『テイルズ オブ エクシリア2』オリジナル短編小説 -Before Episode- 雨のトリグラフ #3『月明かりの中で』

 ジョウに案内されて辿り着いたドモヴォイ興社は、想像していたのとは違う近代的なビルだった。
でも、深夜のビルにたむろする『社員』の質の悪さは予想通り。
代表室に案内されるわたしを、ぶっそうな空気をまとった男たちがニヤニヤと見つめる。
ユノが貸してくれたかわいい服も、こんな人たちに見られるんじゃ全然嬉しくない。
「私は中まではつきあえないけど、気をつけて。これは気休めに」
 ビルに入る直前、そう言ってジョウが渡してくれた金属筒を握りしめる。掌サイズから一メートルに伸びる護身棒だ。これさえあれば、ひとりだって怖くない。わたしの棍術は、お母さん仕込みなんだから。
気合いを入れ直して、代表室と書かれた扉を押し開けた。

「なっ! なぜここに!?」
 わたしを見て驚いた編集長の顔は、青黒く腫れあがっていた。
編集長を囲むようにして立つ三人の屈強な男たちが、わざとらしい笑顔をつくる。
噴き出しかかった怒りを押しこらえて、わたしも無理矢理微笑む。
「迎えに来たんだよ……お父さん」
 その一言で編集長は事情を察してくれた。
「……迷惑をかけたな。さぁ、帰ろう。お前の鞄も見つかった」
 テーブルの上には、盗られた封筒と、わたしの鞄が置かれていた。
「うちの物を勝手にもっていかれては困るな」
 部屋の奥の闇が動き、感情が感じられない本当に影みたいな声を発した。
「ドモヴォイさん。それは俺の原稿だし、鞄はこの子のものだ」
 ドモヴォイ――高級そうなダークブルーのスーツを着た細身の男。この人が編集長を監禁した犯人?
 どこを見ているのかわからないトカゲみたいな目が動き、わたしの姿を映す。
「君のお父さんが頑固で困っているんだよ。
 我が社が、新規参入業者に非合法な圧力をかけているなんて、根も葉もない記事を載せようとするしね。
 お互いに歩み寄れば、鞄だってなんだって返すと言っているのだがね」
 そうか、この人は、その記事のせいで編集長を脅してるんだ。
「根も葉もあることは、あんたが一番わかってるだろう? 確かな証言者もいる」
「何度も言っているだろう? その証言者とやらがどこの誰か教えてくれと」
「断る。何度も言わせるな」
「……そういう頑迷さは、周りを不幸にするよ」
 ドモヴォイの合図で、背後の男がわたしの腕をつかみ、ねじり上げた。
「痛っ!」
「やめろっ! その娘は関係ない!」
 青ざめて飛びかかった編集長は、別の男に殴り倒され、気を失ってしまった。
ドモヴォイは、倒れた編集長を見下ろしながら床に落ちたベレー帽を踏みにじった。嘲笑を浮かべながら。
瞬間、わたしの脳裏に、ユノの泣き顔と、彼女へのプレゼントに悩む編集長の姿が思い浮かんだ。
許せない! 手首のスナップで護身棒を振り出し、背後の男の足の甲に思いきり突き立てる。
「ぐぎゃっ!」
 間髪入れず、悲鳴をあげた男の鳩尾に肘を叩きこむ。悶絶。まず一人!
そのまま体を返して、喘ぐ男を奥の男に向かって突き飛ばす。
かわそうとして体勢を崩した男の首筋を一撃! これで二人!
三人目は、わたしが隙を見せた背中に回りこんでいる。狙い通りだ。
「活伸棍!」振り返らないまま、脇に構えた棍を精霊術で伸ばす。
光の棍が背後の敵を突き倒す――はずが、手に伝わったのは空をきる感触だった。
かわされた!? そう感じた瞬間、わたしは脇腹を蹴られて吹き飛ばされていた。
「うぐぅっ……っ!!」
「ふん。妙な技を使うが、殺気が丸見えだ」
 わたしを蹴った男は銃を抜き、倒れたわたしに突きつけた。ドモヴォイが抑揚なく命じる。
「また暴れられると面倒だ。手足を撃ち抜いておけ」
 激痛で息もできない。甘かった……わたしはきつく目を閉じた。
その時、瞼の裏の闇にフラッシュが閃き、パシャッという音が響いた。
「『有名商社ドモヴォイの社員、いたいけな市民に集団暴行』
 いやぁ〜、スクープ写真が撮れちまったわ」
 部屋の入口にカメラモードのGHSをかざした人影が立っていた。その無精ヒゲを生やした男は――
「ア……アルヴィン!?」
 わたしが声をあげるのと同時に、アルヴィンの銃が火を噴いた。

 深夜の街は霧のような雨に煙っていた。ビルから出たわたしたちの服は、歩く毎にしっとりと重くなっていく。静まりかえったビル街にアルヴィンの声だけが響いた。
「――ドモヴォイ興社が、俺たちの商売にやたらちょっかい出してきてさ。
 一回ちゃんと挨拶しようと出向いたところに、偶然、オタクらがいたって訳」
 お礼を言わなきゃいけないのに、気まずくてアルヴィンの顔を見れない。考えてみたら、みんな抜きでアルヴィンと会うのは、『あの時』以来、初めてだった。なぜか責めるような口調になってしまう。
「あんなことしちゃって大丈夫なの?」
 何十発も体ギリギリのところを撃ち抜かれ、失神したドモヴォイたちを思い返す。
「ああいう連中は、他人の痛みには無頓着だが、自分が傷つくことを異常に怖がる。
 はっきり力の差を見せるのが一番なんだ」
 もってくれていた鞄を手渡しながら、アルヴィンは、おどけた調子で付け足した。
「よくわかるんだよ。同類だから」
 ニヤリと笑った無精ヒゲの先で、霧雨が雫をつくっていた。

「ずいぶん変わった知り合いがいるんだな」
 アルヴィンの背中が霧闇の中に消えた後、封筒の湿りを気にしながら編集長が呟いた。
「ええ、まぁ……」
 他にも伝説の軍師とか、精霊の主とかも。そう言ったら編集長はどんな顔をするだろう?
「それにしても、無茶をする」
 ……あきれ顔で言われてしまった。
「ごめんなさい。結局、ひとりじゃ何もできなかった……」
 それがわたしの真実だった。うなだれるわたしの横に立って編集長は続けた。
「俺も人の事は言えんがな。『無力な自分』――それは真実だ。
 だが、レイアのおかげで原稿を取り返すことができた。これも真実だ。
 真実を素直に認め、それと向きあう。俺は無力だが、記者だからそうすると決めている」
「だからな」と、編集長はベレー帽をとって言った。
「ありがとう。おかげで助かった」
 飾りのないお礼の言葉が胸に染みた。わたしもこんな風にできたら――
「どうした? 傷が痛むのか?」
「い、いえ。あの人たちを告発する原稿、取り返せてよかったです」
「ん? いいや、これはトリグラフの幼稚園児に取材した原稿だが?」
「えっ!? そんなもののために、あそこに乗りこんだんですか?」
「そんなものとはなんだ。これだって立派な真実だ。
 リーゼ・マクシアへの質問を、ガイアス王への手紙という形で書いてもらったんだ」
 編集長が見せてくれた原稿には、精霊や自然に憧れる子どもたちの無邪気な質問がいっぱい書かれていた。
「もっとも、俺だって本当にガイアス王が返事をくれるとは思ってないがな」
「……返事、くれるかもしれませんよ。とにかく真面目な人だから」
 こんな『真実』を知ったら、ガイアスならきっと。そんな気がした。

 編集長に送られてやっと辿り着いたアパートは真っ暗だった。スイッチをいれても電灯がつかない。
もういいや……全部明日にしよう。暗闇の中でため息をついた時、突然、鞄から音楽が鳴り響いた。
驚いて鞄を探ると、ライトイエローのGHSが入っている。なにこれ? 誰の?
怖々操作してみると、わたし宛のメールが何通も表示された。
「レイア、元気ですか? わたしはすごく元気で、友達もいっぱいできました。
 今度、学校の行事でエレンピオスに行くかもしれません。そしたらそっちで会いましょうね」
 エリーゼからのメールだった。ドロッセルと一緒に楽しそうに笑っている写真が添えられている。
「レイアさんのような若者が、勇気をもってエレンピオスに出るのは素晴らしいことだと思います。
 私も、あなたに負けないよう頑張っちゃいますよ♪」
 絵文字がふんだんに使われたローエンのメールには、なんとガイアスのメアドまで書かれていた。
王様のメアドとか、国家機密なんじゃないのかな!?
「レイアのことだから、きっと無駄に張りきってると思うけど、ひとりで悩んで暴走したらダメだよ。
 僕にできることがあったら相談にのるから、いつでも連絡してね」
 ……まるでジュードの声が聞こえてくるみたい。全部見抜かれてて悔しいけど、やっぱりすっごく嬉しいよ。
そして、もう一通、新しいメールが着信した。
「勝手に鞄に入れちまったけど、これ、独立祝いな。ついでにジュードたちにも連絡先知らせておいた」
 アルヴィンからだ。そして、ちょっとだけ間を置いてもう一通。
「今度は助けられてよかったよ」
 『今度は』の意味はすぐにわかった。わたしを撃ってしまった『あの時』のことを気にしてるんだって。
 アルヴィン……アルヴィンは、他人の痛みに無頓着な人なんかじゃないよ。
「けど、勝手にアドレス教えるなんてプライバシー侵害! 直接会って文句言ってやらなきゃ!」
 文句を言って、それから編集長みたいにちゃんと伝えよう。「ありがとう」って。
 鞄からタオルケットをとりだし、板だけのベッドに寝転がる。子どもみたいにグルグルにくるまって。
カーテンも絨緞もソファもない殺風景な部屋だけど、GHSを抱きしめた胸の奥はポカポカしていた。
みんなのメッセージが、わたしをこんなにも暖めてくれた。
大丈夫、ひとりでも眠れるよ。そして明日になったら、仕事を探そう。
ううん、やりたい仕事はもう見つかってる。難しいけど挑戦したいって思う仕事が。
それは、真実を世界に伝える仕事――新聞記者。
いつも理想には届かないわたしだけど、真実と向き合うことならできる。できるようになりたい。
そしていつか、みんながくれたメールみたいな優しいメッセージを世界に届けたい。
明日、この気持ちを編集長に伝えてみよう。まずそれが真実と向き合う第一歩。
 気がつくと、青い光が部屋を満たしていた。なぜか懐かしい柔らかな光。
仰向けに見上げた窓の向こうには、エレンピオスの月がぽっかりと浮かんでいる。
雨は、いつの間にかやんでいた。

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