詳しくは言えませんが、ある場所で出会う女性キャラクターは、かなりおもしろいキャラクターになったと思います。
奈須いかにも「新しい『月姫』だ」と思わせるようなキャラクターですが、かなり特殊な感じです(笑)。
――新しい『月姫』、ですか。
奈須もとの『月姫』はキャラクターが少なくて、シナリオ上必要最低限のキャラクターしか出てこなかったんですよ。しかし、それでは世界が狭すぎる。武内と最初に合宿をしたときから、それが気になっていました。もう一度『月姫』を作るなら、広い世界の物語にしたいと思い、新キャラクターを出すことにしたんです。
武内それから、デザインとは違うのですが、キャラクターの表情にはこだわりました。
――公開されているPVではアルクェイドとの再開のシーンだけでも、かなりの数の立ち絵イラストが確認できました。
奈須すごくいっぱいあるんですよ。シナリオ作業中、見ているだけでノイローゼ(笑)。
武内当初、制作の方向性として定めていた“量を増やして満足感を出す”というところで挑戦していたのが、表情だけ変えるのではなくて、ちょっと首をかしげるなどのポーズ差分もいっぱい用意し、キャラクターの演技の幅を増やすということでした。
がんばった甲斐もあって、キャラクターは表情豊かになったと思うのですが、奈須は大量の表情を当てはめながらシナリオを考えるという作業でたいへんそうでしたし、こちらもデータ管理で地獄を見ました(笑)。
――データ管理がたいへんになるくらいの量ですか……。それは膨大ですね。
奈須その大量の表情と声優さんの演技もあって、アルクェイドが本当に生きている感じがします。これは自分で遊んでいてビックリしました。完成版をプレイしたときに「ああ、すごい。もういくつもゲームを遊んできたオールドゲーマーなのに、2次元のキャラクターに恋しちゃう……!」と思ったくらい。大量の一枚絵が動くって、アナログなんだけどこの数でやられるとすごい暴力です。
本来のよさを残しつつもファンが納得するリメイクを
――舞台の変更や新キャラクターの追加の影響で、シナリオでも大きく変わった点はあるのでしょうか?
奈須「自分が見たいものは原点であり、新しいものは重要ではない」という気持ち、わかります。そのため、アルクェイドルートは基本的にあまり変えていません。アルクェイドルートはみんなが好きな『月姫』のフォーマットそのままの内容になっています。
――「アルクェイドルートは」ということですが、シエルルートはいかがでしょう。
奈須シエルルートに関しては、「もとの『月姫』の再現はアルクェイドルートでやるから、つぎのシエルルートはみんなの記憶にないものにしよう」と。ゲームとして根底にある部分は変えず、シナリオ中の大切なキーポイントも同じですが、そこ以外ではいまのTYPE-MOONにできることを贅沢に使って表現しました。
レシピはいっしょだけど使っている材料が違うアルクェイドルートと、レシピ自体がちょっと違うシエルルートという感じです。
武内確かに、リメイク版『月姫』ではひとつとても大きな変更点があって、そこに関してはもとの『月姫』に思い入れがある人にとっては残念に感じられてしまうかもしれないです。それでも、変わっているところには、すべてにしっかりと意味があると思っていただけるとありがたいです。
――ただ変えたのではなく、より優れた材料を使って、『月姫』の味わいをさらに深めたと。
奈須『魔法使いの夜』の作業が終わって、リメイク版『月姫』が動き出す少し前に、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が公開されたんですよ。当時、自分は正直期待していなかったのですが、実際に観てみると、前半の60分は総集編なのだけれど、個々のシーンのディテールがすごくパワーアップしているんですよね。それだけで「かっちょいい~! すごいリメイク!! 」となっていたのに、その後のラミエル戦もすごいじゃないですか。ラスト40分がラミエル戦のまま完全新作で超パワーアップしている。ラストまで、もはや完全新作として楽しめたんですよ。
それを観て、「俺たちのやろうとしていることは間違いじゃないんだ!」と自信がついて。もとの『月姫』をベースにしつつも、いま自分たちがやりたいことを最大限にやってみようと思えたんです。
――ファンとしての目線でリメイクについて真剣に考えたからこそ、変えるという決断に至ったというわけですね。
奈須もちろん、『月姫』ファンが見たいと思うようなシーンは残しています。そのうえで、それ以外のシーン、たとえば「『月姫』は好きだけどここはいらないよね」と言われるような部分は直しているので、ぎっしりと中身が詰まった新たな『月姫』を楽しんでもらえると思います。
――シナリオ全体としてのボリュームはどのくらいなのでしょうか?
武内テストプレイでは通してプレイすると大体40時間、ボイスをフルで聞いて60時間くらいですね。
――40時間ですか。ビジュアルノベルとしてはかなりのボリュームですね……!
奈須だから、ぜひともじっくり遊んでほしいですね。アルクェイドルートをクリアーした後に「明日は会社だけど、このままシエルルートもやるぞ」とか言わずに、無理のないペースで遊んでいただければ。
家庭用機向けでも“あのシーン”は健在
――リメイク版『月姫』はCEROレーティングが18歳以上のみ対象となっていますが、性描写などを抑えたうえで18歳以上のみを対象となったのはなぜですか?
武内もともとアダルトゲームにはしないと考えていたのですが、『月姫』が持っている残酷な部分はそのままにすると決めていました。今回、家庭用機向けに展開するということで、当然CEROレーティングに合わせて表現をマイルドにするということも多少検討したのですが、やっぱり、いちばん大切なシーンがぜんぜんダメで。
――作品としての味を落とさないように、という判断だったのですね。
武内CEROレーティングを18歳以上のみ対象とさせてもらうことで、家庭用機版だからマイルドになってしまったとか、変わってしまったというところはなくなりました。完全に純度100%の『月姫』です。
奈須『月姫』の“表”に関してはね。“裏”は一面だけでもアウトな気がするので、どうなるかわからないけれども……。
――今後の続報をお待ちしています(笑)。今後と言えば、『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA(メルティブラッド:タイプルミナ)』(以下、『メルブラ:タイプルミナ』)も9月に発売を控えていますが、リメイク版『月姫』と世界観設定は共有しているのですか?
奈須開発のフランスパンさんに『メルブラ:タイプルミナ』の開発中に、リメイク版『月姫』のシナリオを渡して「今回の『月姫』はこんな風になっているよ」と共有しました。ただ、『メルブラ』には『メルブラ』のコアなファンがいるので、『メルブラ』独自のバージョンアップをするべきだろうと。
『月姫』リメイクに合わせるのも大事だけど、まずはもう一度『メルブラ』を遊びたいというユーザーさんが満足するようなゲームを作りましょうということで意見が合致しました。ですので、リメイク版『月姫』の世界を新しく再現したというよりは、リメイク版『月姫』のフォーマットに合わせてはいるけれど、基本的には“『メルブラ』の再来”というのがテーマです。
――独自の進化を遂げる『メルブラ』にも注目ですね。リメイク版『月姫』のオープニングアニメはufotableの制作でしたが、メディアミックス展開についてはどのように考えていますか?
武内メディアミックスではないのですが、マンガ家の武梨えりさんと佐々木少年さん、そしてこれからの公開になりますが、きばどりリューさんにリメイク版『月姫』のプレイレポートマンガ(※)を描いていただいているので、ぜひそちらもご覧いただきたいです。
※プレイレポートマンガはリメイク版『月姫』公式サイト内、“スペシャル”のページで閲覧可能。
奈須じつは、リメイク版『月姫』を作るときに最大のライバルだったのは、佐々木少年さんだったんですよ。佐々木さんの『真月譚 月姫』(※)はアルクェイドルートのダメなところをすべて上手くアレンジしてくれていて、さらに、シエル、秋葉ルートのいいところが入っているんですよね。
※『真月譚 月姫』:佐々木少年氏による『月姫』を原作としたコミカライズ作品。2003年にはテレビアニメも放送された。
本当にすばらしいコミカライズで、リメイクするならやっぱりこれを超えなくてはと。それで、去年の暮れにPC版が完成したときに佐々木さんに「テストプレイしてみない?」とお声を掛けて、なんとかスケジュールを調整してもらい、6日間、テストプレイのためTYPE-MOONオフィスに来ていただきました。その後たいへんうれしい感想をいただいて、「あの佐々木さんもここまで感動してくれるなら、もう何も怖くないな」と思いましたね。
――“ライバル”からも認められたリメイク版『月姫』は、TYPE-MOONファンも満足の内容になっていそうですね。
武内改めて、企画発表から発売までファンの皆さんをたいへんお待たせしてしまったことを申し訳なく思っています。もともとの『月姫』はアルクェイド、秋葉、シエルのメインヒロインと翡翠、琥珀のサブヒロインを合わせて、5人分のシナリオがあったのですが、今回の『月姫 -A piece of blue glass moon-』ではアルクェイド、シエルのふたりの物語を中心に描かれる“月の表側”という形になっています。
TYPE-MOONのブランド名はもともと『月姫』を作るというところから名付けられたこともあり、その意味でも、我々にとって非常に大切な作品です。当時、『月姫』を作っていたのは4人のスタッフでしたが、それを遊んでくれたこやまさんや、BLACKさんといったスタッフが合流し、いまのTYPE-MOONが出来上がり、そしてリメイク版『月姫』につながったと思っています。
そんな、自分たちの大切な『月姫』にもう一度出会ってもらう、また、『月姫』を新作として遊んでもらうということを目指して制作しました。シナリオはもちろんグラフィック、音楽、キャスティングも含めて新しい『月姫』になっているので、もし興味を持たれたら、ぜひとも体験していただければと思っています。
奈須お待たせして申し訳ない気持ちと、いままで待ってくれたことへの感謝でいっぱいです。奈須個人としては、お待ちいただいた分だけのクオリティーに仕上がっている自信があります。
このご時世、ビジュアルノベルというジャンルが主流でなくなってきた感じはあるのですが、それでもおもしろいものはおもしろい。そう信じて作ってみたら、やっぱりおもしろかったので、プレイしてもらえれば期待以上の体験をしてもらえると思います。新しい『月姫』を、気持ちを真っ白にして楽しんでいただければ、これ以上の喜びはありません。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』(Switch)の購入はこちら (Amazon.co.jp) 『月姫 -A piece of blue glass moon-』(PS4)の購入はこちら (Amazon.co.jp)