●いまだから話せる『ムジュラの仮面』開発秘話

『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面 3D』は、新要素を加えたディレクターズカット! 新要素からN64版開発秘話までを聞く、青沼英二プロデューサーインタビュー_09

――せっかくですので、ニンテンドウ 64版の開発当時のエピソードをお聞きできますか?
青沼 『ムジュラの仮面』は、当初は64DD用に出す予定だった、『時のオカリナ』の“裏ゼルダ”を開発する流れでできたものなんです。本当は、『時のオカリナ』のダンジョンで構造を変えずに仕掛けを変えた“裏ゼルダ”を作
るはずだったんですが、僕は「新しいダンジョンを作ったほうが、早いし、もっとおもしろいものが作れる」と、まるっきり違うものを作っちゃったんですね(苦笑)。

――え、それは勝手にですか?
青沼 そう、勝手に(笑)。それがある程度形になったところで、宮本に「こういうものがやりたいんです」と見せたら、もともと64DD向けの“裏ゼルダ”は1年くらいの予定だったので、「じゃあ1年だけあげるから、そこで新しい『ゼルダ』ができるならやってみなさい」と言われたんです。

――1年で新しい『ゼルダ』ですか!?
青沼 無茶でしょ?(笑)。『時のオカリナ』の要素を使って作るとしても、『時のオカリナ』は3年以上かけて作っていますから、どうしてもボリュームが少なくなってしまう。でも、ユーザーさんは、そんなボリュームで満足してくれないということもあって、「何か発明が必要だぞ」と話をする中で、小泉(小
泉歓晃氏。『スーパーマリオギャラクシー』などのディレクター。『ムジュラの仮面』では青沼氏と共同ディレクターを担当)が来て、当時、流行っていた『ラン・ローラ・ラン』という映画の話をしたんです。

――ローラという少女が、何度も同じ時間をくり返して、少しずつ展開が変わる映画ですね。
青沼 そうです、そうです。そこで、小泉が「こういうものをゲームでやったらどうだろう?」という話を提案してきたんです。「時間」という概念を使って、場所や事象をくり返し遊ぶようにすれば、広さではなく、深さでおもしろいものができるんじゃないかと。それでできあがったのが、3日間システムなんです。でも、企画当初は1週間をくり返すシステムだったんですよ。

――1週間! それは長い!
青沼 ですよね(笑)。で、けっきょくこのままじゃ1年の開発期間じゃ終わらないと気づいて(苦笑)。それで、始まりがあって、中間があって、終わりがあるという3日間にしようと決まって、3日間システムができたんです。月が落ちるという設定や、タルミナという不思議な世界に入り込むという設定は、その後に考えていったんですね。

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――『ムジュラの仮面』の特徴と言えば、仮面で変身するシステムもありますね。
青沼 あれは、『時のオカリナ』のときに、リンクがお面をかぶるというシステムがありましたが、かぶるだけでなく、仮面をかぶるとリンクがゴロン族やゾーラ族といった亜人に変身できるとおもしろいよねという話から生まれたものです。いろいろな変身を考えたんですが、バランスを取った結果、デクナッツとゴロンとゾーラのエピソードを入れることにしたんです。当時は、僕は街以外の部分、ゴロンやゾーラといった広がりのある部分のストーリーやネタをまとめていって、小泉は街の中の濃い部分をチクチク作っていました。『ムジュラの仮面』の開発当時、僕と小泉がスタッフの結婚式に呼ばれたんですが、そのときに「そういえば結婚式って、あまりゲームで扱われないよね」という話をして、結婚式のイベントを入れたりして(笑)。凝縮した1年間の開発なので、身のまわりにあるネタをどんどん放り込んでいった結果、ああいうものが生まれたんですね。

――3日のあいだに、街もいろいろと変わりますよね。祭の準備から、3日目には実際に祭が開催されますし。
青沼 準備から始まって、最後には花火がドカーンと打ち上がる、そのどんどん変化していく祭の状況を見せつつ、「花火が打ち上がる中で、月が落ちてくるというシチュエーションは、ものすごいカタルシスがあるよね」と言いながら、祭を軸にした街の変化など、3日間でどう変化させていくかがポイントになっていました。

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――あと、登場人物を始め、世界に漂う狂気も特徴だと思うんですが……。
青沼 あれは、キャラクターなどを担当したデザイナーの春花(春花良紀氏)の影響が大きいですね。『時のオカリナ』もおかしな人たちはいっぱいいて、「ここまでやっていいのかな?」と思いながら作っていたんですが、『時のオカリナ』の発売後は、むしろ評判がよくて。「あ、いいんだ」と(笑)。

――みんな、好きなんだ、と(笑)。
青沼 「毒気のあるものが好まれることもあるんだな」とみんなで話をしている中で、新たなデザイナーとして、今村(今村孝矢氏)が加わって、チンクルを生み出しだりするんですが、その毒気の部分を引っ張り出した結果、『ムジュラの仮面』の世界観できあがっていったんです。それこそ、月が落ちるかもしれない中で、お祭り騒ぎをしている人たちはふつうじゃないですよね? そういう発想で、不思議というより、どこかおかしい感覚を演出するために、もっともっと毒気の部分を出していこうとしていった結果、そういう人たちに興味を持たせるためのイベントを作ることにもつながって、全体の方向性ができあがったんだと思います。

記憶に残る『ムジュラの仮面』、チンクル誕生の秘密

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――『ムジュラの仮面』の街の人がAIで時間に合わせて動いていくというシステムは、いまでいうオープンワールドの先駆けになっているように感じますが、そういった意識はありますか?
青沼 “先駆け”なんて言われると、すごいなって思っちゃいますね(笑)。でも、当時もいまも『ゼルダ』はまだ誰もやっていないことをやろうという意識があって、その結果だと思います。時間軸に沿って動いている人がいて、くり返される時間の中で、プレイヤーの行動で影響を与えられる、歴史を変化させられるというシステムはほかに味わったことがないし、これはゲームだからこそできるものだと、スタッフとは話をしていました。ただ、本当にうまくいくかどうかは、なかなか確証が得られませんでしたね。本当のオープンワールドで世界がつながっているのであれば、たとえば歩いている人は、どこに行っても同じ制御でいいんですが、『ムジュラの仮面』はその歩いている人が建物の中に入るとか、シーンが切り換わる場所に移動すると、別の処理が必要となるわけです。だから、実際にデバッグのときは、予想外なバグがいっぱいありましたし(笑)。誰もやっていないからこそ、何が正しいかよくわからなくて作っているところもあって、最後の最後まで不安はありましたね。ただ、不安はありながらも、作りながらいろいろなことが起こるのはおもしろかったです。『時のオカリナ』のときは、3Dの世界を構築して、あちこちにネタを隠したりするというのがおもしろかったんですが、つぎの新しい経験として、時間というテーマはおもしろかった。開発者にとっても、その前人未到の何かがないと、作っていておもしろくないんですよね。このときは、3日間システムができたおかげで、もっといろいろやってみようと拍車がかかっていました。

――探偵のように人を追いかけて探っていくのもおもしろかったです。オープンワールドのゲームにも、そういったネタが多くありましたし。
青沼 そう思ってくださった人の中に、将来的にゲームクリエイターになった人もいたのかもしれませんね。そこに人が生きているという感覚は、その人が意思を持って動いている、何か目的を持っていると、プレイヤーに感じてもらなくてはいけないので、オープンワールドという世界の中でキャラクターを生き生きさせるには、そういうものが必要なんだと思います。

――『時のオカリナ』にもファンが多いと思うんですが、『ムジュラの仮面』のファンは非常に濃い気がするんですが、そういった実感はありますか?
青沼 何でしょうね。話しは変わりますが、ディスクシステムの初代『ゼルダ』がありますよね。僕、いまでも最後まで行けないんですけど……。

――そうなんですか!?
青沼 そう(笑)。だって、ゲームオーバーになったら絶対に入り口に戻されるじゃないですか。しかも、けっこう難しくて、何度もやられちゃいますし(苦笑)。でも、そういうたいへんだった記憶は、強烈に記憶に残ると思うんですよね。だから、当時は“こんなのクリアできるか!”って言いながら、初代『ゼルダ』を遊んでいた人もいると思うんです。それは、『ムジュラの仮面』も同じで(苦笑)。

――あー、なるほど(笑)。
青沼 ところが、どこかでその思い出が違うものに変わるんでしょうね。「あれは、すごかった!」って。遊んでいた当時はそんな風に思っていなかったと思うんですが、辛かったら辛かっただけに、強く印象に残るんですよね。最近、「これ、ゲームって言えるの?」というボタンを押すだけで進むゲームが増えましたが、やっぱり苦しめられたり、苦しい状況をなんとかしようと克服するほうが、後から思い起こされて、「ああ、こういう経験したよな」という記憶に残ると思うんです。そうじゃないと、記憶から消えてしまう。逆に、こうやって『ムジュラの仮面』をリメイクさせてもらえるのは、皆さんの中に残っているからなんだと思うんです。……中には悪い記憶もあると思いますが、そのひどい記憶はもう少しひどくない記憶に変えられるように、リメイクで直しています(笑)。

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――『ムジュラの仮面』をプレイしていた当時を思い浮かべると、時を巻き戻したら、まず草を刈って爆弾と矢を集め直したなあと思い出すんですよね……。
青沼 ああ、確かにあの作業は記憶に残っちゃいますよね(苦笑)。ゲームで作業を要求されるのはあまりよくないと思うんですが、その作業をやりながら、「今度の3日間はどう過ごそう」なんて考えたりして、そのくり返しが記憶に残っているんじゃないかと思います。

――強烈に残っていますね(笑)。ちなみに、その時間を戻したときに、矢や爆弾のストックがなくなるという仕様は、変わって……?
青沼 いえ、同じです(笑)。でも、もう一度遊び直そうとする、再チャレンジしやすい工夫がちょっと入っています。昔は、「またここからかよ……」と思うこともあったと思うんですが、「ここからできるの!?」と思えるものが入っていますので、そこも期待してほしいですね。

――ちょっとお話が戻りますが、『ムジュラの仮面』はチンクルのデビュー作でもありますが、チンクルはどうやって生まれたんですか?
青沼 すごく単純なんですよ。『ゼルダ』の中ではマップが重要で、『時のオカリナ』では進んだ地域の雲が晴れていくようにしたんですが、『ムジュラの仮面』ではマップは買うようにしようと決めまして。それで、マップを売るおじさんを作ろうという話になって。……なんでおじさんだったんだっけかな? それで、マップを作る人なら、空を飛んで上から見ているからマップが書けるという設定なら説得力があるという話が出たんですよね。でも、機械仕掛けで単純に空を飛ぶのは『ゼルダ』らしくないし……、と考える中で、「じゃあ風船で飛ばそう」ということになったんです(笑)。

――すごい発想の飛躍ですね(笑)。
青沼 キャラクターの設定ができた後に、リンクという響きと合わせて名前を考えていく中で、あるスタッフの、昔いた友だちのあだ名をもじって“チンクル”という名前に決まったんです。名前が決まってからあのヘンなしゃべりかたになって。でも、じつは海外であまり人気がないんですよ……。

――えっ、そうなんですか?
青沼 ああいうヘンなしゃべりかたをするキャラクターは、まったく受け入れられないらしくて。NOA(Nintendo of America)で翻訳を担当しているローカライズ担当者も、「チンクルはもう出さないでくれ」と言ってきたことがありました(苦笑)。ただ、“嫌よ嫌よも好きのうち”ではないですが、以前ほど嫌われているわけではなくて、急にそういう苦情がやんだり、人気が出たりして、チンクルへの好き嫌いは時代とともに移り変わっていますね。