2020年9月2日~4日、初のオンライン開催という形で行われたCEDEC 2020。本記事では、会期3日目にあたる9月4日に行われた、“『あつまれ どうぶつの森』のアートができるまで~想像を膨らませる記号的デザイン・かわいいだけじゃないだなも~”のリポートをお届けする。

 2001年にニンテンドウ64用ソフトとしてシリーズ第1作が発売された『どうぶつの森』シリーズ。時代の変化やハードの進化に合わせて開発が重ねられてきたが、コンセプトである“人と人とのコミュニケーション”はずっと変わっていない。本セッションでは、そのシリーズの積み重ねと向き合い、『あつまれ どうぶつの森』(以下、『あつ森』)のアートをどのように考えていったのか解説が行われた。

想像のスキマを残す、語り過ぎないデザイン

 ひとつめのトピックスは、アートの土台となる考えかたについて、アートディレクターを務めた高橋幸嗣氏が解説。『どうぶつの森』では、釣りをしたり、買い物をしたり、どうぶつたちと話したり、さまざまな“遊び”が存在する。その中で、ユーザーが自分なりに目的を持って遊べるのが特徴のひとつ。また、人によってそれぞれの体験が生まれるのが『どうぶつの森』シリーズの魅力でもあり、それがたくさんあるほど、コンセプトである“人と人のコミュニケーション”に繋がっていくのだという。

 『どうぶつの森』のゲーム画面には、“遊びのきっかけ”がたくさん用意されている。たとえば、何気ない日常を切り取った以下の画像を見てみよう。

 この画像には以下のような“遊びのきっかけ”が存在する。

  • サカナ(釣り)
  • バケツ(動かしたり飾ったりできる家具)
  • どうぶつ(会話を楽しめる)
  • 家(家の中に入ることができる)
  • 雑草(摘んだり植えたり、DIYの材料にしたり、売ることもできる)
  • 木(オノで切り倒すことができ、リンゴは落として拾える)
  • プレイヤーキャラクター(コーディネートを楽しめる)
  • 草地(穴を掘ったり、崖を積んだりできる)
  • 川(埋め立てることができる)
何気ない日常の風景だが、空以外ほぼすべての部分に“遊びのきっかけ”が用意されている。

 『どうぶつの森』のアートにとって、このたくさんのきっかけがキチンと機能することが重要だ。そのため、屋外では画面の上部を湾曲させて遠くにある“遊びのきっかけ”を目に入りやすくようにして、島を走り回っているだけで自然と“遊びのきっかけ”に出会えるようになっている。

 ただし、『あつ森』では過去作から解像度が大幅に上がったため、“遊びのきっかけ”が埋もれてしまわないように、情報量をしっかりコントロールする必要があった。そこで、何を描いて、何を描かないのかを見極めるために“そのものらしさをとらえゲーム内の役割に合わせて情報を選ぶ”というアートの指針を決めた。このことを開発チームでは“記号化”と呼んでいるそうだ。

 具体的にどういうことかというと、現実そのものを見るときは物の情報量と画の情報量が一致しているため、その情報を見たまま受け取ることができる。しかし、ゲーム画面で現実に近いものを見たときには、情報量の多さからどこを見ていいかが埋もれてしまう。そこで、そのものらしさをとらえて記号化することで、情報が整理され、ユーザーが関りやすい“遊びのきっかけ”に繋がる画になるという。その際、どのくらい記号化を行えばいいかというのは、ゲーム内の役割によって変化するそう。

 たとえば、上の画像を見ると、ムシやサカナは写実から少し記号化した位置にある。ムシやサカナは博物館に寄贈したり、ほかのユーザーに見せびらかしたり、つぎのきっかけに繋がる動機となるような存在。そのため生き物や歴史の文脈が伝わるように情報量を多めにしているのだそう。

 プレイヤーキャラクターについては、自分をどれだけ投影するか、プレイするときにどんな気分なのかは人によって異なるため、ユーザーがどんなコンディションでも思いを重ねられるように顔や手足のディテールに意味をのせすぎないような情報量になっている。

 花や木は記号的な要素が強い位置にある。ほかのものと比較して、同じものが並びやすいため、情報量を抑えつつ、並んだときでも単調になり過ぎないシルエットにしているのだという。

 壁紙や床は、記号的なものから写実的なものまで幅広いものが存在し、コンセプトによって記号化の度合いを変化させている。空間全体をガラッと変える役割があるため、相応の情報量を持ちながらも、ほかのものの土台として、家具やキャラクターを引き立てるほどの明度や粒度にしているそう。

 このようにゲーム内の役割に合わせて、記号化の度合いが選ばれている。ただ、記号化により情報量を減らすことは、情報量を捨てたと考えることもできる。このことについて、高橋氏は「解像度の高い画面で画の情報量を減らすことに躊躇するアーティストは多いのではないでしょうか? では、なぜ私たちが自信を持って情報を捨てられるのかというと、画の情報量が減って手応えがなくなるとは考えずに、“想像のスキマ”を生み出していると考えているからです」と力説した。

 想像のスキマがあることで、ユーザーは自分の記憶の中から情報を呼び起こし、スキマを埋めようとする。そして、そこに自分の思いを投影することで、みずから遊びの目標や動機を生み出すことに繋がるのだそう。

高橋氏はこの図の赤い矢印で示されている見る人の主体性が生まれるかどうかがとても重要だと語る。

 ただし、記号化し過ぎると画の情報量が減ってしまい、“想像のスキマ”を埋める負担が大きくなり、ユーザーが疲れて主体的に行動し辛くなるという問題が発生する。逆に画の情報量が多過ぎても、それだけで満足して受動的になってしまうため、記号化はバランスが重要とのこと。

 また、高橋氏をはじめとするアーティストは、その物が背負っている文脈も含めて画で語れないかと考え、物の情報量に紐づくさまざまな背景をしっかりと調査しているのだという。それは、ユーザーが画を見たときに「これ知っている」、「あるある」というように記憶や知識、経験と結びつくほど、つぎの動機に繋がりやすくなるからと高橋氏は語った。

 さらに、人が物を見て思うことや感じること、印象やイメージを画で語れないかも考えているそう。たとえば、「川がキラキラして綺麗」という感覚を画にする場合、印象でそのものらしさが伝わると、画で語る情報が少なくとも見る人の解釈でイメージを膨らませてもらえる。

 記憶やイメージは見る人によって異なるため、アーティストが記憶やイメージに結びつくように記号化できれば、“想像のスキマ”に思い思いの解釈がのり、無限の価値が生まれることになる。そして、それが人と人とのコミュニケーションにも繋がっていくのだという。そのきっかけとなるために、どのくらい画で語るべきかを見極めることがアーティストの腕の見せどころというわけだ。

 続いて、草地を例に記号化で画の情報量を選んでいく過程が紹介された。

『どうぶつ森』の草地はパターン模様で描かれている。
高橋氏は、よく訪れるという神社で草地のパターンの解釈を深めるサンプルを撮影した。
上から撮影すると、全体を覆う緑に点々と違うものが混ざっていることがわかる。
さらに詳しく見ると、落ち葉があったり、同じ植物でも生育状況が違ったりすることが確認できる。
そして、植生の違いや生育度、落ち葉など草地を構成する情報を記号化して、草のパターン模様を作成する。
草のパターン模様は、色を変えることで1年を通して、季節を彩ることができる記号的な表現になっている。

 もともと草のパターン模様は、過去のハードの制約の中でどれだけ表現を豊かにできるかという工夫から生まれた側面があったが、表現力が上がった現在でも“想像のスキマ”を活かした魅力のある表現だと判断して、『あつ森』でも採用されたという。

 しかし、過去作の見た目をスタイルとして採用するのではなく、現在の表現力の中でどのような情報として取り入れるかが重要であると高橋氏は語り、そのままゲームの役割と照らし合わせながら、表現力の向上を検討する過程を解説した。

こちらは、パターン模様の上にポリゴンの草を生やすことを試していたという開発中期の画像。過去作ではできなかった立体的な表現の可能性を探っていたそう。
こちらも開発中期の画像。画面の下に雑草と草地が混ざっている部分が存在する。雑草は抜くことが可能だが、雑草が画面に埋もれてしまい、“遊びきっかけ”として機能し辛くなっていたと高橋氏は振り返った。
こちらは製品版の画像。ユーザーの目線がどこを見るかを考慮して草の情報量を整えている。
家や木の前に表示されているポリゴンの草には境界を豊かにしたり、設置感を補助する役割がある。

“いつの間にか大切な存在になるキャラクター”を作るために

 つぎに“どうぶつたちのデザイン”について、アーティストの柴田朝子氏が解説を行った。

 『どうぶつの森』のどうぶつたちは、プレイヤーと同じように暮らし、生活をともにする仲間のような存在。『あつ森』には約400体ものどうぶつが登場する。どうぶつの数が多いほど、それぞれのユーザーの島に住んでいるどうぶつが異なる可能性が増え、ほかの人に見せたくなり、それがコミュニケーションのきっかけに繋がる。

 上の画像は柴田氏の島で暮らしているアーシンド。島に来たときの印象は薄かったそうだが、見た目はおじいちゃんなのに筋肉の話ばかりをしていたり、ゴミだらけ部屋でマンガを読んでいたり、ともに暮らしていくうちに“大切な存在”になっていったそう。

 柴田氏はこの自身の体験談をもとに、「現実世界の友人や好きな人のように初対面の印象がよくなかったとしても、日々をともに過ごしてくうちに、少しずつ好きになるような気持ちが育っていく可能性がどうぶつたちにはあります」と語り、どうぶつたちのデザインでは“いつの間にか大切な存在になるキャラクター”を目指したことを明かした。

 それを実現するため、どうぶつたちは「関わりたい」と思えるような感情移入しやすい見た目と、「見ていたい」と思えるようないきいきとした行動をポイントにデザインされているとのこと。

 「関わりたい」と思えるような感情移入しやすい見た目にするために、どうぶつたちのシルエットは記号的なものにしているそう。そうすることで、遠くにどうぶつを見つけたときに誰なのかわかりやすく、遠くからでも関わるきっかけが生まれたのだという。

 また、どうぶつたちとはさまざま会話をして関わっていくことで、何が好きなのか、何を考えているのかを知ることができるようになっているため、シルエットには種族以外の情報を入れないようにしている。そうすることで、“想像のスキマ”を作り、見た目ではなく、会話から性格や好きなものについての想像が膨らむようになるのだという。

 さらに同じ種族のべつのどうぶつを作る際にも想像が膨らむように意識しているとのこと。具体的にはネコを例にすると、ベースとなっているシルエットのぽっぺたにふわふわの毛を付加してしまうと、想像できるネコの種類が限られてしまう。そのため、付加情報を持たないシンプルなシルエットにして、いろいろなタイプのネコを想像できるようにしているそうだ。

シルエットでほっぺたに毛があると、想像できる種類が限られてしまう。
シンプルなシルエットだとさまざまな想像ができる。

 どうぶつたちは、ふつうに暮らす存在であるため、目立ち過ぎないようにシンプルな共通の形状からできる限りテクスチャの差だけでキャラクターを作成していく。逆に、たぬきちやしずえさんのように役割のあるどうぶつは目立つように情報を増やし、それぞれシルエットが異なるようになっているという。

 シンプルなシルエットで統一することは表現の幅を狭くするようにも感じるが、柴田氏は「個性の幅を広げるということにも繋がっています」と解説。同じシルエットであるからこそ、三毛猫、ヒマラヤン、シャム猫という現実に存在しているネコを表現できるのと同時に、歌舞伎メイクをしたネコやみかんのようなネコといった現実にはいない少し変わった見た目でも、ネコと認識してもらえるのだという。さらにそうした個性的な見た目から、「この子はどういう子だろう?」と話したくなるきっかけにも繋がるとのこと。

 どうぶつたちの個性を考える際には、現実の人の個性も手掛かりにしていると柴田氏は語る。そうすることで、さまざまな魅力が存在すると同時に、“あの人っぽい”という親しみやすさも出てくるそう。

 どうぶつたちはプレイヤーと同じ目線で会話をするため、話しているときに感情が伝わりやすいということが重要。『あつ森』には、ネズミやゴリラなど35種族のどうぶつたちが登場する。大きさや形をそれぞれの種族らしくすることで、シルエットの違いを豊かにしているが、うれしいときや悲しいときなど、感情表現を行うときのシルエットは記号化されている。

 すべてのどうぶつたちは同じ骨構造で作られており、ほぼ同じアニメーションで動いているそうで、それぞれの種族らしい動きをするのではなく、プレイヤーと同じ動きをすることで、感情移入しやすくするという狙いがあるのだという。

 さらにここで感情移入しやすくするためのディテールアップについても紹介。何も考えず情報を加えるだけでは、画が語り過ぎて“想像のスキマ”をジャマしてしまうため、まずはどのような情報を追加するのがいいかをキャラクターアーティストたちで模索したそう。

あえて従来のデザインではなく、少し異なるテイストの画で描くことで、語り過ぎないディテールアップのポイントを探ったそう。
こちらはオーロラとブーケの目にハイライトを追加した状態。オーロラの考えが読めない底知れなさやブーケの元気なアイドルという個性が崩れてしまっている。

 上記のようにどうぶつたちには、目のハイライトを記号的なデザインとして使用していることもあり、むやみにハイライトを追加すると、目が語り過ぎてしまい、“想像のスキマ”の個性を崩してしまうこともあるため、ディテールアップの際は、“語り過ぎない情報を選ぶ”ということを大切にしたそう。

 続いて、ニコバンを例に挙げながら具体的なディテールアップの解説が行われた。テクスチャについて、ニンテンドー3DSで発売された前作『とびだせ どうぶつの森』では、画面が小さくメモリも少なかったため、4分の1にサイズを圧縮して出力しており、圧縮されても表情がよくわかるように、表情をはっきりとした線で描いていたという。対して『あつ森』では、大きい画面で見えるため、従来のようにラインの角が直角だったり、線がまっすぐ過ぎたりすると人工物のように見えてしまい、感情移入がし辛くなってしまったそう。そこで角を丁寧に描いたり、線に強弱をつけたりして、情報を増やすことで、生き物のやわらかい印象になるようにした。

 形状に関しては、話しているときの身振り手振りに使用する手を過去作の円柱状のものから、フランスパン型に変更して手のひらを形で表現。さらに、お腹や背中、足にも細かな調整を行い、大きな印象を変えないまま、より親しみやすくなった。

お腹は丸く卵型、背中はS字を描くことでやわらかいシルエットに。
足はしっかりとした太さにしつつ、つま先を入れて歩いたときの魅力をアップ。
さらに足の裏には肉球が追加された。
ふだんは見えないが座るときにチラッと見えたり、歩いたり走ったりするときに瞬間的に見えることで記号化のジャマにならず魅力を底上げしている。ちなみに砂浜につく足跡も肉球の形をしている。

 そのほか表情もディテールアップ。記号的な感情がハッキリと伝わるように表情はテクスチャパターンで作成。従来の表情に加えて、行動と合わせたときに感情移入しやすい見た目にするために、『あつ森』では“目線”と“なんでもないくち”が追加された。

目線が追加されたことで、目を合わせたり、目をそらしたり、よそ見をしたりといったことが可能に。前を通ったときには目線で追ってくれるので、認識してもらえているという、うれしさが生まれる。
“なんでもないくち”の追加により、何も考えていない顔やとぼけた表情ができるようになり、笑ったり、怒ったりという記号的な表情もより際立って見えるようになった。

 このように想像が膨らむ記号的なシルエット、ひとりひとり異なる個性の豊かさ、近くでも感じるディテールの魅力によって、どうぶつたちがより「関わりたい」と思えるような存在となっている。

 つぎにもうひとつのポイントである「見ていたい」と思える、いきいきとした行動について。どうぶつたちが機械のように動いていると親しみやすさを感じない。そこで行動するときには以下のポイントを意識したのだという。

 上記のポイントを表現するために、ご飯を食べたり、ヨガをしたり、掃除をしたり、どうぶつたちが意思を持って行動している様子(みずから何かをする)と、ムシを追いかけたり、島に置かれている家具に触ったり、目に入ったものに対して反応する様子(見つけて何かをする)にバリエーションを持たせた。

 ちなみに、みずから何かをしている途中で何かを見つけた場合、見つけたものに合わせて行動が切り替わるが、行動がすぐに切り替わってしまうと機械のように感じてしまい、意思を持って行動しているように見えない。そこで、“悩む”という間をあいだに追加することで、行動がなめらかに繋がるようになったそう。

 これらの行動により、どうぶつたちに興味を持ち、次第に関わりたいとも思えてくる。そして、毎日の生活の中でどうぶつたちと関わったり、どうぶつの行動を見ていたりする積み重ねで、ユーザーだけのどうぶつとの思い出が生まれ、“いつの間にか大切な存在”となっているのだという。

 その後、柴田氏は「私たちキャラクターアーティストは、どうぶつたちの見た目だけではなく、ユーザーとともに過ごしていく思い出を作っています。ユーザーが島で体験する何気ない一瞬にどうぶつがいっしょにいることで、つい人に話したくなるような瞬間が生まれます。そうした積み重ねでどうぶつたちがゲームを飛び出して、ユーザーの心になるとうれしく思います」と想いを語った。

家具は“らしさ”を表現することが大切

 最後はアーティストの杉本裕美氏が“家具のデザイン”について紹介。

 『あつ森』では室内だけでなく、屋外にも家具が置けるようになり、自分の島の中だけでもいろいろな空間を作れる。その空間を友だちに見せたり、逆にフレンドの島に遊びに行って、自分では考えもしなかったような空間を見たりするのが、『どうぶつの森』の楽しい要素。

 家具のデザインでは、そんな「家具が欲しい」→「自分だけの空間を作る」→「ほかの人とコミュニケーションをする」→「(新しい)家具がほしい」……というようなサイクルを生むことを目指したそう。

 では、「家具を欲しい」と思ってもらうためには何が重要なのか。杉本氏によると、家具を見たときに想像していたものと違うと飾る気が起きないため、家具の“らしさ”を表現することが大切なのだという。

 その“らしさ”とは何なのかレトロな扇風機を作る工程を例に解説が行われた。モデルを作る前に必ず行われるのが“らしさ”の調査。具体的には、“ガードフレームには手や物が入りにくようにできている”、“ボタンの部分の中央に押しやすくするためのへこみがある”といった、その物の共通の特徴や構造の説得力に結びつく部分をピックアップするのだという。

首を振る機構は左右と上下に回転しそうな扇風機に見せるため、どんな構造なのか細かくチェック。
土台の角の丸みは上よりも下のカーブのほうが緩やかになっている。
▲扇風機すべての要素を作ろうとしているわけではなく、「当時の扇風機ってこんなデザインだったよね」と共感できそうな要素だけを抽出し、“想像のスキマ”を残すことで、どんな人が見ても懐かしさを感じることができる扇風機になるそう。

 “らしさ”の調査が終わると一度モデル化し、そこから形状を整えていくのだが、その際にも“らしさ”を基準に調整していく。

モデル化した扇風機のガードフレームは前後が均等になっていたが、実際のガードフレームでは前のほうが後ろのほうが大きかったため修正。
プレイヤーや既に完成していた扇風機と並べると小さい印象だったため、ポールを伸ばして、プレイヤーが風を受けたときにちょうどいい高さに調整。

 最後に“らしさ”の中でもいちばん見てほしい場所である“顔”を決める。今回の扇風機は風を送るものなので、羽が顔となる。そして、羽の印象を強めるために明度や彩度を調整したり、指入れ禁止のシールを貼ったりしてようやく完成。杉本氏は、「“らしさ”を表現してそれ以外を省く。すなわち“記号化”を行うことで欲しくなる家具にできると思っています」と補足した。

 つぎの話題は、自分だけの世界を作るためにしていることについて。家具を作っても誰にも飾ってもらえなければ始まらないが、全員が同じ使いかたをしても差が出ない。そこで、たくさんの家具を作り、人によって飾る家具が変われば、その問題は解決できる。

 それを実現するために、家具を作る際はバリエーションの違いも作成しているそう。同じモデルでもテクスチャを変更することで印象がガラリと変わり、違う好みの人に興味を持ってもらえるのだという。なお、バリエーションはひとつの型を決めて作っているのではなく、家具ひとつひとつの性質を見極めて、いちばん効果的な展開をその都度考えているとのこと。

同じモデルでも、テクスチャが変わるだけで、印象が大きく異なる。
ホワイトボードはシチュエーションの演出を考えて、バリエーションを広げたそう。
グラフが描かれていることでオフィスっぽさがアップ。
指示を描き、作戦会議中を表現。
人物写真が貼られていることで、警察が捜査を行っているような雰囲気に。

 バリエーションの展開を含め、多くの家具を用意することで、ほかの人と被らない自分だけの世界を作れるようになった。しかし、人によって違う飾りかたをするのは、どんな組み合わせでも気持ちのいい空間にする必要があるということ。

 家具には直径10センチメートルのマグカップや人形から、直径数十メートルを超える灯台やプールまで、さまざまなサイズが存在するが、『あつ森』では家具は決められた範囲内で作らなければならなかった。人形のような小さいものを1マスとして、プールのような大きなものでも9マス以内に収める必要がある。また、室内に置く可能性もあるため、天井の高さを考慮して、高いものでも高さは4マス以内に収めることが条件となっていた。

 実際は40メートル近くある灯台を4マスするとサイズの違いから違和感が出てしまうため、粗密の調整を行ったそう。具体的には、小さい家具は1マスの中でも小さくしつつも、構造をしっかり作ることで小さくても説得力が出るようにしている。灯台などの大きな家具については、構造の説得力は持たせつつも、手すりの本数を間引いたり、ドアの細かい要素を省いたりするなど、要素の引き算をすることで小さい物との差を少なくすることができるという。

 では、1マスの人形を小さくするといっても、どの程度まで小さくすればいいのか。どの家具を隣り合わせで置くかは人によって違うため、どんな家具と並べても違和感のないサイズにする必要がある。

 そこで基準となったのがベッドだったそう。ベッドには寝ることができるので、プレイヤーとサイズピッタリ合っていることに加えて、マス的にもちょうど2マスだったため、最初の基準となる家具に選ばれた。

 ほかの家具を作る際には、ベッドと比較して違和感のないサイズに調整していく。そうすることで家具どうしのサイズ感が自然と揃っていき、さらに一度揃った家具はつぎに作る家具の基準にすることができるため、基準となる家具を増やしていくことで、より精度を高めながらサイズ調整ができるようになったのだという。

 これらの要素により自分だけの世界を作ることができるようになった。自分だけの世界が作れるとほかの人に自分の島を見てもらいたくなったり、ほかの人の島が気になったりしてコミュニケーションが生まれる。

杉本氏は家具自体にもコミュニケーションのきっかけとなるような心を動かす要素を入れていることも紹介。
洗濯機には洗う、すすぐ、脱水という一連の流れのアニメメーションが用意されている。静止画で見ると動かなくても同じだが、杉本氏は「“脱水している”と気付いたときに心が動くと思います。ささやかなことですが、そういう心が動く瞬間がゲーム体験を豊かになりますし、フレンドとのコミュニケーションも生まれます」と語った。
また、意外性のある家具を隠し調味料のような存在として入れているとのこと。“たぬきのおきもの”は触ると、「ポンッ」と音が鳴る。
“たけのビックリばこ”を触ると……
かぐや姫が飛び出す。

 そして、杉本氏はすべての工程で意識しているのは“ユーザーが遊ぶ姿を想像する”ということだと明かしながら、「当たり前のことのようですが、私自身よくあるのが、リソースを作っているとつい目の前のグラフィックをよくすることにばかり目がいってしまいます。もちろん、グラフィックを磨くこともとても大切ですが、同時にどうしたらより楽しい時間を過ごしてもらえるかということもつねに心に置いておきたいと思います」と想いを語った。

 最後に高橋氏が開発を振り返りながら、「おそらく日常をシミュレーションしようと作っていれば、日常を語り過ぎている画面となって、コミュニケーションのための画にはなり切れなかったのではないのかなと。私たちが人と人のコミュニケーションというコンセプトに向き合ったからこそ、ユーザーが手に取りやすい語り過ぎない日常の画面にたどり着けたのではないかと思っています。現在のゲーム制作において、表現できる幅は広いです。だからこそ、その中で何を選択するかの価値は高まっていると思います。その選択の分だけゲーム体験があります。そして、その選択の分だけユーザーの想像の可能性が生まれます。想像の可能性が生まれる限り、ゲームの可能性も広がり続けると確信しています。私たちはこれからもその可能性に応えるデザインをしていきたいです」と語り、セッションを締めくくった。